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Caravan  作者: Ni_se
第1章 旅立ち
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あれから、話すと長くなるので、と話す白髪の少年に連れられて、近くの喫茶店へと向かうことになった。その喫茶店は、あの大通りから少し横に逸れた奥まった道の先にひっそりと佇んでおり、ヨル1人では絶対に見つけることは出来なかっただろう。


店の内装は黒を基調とした落ち着いた雰囲気をしており、これはクリスが好きそうだな、などと席に着いたヨルはぼんやりと考えていると、2人の注文していた物が運ばれてきた。

目の前に置かれていく焼き菓子に、香りの良い紅茶は白髪の少年がよく頼んでいる物らしく、おすすめですよ、と薦められたのでヨルは迷わずそれを選択することに決めた。


焼き菓子を手に取ると、まず、その柔らかさに驚く。

ナイフもスプーンも置かれていないので手で掴んでしまったが、これは何かで掬って食べるのだろうか、などと不安を覚える程の柔らかさに思わず手を止めるも、こちらを見る少年の目は特に咎めるような視線ではなく、どちらかというと食べた時の反応を想像して楽しんでいるような目をしており、それに少し不快感を抱いたヨルは意を決してそのまま口へと運ぶ。

口に入れた瞬間に広がる、全く諄さを感じない甘みは幾らでも食べられそうで、後から来る柑橘類の風味が後味をすっきりとさせている。

気付けば一瞬の内に口の中から溶けて消えてしまった事に気付き、なぜ一口で食べてしまったんだろうと酷く後悔の念が押し寄せて来る。

そんなヨルが焼き菓子ひとつで一喜一憂する様を、笑みを浮かべながら見ていた白髪の少年は置かれた紅茶に口を付け、一息付いた所で口を開いた。


「では、まずは自己紹介から。僕の名前はネロ、職業は学者です。主に、発見された遺跡の調査を専門としています」


白髪の少年、ネロはそう話しながら、空になった皿の上に自分の分の焼き菓子をそっと置く。

それにより、先程のショックから元気を取り戻してきたヨルも話に集中する。


「へぇー、その歳で学者なのか。しっかりしてんなぁ。オレの名前はヨル、よろしくな!」

「その歳って...、少なくともヨルさんより年上ですからね、僕!」


少し頬を膨らませながら怒る様はどう見ても子供のようなのだが、ネロは思っていたよりも年上だったようだ。2人は紅茶で口を潤し、もう一息ついてから本題の説明に入った。


ネロは、ここから程近い場所にある遺跡を調査する為に、ジグラト公国から遥々やって来たらしい。

ジグラト公国とは、このソル王国から北東に位置する<アミナス教>を国教とした宗教国家で、ソル王国と比べるとかなり歴史の浅い国になる。

2つの国の領土は隣り合っており、隣国と言っていい間柄ではあるが、辻馬車を乗り継いで来たとしても数週間ほどは掛かる距離を調査の為に態々やって来るというのはよっぽどのことだろう。

遺跡にはかなりの数の魔獣が棲み付いているらしく、ネロが調査をしている間の護衛を頼みたいらしい。


「簡単な魔術くらいなら撃てるんですが...。僕、接近戦はめっぽう苦手で...」

「なら組合で依頼したらどうだ?それなりに強い人いると思うし。...本当のこと言うとオレ、まだ傭兵になったばっかだぜ?」


先程闘った男の顔を思い浮かべながら話すヨルの言葉に、本当はその予定だったんですが...、とネロは眉を歪ませながら言葉を続ける。

ネロには、こういった場合にいつも贔屓にしているキャラバンが居るらしく、今回もそのキャラバンへ協力を依頼していたらしい。ところが、ソル王国へ到着してから幾ら待っても先に居るはずのキャラバンは見当たらず、連絡も完全に途絶えてしまい、どうすることも出来ずに途方に暮れていた所、剣を腰に下げたヨルを見て、藁にも縋る思いで声を掛けてしまったようだ。


「依頼を出してみたりもしたんですが、僕の外見だと何故か下に見られてしまい、誰も相手にしてくれなくて...。お願いします!依頼、受けてくれませんか...?」


ネロの心からの懇願の眼に、思わずヨルは頷いてしまいそうになるのをぐっと堪える。


「うーん...。オレは全然受けてもいいんだけど、1人で決める訳にもいかないからなあ。...仲間、クリスって言うんだけど、そいつと相談してから決めるってんじゃダメかな?」


まだ傭兵になってから日を跨いですらいない為、まだ依頼をひとつも受けたことはなく、これが初依頼というのも全然構わなかった。

だが、ヨルには共に行動している仲間、クリスがいる。

以前、簡単に頷いてしまったが故に痛い目にあった経験があり、別の件ではクリスに数日間ほどネチネチ言われ続けた経験があった。また、仲間の判断を仰いでから依頼を受けるとなると、出発は早くて2,3日は掛かってしまう事になる。

既にネロがこの国へ到着してから、何日経っているか分からないが、少なくとも数日は経っていると想像でき、それから更に数日掛かるとしたら、調査に掛ける時間はかなり限られてしまうのではないか、と考えたヨルは断られる可能性も頭に入れながらそう提案するも、ネロは予想に反して顔に安堵の笑みを浮かべていた。


「...!はい!!では、決まったら僕の泊まっている宿へ来てもらえますか?」


1週間程この国に滞在する予定なので、とネロは言葉を続け、席を立つ。

その後、ヨルは握手を交わし、宿泊しているという宿の場所を教えてもらうと、ネロと別れ店を後にした。




「お、ここに出るのか」


店を出てから来た道を戻るように進んでいくと、先程ネロと出会った大通りへと出てきた。

来た道を戻っていったのだから元の場所へ出るのは当たり前なのだが、逆から見る事で違った景色のように見えてしまったのと、前通った時以上の人が歓声を揚げる姿に、大通りに出た瞬間、本当に同じ場所なのかとヨルは疑いを持ってしまった。


大通りの混み具合はかなりのもので、歩行者の通り全てが、隙間なく人で犇めいている。

その視線は馬車の通りに向けられているものの、夥しい数の人に遮られ、その視線の先を見ることが出来なかった。どうしてもその視線の先が気になってしまったヨルは、仕方なく人を掻き分けるようにして前へ進んで行く。


「ちょっ、ごめ!と、通してくれ!」


人と人の僅かな隙間に、無理やり身体を捻じ込ませる事で前へ進んで行ったヨルは、気付けば民衆の最前列へと躍り出てしまった。急に開けた視界に驚きながらも、徐々に慣れて来た目で周りの向けていた視線の先に視線を向ける。そこには、通常のよりも一回り大きい馬車が、大通りを練り歩くようにゆっくりと王都の中心へと向かう姿があった。

ゆっくりと進む馬車の中から、時折顔を出すのは金の髪をした老齢の男。

周囲へ手を振っているその男、それを周りの者は皆、王、若しくはテルドラ様と呼んでいた。


「これが、王様...」


テルドラ・ソル。

数年前、王位を継承したことで、国の名前にもなっている初代王の名を冠したセカンドネームを賜った現王。陽の光に反射して光り輝く金の髪は王の象徴とも言われているのだが、ヨルには何故かその髪が酷く(くす)んでいるように思えてしまった。

確かに、陽に反射して輝く様は神々しさがあり、厳しい顔つきと相まって王として申し分ない程の威圧感を感じさせている。

だが、それを見ても尚、ヨルの中では


「クリスの髪の方が綺麗だったな」


と、心の中で呟いたと思っていたものが、口に出てしまっていたことに気付いた時にはもう遅く。

急に辺りが静かになったことに気付いたヨルは周囲に目を向けると、王に向かって歓声を揚げていた人々は皆、口を閉じてこちらを見つめていた。


「あ、やべ」


しかし、ヨルに向けられた視線は、口から漏れ出た言葉に怒りを感じているような視線ではなく、どちらかと言うと何故それを口に出せるんだという驚きと、良く言ってくれたといった感心の目を向けられているように感じる。それでも、たくさんの視線が集まるのに居心地が悪く感じるのは事実であり、ヨルはすぐさま人混みの中へ潜っていった。

その時、馬車の中からヨルを見つめる視線があったことには、誰も、周囲の民衆すらも気づく者はいなかった。




時刻は夕方。

あれから、人混みから無事抜け出すことに成功したヨルは、一応の警戒をしながら宿へ直接繋がった道ではなく、あえて遠回りをして宿へ向かった。

その為、多少遅れて到着したヨルの視線の先には、既に食堂で席に着き、食事を初めているクリスが目に映る。


「はぁー、えらい目に遭った」

「おかえり。観光はどうだったんだ?...まぁ、その分じゃ、あまり楽しかった様には見えないが」


肩を回しながらぼやくヨルから大体を察したクリスは、食事は同じ物でいいか、と続けて口にする。

程なくして料理が運ばれ、ヨルも食事に手を付け始める。

ヨルの目の前に並ぶのは、黒狼シチューに付け合わせのパン。

この店の名物である黒狼シチューは、読んで字の如く黒狼の肉を煮込んだシチューのことで、あの筋張った肉がここまで柔らかくなるのかと驚くほどの柔らかさに一口目から感動を覚える。

煮込み系は量を作りやすいと、以前レオの魔導船に乗っていた時に船の料理長が言っていたのを思い出す。迷ったらとりあえず煮込んどけ、とも言っていたが、ここまでホロホロになるまで煮込んだものに対し、同じ言葉を贈ることなど到底ヨルには出来なかった。


パンは店に備え付けられた窯で態々焼いているようで、宿の食堂へ入った時から美味しそうな香りが漂っていた。生地にはアルベウッドで作られた小麦が使われているらしく、香りがいいのは当然の事、一口食べれば程よく感じる甘みと鼻を通るその香りに、一面黄金色の畑が見えてくるだろう。

と、クリスが言っていた。



粗方食事を終え、満足した2人が一息ついた頃、クリスがまず口を開く。


「...で、何があったんだ?」

「いやーまぁ、話すような事じゃあ...、そうだ!依頼を頼まれたんだ!」


あの人混みの中での失態を話したところで、クリスが呆れた表情を向けるのは分かり切ったことである為、その部分だけ言葉を濁してネロに頼まれた依頼の説明を話していく。


「なるほど...。俺は別に受けてもいいと思うんだが、流石にすぐって訳にはいかないだろうな」

「だよなー、やっぱムリかぁ」


まだ王都に到着して1日も経過していない2人は、やるべきことは山ほどあった。

こちらへ到着してから買うつもりで持って来なかった物の買い出しに、主にクリスによって浪費している資金の確保。ざっと思い付くだけでもこれだけやる事があり、それに加えていつ終わるとも知れない依頼を受けるのは無理があった。

大体、ヨルはその話を聞いた時に肝心の報酬の話をしておらず、貰うタイミングが先か後払いかで依頼を受けるかどうか大きく変わってくる。

かといって、報酬の話だけ聞きに行くのは向こうの心証的にあまり良いとは言えないだろう。

依頼を受けるのには絶望的な状況に、ヨルは目に見えて落胆した様子を見せると、それを見たクリスは軽く微笑み、だが、と言葉を続ける。


「早い方がいいのも事実だろう」

「お、おぅ...?」


ヨルの話を聞いた限りだと、依頼主がここに居れる期限が1週間しかないらしい。

それに加え、あまり依頼主を待たせるのも悪いと考えたクリスは、3本の指を立て、こちらへ向ける。


「3日だ。3日後に依頼主のいる宿に行き、もし駄目なら諦めよう」

「おぉっ!」


その言葉に、ヨルは元気を取り戻す。

今まで落ち込んでいたことが嘘のような、その元気の取り戻し様は、諦めることになる可能性など頭にないか、最後の言葉を聞いていなかったかのどちらかだろう。


「その代わり、それまでにやることを全てやっておく必要があるんだが...。どうする?」

「おう!なんだってやるさ!!」


決意を新たにしたヨルとクリス。

2人は、席を立つと、明日に備える為に早めに部屋へと戻っていった。


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