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転生迷宮 ―リバイバルラビリンス―  作者: 梅雨ゼンセン
最終章 下 ―コドクな世界で―
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厄災

 ブチッ、バチヤッ、――――――


 肉を断つ音と、血が地面に落ちる音が連続する。

「チッ、ったく! 多すぎ!」

 ユキは顔をしかめて舌打ちをする。

 それにカズは笑顔で

「ぼやくなよ」

 となだめようとするが、彼自身の顔にも疲労の色が見て取れる。

 二人の目の前には、隆起した地面。

 それと、数えるのも馬鹿らしくなるほどの大量の魔物が依然立ちはだかっている。



 百か、千か。奥も合わせると万だろうか。



 種類も様々。


 動物の形をしているモノから虫の形をしているモノ。

 または植物の形をしているモノもいる。


 倒しても倒しても次から次へと湧いてくる。

 しかしその展開している数と同じくらい、足元には二人が破壊した肉塊が転がっていた。

 二人は真ん中にルナを挟み、背中を合わせる様にして戦っている。客観的に観れば数で押しつぶされそうになっている、防戦一方の構図だ。

 二人とも血で全身真っ赤に染まっており、常に神経を複数箇所に集中しなければいけない。

 緊張の糸が一本でも切れればお終い。そんな現状。

 しかし、

「ふぅ……一体一体に経験値があれば良かったのになぁ」

「無限湧きか。やってたなぁ、ずっと仲間を呼ばせて」

 なんて、疲労と面倒だという気持ちはあっても、二人の表情に絶望の色はない。

 それもそもはず。

 二人を真っ赤にしている血は|全て魔物の返り血だ。

 彼ら自身は一切の傷を負っていない。

 それどころか、

「大丈夫? 二人とも」

 なんて間で心配そうな顔をするルナに至っては返り血一つ付いていなかった。

 彼女自身に戦闘力はない。血をかばうような道具も持っていないし、下手に逃げれば陣形を崩し、たちまち魔物の群れに飲みこまれてしまうだろう。

 故にルナは戦闘時、微動だにしていない。にもかかわらず、だ。

 二人がそう配慮して戦っている。まだそれだけの余力を残しているのだ。

『フゴゴゴッゴゴッゴッッッ!!!』

 牙の鋭いイノシシのような姿の『ヴォーア』が、カズに突進してくる。

 ものすごい速度で迫る縦幅二メートルを超える巨体は、もはや自動車である。真面に当たれば骨折程度では済まないだろう。最低限内臓破裂だ。

 そしてユキの方からは猿の魔物『アッフェ』が二体、突っ込んでくる。

 加えて垂直方向から虫の群れ。肉食のバッタ『グラスホッパー』と蟻の魔物『アーマイゼ』の挟み撃ち。

 合計四方向からの同時攻撃。

「ユキ!」

「あいあいさー!」

 それにカズはタイミングを見てユキに合図し、ルナを中心に駒のように二人の場所を入れ替える。

 そしてユキはヴォーアを対峙、

「えい!」

 なんて抜けた掛け声で拳を突き出す。しかしそれは力のチートの一撃。

 拳は突っ込んできたヴォーアの眉間に当たり、巨体はその場で風船のように破裂し血と肉を撒き散らす。次いで彼女はその肉塊をいくつか掴み、アーマイゼの方に投げる。

 反対側のカズはアッフェの内の一体を横薙ぎに切り伏せる。そしてもう一体は、

「お前はこうだ」

 腹に剣を突き刺す。

『ウガアアアアアアアアアッッ!!』

 痛みに暴れもがくアッフェ。しかしカズは無視してそれを迫っていたグラスホッパーの方に叩きつけた。

 その瞬間、肉を得た虫たちは対象をそっちに変えて、進行を止める。

 これで足止めをし、

「ユキ、出番だぞ」

「知ってる」

 ユキは地面に手を突き刺し、

「いい加減にしろおおおおおおおおおおおおおお!!」

 と地面を思い切り持ち上げ、ひっくり返した。

「もうイッチョおッ!」

 しかもアーマイゼとグラスホッパーの分、合わせて二回。

 それにより上に乗っていた虫と、奥に居た魔物が合わせてひっくり返り、地面の重さでプレスされて血の染みになる。

 二人の周りにある地面の隆起はこれが原因だ。

 だが、そんな攻撃でもこの数では一時の応急策でしかない。

「ったく、ホントに多すぎ!」

「それ言ったの何回目だ?」

 ひっくり返した地面を超えて魔物は襲い掛かってくる。

 埒が明ける様子は一向にない。

「ユキ。石を投げろ」

「は? 石?」

「それでできた隙間から逃げる。いつまでも構ってられないしな」

「了解」

 カズの指示を了解し、ユキはまた地面に手をツッコむ。そして土ごと拳いっぱいに握ると、引き上げたそれを思い切り魔物に投げつけた。

 土に比べて石はそれほど多くなかったが、それでもいくらか混じっていた石が弾丸のような速さで敵に飛んでいく。

 人力のショットガンだ。

 撒き散らされた石は魔物たちの体に大量の風穴を開ける。眉間に当たり頭蓋を貫通するものもある。

 そうしてユキが敵を処理している間に、カズはルナを背中におぶる。

「ごめんなさい」

 背中でルナが弱々しい声で謝る。

「私、守られてばっかりで……」

「気にするなって。ルナが謝るようなことじゃない」

 それにカズは明るく、いつもの感じで言葉を返す。そしてユキが開いた群れの隙間に向って走る。

「こうなったもの全部あいつが勝手なせいだ。ったく、一番謝罪してほしいのはあいつだ」

「カズ……」

「俺たちを勝手に巻き込んどいて、それで勝手にいなくなっちまいやがって……」

 ホントに許さねえ、と彼の口から出た言葉には、怒りとは別の感情が宿っていた。

 ユキが石を使って先行し、その後にカズが続く形で二人は脱出を試みる。

「ねえカズ! どこ向かえばいいの?」

「とりあえず抜けられそうなところないか?」

「いや、魔物だらけで何にも見えないんだけど……」

「知ってた。じゃあとりあえず俺たちが飛び越えた壁の近くまで向かうか」

「もっかい飛び越える感じ?」

「そう。こっちに跳んできたのはルナの話が聞きたかっただけだし。もう大丈夫だろ」

「実は向こうで敵さん待機してたりして」

「三話前からスタンバってました、って?(笑)」

「メメタァー」

「余裕ね、二人とも……」

 魔物の軍勢に囲まれて、かつユキ一人で相手をしなければいけないというこの状況でなお、余裕を失わない二人に、ルナはもはや呆れるしかなかった。

 しかし、

「きゃ!」

「「ッ!!?」」

 後方。ルナの背中をベーアの爪が掠めた。

 それにカズは咄嗟に身を反転させ、ユキが石を放って殺す。

 しかし今度はその反対から蝙蝠の魔物『ヴァンプ』の群れが飛んできてルナに群がる。

「いや! きゃあああああッ!」

「クソ!」

「ちょっとヤバいね」

 カズがそれを追い払って、石の散弾を放って何とか迎撃する。しかし、二人の顔から余裕が消える。

 一気に空気が変わった。

 ルナをおぶっているせいで戦闘はほぼユキ一人が担当。かつ陣形を変えたことで二人に隙ができるようになってしまった。

 壁まではもう少し。もう少し近づけば来た時のように飛び越えられる。

 しかし、ゴールとの間には魔物の群れ。

 チートである二人だけならそれほど難しくない、というより簡単に倒してしまえるほどの雑魚ばかり。しかしそれが群れとなって四方八方から襲い掛かってきて、かつルナを守らなければいけないという条件付き。

 突破できないことはない。 

 しかしルナに万が一のことがあれば……

「……」

「……」

 そう考えると、二人の足は止まってしまう。ルナは二人と違って普通の人間だ。

 大切な仲間。

 何の能力もない小さな子供。

 もし敵が毒を持っていたりしたら、弱い毒でも掠っただけ死にかねない、か弱い少女だ。

 だから、傷一つ付けるわけにはいかない。

「一端退くか……っていってもなぁ」

「退くってどこに? この状況で?」


 前も後ろも、

 右も左も、

 上も下も、

 

 異形の群れ。

 具現化した狂気の渦。

 それが狭まるかのように徐々に魔物たちは距離を詰めてくる。さっきよりも容易い、状況が自分たちに有利になったと、彼らも肌で感じているのだろう。

 それにカズたちは後退することもできずに、散弾で対処するだけ。

 状況は一気にマズくなる。

「……」

 それを見ていたルナは、カズの背中で口を強く引き結ぶ。

 自分が明らかに重荷になっている。それが分かる。

 かと言って自分を置いていけ、なんてことは言えない。二人が戦っているのは自分を守るためなのだから。それでは何の意味もない。

「……」

 何もできない自分が恨めしい。

 何の能力もなく、

 ただ二人の背中に隠れて泣くだけの自分が、とても恨めしい。

 こんなことなら死んでしまった方がマシだ。そう、本気で思えるほどに。


 元の世界で生きていたときもそうだった。ずっとお母さんとお父さんの後ろに隠れて、傷ついたらハルに泣きついて。

 ずっと、私よりも大きな者の陰に隠れて、育ってきた。

 それはこっちの世界に来てしばらくもそうだった。

 カズとユキ、それに……ハルに、おんぶにだっこの生活。

 三人が何をやっていたのかを知ったのだってずいぶん後だ。ようやく行動しようと思ったのだってエムバさんが犠牲になってしまった後だったし。

 私は臆病者だ。

 臆病者だ。

 そしてそうして自分を責めて、『私は反省しているんだ』って安心してしまう、世の中で最も嫌われる卑怯者だ。

 反省しても、行動できない。

 自己満足のための、反省を繰り返す。






 もう……………ごめんよ。

 

 




「――――――行って」

 ルナは、声を絞り出した。

 初めは小さな声で、カズもユキも、聞き間違いだと思った。

 しかし、

「行って! 二人とも!」

「「ッ!!」」

 彼女は叫んだ。

 その声で状況を忘れて、心から驚く二人に繰り返し、少女は言う。

「私は大丈夫だから。構わず敵の中に突っ込んで! じゃないといつまでも埒が明かない!」

「ルナ……だが……」

 それにカズは、中々首を縦に降らない。ユキも迷っているようで、堪える様に歯を食いしばっている。

 そして、

「ダメだ」

 カズは首を横に振る。

「ざっと見たところ毒がある敵も結構いる。掠っただけで死ぬやつもな。そんなやつの攻撃がお前に当たったりしたら……」

「でも……」

 そこでルナの言葉が止まる。

 毒。

 掠っただけで死ぬ。

 その言葉が嫌に頭に響く。

 死ぬ。その言葉とともに、死んだときの状況が再生される。

 忘れていた、死の感覚。

 ものすごい力で横から押された後、一気に全身の力が抜けて……はっきり覚えている。

 一瞬真っ青な空が映って、気が付くと地面に落ちていた。

 そして……少し先にはトラックの下で引きずられて、首が捻じれて千切れそうになっていたハルの姿が。

「―――――――」

 冷たい汗が噴き出る。

 背筋を冷たい電流が走る。

 死にたくないと体が叫んでいるのが分かる。

 このまま背中にしがみついていろと、心が心臓を圧迫する。

 死にたくない。

 死にたくないよぉ。

 誰か助けて。

 助けて。

 皆を、助けて……。

 お父さん。お母さん。ハル……



「……」



 そう祈ったところで、誰が来るわけでもない。

 正義のヒーローなんて。都合よく現れるわけがない。

 だから。選択肢は二つ。

「……カズ、ユキ」

 ルナは、その目で問う。

 二人は理解している。

 選択肢。

 ルナの言う通り突っ込むか。

 このまま死ぬか。

「……カズ」

「……ったく」

 ユキはルナに賛成し、カズを見る。それに彼はため息を吐き、

「分かってる……」

 ルナを背負っている手のうち、右手だけ離して、

「全員、死ぬなよ」

 剣を抜く。

 彼の言葉に、

「もっちろん!」

 ユキは腰を低くし、突撃する構えを取り、

「うん!」

 ルナはぎゅっとより強く、カズの背中にしがみつく。

 そして、

「行くぞ!」

 カズの合図とともに全員は一斉に走る。

 群れの中に突撃する。

『ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』

『キェヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!』

 それに魔物たちも一斉に襲い掛かってくる。その様子はまさに魔物の波だ。

 上から覆い被さるように、そして足元から削るように襲ってくる様々な魔物。

「死ね害虫ども!」

 それをユキは地面を割る勢いで踏みつぶし、殴り飛ばし、

「もう少しだ!」

 カズは切り裂き、飛び越え、前進する。

 二人の動きはさっきに比べ、激しくなっている。そうなると当然背負われているルナの負担は大きくなる。

 振り落とされないように、彼女は必死にしがみ付く。それだけで精いっぱいだ。

 ……故に、背中から迫っている鎌のような腕を、見ることはできても躱すこともできず、

「ぁ……」

「ッ!!」

「カズ!」

 咄嗟にカズが身を反転させてルナをかばう。

 その結果、

「がっ!!」

「カズ!」

 ルナが悲鳴をあげたのと同時に、カズの足は止まってしまう。

 左肩から右横腹にかけて血が滲む。

「くそ、へまった……」

 犯人は蜘蛛の魔物『アトラクナチャ』の亜種。前足二本が鎌のようになっている。

『キシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 獲物を討ち取った歓喜の声だろうか。耳をつんざくような甲高い声をあげる。

 そして足を止めたカズのところに、死骸に群がる蟻のように、大量の魔物が迫ってくる。

「クソ! カズ、動け!」

 それを慌ててユキが薙ぎはらうが、次から次へと押し寄せてきて、対処が間に合わない。

 ルナは彼の背中から降りると、その傷を見る。

「そんな……」

 傷は、思ったよりも深い。

 今すぐ回復魔法を、あるいは止血だけでもできれば問題ないが、この状況でそんなことはできない。悠長に止血している間に殺されてしまう。

「ったく。言ってた俺がこれかよ……」

「カズ!」

 傷が深いにも関わらず、カズはいつもの調子で自嘲気に笑う。が、立っているものやっとなようで、剣を地面に刺し、杖代わりにする。

 そして、心配そうな顔をするルナに、彼は言う。

「行け」

「……嫌」

「行けって。自分で言ったことだろ? 有言実行できない奴は社会で生き残れないぞ」

「いや!」

 彼の言葉に、ルナは大粒の涙を浮かべて首を横に振る。

「カズも一緒に行くの! 一緒じゃなきゃ嫌!」

「そうか……」

 それにカズは早々に説得を諦める。

 そして、

「ユキ」

「はいはーい!」

「え……――――――」

 ユキの軽い返事が聞こえた、次の瞬間。ルナの腹部に拳打が入り、彼女は意識を失う。

 そしてそれをユキは軽い調子で担ぎ上げると、カズを見る。

 そしてカズも、ユキを見て、笑う。

「決断早いな」

「何を優先するべきか。そのくらいの考えは持ってるよ。それに私って残忍だし」

 もと盗賊をナメないでほしいね、と彼女は笑う。

 笑っているが、その目は笑っていなかった。

 ユキは笑みを消し、カズに背を向ける。

「……十秒で返ってくるから」

 それだけ言うと再び群れの中に飛び込んだ。

「……」

 その異形の中に消えていく背中を見つめて、そして目の前の群れを見て、カズはフッと笑ってしまう。

「……五秒で死にそうだな」

 刹那、膝を突いたカズの姿は、魔物の波に飲みこまれた。



      ・・・



「クソ!」

 壁を飛び越えたユキは壁を振り返る。

 体には無数の切傷、噛み傷、打ち傷。

 それでもルナには傷一つ付けることなく、超えることができた。

 そして今度はカズだ。

「……死んでってオチだけは勘弁してよ」

 そう祈りつつ、彼女は再び跳躍しようとする。

 が、刹那。

 目の前の壁が爆ぜた・・・

「ッ!!?」

 彼女は咄嗟にルナに覆い被さり、瓦礫から守る。

 何が起こったのか。そう思って壁を見た瞬間、ユキは絶望した。

 見えたのは魔物の群れだ。

 まさか。魔物たちが壁を突き破ってきたのか。

「……」

 標的をこちら側に変えたということは、向こうに標的がなくなった・・・・・・・・ということ。

 つまり、カズは……

「―――――――」

 最悪の想像が脳裏を過る。

 しかし、それはすぐに覆される。

 すぐに、より大きな驚きによって上書きされる。

 蠢いていた魔物が、一瞬にして、




 『黒』に呑まれた――――――。




 黒いナニカがそこに群がっていた魔物をさらって、呑みこんでしまった。

 それを見た瞬間、ユキは困惑した。

 どうしていいのか分からなくなって、その場にただ立ち尽くしていた。

 ――――――そこに。

 彼が開けた壁の大穴・・・・・・・・・から黒の元凶が姿を現す。



『……………………アー……』


 

 もはや人の形、言葉すら失った、黒い厄災が……

 

 

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