16
白夜たちと引き離され客間に戻されると同時に閉じ込められてしまったシャルは、一人ベッドに腰掛けて目を閉じていた。
一面暗闇の世界のなかに立つシャルの目の前に、不意に小さな光が灯る。それは風に煽られる灯火のようにゆらゆらと揺れながら大きくなり、やがて人の姿へと形を変え、その正体が露になる。
成熟した頃の女性の体を成して、毛先が緩くカールした、脹脛まで届く淡いブロンドの髪が長いドレスワンピースの裾と一緒に靡いている。
眠りから覚めるようにゆっくりと開いた目は春を思わせる愛らしい薄桃色だ。
「歯痒くてたまりませんでしたが、大体の状況はずっと、貴方の心から見させていただいていました。お怪我はありませんか?」
悔しそうに顔を歪ませながらも、とても優しい、包み込むような声で彼女はそう言った。
「はい。エンデルフィーネ様。私は……、私は大丈夫です……。お心遣い、痛み入ります……」
そう。自分だけ。自分だけは痛めつけられることはない。本当に痛くて辛い思いをするのは、いつだって自分ではない、自分以外の誰かだ。
庇えるものなら、代われるものなら代わりたいのに。
「ごめんなさい……」
唇を噛み締めて俯いていると、前からそんな言葉が聞こえた。顔を上げると、彼女が、エンデルフィーネが辛そうな表情で同じように顔を伏せていた。
「私に、戦う力があればよかったのだけれど……。私が授かったのは治癒の力だけだから……」
「どうか顔を上げてください、エンデルフィーネ様。貴方のせいなどではありません。私が、弱いからいけないんです……」
戦えない。武器を手に戦う勇気すらも無い。
握り合わせた両手はこんなにも小さくて、自分が知っているより、もっとずっと非力だった。
「これから、もしも貴方の命すら脅かされることになれば、そのときはすぐに私を差し出してください。そうすれば、あるいは皆さんだけでも見逃して……」
シャルの手がエンデルフィーネの手を包み、彼女は反射的に口を閉じた。シャルはゆっくりと頭を振りながら、
「いいえ。それだけは絶対にしません。それに貴方を差し出しても、彼らはきっと私たちを許さないでしょう。貴方を囚われの身にしたのは皇帝である私の父の命によるもの。であれば私が、私たちが必ず、貴方を元の場所へお送りします。どうか信じて、今しばらくのご辛抱を」
そう、笑う。少し申し訳なさそうな、弱々しい笑みだったが、エンデルフィーネは少し惚けたような顔をして、それからまるで観念したように頷いた。
「わかりました。どうか、無茶だけはしないように……。それから、」
ありがとう。
優しい微笑みをうかべるエンデルフィーネの声がこだまして、視界が暗くなる。
腰掛けているベッドの感触が戻ってきて、意識が現実に戻ったのだと悟った。ゆっくりと目を開けても、視界は薄暗い。明かりをつけていないからだ。正面にある窓からは月明かりを放つ満月がこちらを嘲笑うように見下ろしている。
シャルは窓から目線を外すと、祈るように胸の上で手を握り合わせ、再び目を閉じる。
頼ってばかりで、何も出来なくてごめんなさい……。それでも私は、自由な未来を諦めたくない……。
「白夜くん……」
きっと貴方が助けに来てくれると信じている傲慢で愚かな私を、どうか許してね……。




