大荒野
読んでいただければ幸いです。
太陽が西の空に傾き始めた頃。
石と砂しか無い広大な荒野を、二人の男女が歩いていた。
男は灰色の髪で少し背が高く、全体的に細い印象を受ける。
服装はこの荒野を歩くには相応しくない半袖という軽装で、ぎっしりと物が詰められているであろうかなり大きめのリュックを背負っていた。
時折吹く風には舞い上げられた細かい砂が混じっており、数分もすればすぐに服が砂にまみれ色が変わってしまうだろう。
だが、男には砂が舞う荒野を歩けば付着するはずの汚れはほとんど見当たらない。
その男のすぐ後ろを小柄な少女があまり間隔を開けずに歩いている。
少女は艶のある青みがかった黒髪を背中まで伸ばしており、肌の色は白く顔は整っていた。
しかし、その表情は何を考えているのか分からない無表情で、じっと静かに前を歩く男の背中を見続けいる。
男の軽装とは対照的に少女は膝まである薄茶色のコートを着ており、その下からほっそりとした華奢な足が見えていた。
少女のコートは男ほどではないが汚れはあまり付いておらず、荒野を歩いて来たにしてはやはり綺麗過ぎ不自然だった。
「……カイロス」
少女は綺麗で澄んだ、しかし感情の乏しい平坦な声で前を歩いている男の名前を呼んだ。
「どうした?」
カイロスと呼ばれたその男は背中のリュック越しに振り返ると、何かあったのかという視線を少女に向けた。
だが、少女は黙ったまま口を開こうとしない。
何かを言いたそうにしているが、言って良いものか迷っているようだ。
見かねたカイロスが口を開く。
「黙ってちゃ何も分からないぞ?」
しかし、少女が何か言う気配は無い。
二人の間に沈黙が降りた。
「まあ、言いにくいことなら言わなくていいが」
カイロスは続けて言った。
「……それとセレーナ。俺のことは兄さんと呼んでくれ。妹が兄を呼び捨てにするのはその、おかしくないか?」
名前を呼ばれた少女。
セレーナはカイロスと兄妹だ。
だが、兄妹といっても髪の色も目の色も違うのだから血の繋がりは無い。
しかし、カイロスにとってセレーナのことをたった一人の家族だと思っているし、それはセレーナも同じだろうとカイロスは思っている。
「なんならお兄ちゃんでもいいぞ?」
カイロスは冗談めかして言った。
いつも自分のことを呼び捨てにし、兄さんなどと呼ぶことがほとんど無い妹に対してちょっとした意地悪をしたくなったのだ。
カイロスとしては兄として呼んでくれれば何でも良かったのだが。
「それは嫌」
即答だった。
まさか、そこまで強く言われるとは思っていなかった。
なぜそんなに嫌がるのか。
「……何歳だと思ってるの」
カイロスはセレーナの全身を見た。
コートの隙間から見える白い布に覆われた発展途上の胸は、僅かな膨らみはあるがかなり小さい。
お尻も小ぶりで、外見は12歳位にしか見えない。
まだまだ子供で、お兄ちゃんと呼ぶような年齢だろう。
見た目だけなら。
「いや、別にお兄ちゃんでも違和感ないと思うが」
そう言うとセレーナは、なぜかムッとした感じで黙りこくってしまった。
そのまま早足で歩き始める。
なんか気に障るようなこと言ったか?
カイロスは追い越していく小さな背中を見ながら妹が不機嫌になった原因を探していた。
だが、思い当たるようなことは無い。
セレーナの近くまで追い付き様子を見てみるが、ムッツリと口を結び開こうとしない。
そこでカイロスは、妹の気分を変えるために話題を変えることにした。
「そうだ、次の町は甘い果物が特産品らしいぞ。着いたら買って一緒に食べてみるか」
前の町に滞在していたとき、宿屋の主人に聞いた話だ。
これから向かう町にはとても甘い果実のなる木があり、その果実を売って生計を立てているらしい。
この時は一緒にいなかったのでセレーナは話を聞いていない。
甘い物が好きなセレーナには嬉しい話だろう。
その証拠にピクッと反応し、そして動きを止めてカイロスに振り返った。
「……本当に?」
セレーナはいつも無表情だが、感情がまったく分からないというわけではない。
変化はほんの少ししかないが。
よし、食いついたな。
この話題にすれば少しは機嫌が良くなるか?
カイロスは妹の機嫌を直すためにその町のことを話し始めた。
「ああ。俺も宿屋の主人から聞いたんだが、その果物は甘くてみずみずしくて、食べたら癖になるほどらしい。」
ざっくりとだが、話を聞くほどセレーナの顔には興味の色が出てきていた。
だが、あまり話し続けると日が暮れてしまう。
カイロスは適当なところで話を切り上げた。
「そろそろ歩き始めないと今日中に着かないからここまでな?」
セレーナは少し残念そうな表情をしているように見えた。
やはり変化は分かりづらいが。
「早くその果物を食べてみたいだろ? じゃあそろそろ回復して歩き始めるぞ」
そう言うとカイロスはセレーナの左手を握った。
すると、砂で薄く汚れていたセレーナの体が一瞬で何も汚れていない綺麗な状態になった。
まるで町を出てきた直後のように。
カイロスの力は自分と手で触れた対象の時間を巻き戻すというものである。
この力はセレーナが怪我などをしたときに治癒魔術の代わりとして使っていた。
見た感じも治癒魔術に似ているので、金を稼ぐために治癒魔術師のような仕事をしたこともある。
まあ、失敗してしまったのだが。
だが、治癒魔術師は貴重でめったにいないので冒険者の多い町ではよく稼げるのだそうだ。
その力を自分にも使う。
今まで歩いてきた疲れが取れ、すっきりとした気分になった。
うん、やっぱりこの力は便利だな。
カイロスは自分の力を気に入っていた。
妹の力も凄いが、自分も負けていないだろうと。
どんな大怪我でも治せるし、今のような長距離の旅だってできる。
ただ、使い過ぎて年齢が17歳で止まっているが。
カイロスは自分の右手を見て満足気にうなずくと、まだまだ先の長い荒野を歩き始めようとした。
「……カイロス」
すると、またさっきのようにセレーナに呼び止められた。
振り返ると困ったような雰囲気で何かを言いたそうにしている。
やっぱりこれだけの長距離の旅は不安か。
カイロスは妹の不安を取り除くべくセレーナの目の前にしゃがみ、目線を合わせて言った。
「大丈夫だ。俺の力は知ってるだろう? お兄ちゃんの力を信じろ!!」
セレーナはふるふると首を振った。
「ううん、違くて」
「私の力で移動した方が速いと思う」




