街の様子
「っんおあ!?」
深く落ち込み、ぼーっと暗い気持ちで歩いていると、突然激しいくすぐったさが襲った。
体が自分の意思と関係なく勝手にのけぞる。
なっ、なんだ一体!?
首を回して、なんとも言えないくすぐったさの発生源を見ると、セレーナが俺の脇腹をグリグリと揉むように掴んでいた。
俺は脇腹が弱点で、強く掴まれたりすると激しいくすぐったさが起こり、しばらくのあいだ身悶えしてしまうほどなのだ。
このことを知っていれば少しの間俺を行動不能にしてしまうことも可能だ。
知っているのは、このことを発見した張本人であるセレーナくらいしかいないが。
「……カイロス?」
そのセレーナは俺を心配そうに見ていた。
いつものような、無表情ではない。
ふと、そんな妹の様子を見て思った。
……どうしてそんな顔をしているんだ?
ここで俺は気づいた。
さっきまでの暗い雰囲気がセレーナを心配させてしまったのではないのか、と。
自分とセレーナはかけがえのない大切な家族だ。
その家族が暗い雰囲気を出していたら、自分だって心配するだろう。
妹に心配はさせたくはない。
無理にでも元気を出さなくては。
それに、頼れる兄が駄目になってしまっていたら不安に思うだろうしな!
俺はできるだけ明るい声でセレーナに言った。
「おいセレーナ、いきなり何するんだよ!?」
もちろんこれは強がりで、まだ気分は落ち込んでいる。
しかしこれ以上、妹に情けない姿は見せるわけにはいかなかった。
「だって、呼んでも気づかなかったから」
セレーナは少し安心した様子で返した。
いつもの兄に戻ったと思ったのだろう。
これでこちらも一安心である。
しかし、いきなりされたのでつい変な声を出してしまった。
周りを歩いていた人々がクスクスと笑いを噛み殺している。
俺は少し恥ずかしい気持ちでまた歩き始めた。
しばらく歩きながら、この町の様子を見ていた。
建物は木造が多く、あまり大きくはない。
たまに石造りのものもあるが数は少なかった。
店らしき建物には見たことのない物が並び、鎧を着た男などが商品を物色している。
今まで下を向いて歩いていたので気づかなかったが、この町には冒険者が多いようだ。
冒険者というものは人に害を及ぼす魔物を狩り、その狩った魔物の素材を売って金を稼いだり、洞窟や未開の地を探索する者達のことをいう。
怪我をすることは日常茶飯事だし、下手をすれば最悪、命を落としてしまうよう危険な職業だ。
しかし、それに見合うだけの金は手に入る。
なので冒険者に憧れ、なろうとする者は後を絶たなかった。
たとえ身体が傷だらけになることが分かっていても。
そんな怪我を負った冒険者を癒すのが治癒魔術師だ。
治癒魔術師は金を払うことで、治癒魔術を使い身体中の傷を治してくれる。
また、治癒魔術は怪我以外にも病気や毒による症状も治すことができるので、頼りに来る客は多い。
ただ、やはり治癒魔術師の数は限られており、また治癒魔術には大量の魔力を使うこともあって、どうしても値段は高めだった。
ちなみに、俺とセレーナの力は魔力を必要としない。
もしかしたら魔術ではないのかもしれないが、それは力を持っている俺達にも分からなかった。
調べる気も無いし、気にもならない。
生まれつきだ。
俺は妹を養うために、前の町で治癒魔術師の真似をして金を稼いでいたことがある。
自分の力は治癒魔術と同じで怪我を治すことができる。
ならばその力を使って似たような商売ができないかと考えたのだ。
自分でも名案だと思ったし、うまくいくと思っていた。
しかし、この商売は失敗してしまった。
なぜ失敗したのかというと、そもそも怪我をする人があまりいなかったのだ。
冒険者の仕事の内容はピンキリで、前の町にいた冒険者は畑を荒らす魔物の駆除をするのが主な仕事だった。
その魔物というのも小型のたいして強くないものなので、駆除は簡単で狩っている最中に怪我をすることは稀で、治癒魔術に頼ることは少なかったのだ。
たまに来る客といえばぎっくり腰のじいさんくらい。
稼ぎは悪かった…。
セレーナは自分の力を使って他人の財布から金を盗ればいいと平然とした顔で言っていたが、俺はすぐに却下した。
大切な妹にそんなことをさせたくはなかったし、自分のせいで犯罪を犯すのはどうしても許せなかったからだ。
だが、このままでは生活が苦しくなる一方だ。
そう考えた俺は、妹と一緒に別の町に行って稼ぐことに決めた。
そうしてたどり着いた町がここだ。
ここなら冒険者の仕事もちゃんとしたものだろうし、冒険者の数も多いようだ。
今回は絶対に失敗しない。
そう確信した。
町の様子をキョロキョロと見ていたとき。
ふと、とある店が目についた。
よく見ると、緑や紫の実を房状につけた果物が大量に並べられている。
もしかするとあれが噂の特産物だろうか。
もしそうなら妹に心配させたお詫びもかねて買おう。
俺はそう思い、妹と店の方に近づいて行った。
その果物は実際に近くで見てみると、なかなか美味しそうだと思った。
皮には張りがあって艶がでており、中身が詰まっていることが分かる。
俺は店のおばちゃんに声をかけた。
「あの、すいません。これってこの町の特産物ですかね?」
「ん? ああ、そうだよ! お兄さん達はこの町に来るのは初めてなのかい!?」
店のおばちゃんはかなり大きな声で答えてくれた。
客寄せにはこれくらい大きな声の方がいいのだろうか。
そんなことを考えながら答える。
「えぇ、まぁ……。ついさっき着いたばかりなんですよ」
「そうなのかい! ああ、それでねぇ! この果物はねぇ! この町で採れるブドゥルっていうんだよぉ!」
「へぇ…。ちなみにどんな味がするんですか?」
このブドゥルという果物の味についてはざっくりとしか聞いていなかったので、一応聞いて見る。
「実際に食べてみた方が早いよぉ!」
おばちゃんはそう言うと店の棚からブドゥルを持ってきた。
どうやら試食もしているらしい。
実を二粒取ってセレーナに一つ渡す。
手にとって見ると、意外と皮が厚い。
さっそく自分の実の皮を剥き、口に入れた。
「……おぉ! これうまいな!」
するとこれがなかなか美味しかった。
甘味と酸味がちょうど良く、水分を多く含んでいるのかとてもみずみずしい。
カイロスは妹の感想を聞こうとセレーナの方を見た。
「……んむっ。……くっ!」
しかしセレーナは皮を剥くのに苦戦していた。
そこまで難しいことでもないのに。
「……」
……あぁ、そっか。
カイロスは、なぜそこまで皮を剥くのに手間取っているのか理解した。
セレーナは日常生活でもよく瞬間移動の力を使っている。
手を使って物を取ったり、作業したりはしない。
力に依存している。
だから手の筋力も弱く、不器用なのだ。
セレーナにとって力を使えばこんなことは簡単だが、人前では使わない。
セレーナいわく、この力は特殊で人前で使うと面倒なことになってしまうかもしれないのだそうだ。
「ほら、貸してみ」
俺はセレーナの手からブドゥルを取ると、きれいに皮を剥き、実をつまんで口の前に差し出した。そして、
「はい、あーん」
「……えっ……あむっ」
そのまま食べさせた。
「……」
妹の世話を焼く兄。
俺はこの瞬間、自分でも頼れる兄っぽいなと思っていた。
いつもあんなにクールで自分より頼りになる妹が自分を頼りにする。
こんなことはめったにない。
俺はどことなく気分が良かった。
「……」
一方、セレーナは少し顔を赤くしながら、口に入れられたブドゥルの実をじっくり堪能するように食べていた。
前回投稿した小説を何回も直してました。
やっぱり難しいですね。




