ギャルゲーをやめない理由
最近小説を書くのがうまくいかず、かと言って何か書いてないともうかけなくなりそうなのでとりあえずやってみた。
ジャンルがよく分からないので、エッセイにした。
追記(11月23日)
感想、ブックマーク、評価ありがとうございます。
エッセイで2位に入っていて驚きました。初エッセイな上に、本当に思いのまま書いただけのものですが、やはり見ていただいて、評価をいただけるのは本当に嬉しいです。
追記2
エッセイジャンル1位になってました。ありがとうございます。
エッセイはこれを書くまで読むことも無かったので、他の作品も読み始めてます。面白いですね。今までとはまた違う感じで。
10年前以上前、まだ学生だった頃からずっとギャルゲーをやっている。
社会人になると、周りからまだやっているのかと言われることもある。
だが、今になってもまだ面白いし、多分今後もやめない。
漫画やアニメはかなり減少傾向にあるのに、なぜかギャルゲーは減らない。
ここ1年で一気にすっきりした部屋を見てふとなぜそうなのかと思った。
ギャルゲーには他の娯楽とは違いがある。
漫画やアニメはどこまで行っても第3者の視点でしか物語を楽しめない。
だが、ギャルゲーは自分が当事者として、理想の世界に介入できるのである。そこが違う。
休みの日に、1日中ギャルゲーをやっていると、今の自分と違う人生を楽しんでいる気分になれる。
今の人生に不満は無いけれど、やっぱりどこかストレスはたまる。
いろいろとやさしく、理想のあふれる世界は実に爽快感があってストレスにならない。
初めてゲームを購入して、自分の思うがままの選択肢を選んでいく初めのエンディングはまさに違う人生を感じられる。
そういう下手なこだわりを持っているせいか、自分は買ったギャルゲーをある程度やると違うギャルゲーに手を出す。
理想の世界で自分の理想に合わない女の子を攻略する必要はないと思うからである。
その女の子にも失礼だし。だから、ギャルゲーはたまる。漫画で言うと読まないけど単行本買ってるみたいなもんだし。
だから、主人公は徹底的に個性が無いほうがいい。
特定のブランドとかを否定するつもりはないけど、主人公のキャラがしっかりしていると、それはもう自分とは違う人間である。それでは、ただの絵付きの小説である。
定番の目が隠れていて、声も付いていなくて、まさに等身大の学生であるという感じがいい。
ゲームで恋愛というと、非生産的だと言われることもあるけど、そうは思わない。
自分の人生とは違うストレスのない世界を楽しむという視点で見れば、むしろ生産的だろう。
だが! 今の時代、どれだけ泣きゲーといわれるゲームだろうが、すばらしい文章で書かれていようが、やはりギャルゲーはギャルゲー。世間は、内容なんて見ない。ゲームとしてしか見ない。
だから、この趣味はやはり隠さねばならないし、自慢もできないものである。
だって、自分だって、アイドルのオタクとか引くから。なんであんなに熱狂してんのとか。理解しようとも思わないし。興味もない。
要はそういうこと。興味の無い人にとって、ギャルゲーはそう言うもの。だから、周りに言われつつも、また今日もギャルゲーをする。自分の稼いだお金でやるんだから、文句を言われる筋合いなし。
ゲームは全部はやりきらないけど、ちゃんとテキストを読んでれば、そこそこ時間がかかるし、ギャルゲーにかけられる時間も限界があるから、月に多くても2本しかやらないし、お金はあまりかからないから、ちゃんと貯金もできるし、やめるつもり0。そう思うと、悪くはないと趣味と思ってる。思うだけ。




