第6話 魔王襲来
ガラガラガラ。
むしゃむしゃ。
相変わらず、どこまでも荒野が続く中。俺は、当初の予定地であるトト村へと向かっていた。
移動手段として使用しているのは馬車。アミナに御者を任せて、俺はその横でノンビリ食事中。
つい先ほどまで、この馬車は違う持ち主のものだった。だが、盗賊に襲撃され持ち主が逝去した今、これは俺の物になっている。
盗賊団を全滅させた後、俺は土属性魔法を使って、穴を掘った。大きさは、4メートル四。深さは3メートル。その穴に、全ての犠牲者をまとめて埋葬し、上から土をかぶせた俺は、この馬車を頂くことにした。
馬車は死人には必要のないものである。だが、俺には必要だ。
何せ、ここは荒野のど真ん中。
徒歩の人間がいきなりトト村のように周囲から隔離されて集落に近づけば、警戒されるだろうことは明らかだ。
馬車に乗っていても警戒されるだろうが、徒歩よりはマシな筈だ。馬車なら商人と自称出来るけど、荒野で徒歩とか、言い訳のしようが無い。
むしゃむしゃ。
にしても、これはかなり不味いな。昨日から何も口にしていない空腹状態で食べてもこれだけ不味いとは、この世界の食文化が非常に心配だ。
この分だと、都市に行っても大した食事にはありつけないような気がする。
俺が今食べているのは、干し柿みたいな何か。少なくとも、見た目は干し柿。コモンスキルの方の鑑定スキルによると、『干した果実』と表示されていたし、多分食べ物で合ってるだろう。ちなみに、気紛れな方の鑑定スキルは、またも熟睡状態。ウンともスンとも言わない。
にしても、不味すぎだろ、これ。
そう言いつつも、俺の食は進む。空腹で倒れそうなんだからしょうがない。
俺が三個目の果実を食い終った所で、村が見えてきた。
村と言うから、農地の中を転々と家屋が立っている様を予想していたんだが、どうやら違うようだ。
農地の中心部に柵で覆われた一帯が存在し、そこに家屋が密集して造られている。恐らく、柵は防衛用なのだろう。この世界は、魔族はいたし、盗賊も見かけ。多分、そう言ったモノによる襲撃を警戒しているんだろう。ゴブリンとかもいると良いんだが。ゴブリン好きの俺は期待を寄せる。
そのまま農地になっている部分を通過して行くと、家屋の集合地帯へと至る。そこには門番らしき存在は見られない。
何てことだ。異世界の集落と言えば、門番がいるのが定番なのに……。その門番が存在しない何て。こんな異世界が在って良いんだろうか?いや、無い。
等と言う馬鹿なことを考えている間にも、馬車は進む。
当然だが、進んで行くのは村の中心部。どういう訳だか、そこには人だかりがある。
村人全員が盗賊で、村に入り込んだ商人を襲撃するために集合してるんじゃないかとも想像していたんだが、全員2レベル以下。はっきり言って脅威にはならないし、そもそも半分位が子供で0レベルだ。
一体何のために集まってるのか?部外者の来訪自体が珍しいから、客人が来るとお祭り騒ぎになる的な奴だろうか。
「ようこそいらっしゃいました。商人殿。わたしはこの村の村長で、トマトルと申します」
集団の中心にいた、一番立派(そうは言っても、全体の水準が低いのでかなり貧相なのだが)な服を着た老人が進み出て声を掛けてくる。
あれ?
確かに俺は、身分を聞かれた時の為に、商人と言う設定を考えていた。だが、何故、村長の方から俺が商人だという話が出るのか?謎だ。
だけどまあ、好都合だからいいか。ご都合主義と言うことにして、話を進めよう。
俺は馬車から降りてお辞儀をする。ついでに、アルカイックな笑みも浮かべる。
「村長殿。私は商人のユートと言うものです。以後、お見知りおきを」
初対面の人間には礼儀正しくしないとね。
どうしてこうなった?
俺はトト村で、適当な食料を調達するつもりだった。
何せこの馬車の中に常備されていた食料ときたら、干し肉や干し果実とかしかないのだ。それもかなり不味い。保冷技術が存在しない中で、長期に渡って旅をする以上、保存食主体になるのは仕方が無い。それは分かる。それは分かるし、保存食に味を求めてはいけないということもわかるんだが、それにしても、いくら何でも不味すぎるのだ。
という訳で、俺は新鮮な食材を求めていたんだが……。
残念ながら食料が無かった。村長の話によると、トト村周辺は干ばつが続いていて不作続き。さらには、徴税官が豊作不作に関わらず毎年一定量の作物を徴収していく。このため、村人たちは、自分達が食べる食料にも事欠いていたのだ。
心優しい現代日本人である俺が、そんな村から食料を購入できるはずもなし。
それどころか、食糧の代わりに子供達を買ってあげてしまった。要するに、口減らしだ。購入したのは三人。不味い食料なら幾らかあるとは言っても、そんなに多くある訳ではないため、これ以上購入すると、こちらの食糧事情が逼迫してしまう。このため、もう少し多めに購入したかったのだが、三人に抑えていた。
村人たちの雰囲気からすると、今後も口減らしを進めていかないと、弱った老人や役立たずの子供達の肉を解体して、共食いし始めるような感じだった。
子供たちは食糧になりたくない一心で、必死に売り込みを行っていた。特に女の子たち。女は力が弱く農作業の効率が悪いので、こういう時には優先的に処分されるようだ。奴隷落ちか、人肉スープの材料か。選択肢が無さすぎだて泣けてくる。
このため、少女たちは服をたくし上げて、必死に自分の魅力をアピールしていた。……子供だから、胸なんか無いも同然なんだけど。
本当は奴隷なんか買う気はなかった。異世界物の定番の一つに、奴隷ハーレム系もあるけど、ああいうのは俺の趣味じゃない。俺は紳士なんだ。
だけど、女の子たちの余りの必死さに負けて気が付いたら、三人も購入してしまっていた。当然だけど、まな板の女の子を購入するとかは背徳的すぎるので、比較的胸が成長している子を選んだ。ついでに、容姿も選んでる。どうせ買うのなら、可愛い子の方がいいしね。
……御者台に座るアミナの視線が冷たい。
誤解だ。アミナ。これは人道的な緊急避難措置なんだよ。このままじゃ、この子たちはスープの材料にされてしまうところだったんだって。
だけど、口には出さない。
言い訳できないことに、少女たちは現在、俺にご奉仕中だからだ。
これも当然と言えば、当然だ。一先ず食肉処分は回避できたものの、このまま下種な人物に転売されでもしたら一大事だからだ。少女たちは、少しでも自身の生存率を上げようと、現在の主人である俺の心情を良くしようとしてるんだろう。
必死になって胸を押し当ててきたり、俺の腕を足の付け根に誘ったりしている。
「ふぁ!ああああああぁ!」
少女の一人が嬌声を上げる。どうやら、ご奉仕中に自分の方が感じてしまったようだ。
……増々温度が下がるアミナの視線。
「クズ」
そんな呟きが聞こえる。
誤解だ。今、俺は何もしなかったぞ。こいつが勝手に感じただけだ。
―称号“クズ男”を獲得しました。
―称号“変態”を獲得しました。
誤解だああああああああぁ!!
☆☆☆ ☆☆☆
トリエスタル王国 王都トリエスタール 王宮
普段は、外国使節との謁見の間として使われる、三の間。
そこは現在、緊張に包まれていた。
集まっているのはこの国の重鎮たち。王族をはじめ、各省各部の大臣や長官。有力貴族の内、王都在住のもの。それに高位神官ら。
煌びやかな装飾に身を包んでいる彼らの表情には、焦燥と混乱、それに戸惑いが見られた。彼らはこの日、急遽招集されたのだ。この中の幾人かは、立場上ある程度の事情を把握してはいたものの、その数はあまり多くない。
謁見の間の最奥部に設置されたドアが開き、一際豪華な服装に身を包んだ老人が姿を現す。
「国王陛下のおなあありいいい!!」
典礼官の宣告にあわせ、全員が一斉に頭を下げる。
「諸君。非常事態である。アメダス辺境伯爵領に魔王が侵入した」
「バカな!!」
「魔王が!?」
「一体どういう!?」
効果は劇的だった。場は喧騒に包まれ、各々が隣り合う者たちと勝手に話し始める。
「鎮まれ!!」
王の一喝。沈静化スキルを上乗せされたそれは、瞬く間に効果を表す。幾人かはスキルによる効果を抵抗していたものの、そう言った者達は元々今回の要件を把握していたので、問題なく場は静まり返る。
「第一陸軍卿。説明せよ」
「はっ!」
王の指名を受け、第一陸軍卿が進み出る。
「本日、正午、我らが偉大なる女神であられる、ユミ=ホダチ様より宣託が下りた。アメダス辺境伯爵領西部に広がる“不帰の森”より、魔王及びその眷属らがアメダス辺境伯爵領に進入したと」
再び場が騒めくが、それは小さなもので直ぐに鎮まる。この場にいるのは国の重鎮たちであり、事態の深刻さを理解できたためだ。一々騒いで、会議の進行を遅らせる行為は、万死に値する。
「神託によると、侵入した魔王のレベルは70前後」
そこ彼処から上がる呻き声。70レベルとは!!
確かに、魔族や魔物は強い。レベルアップとは、自身が倒した相手の魂を吸収することで生じる強化現象なのだが、人間の持つ吸収能力はかなり弱い。このため、どんなに敵を倒したところで、人間は殆どレベルアップすることが無い。
王国最強の騎士ジョルジ・マルシャリですら、10レベルに過ぎない。このことを考えれば、70レベルの魔王の侵入などという事態は……恐るべきモノだ。
「また、“不帰の森”との境界を守る各城砦との連絡が、緊急信号の発信を最後に現在不通になっている」
この報告は、比較的冷静に受け止められた。それらの城砦は、基本的に防衛用ではなく、早期警戒用なのだ。魔物の生存圏付近で悠長に城砦建設をすることなど出来ないという事情もあって、元から大した防御力は期待されていない。
「既に、私は全軍に命令を発した。辺境伯爵に駐留している黒色騎兵団及び、アメダス辺境伯爵領軍は、警戒態勢に入っている。また、これだけは兵力不足の為、王国全土より全面的な増援部隊を投入する。青色騎兵団、赤色騎兵団、黄色騎兵団、緑色騎兵団並びに白色騎兵団を増援として送る」
ざわめきが強まる。
黒色騎兵団は元々、“不帰の森”を警戒するために、あそこに配置されている。である以上、それを魔王襲来への対応部隊とするのは、至極当然の話だ。だが、それに加えて、青・赤・黄・緑・白の五つの騎兵団を追加で投入するとは!?
王直轄の騎兵団は全部で六つ。これは実質的に、王国全軍を投入することを意味している。周辺諸国への警戒はどうなるのだ?それに、王国内部の森や草原にも、ゴブリンやオークといった魔物が存在している。彼らに街道を荒らされては、物流が停止する。一体、王はどういうつもりなのか!?
だが、第一陸軍卿は混乱を無視して説明を続ける。
「さらに、魔導兵の内六十人をアメダス辺境伯爵領に移動させる」
馬鹿な!?
驚愕が場を包み込む。
魔法スキルは取得条件が極めて厳しく、実戦レベルの魔法を使える者ともなると極僅かだ。余りにも数が少な過ぎて、王国法により諸侯が魔導兵を持つことを禁止し、その全員を王国軍に編入させているほどだ。さらに、魔法を使える者を優遇しており、魔法スキルを持っているというだけで、階級が一つ以上上昇するようになっている。
さらに、実戦レベルの魔導兵ともなると待遇はさらに向上し、ほとんど例外なく騎士に叙任される。加えて、平民階級出身でも、准男爵以上に就くことが出来るようになっている。
だが、これだけの努力をしているにもかかわらず、魔導兵の数は極めて少ない。その数は王国軍全体で八十ほど。このうち十名前後が、アメダス辺境伯爵領にローテーション配備されていることを考えれば……。
「加えて、近衛兵団も現地に向かわせる」
混乱は絶頂に達した。
近衛が前線に!?一体、それはどういう……。
誰もが混乱し、言葉をなくす中、挙手するものが一人。
「質問してよろしいか?」
発言の主はダドルフ・ウンドッパ。
第二海軍卿兼本国艦隊司令長官の地位にある提督だ。彼は軍の高官の一人として、魔王襲来の報告は受けていた。だが、迎撃の主体を担うのが陸軍と言うこともあり、これほどの大兵力を投入するということまでは知らされていなかった。
「よかろう」
鷹揚に頷く国王。
「第一陸軍卿、それでは実質的に、陸軍の全兵力を投入するという解釈でよろしいのですか?」
「その通りです。第二海軍卿。敵が70レベルである以上、兵力の逐次投入は危険が大きい。この点において、私と第二陸軍卿、それに第一海軍卿の意見が一致しました」
第二海軍卿は、海軍軍令の責任者である自分への相談も無しに、第一海軍卿が同意していたことに多少の苛立ちを覚える。
それをポーカーフェイスで隠しつつも、第二海軍卿は質問を続ける。
「周辺諸国への備えはどうするのですか?それに、王国領内に生息する魔物も。下級とはいえ、国内にも多数の魔物が存在します。それらを放置するのですか?」
それは、この場にいる殆どの者にとって、最も聞きたい部分だった。全員の視線が集まる中、第一陸軍卿は口を開く。
「周辺諸国は、今回の場合問題ではありません。このトリエスタル王国が陥落すれば、今度は自分たちが魔王と相対することになります。周辺諸国首脳部が常識的な判断能力を持っていれば、私は持っているものと確信していますが、この隙に侵攻しようなどとは考えないでしょう。従って、彼らは何もしないでしょう。無論、多少の揺さぶりをかける程度のことは起こり得ると思われますが。それと、国内の魔物についてですが」
第一陸軍卿は一瞬、口を噤む。
「冒険者を充てます。冒険者の中にも、それなりに腕の立つものは大勢います。彼らは元々、モンスターの討伐依頼や商人の護衛依頼を受けております。短期間なら国軍の援護なしでもなんとかなるでしょう。正直、冒険者には無法者が多いので余り気乗りはしませんが、他に手が無いので……」
冒険者を国内のモンスター退治に積極活用するという意見に、何人かの諸侯が不満げな顔をする。
これも当然だろう。腕っぷしに自信があるのなら、普通は騎士を目指すものだ。外国には、平民を騎士にしないなどという愚かな規範を持つところも存在するが、この国は違う。実力があるのならば、平民であれ何であれ、騎士や貴族の位につくことが出来る。
それに、貴族、領民を問わず、一般には、冒険者と言えば無法者といったイメージが強い。
それなのに、騎士にならずに冒険者になったりするのは、かなりの変わり者か犯罪歴のある者だ。
そんな者達を国内魔物退治の中核に据えるというのは、感情的な反発を抱く。だが、他に代替案が無いのも事実。彼らは国の要職にあるのであって、具体的な対案も無しに感情論で反論するのは憚れた。
「ふうむ」
立派な顎鬚に手を当てて、第二海軍卿が押し黙る。
「……他に手が無さそうですな」
この発言は白色騎兵団長、オルムス・フランクシング・ブッラドリ将軍のもの。
「確かに……」
相槌を打ったのは、皇太子ジョムス・トーベイ・トリエスタル。陸海軍元帥で、王都防衛司令官兼トリエスタール鎮守府司令長官の地位にある。
陸海軍の重鎮たちが第一陸軍卿に賛同したことにより、反論が難しくなる。
今まで口を噤んでいた、トリエステ公爵が口を開く。
「一つだけ質問を。近衛が動くということは、陛下もご出陣を?」
それもまた、殆どの者にとって関心のある話題だった。
「無論である。王国存亡の危機。王たる儂が前線に出ずして何とする!」
「「「おおおおおおお!!」」」
謁見の間が歓声に沸く。
尤も、トリエステ公爵は興奮する周囲の諸侯を横目に見ながら、気付かれないように嘆息する。その原因は先程の王の台詞にある。公爵の見るところ、それは虚勢だった。
第一陸軍卿が再び口を開く。
「それと、敵が魔王で王国存亡の危機が迫っている以上、諸侯方には兵力の供出をお願いする」
「無論だ。陛下自身が前線に出るというのに、我らが続かなくてどうするというのか。我がトリエステ公爵家は、青獅子騎兵連隊を提供する」
これはトリエステ公爵の発言。先程は嘆息したものの、実際問題兵力を提供しないなどという選択は取りようがなかった。
ちなみに、連隊は、諸侯が持つ常設部隊としては最大の単位だ。余程の有力貴族くらいしか複数の連隊を持つことは殆どない。騎兵連隊については、反乱防止の観点から各領一つのみの保有が認められている。
「ブラッドリ公爵家も、朱薔薇騎兵連隊を提供します」
次に、ジョシュアス・フランクシング・ブッラドリ公爵が口を開く。白色騎兵団長のオルムス・フランクシング・ブッラドリとは兄弟関係にある。
「スピッタファイル公爵家も騎兵連隊を提供する!」
「オオエド侯爵家も騎兵連隊を提供いたします」
「メストルグ侯爵家も騎兵連隊を提供します!」
「スコット侯爵家も騎兵連隊を提供します」
「カゴシマ侯爵家も騎兵連隊を提供いたします」
「メリオット侯爵家も騎兵連隊を提供します」
……
……
……
大変だー。魔王が主人公のいるアメダス辺境伯爵領に侵攻したぞー。主人公が大ピンチだー(棒)