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Caravan  作者: Ni_se
第1章 旅立ち
15/53

15


先程盗賊と出逢った場所、そこから程なく進んだ道の先で、馬車は歩みを止める。


「んーっ、やっと着いたか!」


近くの木陰に馬車を停車させると、馬車の中からヨルが勢いよく飛び出した。

盗賊の件で少しの間外へ出ていたとはいえ、ちゃんと地に足を着けることが出来るのは約半日振りになる。長い間馬車に乗り続けていたことで、凝り固まってしまった身体をヨルは伸ばすことで解していると、視線の先には木の幹に馬を繋げているネロが見えた。

ネロは馬車での移動は慣れているらしく、長時間同じ体勢を続けていたにも拘らず全くそれを感じさせない動きで仕事をこなしている。

同じように外に出たクリスも腰に手を当てて身体を解していると、準備の終えたネロがこちらへ近づいてくる。


「お疲れ様です...と言っても、これからが本番なんですが。遺跡はここからすぐなので、歩いて向かいましょう」

「お、おい!ちょ、待ってくれ!!」


行きますよ!と言葉を続ける意気揚々といった様子のネロは、2人の準備が整ったと見るや否や、こちらの返事も待たずに草原の中を突き進んでいく。


街道から右に逸れたこの草原は、高い木もあまり生えていない為、先に行かれたからといってもそこまで見失ってしまう心配はない。

とはいえ、すぐ先には小高い丘が聳えており、そこから先は全く見通すことは出来ない。

それに加え、辺り一面に膝ほどにまで伸びた背の高い草が生い茂っている所為でとても歩きにくくなっており、ヨルとクリスにとっては膝ほどにまで抑えられているが、それがネロの場合だと話が大きく変わってきてしまう。

今こうしている間にも草原の中の道なき道を突き進んでいるネロは、既に腹部辺りまで草で覆われた状態で、ここからだと、かなり離れた場所に居ることが辛うじて見えることしか分からなくなっている。ヨルの叫びにも聞く耳を持たないネロに、2人は慌てて後を追っていった。




小高い丘から見下ろした先に、その遺跡はあった。

いくつか遺跡らしき建物があることが見受けられるものの、その殆どが崩れてしまっている所為で遺跡自体は然程大きくはなく、高さだけならば、王都で見た組合の建物の方が圧倒的に大きいだろう。

だが、広さだけならばリコリスの暮らしている村が、丸々1つ収まっていしまう程に広い。

馬車の中で、到着です、と言われたときは草原以外何も見えない景色に疑いの目を向けたが、これなら確かに、小高い丘を登り切らなければ遺跡の先端すら見る事が出来なかったのは頷ける。


「これは...」

「...なんか、思ってたよりボロボロだな」


ヨルの歯に衣着せぬ物言いに、クリスは鋭い視線で睨み付ける。

遺跡の殆どが倒壊しているのが事実とは言え、ボロボロという表現は流石に失礼すぎる。

仮にもこの遺跡の調査を手伝うという名目でやってきた身であり、その依頼主の前でその表現を使うのは怒鳴られてしまっても仕方ないだろう。

最悪の事態も想定するクリスは依頼主であるネロを横目で見るも、特に怒っている様子もなく、むしろ良く気づいてくれた、といった様子で得意げに口を開いた。


「前は厳重な警備を敷いていたようです。が、ここ10年のゴタゴタで管理が疎かになっていたらしくて。その結果、こんなボロボロになってしまい、魔獣も棲み付いてしまったみたいですね」


ネロの言葉に、ほぉ、とヨルは吐息を漏らしながら感心した様子を見せているが、話の殆どを理解していないことをクリスは良く知っている。



丘を下ると、3人の目の前に見えるのは石で出来た柱。

所々欠けている部分もあり、あまり高さがある訳ではないものの、それでも見上げる程の高さのある柱が遺跡の中心に向かって一定の間隔で設置されており、その先にはこの遺跡で最も大きく、唯一崩れていない建造物が鎮座していた。


「あれが、恐らく遺跡の入り口です。」


ネロの言葉に従い、2人は後を付いて行く。

石柱に挟まれた、同じく石が敷き詰められた道を歩いていくと、遠くに見えていたその建造物は次第に間近に見えてくる。


「...すごいな」

「あぁ...なんか、すごい」


草に覆われることで余計に歴史を感じさせる石で出来た造りに、声の強さは違えども2人は共に感嘆の声を上げる。目の前にある入り口は大きく口を開けており、その奥は一切の光を通さない造りになっているのか、暗闇に包まれており全く見通すことが出来なかった。


「行きましょうか」

「お、おう!」


しゃがみ込んで何やら鞄の中を漁っていたネロは、その作業を終えると立ち上がり、圧倒されている2人へ声を掛ける。

そして、2人の返事を待つこともなく、暗闇に包まれた入り口へと一切の躊躇いなく入っていく。

ネロの護衛として来た手前、ここで立ち止まっている訳にもいかない2人は、ネロを追いかけるように入り口へと向かった。




遺跡の入り口から程なく歩き、階段を下った先、3人の目の前には、ネロの持つ光に照らされた、5匹の黒狼の姿があった。


「おらっっ!!!」


以前相手にした時と比べて相手にする数は多い。

とはいえ、見えている5匹の内の2匹は既に床へ倒れ伏しており、今この瞬間、ヨルの手によって3匹目の黒狼が地面へと転がっていった。


「これで、後2匹...?あれ、どこいった!?」


一匹を倒すことに集中するあまり、他の黒狼達への意識が薄れてしまい、その瞬間を突いて暗闇に紛れていた残り2匹の黒狼は、ヨルの背後へと一斉に飛び掛かる。


「ヨル、後ろだ!!」


それに気付いたクリスは駆け寄っていくも、流石に2匹同時を相手にするのは無理があった。

可能な限り早く1匹を倒し、もう1匹を倒しに向かうか。

最悪の場合ヨルを突き飛ばし、自分を犠牲にしてでも助けようと心に決め、その場を駆けたクリスの背後から、突然声が響く。


黒球(シャドーボール)


背後に居るネロの声と共に現れたのは、黒く、歪な球体。

その黒い球はクリスを簡単に追い抜いていくと、ヨルへ飛び掛かった黒狼の内の1匹へと衝突する。

一瞬のことにクリスは戸惑いを見せるも、すぐさま我に返り、残る黒狼の喉元へその勢いのまま剣を突き刺していった。全ての黒狼が床に伏し、一応の危険が去ったことを理解したヨルは、2人の元へと笑顔を浮かべながら戻ってくる。


「あっぶねぇー!ホント助かったわ2人共!!」

「ご無事でよかったです」


ほう、とクリスは緊張感が抜けると共に息を漏らすと、視線を黒い球と衝突した黒狼の死体の方へ向ける。その黒狼の腹部には、丸く、捩じ切られたような傷跡が残っている。


「これが、魔術...か?」

「あ!そうそう、あれすごかったなぁ!!へぇー、あれが魔術なのかぁーすごいな!」


ネロの放った魔術に感心の声を上げるヨルに対し、クリスは何か考え込むような表情をしていた。

一歩間違えればこの場でヨルの息の根は止まっていたかもしれない状況の中、一撃で黒狼を葬り去った魔術の強さに驚くのも無理はない。

同じく、的確に喉元を貫き一撃で黒狼を葬り去ったクリスの技術も十分素晴らしいものではあるが、見た目の派手さと魔術と言う新しい力の前には数歩劣ってしまっていた。

だが、クリスはそれが気になっているから悩んでいる訳ではない。


「...こんな強力な魔術が使えるのに、なぜ護衛が必要なんだ?」


魔術を使えるという話はヨルから聞いてはいたが、魔術が一撃で黒狼を屠れるまでの威力があるとは思っていなかった。これほど強力な魔術を放てるのなら、護衛を雇うより自分1人で闘った方が遙かに安上りだろう、それなら金は一切掛からないのだから。

そんな疑問を抱くクリスへ、ネロは笑みを浮かべながら言葉を返す。


「集中しないと撃てないんですよ。なので護衛が必要なんです。それに、当てるの難しんですよね、これ」


魔力がなくなれば何も出来ませんし、と続けるネロの言葉に、クリスは一応の理解を見せる。

あれほどの威力をもつ魔術ならば、かなりの集中をしなければ撃つことが出来ないのは頷ける、それに加えて敵が現れてすぐに撃てなかった理由にも繋がってくる。

...護衛に守ってもらうことで、集中して魔術を撃つことが出来る。

なるほど、確かに理には適っている。

だが、クリスはそれでも不信感は拭うことが出来ない。

黒狼を一撃で葬り去ることの出来る魔術を放てること、それが集中しなければ放つことが出来ないこと。何故初めからそのことを言わなかったのか、それがクリスは気がかりだった。

初めからそれを知っていれば、ヨルは倒すことに躍起になる必要がなく、ネロの魔術を待っていれば危険に身を晒すこともなかっただろう。


「...なるほど、疑って済まない」

「いえ!僕も、はじめに話しておけばよかったですね、すみません」


とはいえ、今更それを言及したところで何かが変わるわけではなく。むしろ、どれだけ掛かるか分からない調査の間中、ずっと険悪な雰囲気で過ごす羽目になってしまう。

そう判断したクリスはあっさりと身を引いたものの、笑みを浮かべるネロへ向けられた、クリスの目は、未だ冷たい視線のままだった。




「ここが、遺跡の最奥部の筈です」


先頭を歩くネロは立ち止まり、手に持っている明かりを道の先へ向ける。

その明かりは魔力に反応して光る魔導具らしく、松明より遙かに明るいものの、魔力に反応し吸収することで作動する仕組みにより、魔力を操ることの出来ない者には使いこなすことが出来なかった。


遺跡へ入ってすぐの時、護衛の対象であるネロが先頭を歩くのは如何なものかとクリスが言及したことで、その説明をネロから聞かされた。

その後、2人はそれぞれ手に持って見たものの、結局どちらも作動させることが出来ず、それが出来ない以上先頭を歩くのはネロしかいないとの事になり、渋々といった様子でクリスは頷いていた。


ネロの手に持つ光の照らす先、そこにはそれなりに広い空間が広がっており、更にその先にも通路は続いているが、それを覆うように薄い膜のようなものが張られているように見える。

だが、それよりもまず目を引くのは、その薄い膜の手前、部屋の中心にある巨大な黒い物体。

光が照らされているにも関わらず、未だ黒く、丸みを帯びた巨大な物体は、ゆっくりとしたリズムで収縮と膨張を繰り返していた。


「これは...何だ?」

「...恐らく黒熊(ブラックグリズリー)、でしょうか?通常より、かなり大きいみたいですが」


黒い物体を眺めるネロは、そう分析する。

よく見てみれば確かに、黒い物体の中に熊の様な顔が見えないこともない。

しかし、それを熊として理解することを、クリスの脳は拒んでいる。

あまりに巨大過ぎるが故に、それが熊だと認めてしまえば、これから巨大な熊を相手にすることに繋がってしまう。自分より遙かに巨大な生き物を相手に闘うという初めての経験に、自分が奮闘する姿が全く想像つかなかった。


「...あんなデカい奴、どうやって入ったんだろうな」


唐突に響く、一切の緊張を感じさせない呑気なヨルの声に、弱気な思考に呑まれ掛けていたクリスは、ハッと我に返る。

そうだ、たかが図体がでかくなった程度、何だというんだ。

いくら巨大だろうが、ただ的が大きくなっただけ、むしろ戦いやすくなったじゃないか。


「僕の魔術とは相性が悪いようですね...。どうしましょうか」


同じ属性同士の場合、相性が悪くなると、以前本か何かで読んだことがある。

黒狼には、かなり効いていた気がするが、本人がそう言っている以上、ネロの魔術は期待しないでおいた方がいいだろう。

だが、元よりネロの援護は期待していないので問題はない。


「どちらにしろ、倒さなければ先には行けそうにない。さっさと蹴りを付けるぞ」


クリスはそう声を上げる。

その言葉には、つい先ほどまで弱気な思考に呑まれかけていたことなど一切感じさせることはない、力強さが感じられた。



「では、僕が思いっきり光らせますので、その隙に畳みかけてください」


黒狼と黒熊、ソル王国周辺の森に棲む魔獣に共通する弱点として、強い光に弱いという特徴を持っている。黒熊の場合、黒狼と比べればさほど効くという訳ではないものの、長い間暗い遺跡の中で暮らしていたこともあり、それでも十分隙を晒すことになるだろう。


未だ動く気配のない黒熊へ、3人は明かりを消し、暗闇へ変わる中をゆっくりと近づいていく。

徐々にその距離は狭まっていき、広い空間へと足を踏み入れた時、その巨大な身体がピクリと動く。


「行きます!!」


ネロが叫んだ直後、光が部屋中全てを包み込む。

早すぎたのではないか。

もう少し引き付けた方が良かったんじゃないか。

クリスの頭に疑問が廻るも、目を瞑っているクリスに答えを提示する者は誰もいなく、それに元よりチャンスは一度きり。

1度光を浴びた黒熊には耐性が付いてしまい、2度、3度と光を浴びせれば殆どの効果がなくなってしまう。なので、光を浴びせるのなら、本音を言うと確実に当たる時まで取っておきたかった。

が、それを考えた所でもう遅く。

もう使ってしまった今、失敗していたとしてもその結果を受け入れるしかない。

程なくして、目を閉じていても尚感じていた光が収まっていくのを感じ、クリスはゆっくりと目を開く。そこには、


「グォオオオオオ!!」

「っ!!」


目を開いた瞬間、視界一杯に広がるのは巨大な鉤爪。

それが、黒熊によるものだと理解するも、その時には回避する時間すらなく。

恐怖から目を逸らす間もない程に迫る黒熊の掌をクリスは見つめ、こんなにデカくても肉球付いてるんだな、などと僅かに残る時間でそんなことを考えていると、その瞬間、横を駆け抜ける突風。


「やらせねえ!!」


誰がどう見ても防ぐことなど不可能だと感じるこの状況を、覆さんと地を駆ける者がひとり。

その行動に走った本人に全くその気はないだろうが、頭で考えるより先に身体が動いたことで、この窮地の中で唯一動き出すことが出来ていた。

腕を振り、こちらを切り裂かんとする鉤爪を、剣を振り抜き既の所で無理やり衝撃を受け止める。

黒熊の一撃を一身に受けるヨルはその衝撃により僅かに押され、金属を爪が引っ掻いたような嫌な音を響かせるも、なんとか振り降ろされた黒熊の腕は動きを止める。


「まけるかぁあああああ!!!!」


少し前まで乗っていた、魔導船での生活の日々がヨルの脳裏に過る。

旅に出る前の日、あの時に受けたレオの一撃に比べれば、黒熊の攻撃など屁でもない。

そうなってしまうと、レオの力はこの巨大な黒熊より強いことになるのだが、そんなことは気にしている余裕などない。


拮抗する中、声を上げるヨルの腕が、僅かに前へ動く。

動いたのは僅か、だがそれでも黒熊に生じる驚きは計り知れなく、感じた畏怖によって力が緩まり、一歩、一歩ずつヨルは前へ進む。


「うらぁあああああ!!!!」


この時、運がよかったのは、黒熊が寝起きだったことだろう。

寝ぼけたまま訳も分からないまま振った腕はあまり力が乗らず、ヨルでもなんとか受け止めることが出来た。とはいえ、それでもあのまま振り降ろされていればクリスは即死、運が良くても全身の骨が砕け散っていた。

しかし、そうはならなかった。

この状況を覆したヨルの、力の限り振り上げた剣と共に、黒熊の腕は上空へと吹き飛ばされる。


「クリス!!」


ヨルの叫んだ声に、クリスは答えない。

だが、ヨルが今、何をして欲しいかは理解している。


狙いは心臓。

ヨルが腕を吹き飛ばしたことで晒された、その場所に向かってクリスは駆け、飛ぶ。


「ぁああああああああ!!!!」


クリスの持つ剣は、黒熊の心臓を貫き、深く、深く沈む。

初めは抵抗を見せていた黒熊も、徐々にその威勢のよさはなくなっていき、やがて、背中から大きな音を立てて崩れていった。




戦いを終えた3人は休憩を終えると、黒熊の死体が未だ転がっている部屋、その先にある通路に覆われた薄い膜のようなものの前に立っていた。


「ソル王国はこの遺跡の警備だけでなく、初めは調査も並行して行っていたらしいです。その調査が中止された理由の一つが、この結界なんですが...」


そう説明するネロは手を伸ばし、薄い膜へと躊躇なく触れる。

すると、触れた指は膜の中へと沈んでいき、伸ばした手を引くと、弾力を持っているかのように元の形へと戻っていく。


「このように、弾かれてしまうんです」


通常、結界を張るには大量の魔力とそれを蓄えておくための魔導具が必要になる。

また、結界を維持していられる時間、強度を強くするのに比例して、必要になる魔力も膨大な量になっていく。

何時から存在するかも不明なこの結界を、指一本通すことすら出来ない状態で今も尚維持する為に必要な魔力など、今の人類の技術では到底解明することなど不可能だろう。

調査を行っていたソル王国も、この膨大な量の魔力を必要とする結界の前にはどうすることも出来ず調査を断念したものの、そのまま諦めてしまうには惜しく、他国の手に渡ってしまうのを恐れた結果、警備だけを厳重に続けることでそれを防いでいた。

素晴らしい技術を持っていながら、それを活用することは出来ない。

それは正に、宝の持ち腐れと言えるだろう。


「ふむ」


クリスは、一歩前へ出る。

弾力のある結界に、興味本位で伸ばした手。

触れた所でネロがやって見せた通りの現象が起こるだけ、この場にいる誰もがそう感じていた、が。


「...通れるな」

「な...」


クリスの伸ばした腕は、結界をあっさりと通り抜けてしまう。

すぐさま手を引き、戻した腕を確かめるも、特に違和感は感じない。


「これは...」

「な、なぁ!オレもやってみていいか!?」


同じようにヨルが手を伸ばす。

伸ばした指先が結界に触れた、その瞬間


「あ、あれ?」


触れた場所から亀裂が入っていき、ガラスのような軽い音を立てて弾け砕けてしまう。

地面へ散らばった破片は砂粒のように細かく、キラキラと光を反射していたが、暫くすると何もなかったかのように綺麗に消えていた。


「...興味深いですね」

「ご、ごめん!壊すつもりじゃなかったんだ」


ネロのじっと見つめる視線を、責めているのだと受け取ったヨルは必死に謝罪の言葉を口にする。

だが、ネロは全く聞こえていない様子で視線を通路の先へと向けると、2人を置いて進んでいった。



先に進んでいくネロを追いかけて通路を進んで行くと、狭い部屋の中へ出た。

壁に掛けられた松明が部屋の中を薄暗く照らしており、そのお陰で壁に何かが描かれていることが辛うじて判別することが出来る。

また、その中央には黒い塊、巨大なトゲのようなものが鎮座している。


「我、白神ノ*継グ者也。散リ逝ク同士、同胞ノ為、***此処二封印*至ラン」


先にこの場へ来ていたネロは、壁に描かれた壁画を見ながら呟くように、そう口に出す。

壁に描かれた幾つも並ぶ模様の様な絵を見ても、ヨルには全く何が書いているのか不明だが、学者であるネロには何が書いてあるのかが分かるのだろう。

すると、感心の目で見つめていたヨルへ、突然ネロはこちらへ振り向いてくる。


「ヨルさん、その黒い塊を殴ってみてください」

「え、殴るって...これを?」


ネロの言葉に、流石のヨルも戸惑いを見せる。

いかにも貴重な物であるこの物体をいきなり殴りつけるなど、学者であるネロが一番言ってはならない言葉だろう。


「いいから、ぐわーっとやっちゃってください」

「あーもう、どうなっても知らないからな!!」


一切の躊躇いないネロの視線に負け、ヨルは思いっきり黒い物体を殴りつける。

すると、結界が砕けた時と同じように亀裂が走っていくと、黒い塊は綺麗な音を立てて砕け散った。

だが、その欠片は結界の時と違って光に反射することもなく、黒い靄のようなものに変わり空気中に溶けるように消えてしまった。


「どうやらこの黒い塊、あまり良くない物のようで。普通なら触れた瞬間に何かに取り憑かれるか、最悪即死するみたいです。...何故か、ヨルさんは砕くことができるみたいですが」

「嘘!?」


ネロの言葉に、ヨルは思わず手を擦り合わせる。

しかし、ヨルの身体が何ともない以上、ヨルの謎の力が呪いのような力を上回ったのだろう。

いくら声を荒げようとも、調査に満足したネロには全く響くことはなかった。




「調査の協力、ありがとうございました!本当なら王都まで送って差し上げたいんですが、あまり時間がないもので...」


遺跡を出て、馬車を留めている場所に戻ってきた3人。

ネロは既に馬車の馭者席へと乗り込んでおり、2人はそれを見上げるようにして声を掛けている。


「いーっていーって、ここから走れば日暮れまでには着くだろうし」

「間に合わなかったとしても、当てが無い訳でもないしな」

「補給する関係で隣町には何日か居るつもりなので、もし何かあればいらしてくださいね!」


手を振りながら馬車を走らせるネロへ、2人は見えなくなるまで手を振り返し続ける。


「...行くか」

「あぁ」


完全に見えなくなり、辺りに静けさが漂う中、

2人はネロの向かったのとは逆の方向へ、ゆっくりと歩き出した。

クリスにとっては今日初めて出会ったとはいえ、今日一日行動を共にしたネロが居なくなるというのは、かなり寂しさを感じさせる。

その所為か2人の足取りは重く、口数も少ないままただ足だけを動かしていると。

まず最初に、その異変に気付いたのはヨル。


「...なぁ、あの煙」


呟くようなヨルの声に気付いたクリスは、ヨルの指をさす方向へ目を向ける。


「あの方向は...確か、リコリスの...。ヨル、嫌な予感がする」

「...あぁ、急ごう」


視線を合わせた2人は頷くと、その場を駆け出す。

2人の視線の先、その方向には黒い煙が上がり、赤い光に照らされているのが見えた。



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