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ソル王国の王都から港町までを、真直ぐに繋ぐ街道。
森林を貫くように整備されたこの道は、馬車2台が通るにも十分すぎる程広く、一切の隙間なく石で舗装することにより、とても快適に走ることが可能になっている。
陽が傾き、辺りが夕日色に染まってから幾分か経った今、人気のないこの街道を走る2人の青年がいた。
息を切らす様子もなく走る2人の先には、王都を護る城壁が小さく見えている。
小さいながらも目指す場所を視界に捉えたことで、2人は走る速さを僅かに緩めた。
その後も2人は走り続け、豆粒程だった王都の姿が拳大ほどに見えて来た時。
黒髪の青年、ヨルがまず、その異変に気づく。
「なぁ、...あれ、閉まっていってないか?」
「はぁ?なに言ってるんだ、そんなわけ...」
立ち止まり、呟いたヨルの言葉に、同じようにクリスも王都の方角へと目を凝らす。
すると、微かに見える王都の城壁、その中心に開いていた入り口が、徐々に狭くなっているのが見えた。
「おいヨル、このままだと不味いぞ。...ヨル?」
それは今も尚小さくなっており、このまま悠長にしていれば2人が到着する頃には門は完全に閉じ、王都へ入ることが出来ない可能性が高い。
そう考えたクリスは、隣にいるはずのヨルへ声を掛けるも、一向に返事がないことに不審を抱く。
隣へ視線を向けるも、そこにいたはずのヨルはいない。
不審に感じたクリスが辺りを見回していると、遠くの方からヨルの声が聞こえて来た。
「早く来いよクリス!このままじゃ間に合わねぇぞ!!」
その微かに聞こえる声は街道の先、王都の方角から聞こえて来ている。
視線を向けると、そこには豆粒程に小さく見えるヨルが手を振っているのが見えた。
陽の殆どが落ち、薄暗い中でも確りとその威圧感を感じとれる程に巨大な門。
ソル王国随一の高さを誇るその城門が、たった今閉じられようとしていた。
「ちょ、ちょっと待ってくれー!!」
そこへ、待ったを掛ける声が響く。
街道を走る2人が張り上げたその声は、今まさに閉じられていく城門へと向けられたものだった。
しかし、2人の声は城門の閉まる重苦しい音に掻き消されてしまっており、向こうが反応する様子は全くない。
また、仮に向こうが気付いたとて、巨大に造られているが故に、一度閉まり始めたこの城門を止めることは、そう簡単に出来なかった。
そんなことにすら考えが及ばない程に慌てる2人はただ只管に叫び続け、城門の扉は止まる気配がないまま容赦なく閉じてゆく。
ヨル達2人の叫ぶ声も虚しく遂に城門は完全に閉まり、その風圧に目を瞑った。
風が止み、2人の間に暫しの沈黙が流れた後、ヨルが小さく言葉を漏らす。
「...間に合うって言ってたじゃん」
「......すまん」
無慈悲に立ち塞ぐ城門を前に、2人はただ立ち尽くすことしか出来なかった。
「本当に、すまん...」
王都から、程なく歩いた街道の途中。
閉じた城門の前に立ち尽くしていた2人は、徐々に暗くなっていく周囲に何時までもそうしているわけにも行かず、2人は来た道を戻る様に、王都とは真逆の方向、港町に向かって歩く。
背後には、2人が潜ることの叶わなかった城門が、未だ威圧感をもって鎮座していた。
「どうすんだよー、もうこんな真っ暗じゃん!」
隣を歩くクリスへ、ヨルは非難の言葉を浴びせる。
これはクリスが判断を見誤ったが故に起きた事態であり、その言葉に対して正にぐうの音も出すことが出来なかった。
その後も続くヨルの言葉を、クリスは黙って受け止める。
「門出るとき思ったんだよ、間に合わないんじゃ?って。全部クリスのせいだからな!後で何か奢れよ!!」
「...待て、それは違くないか?」
ヨルの口にしたその言葉に、流石のクリスも待ったを掛けた。
確かに、この責任の殆どがクリスにあるとはいえ、街を出る前から気付いていたにも拘らず黙っていたヨルにも、多少は責任があるんじゃないだろうか。
日頃、失態を演じるのは大体がヨルの方であり、クリスがそれに対して責め立てることは殆どなかった。
にも拘らず、ここぞとばかりに口にする文句に加え、全ての原因がクリスにあるという最後の言葉。
苛立ちを覚えたクリスの物言に、ヨルはゆっくりと俯くと、やがて小さく口を開く。
「...串焼き」
「......?」
突然口にしたヨルの言葉。
その言葉が理解できず、クリスは頭に疑問符を浮かべる。
「...肉まんじゅう、...パニーノサンド」
その後も、挙げられていく食べ物の名前に、クリスは更に疑問を深める。
唯一分かるのは、その食べ物がどれも先程、市場で食べたものであるという事だけ。
ヨルが食べ物の名を口にする度、クリスの頭に先程食べた時の記憶が鮮明に思い起こされ、思考力が落ちていく。
「...サルモネの包み焼き」
サルモネという魚を大きな葉で包んで焼いたもので、とても美味しかったのを覚えている。
食べた後、もう一度買いに戻ったくらいに。
「...カラマリの姿焼き」
夥しい脚を持つ見た目から、一度遠慮してしまった自分をぶん殴ってやりたい。
また、その後買うことにした自分を褒めてやりたい。
そう思えるほどに美味しかった。
「...ポンペルモの実」
食後のデザートにと買っておいた果物で、一口目から感じる程よい酸味と甘みは、口の中に残っていた後味を全て洗い流してくれるような気分にさせてくれた。
悔やまれるのは、その果物はあまり量を採ることが出来ないらしく、今売っている物で最後だったということ。
もう一度買いに戻った際にその話を聞かされた時は、思わずその場で崩れ落ちてしまった。
と、そこまで考えた時、ふと我に返ったクリスは今考えるべき事があるのを思い出す。
思い出したはいいものの、ヨルが今それを何故口にするのかを、クリスはいくら考えても全く見当がつかなかった。
分かるのは、ヨルが口にしていた名前は全て、何度も往復するほどに美味しかった食べ物の名前であり、また、人気な故にそれなりの時間行列に並ぶ羽目になった店で...
「...まだまだあるけど?」
「うぐっ、...すまない、俺が悪かった」
隣から感じる、咎めるような視線。
目を細め、睨みを利かすヨルの視線に漸く観念し、クリスは頭を下げる。
クリスの全身から漂う謝罪の意思に、漸く溜飲を下げたヨルは睨みつけていた目を緩めた、その時。
「きゃぁあああ!!」
甲高い悲鳴のような声。
その声は2人の向く側から右、北の方角にある森の奥から響いており、それを聞き取った2人の表情は真剣なものへと変わる。
「...ヨル」
「あぁ、聞こえてる」
阿吽の呼吸。
そう表するには疑うべくもない程に息の合った2人は、後に続く言葉を発することなく、クリスの言わんとする事を理解する。
そして、2人は合図らしき仕草もないにも拘らず、申し合わせたかのように同時に地面を蹴った。