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Ceremony

作者: 仁科悠三

Ceremony


 時計の針がやっと11時を回った。お兄ちゃんはもう寝ただろう、と由美は思った。兄の孝之は宵っ張りではない。早寝早起きタイプだ。由美も風呂から上がって小一時間、髪も乾いた。

  由美は幼い時から兄の孝之が大好きだった。兄にも両親にも、そして周りの人たちにも「あたしね、大きくなったらお兄ちゃんのおよめさんになるの」と触れ回っていた。まわりの人たちは、みんなニコニコして由美の言うことを聞いていた。小学校に上がり、中学生、高校生となっても、口に出すことはなくなったものの、由美の心の中ではその気持ちは変わらなかった。口に出せない分、深く心の奥底に秘めた兄への思慕はますます強くなっていった。高校2年生を終え、来月からは高校3年生、5月には18歳の誕生日を迎える。現在は春休み中である。孝之は二歳上の19歳、1年浪人した今春、第一志望の大学の医学部に合格し、あと一週間ほどで北海道での生活が始まる。

 昨春、兄が浪人した時、由美は兄のためには悲しんであげたけれど、自分のためにはあと1年は兄と一緒に暮らせることがうれしかった。そんな自分の気持ちを由美はなんとひどい妹だと思ったものだ。その1年もあっという間に過ぎ、兄はこの家を出て行く。とうとうお別れの時が来たのだ。

 ぶすぶすとくすぶり続けていた兄への想いが大きな転換期を迎えたのは昨年の秋のことだ。高校の修学旅行で海外に行くことになり、パスポートを取るために戸籍抄本を取り寄せることになった。由美が自分で抄本を取り寄せようとした時に、母が代わって取り寄せたのは家族全員が記載されている戸籍謄本だった。謄本を取り寄せた日、珍しく早く帰って来た父は母と一緒にその謄本を由美に見せ、重大な事実を告げた。孝之は養子だったのだ。

 父と母は結婚して五年経っても子供に恵まれなかったという。医者にも相談したが、二人とも特に悪いところはない、ということだった。ちょうどその頃、家族ぐるみの付き合いだった父の友人夫婦が交通事故で亡くなった。この夫婦には生後四か月の男の子があり、いろいろ考えた末に父と母はこの赤ん坊を引きとり、養子にしたのだ。養子にした直後、父は事情を知る人のいない今の土地に引っ越した。そうして二年後に、由美が生まれた。

 孝之は父母とも由美とも血のつながりがなかったのだ。本人には孝之が中学生になった時に話したという。知らなかったのは由美だけだったのだ。これを告げられた時の由美の衝撃は大きかった。二、三日はショックで食欲も消えてしまった。しかし、その後あることに気がついた。それは、血のつながりがないならば、孝之と結婚できるのではないかということである。ショックでもあり、新しい展望も見えた、ような気もする。由美にとっての大きな転換点であったのだ。


 由美はパジャマ姿で自分の部屋を出ると、足を忍ばせて、孝之の部屋のドアの前に立った。今夜はこの家には孝之と由美のふたりきりである。父は一昨日から九州へ出張し、明後日まで帰ってこない。母は由美が春休み中なので、家事を由美に任せ、コーラスの仲間と温泉に一泊旅行に出かけている。この夜が兄と二人だけになるとわかった時、由美は以前から温めていた計画をこの日実行に移すことに決めた。

 「お兄ちゃん、もう寝た?」とドアの外から小声で兄に声をかける。

返事はない。

「お兄ちゃん」と少し声を大きくする。

しばらくして「なんだ?」と声が返ってきた。

「ごめん、寝てた?」

「いまベッドに入ったところだ。まだ寝ついてない。どうした?」

「うん、ごめん、ちょっと入っていい?」

「ああ」

由美はドアを静かに開けて、兄の部屋に滑り込む。明かりは消えている。

「電気、つけろよ」と孝之。

「ううん、いいの」由美は答えてドアを閉める。カーテン越しに差し込む弱い街灯の光でベッドの中の兄の姿がかすかにわかる。

「………」

「…なんだ?」由美が黙っているので孝之が聞く。

由美は勇気を振り絞って一線を踏み越える。

「うん、…ねえ、あたしもお兄ちゃんのベッドに入ってもいい?」

部屋の空気が凍りつく。孝之の眠気はいっぺんに醒める。

「………」

長い沈黙があって「由美、どうしたんだ?」と、やっと孝之が声を出す。

「うん、だって、子供の頃よく一緒のおふとんで寝たじゃない。久しぶりにお兄ちゃんと一緒に寝たいなあって思って」

由美は精いっぱいあっけらかんとした口ぶりで、何気なく言ったつもりだが、さすがに口調はぎこちない。妹のその通常ではない様子に孝之が気がつかないはずはない。

「なんだか淋しくて……、お兄ちゃん、もういなくなっちゃうし」

「馬鹿だな、いなくなるって言っても休みには帰ってくるし、飛行機に乗ればあっという間じゃないか」

「そうだけど……」

「…………」

「わかったよ。おいで」と孝之は由美のためにベッドのスペースを空ける。

由美は孝之のベッドにもぐりこみ、孝之と体を密着させる。孝之も風呂上がりのいいにおいがする。

「お兄ちゃんとこうやって寝るの久しぶり」由美は孝之の広い胸にしがみつく。孝之も昔のようにそっと由美の肩を抱く。しかし、二人とももう大人の男と女、子供の頃のように無邪気にはいかない。お互いにぎこちなさを感じている。

まずは第一段階クリア。この先があるとは孝之は想像もしていないだろう、と由美は思う。

「朝までこうしてていい?」

「……いいけど……、窮屈だろ?」

「ううん、いいの」

「お互い子供じゃないんだから、お母さんたちが見たら変に思うぜ」

「今日はこの家はあたし達だけだからいいの」

「……うん……」

由美の心臓はドキドキしているが、孝之に聞こえているのではないかと心配になる。気のせいか孝之の鼓動も早くなっているような気がする。血のつながりのない、二歳下の高校生の妹と同じベッドにいて抱き合っている、これでドキドキしない方がおかしい、と由美は思っている。でも由美はもっとドキドキしている。


「お兄ちゃんにお願いがあるの」

「おお、何だ」

「………あたしを抱いて……」

「……もう抱いてるじゃないか……」

「ううん、……女として抱いてって言ってるの。……女にしてくださいって言ってるの。」

「…………」

「…………由美、おまえ、何を言ってるのかわかってるのか?」と孝之はベッドから身を起こす。

「あたしは正気。ずーっと前からよくよく考えたうえで言ってるの」と下から孝之を見上げる。

「…………あたし、昔からお兄ちゃんが大好きで、お嫁さんになるっていつも言ってた。お兄ちゃんのお嫁さんになりたいって気持ちは今も変わらない。血がつながっていないと知らされた時はすごくショックだったけど、これでお兄ちゃんのお嫁さんになれるかもしれないと思ってものすごくうれしかったの。でもやっぱり、血がつながっていなくても兄と妹は兄と妹。お嫁さんになるのは無理。私はいつまでもお兄ちゃんの事を考えてうじうじしているわけにいかないって思ったの。来週、お兄ちゃんはこの家を出るでしょう。お兄ちゃん離れをする時期が来たのよ」

「これはあたしがお兄ちゃん離れをするための儀式なの。そうすることでけじめをつけてはじめて、あたし、他の男の子にも目を向けることが出来るようになる気がするの。これはあたしがお兄ちゃん離れをするために必要なセレモニーなの。私の最初の男の人はお兄ちゃんでなければならないってずっと前から決めてたの。まず、お兄ちゃんにしてもらうことで、その後の展開が開けるの。今のままじゃ、あたしダメになる」

「………儀式と言ったって、由美、………いくら血がつながっていないからと言って、妹と………セックスなんか出来るわけないじゃないか」

「お兄ちゃんはあたしのことどう思ってた?」

「…………可愛い妹だと思ってた?」

「ああ」

「どんなふうに?女として?」

「妹としてだ。あくまで」

「血のつながりがないって知らされてからはどう?」

「どうって、…………同じだ」

「本当?」

「本当だ」

「うそ」

「うそじゃない」

「お兄ちゃんが中学に上がった時、あたし、これまでと違ってお兄ちゃんがよそよそしくなったような気がしてた。でも、中学生くらいになると男の子ってみんなそんなものなんだろうなって思って特に気にも留めなかったの」

「そうだったか?」

「そうよ。明らかに変わったわよ」

「そうかなあ」

「でも、去年お兄ちゃんの戸籍のことを聞かされて、納得がいったの」

「どう納得した?」

「お兄ちゃん、自分がこの家の本当の子じゃないとわかって、お父さんとお母さんそれにあたしにも遠慮したでしょう?」

「あたし、数年前にお兄ちゃんがなにかよそよそしくなったような、あたしに遠慮する様になったように感じてたの、あれはお兄ちゃんが自分の事を知った時だったのね。恩のある育ての親のお嬢さんに、馴れ馴れしくしてはいけない、なんて」

「そんなことはない」

「ぜったいうそ」

「…………」

「まさか、自分がこの家の居候だなんて思ったんじゃないでしょうね?」

「それはない」

「でも、今にして思えば、お兄ちゃん、絶対自分で自分の肩身を狭くした。そんな必要全くないのに」

「なんとでも言え」

「血のつながりがないとわかった時、ショックだった?」

「ああ、それはショックだった。由美が知らされた時のおそらく何倍も」

「うん。それであたしを見る目が変わった?」

「そんなことはなかった、と思うけど」

「思うけど?」

「…………」

「なんかまぶしくなった?」

「そういう言い方もある」

「要するに、ただの妹から、妹だが女の子でもあるという見方になった」

「おい、待てよ。誘導するんじゃない。その時、由美はまだ小学生だったろう」

「そうだけど、女の子は小学生も高学年になるとかなり女っぽくなるのよ。あたしは4年生から生理が始まっていたし」

「…………」

「そのあと絶対、お兄ちゃん、あたしを女として意識し始めたでしょ。特にあたしが中学、高校と進むにつれて」

「勝手にストーリーを作り上げるんじゃない」

「あたし、小学生のころから結構、体に自信があったし」

「おい、そんな問題じゃないったら」

「いいのよ別に。思春期なんだから異性をそんな目で見るのは当然。悪い事じゃないわよ。去年お兄ちゃんのことを聞かされて納得がいったの。思い返してみるといちいち思い当たることばっかり」

「でもやっぱりお兄ちゃんも、あたしがまぶしくなってきたけど、血はつながっていないとは言え、妹は妹だし、なにより、他人の自分を育ててくれた両親に対して恩があるから、あたしを女として見る感情は無理やり心の隅に押し込めた」

「……すごい想像力だ」

「いいからいいから」

「あたしは、はっきり言うから、お兄ちゃんもホントのこと言って」

「あたしは昔からお兄ちゃんのこと、兄として大好きだった。でも、去年お兄ちゃんのことを聞かされてからは、兄としてより、男として好きになってしまったの。こんなに好きな男の人が身近にいれば他の男の子には目がいかないのは当然。こう言っちゃなんだけど、あたし、男の子に結構モテて、いっぱい男の子が言い寄ってくるの。でもあたしはお兄ちゃんしか眼中にないから相手にしないの」

「でもね。血のつながりがないとは言え、そんなこと世間は知らないし、世間的にはあくまで兄と妹。それどまりなの。その先には行けないの」

「………」

「あたしもそろそろ男の人とちゃんと付き合わなければいけない時期に来たの。よその男の子とね。そのためには、思いきったけじめのつけ方をする必要があるの」

「…………」

「こんどはお兄ちゃんの番」

「…………どういうことだ」

「あたしのこと、ただの妹だと思ってる?」

「…………」

「ちゃんと答えて」

「…………うん、まあ、妹だよな」

「……お兄ちゃん、カノジョいる?」

「いや」

「そこなのよ。お兄ちゃんならいっぱい女の子が寄って来ても不思議はないのに」

「あたし、よく友達からお兄ちゃんのこと紹介してって頼まれるの」

「あたしの気持ちとしては、あまり紹介したくないから、いつも適当なことを言ってうやむやにするんだけど、さすがに変に思われるから、この間、仕方なく沙織を紹介したじゃない」

「うん」

「どうだった?」

「どうって?」

「いい子でしょ。エッチはともかくチューくらいした?」

「いや」

「その後、どうなってるの?」

「1、2回、一緒に渋谷まで遊びに行ったけど、それっきり」

「沙織って、カワイイし、頭も性格もいいし、ちゃんとした家庭に育ってるから、お勧めと言えばお勧めなんだけど」

「ああ、確かにいい子だけど」

「だけど?」

「うん」

「あたし、お兄ちゃんって、女の子にあんまり興味がないのかなあ、って思ってたの」

「…………」

「でも、あたし、お兄ちゃんの戸籍を知ってから、気がついたの。あたしとおんなじじゃないかって」

「…………」

「あたしのことが…気にかかって他の女の人に目が向かないんじゃないかって」

「ちがう?」

「…………」

「正直に」

「……んーん……まあ」

「ほら、あたしのこと女として意識してるでしょ」

「…………ああ…………そういう面もないこともない」

「だけど、妹だからどうにもならない、それで堂々巡り」

「妹は、妹だ」

「あたし達って同じ。これが普通の他人の男女同士なら理想的な相思相愛」

「そういうことになるか。……でも大きな障害がある。……現代版ロミオとジュリエットだ」

「ほんとね、おかしい」


「あたし、前から思ってたんだけど、お兄ちゃんどうして去年、受験に失敗したのかなって」

「実力がなかっただけだ」

「ほんとにそう?ベストをつくした?」

「……実は、心に…迷いがあって、ほとんど勉強が手につかなかった」

「迷い?」

「うん。医学部は普通の学部に比べて金がかかる、一人前の医者になるまで時間もかかる」

「本当の親でもないのにお父さんに負担をかけるにしのびない、って思ってたのね」

「そうだ」

「ふーん。そんなこと考えなくてもいいのに」

「当然の結果として昨年は落ちたわけだが、お父さんとお母さんのがっかりした顔を見たら自分の考え違いに気がついた。それで今年は全力で臨んだ」

「その気になればお兄ちゃんに出来ないことはないのよ」

「バカ」

「お兄ちゃんはもう他の女の人と……?」

「他の女の人と?」

「うん……もう……経験したのかなって」

「……いや、それはない……」

「うれしい、じゃ、お兄ちゃんにとってもあたしが最初の……」

「うん」

「こんな地獄にお兄ちゃんを引っ張り込んでごめんなさい。でも、これは今夜ただ一度きりの二人だけの秘密、二人とも墓場まで持っていくの」

「今夜一晩だけ、あたしが小さい時から持っていた、お兄ちゃんのお嫁さんになるという夢を叶えるの。心も………身体も」

「………わかった。由美、今夜だけおれたちは兄妹を忘れて男女になろう」

「うれしい。今日のことがあっても、将来のお兄ちゃんの本当のお嫁さんとは、あたし、仲良くしていけると思う。」


「実は、このところ、由美は、少しいつもと違うことに気がついていたよ。やっぱり二人きりの兄妹だからおれが北海道へ行ってしまうのが淋しいのだろうとは思っていたけど。特に今日はお父さんもお母さんも留守で、特に様子が変だった。でもこれほど思いきったことをするとは思わなかった」

「由美、おまえの言う通りだ。おれたちは今日を境に普通の兄妹に戻らなければならない。そのために普通でないことをするわけだが……」

由美はベッドの中でゆっくりとパジャマを脱ぐ。パジャマの下には最初から何も着ていない。それからおもむろに孝之のパジャマのボタンを外す。


あたしたちはとんでもない一線を越えた。

お兄ちゃんはていねいに、やさしくあたしを大人の女として扱ってくれた。

こんな思いきったことをしたから、逆に明日からはお兄ちゃんとあたしはまた、普通の兄妹にもどることが出来る。

時間はもう三時近い。お兄ちゃんはすやすやと寝息をたてている。

前から隣のクラスの江藤君に二人でディズニーランドへ行こうと誘われてるけど、明日、OKの返事をしよう。

とにかく、あたしとお兄ちゃんは新しく出発した。

(了)


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