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首にも、手首にも、足にも枷があって。
それは鎖で繋がれていて、動くことはできない。逃げることは出来ない。だから、いつも薄暗い牢の隅でぼうっとしていた。
今日も白い服を着た人達がやって来た。物を引きずるみたいに、首の枷に繋がる鎖を雑に引っ張って、来いと言う。今日も、飽きもせずに体をいじくり回すのか。どうせ抵抗できないから構わないけど、麻酔をされていてもやっぱり痛いから、やっぱり嫌だった。
前に立つと勝手に開く扉をくぐると、そこはいつものように一面白い壁が眩しい広いところで、でも部屋の中央にあったのは手術台じゃなくて変な丸い図形だった。その上には、白い髪をした知らない人が四つん這いで這いつくばっている。
鎖を引っ張られて連れられ、それに近づいて、驚いた。
なにか苦しそうに呻くその人の背中には、砂利や埃で少し汚れた、でも白くてとても綺麗な、大きな羽が右に三つ、左に三つ。背中から腰あたりにかけて対をなすようにして生えていたのだ。
白い服を着た人は手にしていた鎖を放して言う。それと契約をしろと。
具体的に何をすればいいのかわからない。契約がなんなのかわからない。そもそも目の前にいるこの人は何者なのか。思うことはいくつかあったが、早くしないと殴られるのは知っていたから、言われるがままそれに近づいて、丸い図形の中に足を踏み入れた。
すると、何もしていないのに図形が勝手に青く光りだした。構わず一歩、また一歩と歩み寄って、それの前に膝をついた。両手を伸ばして俯かせていた顔を持ち上げると、額から汗を垂らして、あまりよくない顔色をした青年の赤い瞳と目が合う。
なんだか怒っているような、怖い目をしていたけど、そう見えただけで恐怖は感じなかった。お互いに、相手が自分と違うようで似ていることを悟ったのかもしれない。
何があったのかはわからないが、彼の目はすべてを恨んでいる目だった。憎悪に満ちた、神にすら歯向かう目。物心ついた時には既に自由を奪われて実験体にされ、どうすることもできなくて早々に全てを諦めた自分には出来なかった目。
その始まりはとどのつまり傷の舐め合いだったのかもしれない。
それでも、彼と契約を結ぶことを決めた。
「オレは白夜。キミは?」
「貴様、我に自らを差し出すつもりか……。お断りだ……! 例え今ここで消えることになろうとも……、あんな、やつらの……言いなりになど……!」
青年の手がこちらの手を弾く。そうするのもやっとの思いだったのかフラフラしていて、今にも倒れそうになっている。
「違う。これはオレの意思だ。オレが自分で、キミとの契約を結ぶ。キミを助けたい。消えてほしくない」
もう一度彼の顔に両手を添えて持ち上げ、笑いかけた。あまりしたことがなかったから、うまく笑えていたかはわからなかったけど。
すると青年は驚いたように目を見開いて、それからくっきりと縦皺ができるほど寄せていた眉を少しだけ緩めた。
右手で自身の頬に添えられているこちらの左手を縋るように握り、一瞬だけ悲しそうな表情をして、すぐに真剣な眼差しに戻る。そして観念したように口を開いた。
「……どうなっても知らんぞ」
「ああ。でも絶対に、キミを見捨てたりしない。よ」
すると、青年はバカにしたように鼻で笑う。だがその表情は幾分か柔らかい。
「では、お前を我が主と認めよう。白夜……」
青年の言葉を合図のようにして、図形がより眩く光り、不思議な風が渦巻く。
「急いで担当主任と医務官を呼べ! 被験体No.00が例の人工精霊と契約を開始した!」
「細胞と血液サンプルの採取と、バイタルの確認準備! 急げ!」
背後では、白い服を着た人たちがなにやら騒いでいた。どうしたのだろうと肩越しに見ていると不意に強い力で頭を引き寄せられ、こつんと額と額が軽くぶつかりあう。
驚いて閉じた目を開けると、文字通り目と鼻の先によそ見をするなと険しい顔をした青年の顔があった。ごめんと謝ると、険しい顔のままだったが気が済んだのか青年は目を閉じた。
「汝は天と地を繋ぎとめる楔なり。汝の善きは我が希望、汝の悪しきは我が導。たゆたう運命の糸を手繰り、今ここに結い留める。我は《神に背くもの》。我が命の名は───」




