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謎が謎を呼ぶ


 時間は少しさかのぼり、授業が終わってから真名木と別れた大塚は、トレーニングルームに来ていた。

 制服のネクタイとカッターシャツを脱ぎ、ノースリーヴのVネックシャツに着替えると、脱いだ服を部屋の壁のハンガーにかけた。

 円形の台の上に乗り、二の腕にはめた【シールド】を発動させる。

 すると目の前のモニターに、どの範囲にどの厚さの【シールド】が張られているか、色で表示された。均等に配置された点が数個あり、そこには数値が記載されていて、若干数値が動いている。

 集中しなければ、がくっと数値が崩れてしまう。右半分のシールドは得意なのだが、どうしても左下の厚みが均等にできない。左下が苦手なのは、右利きの人間にありがちだ。大塚も例に漏れない。

 シールド・ボールで使用する【シールド】だが、本来は軍などで使用されているものだ。それを、訓練を兼ねたスポーツとしてシグマ科で使用するようになってから、デルタ科などでもシールド・ボールを行うようになった。

 発動した【シールド】は目視することができない。そのため、このトレーニングルームに置いてあるような大掛かりで特殊な装置を使って確認しなければ、どこが弱点なのか、発動している本人にも分からないのだ。

 魔術の原理が解明されていないのと同じように、この【シールド】も、どのように発動されるのか分かっていない。

 なぜ米沢明良の発明が奇跡と呼ばれ、その発明品の原理が分かっていないかと言えば、そもそも、米沢明良が生前口にしていた「魔素」というものを確認できた者が誰もいないからだ。

 米沢明良の残した発明品と同じ構造のものを作ると、なぜか作用するので、確かに「魔素」は存在するのだろう、と推論されているだけであって、威力の増幅や小型化など、改良には成功しても、なぜ発動するのかが分かっていない。

 ただし、発動した結果に関する感知の技術は向上している。この【シールド】についても感知する装置が開発されたので、こうしてトレーニングルームでモニターに表示される数字を見ながら、自らの感覚で調節し、精度の高い【シールド】を張るよう訓練することができる。

 この調節が、意外と一筋縄ではいかない。なにせ、ある一点に意識を向けるだけで、数字が動いてしまう。トレーニングという落ち着いた状況でなら、大塚よりも安定した【シールド】を張れる生徒はデルタ科内に何人もいる。しかし、シールド・ボールやそれ以外の、例えば先日の実験室の爆発のように、とっさの場面では、落ち着いていることがまず必要になる。そのため、実用の面で言えば、シグマ科内で大塚の【シールド】は学園側からも一目置かれているのだ。


 大塚の額に汗がにじんできた頃、通信機がメールの受信を知らせた。

 真名木からだ。


――イマタクいなくて管理課の人に別室に連れてこられたんだけど


 意味が分からない。

 しかし、管理課の別室に連れてこられるなど、ただ事ではない。

 とりあえず、訓練を切り上げて管理課へ行くことにした。


「真名木圭太が、ここに来ていませんか?」

 管理課は、窓口を挟んでいても伝わってくるほど、騒然とした気配が漂っていた。やはりなにかあったようだ。

 用件を伝えると、窓口の職員が別の職員に交代した。

「大塚慧一郎くんですね。管理課の小暮です。ちょうど良かった。真名木くんには今お話を聞いているところですが、きみにも聞きたいことがあったんです。第2通路の扉を開けるから、入ってきてくれますか?」

 第2通路から別室に入ると、対応に現れたのは、小暮と名乗る管理課の若い女性だった。

 今西教授と連絡がつかないことを説明され、昨日の夕方の今西教授の様子と、なにか気になることがなかったかを質問された。

 特に思い当たることはないと伝えると「ではなにか思い出したらいつでも言いに来てください。もちろん、このことは他言無用です」とだけ言われて、あっさり解放された。

 真名木はまだ別室にいるとのことだったので、廊下で待つことにした。


 しばらく待つと、管理課の扉が開き、真名木が出てきた。声を掛けようとしたところで、その後に続く桜井桜理の姿を見ていったん言葉を飲み込んだ。

 なぜ、桜井が……。

 真名木が、背後の桜井に何事が声をかけた。いたって普段通り、まるで大塚や佐古田に対するのと同じように気楽に話しかけている。

 大塚は、おいおい、と心の中で突っ込みを入れた。

 彼がどれだけ特別な存在なのか、真名木は本当に分かっているのだろうか。

 そのとき、桜井の視線がすっと大塚に向いた。

 大塚は背筋を伸ばし、すっと一礼した。

「イチロー!」

 真名木が走り寄ってきて、大塚の肩を叩いた。

「お前、無事だったか!」

「無事?無事に決まってるだろう」

「だって、あのセキュリティ部門の奴ってすっげぇ怖いだろ?」

 一体なんのことを話しているのか分からなかったが、とにかく廊下で話す内容ではない。口止めされているのを忘れたか、鳥頭め。管理課の目の前で、しかも桜井がいるこの場で、どれだけ俺が肝を冷やしていることか、少しは察してほしいと思う大塚だった。



「え、イチローが話したのって、女の人だったのか?」

 ずりぃ、とソファに沈みこんで、ぶつぶつ呟く真名木。

 先ほどから、この状況に違和感はないのだろうか。

 場所は寮に移り、真名木と大塚の部屋である。あれから循環バスで寮に帰り、エントランスで夕食は部屋食にすることを伝えると、部屋へと戻った。二人は、いや、三人は、寮の部屋のリビングルームでソファに腰かけている。

 寮の部屋は、このリビングルームと浴室、トイレ、それにそれぞれの寝室で一つとなっている。そのリビングルームには備え付けのL字のソファがあり、L字の短い部分に大塚、そして長い部分の、真名木を挟んで、端に桜井が腰かけているのだ。ローテーブルには、先ほど運び込まれたばかりの三人分の夕食が並んでいる。

 道中、桜井はなにも言わずに二人についてきた。大塚としては、ものすごく気になっていたが、怖くて言及することができなかった。寮内ですれ違う生徒には、ぎょっとした顔で避けられた。

 真名木は当たり前のように桜井を部屋に入れているし、ソファに座ってからもごく普通に話をしている。

 桜井がどう思っているのかは、なんの表情も浮かんでいないので分からない。

「あぁ、小暮さんていう、管理課の女の人だった。真名木が話したのは、セキュリティ部門の人だって言ってたけど、大丈夫だったか?あそこの人間はガチだから、間違っても逆らうなよ」

「おせぇよ!桜井もそんなヤバい奴だって知ってたのか?」

 振り返る真名木に、桜井は顔を上げて、少し首を傾げた。

「僕が立ち会うことになってるから、大丈夫だよ」

 それだけ何かあるかもしれない、ということか。それはそれで怖いな、という内心を隠し「夕食にしよう。お茶をいれてくる」と大塚は席を立った。

 急須から湯のみにお茶を注ぎながら、大塚は考えた。

 真名木の入学に関しては、謎が多い。

 以前、佐古田が言っていた通り、編入者は珍しい。いたとしても、なにがしかの才能を持ち、功績を残している者ばかり。真名木は明るくていい奴だが、この一年三カ月の付き合いで見る限り、普通の男子高校生だ。

 真名木はいわゆる今どきの高校生で、見た目も良い。背が高く、スポーツマンのような均整のとれた身体つきをしているし、表情が豊かなためあまり気付かれないが、顔立ちも整っている。雑誌の男性モデルによく見るデザインの短髪もよく似合っているし、着崩すことが難しい青波学園の制服も着こなしている。

 女子には、残念ながら、あまりに奔放すぎて遠巻きにされているようだが、ノリがいいので男には人気がある。トラブルメーカーだが、同時にムードメーカーでもあり、嫌味がなく一緒にいて楽しい。ほとんどが幼稚舎からエスカレーターで通うこの青波学園に、高等部から編入してきた異端児でも、みんなのなかによく馴染んでいる。

 真名木と大塚は、一年生のときの最初の席が隣だった。それ以来、大塚は、なにも知らない新入生の世話係にと担任に目されたらしく、寮も同室になった。

 学園側の思惑とは別に、大塚も真名木に興味がわいた。知れば知るほど、真名木の背後には謎が多い。しかも本人は、そんなことにまったく気がついていないのだ。

「中学の担任に推薦された」と、真名木は青波学園に編入した経緯をそう話していたが、そんな馬鹿な話はない。この学園は特殊なのだ。真名木の地元、岐阜の中学のいち教師が、推薦枠などもっているはずがない。しかし真名木が嘘をついている様子もなかった。

 だとしたらなぜ、ごくふつうの家庭で育ち、特別な才能があるわけでもない真名木が、この青波学園に入学できたのか。また、これだけのトラブルを起こしても退学にならないのか。

 服の上から二の腕に装着された【シールド】に触れた。軽量化されていても、やはり重みがある。それに、わずかではあるが、常時、体力を消耗する。しかしそんなハンディを背負っても、真名木の秘密にはそれだけの価値があると思える。

『必要になるだろう、ということで』

 研究室でそう答えたとき、今西教授が一瞬見せた表情。

 あのとき、直感的にわかってしまった。今西教授は、真名木がここにいる理由を知っている。

―――なにか、真名木には秘密がある?


「イマタクどこに行ったんだろうなぁ」

 大塚の物思いを、真名木の声が破った。

 お盆に湯のみを載せ、ローテーブルへと運んだ。

 桜井の前にお茶を置くときに、琥珀色の瞳と視線が合った。

 お互いに口には出さなかったが、今西教授の不在について、桜井がもっと詳しいことを知っているのは確実で、桜井のほうも、大塚がそれに気付いていると分かっているはずなのに、なにも言わなかった。


 大塚がソファに腰かけたところで、真名木が箸を取り「いただきます」と両手をあわせた。それを横目で見ていた桜井が、真名木にならって「いただきます」とあわせた両手に箸を挟んだ。

 食事が始まってからも、桜井はちらちらと真名木を見ていた。その視線に「ん?」と真名木が桜井を見返すと、桜井はぱっと視線を逸らす。

 今度は真名木が桜井を観察し、茶碗を片手に「桜井って動作がきれいだよなぁ」と言い出した。口の中のものを飲み込んでから話せ、と大塚は極力そちらを見ないようにしながら心の中で念を送ったが、もちろん真名木には通じない。


「そう?」

「うん!」

 もぞ、と桜井が尻の位置を直した。


 それきり二人は黙って食事を続けた。




お気づきのかたはいらっしゃいますか。


そうです、大塚は高校生らしからぬ男です。

脱いだものはハンガーにかける。

お茶は急須で緑茶。


これが真名木なら、脱いだ服はそのへんに放りっぱなし。

飲み物は冷蔵庫から出した1リットル紙パックのコーヒー(微糖)。



そしてもう一つ。

この題名、思いっきり大塚目線。


謎はお前ら二人のことだよ。

真名木と桜井。

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