11
*
ゆらゆらと揺れていた体が不意に強く引き寄せられて、白夜は意思に反して閉じかけていた目を半分だけ、なんとか再び開けた。
「もう、白夜さん! 部屋に着くまで耐えてくださいってば!」
眠気に負けて意識が飛び、倒れかけたところを、テオが腕を引いて助けたのだ。食堂を出てから白夜の意識が途切れそうになったのはこれで何度目だろうか。
しかし、白夜は悪びれる様子もなく、まぶたを半分だけ開けた眠そうな表情でテオを見返すのみだった。この様子ではそろそろこちらの言葉も満足に頭に入っていないかもしれない。
アディシャークから貸し与えられた客室まではもう目と鼻の先だ。
「お部屋まではほんのもう少しのご辛抱でございます。どうぞごゆるりとお休みくださいませ」
案内として先頭を歩くメイドが愛想よく笑い、再度歩き出す。
それに続いてテオと白夜が同時に足を踏み出したときだった。
「きゃっ!?」
小さな悲鳴と共に、ドン、となにかが白夜にぶつかった。
そして、
「って、わああ白夜さあーんっ!!?」
重い音を立てて頭から床に倒れ込む白夜と、その上に乗りかかるようにして一緒に倒れ込んだ、 それは───。
「こ、子供……?」
およそ十にも及ばないような、小さな小さな、少女が一人。
「白夜さんお怪我は……!?」
「あたま、うった……」
そばに膝をついたテオは白夜の体に異常が無いかを見る。だが目立った外傷はなく、だが打った頭は本当に痛むようで、少々しかめっ面で呟いた白夜の目尻には涙が光っている。
「お、お嬢様……!?」
ひどく驚いたようなメイドの声。
それに反応したのか、少女が顔を上げた。あらわになった顔は、なぜだろうか、埃や汚れ、それから涙でぐちゃぐちゃになっていた。
そして、白夜とテオを見るや否や、
「たすけてっ……!」
馬乗りになっている白夜にそのまま縋り付くようにして抱きついた。
すぐに二人は異変に気づいた。
よく見ればこの少女、ぐちゃぐちゃになっているのは顔だけではない。来ているのは上等そうな柔らかい布地でできたドレスだったが、それすらも埃や汚れでぐしゃぐしゃになっている。外で遊んでいてついた土汚れにしては少し妙だ。
それからもう一つ。一緒にいたメイドは確かに彼女をお嬢様と呼んだ。なら、なぜ少女は顔見知りであるはずの自らの家のメイドではなく、まったく赤の他人である白夜とテオに助けを求めるのか。
少女の訴えになにか緊迫したものを感じた白夜は眠そうだった表情を引き締めた真顔に一変させながら上体を起こし、少女を膝に乗せたまま向かい合う。
「もう大丈夫だよ。なにがあったのか言えるかな?」
横からテオが優しく語りかけると、少女はこくんと頷き、口を開く。
「ママが……!」
「───いけません!」
突如響いた怒鳴り声に、少女は咄嗟に肩を震わせて黙り込んだ。
「お二人は早くお部屋に! お嬢様は地下へお戻りください!」
こちらも、なにか切羽詰まった様子だ。早く早くと急かしたてるメイドの表情には、怒りに混じって恐怖が見え隠れしている。
「早く! はや───!」
「黙れ」
白夜のたった一言、しかしこめられた冷たく重い威圧感に圧倒されたメイドが途端に口を閉ざした。
「あんたはオレ達を部屋に送り届けたとシラを切れ。部屋に戻ったオレ達はそのあとすぐに部屋を抜け出して、偶然このガキに会った。あんたはなにも知らない。わかったらさっさと失せろ」
「ですが……」
戸惑いながらも、メイドは白夜の、横目といえど鋭い視線に返す言葉を奪われ、おずおずと早足でその場を去った。
「地下って言ってたな。案内できるか?」
こくこくと頷くと、少女は白夜の膝から降りてこっち!と白夜の手を引いて走り出した。




