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パルカは東の帝都と南西の海の玄関口である港街ラウアウマを結び、クルック街道沿いに存在する四方を外壁に囲まれたレンガ造りの町並みが並ぶ小規模の町だ。ラウアウマまではクルック街道添いに歩き通しでも三日はかかる。そのためこの町は昔から、ラウアウマから帝都まで行く際の足休めの小さな宿町として栄えてきた。
町といっても少し賑やかな村程度の広さで、宿屋と食事処が数件ある以外は目立った特徴もなく洒落た店も少ない静かな町だが、今立たされている状況を考えれば、人の多い大きな街よりはずっといい。
「では、約束通り私はここで去るとしよう」
町に足を踏み入れるなり、カイナはそう切り出した。
町に着くまでの間という同行の条件を満たしてしまったのだから、これ以上共にいる理由はない。
「お世話になりました。道中お気をつけて」
「本当にありがとうございました。カイナさん」
「短い間でしたが、ご助力感謝致します。まともな返礼もできず心苦しいばかりですが、このご恩は忘れません」
礼を述べるテオとシャル、そして洗礼された動作で礼儀正しく頭を下げるギルダーツにこちらこそと返して、カイナはシャルの隣で明後日の方向を向いて立ったまま眠そうにうつらうつらしている白夜に向き合う。
気づいた白夜が彼を見上げると、フードから見え隠れするその瞼はやはり重たげにすでに瞳の半分ほどまで覆いかぶさっている。
幼子のように目をこする愛らしい仕草に微笑んで、カイナは右手で白夜の頭をフードの上からくしゃりと撫でた。
「ではさらばだ、白夜。縁があればまた会おう」
「ん……。カイナ、どっか行くのか……?」
「私はここまでだ。これ以上は共にいる理由がない」
「そっか……。カイナがくれるご飯、美味かったのにな……」
寂しそうにしゅん、と頭を垂れる。
「私と別れることは惜しんでくれないのか?」
冗談混じりに笑うと、白夜は眠そうな顔をしたままなにか思案するように視点だけを横にずらす。
「……。どっちかと言えば……、ちょっとだけ、寂しい。でも、やっぱりカイナのご飯食べれない方がもっと寂しい」
「素直でよろしい……」
カイナは諦めたように首を垂れた。弧を描く唇の端は引きつっている。
食欲旺盛は元気の印。健常な心身まことに結構。
前後に余計な言葉がついていた気がするが、寂しいと口にしてくれただけまだいいだろう。
「あの、カイナさん。最後に、私たちのことを他言無用にするとお約束していただけないでしょうか……?」
そんな約束をしてやるまでの義理はもうない。 シャルは眉尻を下げながら、それでもカイナに向けて最後の願いを口にする。
すると、彼は優しい笑みを浮かべて、
「君たちがそうしてほしいと言うなら、そうしよう。君たちの旅の目的がなにか、結局知ることは出来なかったが、その目的が果たされるよう祈っている」
ではな。と手を挙げて別れを告げ、カイナは一人町のなかへ歩いて行った。
「いい人でしたね、カイナさん」
「あっさりし過ぎている気もしますが、今はいいでしょう」
テオに返すギルダーツは最後まで彼を信用しなかったらしい。気持ちはわかるが、テオは苦笑する。
「じゃあ、領主のお屋敷を探さないとですね。どこでしょうか?」
カンを頼りに探し歩くか、それとも人に聞いた方が早いか。いやいや、無闇に町人と接触して騒がれるのも困る。
うーんと一人首をひねるテオ。
「たぶん町の奥にあると思います。行こう、白夜くん」
「ああ……」
いつの間にか再びこくんこくんと船を漕いでいる白夜の手を引いて、シャルは町の中へ歩き出した。
「行ったか……」
白夜たちの足がまっすぐ領主のもとへと向いたのを建物の影から確認したカイナが呟いた。
そして取り出した小さな紙に走り書きでなにかを記して小さく折りたたむ。
「頼むぞ」
その紙を、目の前に積み上がっている、元は食糧などが入っていたのであろう空箱の上に止まっている白い鳩の足に括りつける。まるで人間のようにどこか不思議そうに首をかしげた鳩の頭を撫で、空へと放つと、言わずとも向かうべき先を刷りこみ調教されている鳩はバサバサと翼を力強くはためかせて上空へ舞い上がり、間もなく飛び去って行った。
すると、不意に左腕の内側に鋭い痛みが走る。
「っ……!」
鋭いナイフの切っ先で同じ箇所を何度も何度も切り裂かれるような痛みにカイナは顔を歪め、痛む左腕を押さえる。
見えないように、見ないように、包帯の上からさらに上着の袖で覆い隠しても、それは痛みを伴って存在を主張する。
逃れることなどできないのだと、そう釘を刺すように。
《───自由になるため、生きるために旅をしている》
昨夜の白夜の言葉が脳裏をよぎる。すぐ脇の壁に肩からもたれかかり、彼の蒼い瞳とは違う色をした青く澄んだ空を仰いだ。
「私は……」
気づけば、右手は左腕の痛む箇所を握り潰さんばかりの力で握っていた。