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S:escape!  作者: 蒼理アオ
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一か八か、ギルダーツも腕をないで響術を起動。

しかしそれよりも早く、青い閃光が魔物を捉える。

 神のいかづちにも似た、青白い稲妻がつるぎのように巨体に突き立てられた。

 声を上げるまもなく、すでに命は絶たれている。

 刹那のすさまじい雷撃に、地に伏した魔物のふくよかな体はピクピクと痙攣を起こしていたが、間もなくしておさまり、黒いモヤへと姿を変え、砂漠の砂粒のように風にさらわれ消え失せた。

その向こうに立っていたのは、もちろん。


「テオ、無事か」

「びゃ、びゃくやさぁん……!!」


 ほぼ毎日、年中無休で無表情でいる白夜は、やはり人を心配するときも無表情だ。

 だがそれでも彼がちゃんとこちらの身を案じてくれていることを知っているテオは、彼の一言に張り詰めさせていた緊張の糸がぷつりと切れたようだった。

 幼子のようにわんわんと泣きわめき、縋り付くようにして白夜の腰にへばりつく。


「で、」


 今度はテオの頭を撫でてやりながら、白夜は右手の人差し指を立て、ある一点を指し示す。


「お前なぜいる」


 問いかけるというよりは独り言をぽつりとこぼしたに等しいぐらい、ほとんど棒読みの、抑揚の無い声だった。

 人を指さすんじゃないと白夜の右手を掴んで自身に向いていた指先を逸らしながら、カイナは言う。


「朝食にと手渡したサンドイッチを嬉しそうに頬張っていたかと思えば、突然飛び出したものだから、どうしたのかと思ってな。つい追いかけてきてしまった」

「そういえば白夜さん、この方は……?」


 ずびっと鼻をすすり、テオが顔を上げると、白夜が答えるより早くカイナが自ら名乗り出る。


「私はカイナ。旅の者だ。……ところで、君はアルタという名前ではないのか? それにさっきの稲妻は響鳴術……、にしては少し変わっていたが……」


 響鳴術は素養のある者が空気中に薄く満ちる精霊たちの力を借りて発動させるもの。しかしあの稲妻はどう考えても基本の四大属性である地水火風のどれにも当てはまらない。四大属性以外の属性を持つ響鳴術をなんの仕掛けも無く意のままに操ることなど通常は不可能だ。

 ぎくり。無表情のまま白夜は顔を背け、右手を引っ込めようとするが、カイナはその手を放さない。

 ちらりと一瞥すると、にこにこと笑いながら今もなおこちらの右手を握り続けてくる。

 フードの中から飛んでくる、阿呆めというルシルの声。


「……白夜だ。改めてよろしく」

「……わかった。もうなにも突っ込まないでおく」


 何食わぬ顔で白夜が改まると、聞くだけ無駄だと悟ったカイナはため息をついた。


「びゃ、白夜さんちょっと……!」


 テオが白夜の左腕を引っ掴みカイナから距離を取る。もう言及する気のないカイナの手から、白夜の右手はあっさりとすり抜けた。


「この状況で知らない人と一緒に行動するのは危険すぎますよ! もしも追手だったらどうするんですか!」


 カイナには聞かれぬよう声量を下げ、詰め寄るテオ。

 すると白夜の言うことには、


「でもあいつご飯くれた」


 がく、とテオはうなだれた。


「もう白夜さんはまたそうやって……! 知らない人から食べ物もらっちゃダメですって何度言ったら分かってくださるんですか!!」

「食べ物くれるヤツに悪いヤツはいない!」

「いくらでもいますよむしろ罠ですよソレ!!」

「出された食べ物に罪は無いっ!!!!」

「白夜さんっ!!!!」


 ついに押さえていた声を荒らげて、二人が叫ぶ。

 機械人形のような無機質な白夜の声には、若干の怒りと反発の色が混ざっていた。彼は食べ物のことになると多少だが感情をあらわにする。

 どうやって止めようかとあたふたするシャルの隣で、ギルダーツはふと空を仰いだ。あたりはだんだんと明るくなり、最初はよく見えなかったカイナの顔もはっきりと見えてきている。

 朝日が登り始めた。と、いうことは……。

 ギルダーツは無理やりテオと白夜の間に割って入った。


「二人とも、落ち着いてください。それよりも今の問題は日の出です」

「日の出……?」


 闇の眷属じゃあるまいに、日が昇ってなにが困るというのだろう?

 不思議そうにカイナが首をかしげたと同時に、テオははっと我に返った。


「あっ! そ、そうです! 早くどこか安全な場所へ行かないと……!」


 テオは慌てて白夜の腕を引いてキョロキョロと忙しなく首を動かし始めた。

 わたわたと動きながらあてもなく足を進ませたそのとき、腕を引かれた白夜が突如その場に膝をついた。


「うっ……!!」

「白夜さん!?」

「白夜くん!!」


 正面にはテオが、右隣にはシャルが駆け寄る。

 顔を覗き込もうとするが、すでに白夜は打ちひしがれるように顔を真下まで下げており、途切れ途切れに聞こえる呻き声が、その苦しさを物語るのみだった。


「う……、ぐ……ぅ……っ!!」


 右手で左胸を押さえ、うずくまる白夜の様子にカイナは昨夜と同じことが起きているのだと悟った。とっさに駆け寄ろうとしたが、目の前にギルダーツが立ち、行く手を阻んだ。

 反射的に顔を見ると、構うなと言いたげに冷たい目でこちらを牽制する。


「は、ぁ……! ……うっ……!! げほげほっ!!」


 肩下まで伸びていた髪が肩につく程度まで短くなり、メキメキ、あるいはビキビキと生々しく不快な音を立てて体が少しだけ大きくなっていく。咳き込んだと同時に白夜の膝元に散らばったのは多量の血。

 ギルダーツ越しに見えたその光景は昨夜にも見たものだが、それでもカイナには平気な顔ができなかった。まるで自分のことのように苦痛な表情で顔をしかめながら白夜を見つめる。


「白夜くんしっかり!」

「白夜さん!」


 彼が吐き出した血が自分たちの衣服を汚すこともいとわず、シャルとテオは白夜の背をさすり、声をかけ続ける。


「は……っ……! ……はぁ……!」


 やがて咳がおさまり、痛みが引き、しかし痛みの余韻が体を鉛のように重く感じさせた。

 音が遠い。シャルとテオの声もどこか遠く、かすれて聞こえた。

 力の入らない白夜の体がふらりと揺れて傾くが、二人が左右から体を支え、抱きとめる。


「意識が落ちたか」


 白夜の外衣のフードから顔を出したルシルがふよふよと浮上し、白夜を見下ろした。あまり着込んでいない簡素な服の上から見て取れていた女性らしい膨らみや特有の体のラインはなりを潜め、今はどう見てもスラッとした、少しばかり線の細い青少年にしか見えない。

 そして彼女、いや、彼が吐いた血溜まりを一瞥する。


「……増えたな」


 ため息のように、誰にも聞こえぬように口の中で呟いた。

 テオやシャルたちはどうか知らないが、少なくともルシルは、白夜の吐く血の量が以前より目に見えて増えていることに気づいていた。


「それで、これからどうするつもりだ。こやつが使えぬ今、追手に見つかれば一巻の終わりだぞ」


 テオもギルダーツも戦術が使えないわけじゃない。魔物程度であれば二人だけでなんとかなるだろう。

 だが相手が軍の兵士達であれば、白夜が主戦力になるとルシルは見ている。それは事実だ。

たった一人で検問所にいた兵士達を一手に引き付けられるような、自分たちではかなわない圧倒的な戦力だと認めざるを得ない。だから二人はなにも返せなかった。

 そしてシャルも、白夜を一番頼りにしていると自覚しているからこそ、なにも言えなかった。

 常に彼を危険な戦火の渦中に突き出しているのは、他でもない自分自身なのだから。

 それでも、辛いと泣いてはならない。苦しいと屈してはならない。

 シャルは静かに歯を食いしばり、言った。


「……この森を抜けた先に、アディシャーク卿という公爵位を持った方が治める街があります。一先ずはそこへ赴き、匿っていただきます」

「信用できるのだろうな」


 大きな目を細め、疑り深く問いかける。


「私が幼少の頃よりお世話になっている、信頼のおける方です。必ず力になってくれます。せめて、少しの休息だけでも……」


 あの場所から抜け出して、逃げて逃げて、いつ追手が来るかと気が気でなくて、四人全員が心身ともに疲労困憊だ。

 ここらで一度ゆっくり体を休める必要があるだろう。そう考えての提案である。


「テオくんとギルダーツさんも、それでいいですか?」

「僕は構いません」

「私も、シャリオン様に賛成です」


 同意を示してくれた彼らに、シャルは頷いた。

 彼女の考えに一理あると頷いたルシルは意識の無い白夜の外衣のフードの中に再び包まる。


「では、彼奴きゃつらに追いつかれる前に急ぐがいい」

「はい」


 シャルとテオの二人がかりで左右から白夜を抱き起こすが、男に戻った状態の白夜は二人よりも少し体が大きく、逆に彼の体に押し潰されて二人の体は垂直に立たない。

 見かねたギルダーツが白夜を預かる。


「私がおぶりましょう」

「すいません、ギルダーツさん……」

「すまない。少しいいか?」


 今まで話についていけなかったカイナが割り込む。

 テオとシャルが同時に振り向いて、白夜を背負ったギルダーツが遅れて振り向く。


「私も同行させ、」

「お断りします」


 言葉をすべて言い終える前に、素気すげ無い返事を返すギルダーツ。

 同意見なのか、シャルとテオは黙ってカイナの様子をうかがうばかりだ。


「何があってそんなに警戒しているのか知らないが、私はただの旅人だ。昨夜、縁あって白夜と出会い、共に野宿をした」


 不可抗力だったものの、さすがに川に突き落とした、とは言えなかった。そのまま説得を試みる。


「私はただ、あるものを探して旅をしているだけの流浪人で、目的地は君たちと同じ、この森を抜けた先の街だ。それならこの先バラバラに森を歩いてもいずれまた会うだろう。それに今の話では白夜が抜けた穴は大きいというように聞こえた。彼ほどかはわからないが、私も武術の腕に覚えはある。金品を要求する気は無い。たまたま道が一緒になっただけの、一時いっときの用心棒ということで、同行させてもらないか?」


 一々人を疑っていてはキリがない。

 しかしそうせずにはいられない状況に、ギルダーツたちは追い詰められていた。

 白夜の戦線離脱はこれが初めてではない。だが痛手には違いない。白夜を背中におぶっている分、魔物や追手が現れれば反応や応戦が遅れる。

 その間にシャルやテオが捕らわれてしまえばそこで終わりだ。戦力が増えるに越したことはない。

 けれども、ただの旅人と名乗っているからこそ怪しいとも思えた。旅人や商人などは、極端でない限りはどんな格好をしていても使える便利な肩書きだからだ。


「ギルダーツさん、彼を信じてみませんか?」


 シャルが控え目に提案する。

 世間知らずの彼女でも、すぐに彼を信じる気はないようだが、同じように戦力を懸念したのだろう。

 彼女を危険な目にあわせるのはギルダーツの望むところではない。あとで後悔するぐらいなら、使えるものは使うべきか。


「………。わかりました。貴方には前衛まえをお願いします。殿しんがりは私が務めましょう。人一人おぶっていても、術で支援するぐらいはできますので。街に着くまで、もしくは白夜くんが目覚めるまでのあいだ、よろしくお願いします」


 後ろをとっておいた方が、あちらも迂闊なことは出来ないだろう。

 ギルダーツの意図を悟ったカイナは、まいったように苦笑しつつもこちらこそと頷いた。


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