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Caravan  作者: Ni_se
第1章 旅立ち
12/53

12


「でっっけぇなー」


感嘆の声を上げるヨルの見上げる先、そこには、巨大な門が大きく口を開けて見下ろしていた。

以前目にした日暮れ時の姿と違い、陽に照らされることで鮮明に見えるその城門はより大きく、より分厚く見える。

以前乗っていた、レオの魔導船が丸々1隻と通れてしまうだろう程の高さに、なぜこんなにも大きく造ってしまったのだろう、という疑問がぼんやりとヨルの頭に浮かぶ。


「ほらヨル、もう行くぞ」


そこへ、唐突に聞こえてきたこちらを呼ぶ声に、ヨルの思考は掻き消される。

目を向けた先には、どうやら検問を終えたらしいクリスがこちらを見つめていた。


「おう、今行く!」


先を行くクリスに声を掛け、小走りで横に並ぶ。

ヨルが追い付いたことを横目で確認したクリスは、特に口を開くこともなく歩みを進める。


「なぁ この門、なんでこんな大きいんだろうな?」

「知らん。大昔にはこれより大きい魔獣でも居たんじゃないか?」


ヨルの口にした疑問に、クリスは外套を頭まで深く被りながら答える。

日差しが暑いから、という理由で被っているのをヨルは先程聞いていた為、その行動に特に驚くことはないものの、他に何か理由があるんだろう、とヨルは薄々感じ取っていた。

しかし、その理由を深く聞くことはない。

なぜなら、クリスは聞いた所で答えるような男ではないのを知っているのと、ヨルが傷つくような隠し事が出来る性格ではないことを知っているから。

また、クリスも聞かれないことを知っているからこそ、そのことを深く話すことはなかった。




「傭兵斡旋所」と看板が掲げられている、木造で出来た建物。

建物の中はかなりの広さがあるものの、隅まで掃除の行き届いていない床や人気のなさから来る物悲しさを、その広さが余計に引き立たせている。

その寂れ具合は想像を超える程で、もし港町でこの国の実情を聞いていなければ、思わず看板を確認するために外へ飛び出していた事だろう。

入り口を跨いだ先、ロビーにある受付には、女性が1人だけぽつんと立っているのが見えた。


「新規登録の方ですね!」


藍色の髪が特徴的なその女性は、ヨル達2人へ笑顔を向けながらはきはきとした声で話している。

ロビーの中も当然閑散としており、そのお陰で到着するや否やすんなりと受付へ向かう事が出来た。

女性の言葉に、クリスが代表して答える。


「審査を受けにきたんだが」

「でしたら、あちらの道にある扉へお入りください」


詳しい説明は前回聞いたのと、分からなければ隣にいるクリスに聞けばいいので省略。

要は、部屋に居る相手と1対1で闘って勝てばいいらしい。

ロビーの奥にある細い道を進んだ先には幾つかの扉が並んでおり、その中にあるどれかが審査を行う場所なのだろう。


「俺は...この部屋だな」

「んじゃオレは...、ここか」


2人は軽く挨拶を済ませ、同時に扉を開く。

扉の先は先程のロビーほどの広さはないものの、それでも身体を動かすには十分の広さの部屋があった。部屋の奥には大量の木刀や、薄汚れた練習用の案山子が立て掛けられており、閑散としている割に豊富な設備にヨルは感心していると、背後の扉が独りでに、大きな音を立てて勢いよく閉まる。

それに多少訝しみながらもヨルは歩みを進め、部屋の中心へと辿り着いた時、右奥にある別の扉が独りでに開くと共に男の声が響く。


「やぁ!君が今日審査を受けに来た子でいいのかな?」

「あぁそうだ!」


活力に満ち溢れた声に、ヨルも共に元気な声で返すと、その答えに満足したのか男は軽く笑みを浮かべる。また、その後ろには先程受付にいた女性が付き従っており、2人はヨルの前まで歩いて来ると、女性が先んじて口を開いた。


「先ほど説明した通り、これから1対1で戦闘をしていただきます。といっても、飽くまでもこれは審査ですので、決定的な隙を晒したと判断した時点で終了となります。」


女性はそう言と、2人から距離を取り懐から筆記具を取り出し、手に持っていた紙の束へなにやら書き始めた。恐らく、既に審査は始まっているのだろう、そう判断したヨルは視線を目の前にいる男へと向ける。


男は、ヨルのよく知るレオほどの体格ではないものの、細身の割に、それなりにがっちりとした体つきをしている。服の上から見える肌には古傷の跡が見え、薄らと皺がある顔に、余念なく準備運動をする姿から、大体30代前半辺りだろうか、とヨルは推測する


その男は、今まさに行っていた屈伸を終えた所で、こちらの視線に気づくと笑みを浮かべながら口を開いた。


「君も、準備はしておいた方がいいよ?この歳になると絶対後悔するからね。あーあの時やっておけばよかったーって!」

「...おっさん、そういうのいいから早くやろうぜ?」


大げさな仕草を取りながら話すその男の態度は、こちらの緊張を解そうとしてくれていたのだろう。

だが、ヨルには必要ない。

あの扉を開けた時から既に心の準備は出来ており、闘いを急かしているかのように身体の疼きが止まらなかった。ヨルのその様子を見て、男は緊張しているのだと認識していたらしいが、ヨルの急かすような言葉に、ほぅ、と言葉を漏らし笑みを溢す。


「君が使うのは...剣でよかったよね?...先手は君にあげるよ」


男は笑みを溢したまま、立て掛けてある木刀を適当に2本手に取ると、こちらに向かいゆっくりと歩き始める。ヨルとの距離がある程度縮まったところで、口を開くと共に、いきなり持っていた木刀の内の1本をこちらへ山なりに投げつけた。


「そりゃどう、も!」


しかし、木刀を投げられても尚全く動じる事もなく、ヨルの視線は男に向けられたまま、利き手である右腕を徐に上へ伸ばす。

すると、投げられた木刀は、まるで吸い込まれるようにヨルの伸ばした掌へと収まり、それが当然であるかのように手を確認することもなく地面を強く蹴った。


ヨルは掴んだ木刀を両手で下段に構え、その勢いのまま男へと振り上げる。

予想外な動きに男は若干の驚きを見せるも、すぐさま木刀を中段に構える事で対応する。

それにより、ヨルの下段からの切り上げをうまく受け止めることが出来たものの、男の予想を遙かに超える威力に思わず数歩後退ってしまう。


「おぉっ!へーなかなかやる、うわっ」


先程、男がやって見せたいきなり山なりに投げるという行為は、ある種の洗礼のようなものであり、新入りの審査を行う場合には毎回必ず行う行為であった。

こちらが武器を投げ渡した後、新入りがどう動くかによって審査の評価が大きく変わってくる。

その後の行動で最も多いのが、こちらへ激昂すること。

そういった者は大抵体格が大きく、力に自身があるもので、この程度で怒り出すようでは傭兵になる資格はない。

少なくとも、ここで審査を行う者は皆そう思っている。


逆に一番少ない行動はすぐさまこちらへ斬り掛かってくることで、そういった者の大体が戦闘好きで、定跡に捕らわれない予想外の動きをする者が多い。

将来名の知れた傭兵になる可能性が一番高いとも言われているが、審査を受けるのは未だ一切戦い慣れのしていない新人な故に、大抵は攻撃した後のことは考えておらず、初めの1撃に全力を籠めて剣を振り、後はこちらの出方を窺う者が殆どだった。


今回もそのパターンか、と男は数歩後退りながら余裕の出来た頭でそう考えていると。

突然、目の前に迫るのはヨルの持っていた筈の剣先。

咄嗟に剣の腹を向けることで防いだものの、ヨルによる剣戟の応酬は留まることはない。

ヨルは自ら投げた剣を掴み、回転することで勢いの増した剣を叩き付ける。


「ちょっ!ま、まって!」


男はなんとか全てを防ぎ続けてはいるものの、後手に回ってしまったが故に攻撃へ転じる事が出来ず、ただ後退る事しかできなかった。

いつ終わるとも知れないヨルの猛襲は続いていき、やがて。


「やめ!」


離れて2人の戦闘を見ていた女性が、部屋中に声を響き渡らせる。

軽く息の上がらせた2人は共に剣を収めると、まずヨルが大きく声を上げた。


「ありがとうございました!」

「あ、あぁ。こちらこそ」


戦闘を始める前と変わらない元気なヨルの声に、未だ息の上がった男は若干の驚きと感心の念が湧きながら、ヨルの伸ばした手を握り返した。


「結果は後程お知らせしますので、向こうのロビーでお待ちください」


女性の言葉に、ヨルはやることは終わったとばかりに木刀を返し、この場を立ち去ろうと扉に向かい歩き出す。

そこへ、荒い息を整えた男がこちらへ声を掛けてくる。


「やるねぇ君!よかったら、うちに入らない?<ホーキンス>ってキャラバンの下位組織なんだけど、」

「ごめん。オレ、自分で作ろうと思ってるから」


畳みかけるような男の声を遮る様に、ヨルは声を上げる。

自分でキャラバンを作るというヨルの言葉を、キャラバンへの誘いを断るための口実と取った男は、あぁそう、と呟き、それからヨルが部屋を出るまで口を開くことはなかった。




部屋を出てロビーへ戻ると、そこには既に審査を終えたクリスがソファーに腰を下ろしている姿が見える。クリスの前には飲み掛けの紅茶が置かれており、その紅茶の残り具合から、ヨルが審査を終えてから然程経っていないことが伺えた。

クリスがこちらへ視線を向けたことに気付いたヨルは、声を掛ける。


「どうだった?」

「あれで、傭兵の中でも強者の部類に入るのなら、...底が知れるな」


どうやら想像していた実力より劣っていたらしく、クリスは落胆した様子で溜息を吐く。

しかし、それは当然の事だろう。

クリスが闘った相手、それは飽くまでも新入りが相手にするにはかなりの実力がある程度であり、洗礼として木刀を投げた直後に鳩尾へ思い切り殴り掛かるような者が満足するレベルではない。

また、王都とはいえ情勢が悪く、閑散としたこの場所に、クリスの求めていたような実力のある者が居る筈がなかった。クリスもそれを理解してはいるが、それでも開始数秒で終えてしまったことに不満を溢さずにはいられなかった。

そんなクリスを元気付ける為にヨルは励ましの言葉を掛けていると、2人を呼ぶ声が聞こえ、それに従い受付へと向かった。


「お疲れさまでした。...こちらが身分証です。組合の一員であることを証明するものなので、絶対に失くさないでくださいね」


絶対にですよ、と念を押されながら手渡された、身分証と呼ばれる物を2人は眺める。

光が反射して薄らと輝いている灰色の身分証は金属で出来ており、片手で握れるほどに小さく、ほんのりと冷たい。また、特殊な加工を施されているらしく、再発行をするにはそれなりに値段が掛かるらしい。懐に入れている奴の殆どの者が失くしている、との話を聞いた2人は、共に小さい鎖を通して大人しく首へ掛けた。




外へ出ると、晴天な空から注がれる日差しが、長いこと建物に居たことで余計に強く感じ、思わずヨルは目を細める。隣にいるクリスは外套を深く被っているため、日差しに特に反応を見せることもなく、この時ばかりはそれが羨ましく思った。


「後は、寝る場所を決めるぐらいか。だが、夜にはまだだいぶ時間があるな...」

「宿ならさっき紹介されたとこでいいんじゃないか?...それよりさ、折角来たんだし、王都の中見て周ろうぜ!」


初めて来る場所に気分を高揚させるヨルは、観光と共にこれから拠点となるこの場所をよく知っておきたい、という意味を込めて提案する。

しかし、その言葉にクリスは余り気乗りではないらしく、外套で殆どの顔が隠れていても分かるほどに顔を顰めた。


「...なぁヨル、腹減ってこないか?ここへ来る途中にとても食欲を誘う香りの店があったんだが...」

「もう飯かよ!?リコリスの母さんの飯食べてから、まだそんなに経ってないじゃんかよ!」


身構えていたヨルは、何かを決断するような様子のクリスの口から出るあまりの予想外過ぎる言葉に、大きく肩を透かし、声を荒げる。

確かにここへ向かう途中、肉の焼けるとてもいい香りが漂っていたのは事実。

だからといって、いい香りの漂う店を見つける度に食事をしていたらキリがない。

ただでさえ前日に散々食事に金を浪費していたのにも関らず、あのペースで毎日食事を続けていれば、あと数日もしない内に資金が底を突いてしまうだろう。


「なら、別れて行動しないか?それなら、どちらも好きなとこに行けるぞ」

「まぁ、...確かに」


考え事をしていたクリスが、突然妙案を閃いたかのように話し出した言葉に、ヨルはそうまでしてあの店に行きたいのかと内心呆れつつも、その熱意に負け、渋々ながらも頷く。


その後の話し合いの末、待合せ場所を、先ほど受付の女性に教えてもらった宿の食堂に決め、2人は夕方の陽が暮れるまで別れて行動することになった。




2人が別れた後、ヨルはクリスの向かった方向とは真逆の道を歩いていた。


「王様が変わってから人が減ったって聞いてたけど、こっちの道は意外とたくさんいるんだな」


城門から真直ぐに進んだこの場所は、王都の中でも1番の大通りであり、寂れたとはいえそれでも十分の賑わいを見せている。

道の中心には馬車3台分がギリギリ走れる程度のスペースが設けられており、実際には歩行者が広く感じる程には広くはない為、余計に賑わいを見せているように感じさせていた。

また、賑わいを見せている理由はそれだけではなく、ある催し物の為に普段この道を出歩かないような者達も数多くおり、通常のこの時間帯と比べてもかなりの人で賑いを見せていた。


「あーぁ、クリスも一緒に来ればよかったのになー」


と、そんな言葉を漏らしていたヨルも、行き交う人々に新鮮な景色に圧倒され、気付けばこの場に居ないクリスのことなど意識の外へと消えていく。

その後もヨルは、その物珍しさに視線を彷徨わせながら、王都の通りを歩いていると。


「うわっ!」

「っと、すまん!大丈夫か?」


前方から軽い衝撃を受けるのを感じる。

それほど強い衝撃ではない為、ヨルは特に痛みを感じることはなかったものの、ぶつかった相手はそうではないらしく、その衝撃に尻もちをつき抱えていた紙の束を辺りにばら撒いてしまった。

ヨルはすぐさま散らばる紙を集めるのを手伝うと、拾った紙に書かれている文章が目に入る。

そこには、何やら難解な言葉に図のようなものが書かれており、戦闘に関すること以外一切の考えが働かないヨルには全く理解することが出来なかった。


「いえ、僕も下を見ながら歩いてたので...。あ、ありがとうございます」


程なくして全ての紙を拾い集め、渡す為に近づいて行くと、ヨルとぶつかった相手が改めて目に映った。背丈はヨルの腹あたりまでしかなく、歳は自分より一回り下くらいの学生か何かだろうか、とヨルは推測する。それだけ若いにも拘らず、あの難解な文章を読むことが出来るとは、学校へ通う者は皆頭がいいんだな、とヨルは感心の念を覚えた。


だが、その少年の外見の中でも特に目を引くのは、その髪の色だろう。

色素が薄いなんて言葉では言い表せない程に真っ白な髪は、少年の赤い眼と相まって、とても不思議な雰囲気を感じさせている。

と、少年の顔をヨルはまじまじと見つめながら観察を続けていると、気恥ずかしさから目を泳がせた少年はヨルの腰に下げた剣に目が留まり、突然声を張り上げる。


「その剣...。もしかして、傭兵の方ですか!?」

「あ、あぁそうだけど?」


傭兵、そう呼ばれたことに、ヨルはすこしだけ気を大きくしながら答える。

しかし、少年は特に気にする様子もないまま言葉を続ける。


「お願いします、依頼を受けてくれませんか!!」

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