表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Caravan  作者: Ni_se
第1章 旅立ち
11/53

11


街道を挟む様に存在する森林。

この森には、特殊な魔力溜まりや、ドラゴンの巣と言ったような特筆すべきものは無いものの、その分豊かに育った野生の魔物が数多く蔓延っていた。

また、この森林で育つ木々は枝葉が多く、重なり合うように伸びた枝葉は陽の光を遮ってしまう。

その暗さは、日中ですら薄暗く感じる程で、それが日暮れともなれば、辺りが闇に包まれてしまうのは火を見るより明らか。

当然、良識のある者であれば日暮れに立ち入ることなどせず、依頼を受けた傭兵ですら夜明けを待つか、万全の準備を整えてから森へ立ち入るのが普通。



そんな、日暮れの森の中を彷徨う、1人の少女がいた。

その少女は頻りに背後を振り向き、片手に持つ松明を暗闇へ翳している。

まるで、何かに追い立てられるように走る少女の背後から、時折聞こえる魔獣の鳴き声と息遣いが、この状況の全てを物語っていた。


「いやっ...!やめて、来ないで!!」


徐々にその息遣いは近づいていく。

少女は振り向きざまに松明を振り、近づく魔獣へと松明を向けた。


松明に照らされた、その魔獣の名は、黒狼(ブラックウルフ)

真黒く染まった体毛はこの魔獣の由来にもなっており、一日中薄暗いこの森ではとても有利に働く。

それは当然のことであり、この暗い森に順応していった結果体毛が黒く変化し、必要のなくなった目は退化していった。

黒狼の目は、順応していった特性の中で唯一退化してしまった性質であり、暗闇に慣れたその目に、強い光を浴びせることが出来れば簡単に隙を作ることが出来る。

その反面、目の代わりに発達した嗅覚に、元々備わった知能の高さにより獲物を逃すことは殆どなく、その学習能力が故に人の住まう場所や街道周辺には滅多に飛び出してくることもない。

それでも、絶対に出ないという保証はなく、時たま迷い込んでしまうことや、血の気の多い黒狼が、敢えて人気のある場所へと侵入してしまうこともある。

今、少女の目の前にいる3匹の黒狼も偶然出くわしてしまった結果であり、出会ってしまった少女は、正に運が悪かったと言わざるを得ない。



しかし、少女はまだ諦めていなかった。

否、諦める訳にはいかなかった。

少女の松明を持つ手、それとは逆の手に持つ藁で編まれた籠、少女はそれを強く握る。

無論、策はある。

この近くにある村に住む以上、黒狼と出くわした時の対処の仕方は、少女が物心つく頃には教えられていた。

しかし、それを頭で理解しているのと、実際に行うのでは大きく異なる。


「ウワォオオオン!!」

「ひぃっ!」


一歩、一歩ずつ、少女は後ろへ後退っていく。

松明を振る、ただそれだけのことが、今の少女にはどうしても踏ん切りをつけることが出来なかった。

どうすることも出来ないまま、不運にも、後退る少女の背中に木の幹が触れる。


「こ、こないで!!」


腰が抜け、大木へ凭れるようにへたり込む少女は必死に声を張り上げる。

手を突き出すように前へ向ける松明、その光に照らされることでより鮮明になる黒狼の姿が、少女の恐怖心をさらに煽る。


今にも泣き出してしまいそうな少女の心を支えているのは、震えた手で握る光。

少女は、この暗闇の中を唯一照らしている松明が、この絶望的な状況を打破することが出来ると信じていた。

しかし、いくらその松明の炎を向けようとも黒狼たちは一切の反応を見せることはなく、その様子に少女は理解できないといった様子で声を荒げる。


「こ、これが見えないの!?火だよ、火!あたったら痛いよ!!」


少女は1つ、大きな勘違いをしていた。

いくら黒狼の目が光に弱いとはいえ、少女の持つ松明の頼りない光程度で怯ますことなど到底不可能だった。


ただ運がよかったのは、この場で少女が出会ったのが黒狼だったことだろう。

仮に、今少女を追う魔物が黒狼ではなく他の魔獣、例えば黒熊(ブラックグリズリー)の場合、この場に残っているのは無残に食い千切られた女性の死体か、それ以前に少女は出会ったことに気付くことのないまま、その姿にされていたことだろう。


黒狼の場合、その知能の高さが故に、必要以上の狩りをすることはない。

あえて獲物を逃がすことで、恐怖心を植え付けると共に、発達した嗅覚でいつでも食事が出来る環境を作る為、一度目の邂逅で即座に殺されることは殆どなかった。


しかし、その獲物が人間の場合、その限りではない。

多くの同朋を殺めた人間に対して、黒狼は深い恨みと畏怖の念を持っており、また、それは老齢な者ほどその気持ちを抱く者は多い。

そんな復讐の対象である人間が1人、無防備に隙を晒しながら森に迷い込んでしまった場合の、黒狼の取る行動はひとつ。

弄り、追い詰め、殺されていった同朋達と同じように息の根を止める。

それは、まさに今、この時のように。



ゆっくりと近づく黒狼の鼻先が、すぐ目の前にまで迫る。

涎まみれにした黒狼の、獣臭い吐息がより明確に感じる。

しかし、黒狼を見つめる少女の眼は、未だ力強い意志を感じられる程に強い眼差しを向けていた。


少女は、松明を震える手で強く握り、イメージする。

まだ少し幼かった頃、同じ村の男の子が遊んでいた姿。

その、男の子たちが棒を振り回して遊んでいた、あの姿。

その姿そのままに、少女は手に持つ松明を、目を瞑りながら思い切り振り被る。

確かに手から感じる衝撃に、やった、と心で叫びながら目を開いた、その先には。


「え...う、うそ...」


何一つ変わらない、少女を囲む3匹の黒狼の姿。

厳密には、少女の触れた場所の毛並みが逆立っているのだが、それに気付く余裕がないほど少女の頭はパニックに陥っていた。


不運は重なる。

強く握っていたはずの松明は手から離れ、地面を転がる。


「いや...いや、やめて...」


ゆっくり、ゆっくりと近づく黒狼。

少女を囲む3匹、その内の1匹が口を開き、飛び出す。


「いやぁあああ!!」


少女が災難に見舞われる中、幸運と呼べるものが2つあった。

1つは、出会ったのが黒狼だったこと。

もう一つの幸運、それは、少女の叫び声に気付いた者が居たことだろう。


目の前に迫る恐怖に、少女は目を強く瞑る。

横から吹き付ける風に、少女の肩に切り揃えられた栗色の髪が揺れる。

しかし、いくら待てども来るはずの痛みは襲ってくることはなかった。

そのことに少女は疑念を抱いていると、男の声が聞こえてくる。


「おい、大丈夫か!?」


恐る恐る目を開けると、まず視界に入ったのは、その男の身体。

程よく日に焼けた若い肌に、がっしりと引き締まった身体は、村一番の狩人ですら比較にならないほどに力強さを感じさせ、年若い割にかなりの修練を重ねていったことが窺い知ることが出来る。

その身体に、少女は20代後半と推測した。


次に目に入るのは、特徴的な髪の色とその顔つき。

真っ黒に染まった髪に、悪戯好きな男の子といった印象を受けるその顔は、先程抱いていた推測を撤回し、自分と同じか、少し上くらいの年齢と推測を修正する。


そんな、黒狼の体毛より漆黒の髪を持つ青年は、少女を見下ろすようにこちらを見つめ、手を差し出していた。


「え...」


その手が、自分に向けて伸ばされていることを少女が理解するのに、一瞬の時間が掛かった。

少女は遠慮がちに、その手を取る。


「あ、ありが...とう」

「おう、無事でよかったな!」


立ち上がると、先程襲い掛かってきた黒狼の内の1匹が倒れている姿が視界の先に見えた。

その黒狼は腹部から強い衝撃を受けたような傷跡があるだけで、黒髪の青年の下げた剣による切り傷は見えない。

それに疑問を抱きながらも少女は感謝の言葉を伝えると、黒髪の青年は、邪念の一切ない無垢な笑顔で答える。


その笑顔に、少女は一瞬気が抜け掛けるも、それを寸での処で堪える。

この、黒髪の少年が現れたお陰で危機は去ったものの、今この場で倒したであろう黒狼の死体は1匹しかなかった。

あの時追いかけていた黒狼は3匹だったはず。

今、目の前でこちらに笑顔を向けている青年はそれを知らないかもしれない、そう危惧した少女が、危機がまだ去っていないことを伝えようと口を開いた時、この場に居ない別の男の声が少女の言葉を遮る。


「ヨル、こっちは終わったぞ」


黒髪の青年をヨルと呼ぶ男は、大きい荷物を肩に担ぎながら暗闇の中から現れる。

その、大きい荷物も然ることながら、最も目を引くのは特徴的な容姿。

黒髪の青年と共に引き締まった身体に、それと正反対の真っ白い肌は嫉妬すら感じてしまいそうになる。

そんな姿以上に気になるのは、地面に転がる松明の光を反射して薄らと輝く金色の髪。

その髪の色は全く見覚えはない筈なのだが、記憶の奥に一度だけ見た覚えがある気がする。

たしか、幼い頃一度だけ見た王都のパレードで...


「そっちも終わったようだな。...おい、どうした?」


と、考え事に集中するあまり、一切動く様子のない少女を心配した金髪の青年が、声を掛けながら近づく。

その声に、ハッと我に返った少女は、改めて肩に担ぐ大きな荷物を認識する。

その荷物は紐で括られた2匹の黒狼の亡骸で、先程少女が危惧していたものだった。

心配していたものが杞憂に終わったことに心から安堵し、自分があの窮地から助かったのだと理解した瞬間、全身から力が抜け、その場でへたり込んでしまった。

青年たち2人は、少女が立ち上がる気力を取り戻すまで、その場で警戒を続けていた。




「なぁリコリス、お前なんで1人であんなとこにいたんだよ?」

「薬草を摘んでたんだ。前は依頼を出して持ってきもらってたんだけど、最近は全然受けてくれる人がいなくって...」


その少女、リコリスは、歩けるようになるまで気力を回復した後、助けてくれたお礼をしたいと村へ来るように2人へ申し出た。

初めは断ったものの、リコリスを助けるまでの経緯をヨルが勝手に話し始めたことで、ならば是非と誘いの言葉を強くする。

それから結局、護衛の意味も込めてリコリスの村へ向かう事になった。

だが今、リコリスはヨル達2人の前を歩き、森の中を元気に先導している。

つい先ほど、黒狼に襲われていた時に見せた表情とは真逆の様子に、これが普段の性格なのだなと、クリスは納得する。

しかし、いくら元気になったとはいえ、護衛である2人を置いて先を歩くリコリスに少しだけ心配を感じたクリスは、口にする言葉を強める。


「だからって、こんな暗い時間まで森に居るのは危険だろう」

「それは、もう助かったからいいじゃん!...あ、ほらあの村だよ!!」


その言葉にも一切の反省の様子を見せないことに、クリスが辟易とした表情を浮かべている中。

リコリスの指す指の方角へ、2人は顔を向ける。

そこには、特にこれといった特徴のないごく普通の村があった。

違いがあるとすれば、この月の昇る時間にも拘わらずとても明るい、といった所だろうか。

目を向けたクリスが一瞬だけ目を眩んでしまうほどの明るさのある光は、空へ向けられており、森を超えた少し先から程なくしたところまで伸びている。


「あれ?もしかして、もう朝になってる?」

「ちがうよー!黒狼除けに明るくしてるんだ」


よく見ると、確かに特殊な装置が置かれているのが見える。

森の開けたこの場所と森の境目に、一定の間隔に置かれたその装置は、一切の音を立てる事もなく空に向けて光を放っていた。


「この光、船の目印にもなってるんだって」


この村は、どちらかといえば北の街道寄りに存在するものの、昼間ヨル達2人のいた港町からはさほど離れておらず、黒狼除けの光を灯台の替わりとして流用していた。

これにより、村の周囲は日夜明るく照らされる代わりに、ソル王国から一定の支援が為されており、2人は今まで船に乗っていた者として、感心した顔つきでその言葉を聞いていた。



「あれは狩人のミュスカさんの家!」


村へ入ると、外と比べそれほど明るくないことに驚き、その明るさにクリスは日暮れの空のような印象を受けた。


「あっちは、材料があれば何でも作っちゃうポムさん!」


日暮れ時のような明るさとはいえ、既に寝静まり部屋の明かりを落としている家が殆ど。

にも拘らず、辺りが静かになることはなかった。


「あそこはこの村で一番物知りなフレーズさん!」


それは、今も尚喋り続けるリコリスの声が辺りに響いていたからだった。

村へ入ってからずっとこの調子で喋り続けており、クリスはその声に多少嫌気が指しており、今隣でいつもと変わらない様子で言葉を返しているヨルが、とても不思議でしょうがなかった。

...だが、もし仮に2人が駆けつけていなければ、リコリスがこの村へ戻ってくることは叶わなかった訳で。


「あれは私と同い年のレザンが居る家!」


すぐ暴力振るうから気を付けた方がいいよ、と、リコリス言葉を続ける。

そう考えると、リコリスの元気な声も、微笑ましいものに見えて来る気がしないでもない。

少し我慢すればいいことだ、とクリスは考え自分を納得させ、歩みを進めた。


「ここが私の家!」


この村で唯一明かりの付いている家、リコリスはそれを指さすと、突然走り出す。

2人も小走りで付いて行くと、扉を開けたリコリスの前に、よく似た女性が立っていた。


「リコリス!どうしてこんな夜遅くまで...あら?この方々は?」

「この2人はヨルとクリス!助けてくれたんだ!!」


目の前に立っている栗色の髪に、リコリスに似た顔つきの女性は、恐らくリコリスの母親だろう。

リコリスによる2人の雑な説明に、クリスは苦笑しながら説明を補足する。


「王都へ向かっていたところ、悲鳴のような声が聞こえたもので。森で黒狼に襲われたリコリスさんを発見し、討伐した次第です」


これが証拠です、とクリスは肩に紐で括り担いでいた黒狼を、地面へ下す。

その様子にリコリスの母は驚きの表情を見せ、本題に入ろうとクリスが口を開きかけた時、横やりが入ってくる。


「オレら、王都に入る直前に閉められちゃってさ、クリスが食べ過ぎたせいで!そしたらリコリスにお礼したいって言われたんだ」

「お、おいヨル!」

「あら、そうだったのね。食事と寝る場所しか用意できないけれど、それでよければ歓迎しますわ」


順を追って説明しようとした所に、いらない情報も添えて話し出したヨルに、クリスは声を荒げ掛けるも、今頼み込もうとしていた要望を聞き入れて貰えたことで、クリスは怒りを鎮めた。




「ベッドだぁー!」


クリスの担いできた黒狼を使った料理を堪能し、空き部屋へと案内された2人。

部屋に入るなり、いきなりベッドへ飛び込むヨルに、クリスは辟易といった様子で目を細めながらその動きを見つめる。

1日ぶりとはいえ、眠気を誘うベッドへ今すぐにでも飛び込みたくなるのはとても良く分かるが、クリスはその気持ちをぐっと抑え付ける。


「リコリスの話だと、夜明けからここを出れば門の開く時間に着くらしい。俺は昼頃にここを出てもいいと思うんだ、が...」

「あぁ...それで、いいと思う...」


リコリス曰く、陽が昇ってしまえば、松明を持たなくても森の中を歩けるぐらいには明るくなるらしい。

しかしそれは晴天の場合の話であり、夜明けに出発した途中で空が曇ってしまえば忽ち真っ暗な森へと戻ってしまう。

それを危惧してのクリスの提案だったが、ベッドの誘因に負けてしまったヨルは上の空で言葉を返す。

ヨルの隣、そこにはクリスの為に開けられたベッドがこちらの眠気を誘っており、クリスは必死に堪えるも


「...ムリだぁー!!」


ベッドに屈し、遂に倒れ込んでしまう。

翌朝、リコリスが見た2人の寝顔はとても健やかだったという。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ