森に潜む化け物
……へぇ、珍しい。あいつが客を寄越すなんて。
何年……何十年……何百年ぶり? だったかしら。時間感覚がマヒしてて全然分かんないけど、まあとにかく、そのくらい珍しいことよね。他人事みたいに言ってるけど。
フフフ、さて。ならせっかくの機会だし私も遊ばせてもらおうかしら。
裏切ったなら殺せばいいだけだしね。
それを確かめるためにも、重い腰をあげますか。
・・・
風に揺れる木々の騒めきが木霊する。
鳥の声さえ聞こえない、不気味さと神秘さを合わせ持つ森の沈黙。
が、それはあっさりと破られる。
「さあ、もっとだ!」
エントンの嬉々とした叫び声によって。
「もっと締め付けてくれ! さあ!」
それに応えるかのようにそのウツボカズラのような人食い植物はいくつもの触手めいた器官を蠢かせて、彼の体をギチギチと締め上げていく。
ゆっくりと締まっていくその感覚と、苦しくなって息がつまってくる感覚が合わさり、彼の脳内では快感へと変換されて、
「俺は今まさに、生きている喜びを感じている!」
「感じてるのは『生』じゃなくて『性』だよねこれ」
刹那。
絡まった彼の体は突如真横に吹っ飛び――――――いや、違う。
彼の体だけではない。人食い植物自体が何か大きな力によって吹っ飛ばされて、絡まっていたエントンもそれによって吹っ飛んだのだ。
締め付ける力が弱まり、解放されたエントンはそのまま地面に着地し、地面に転がって痙攣している人食い植物を見る。
「ふ、他愛なかったな」
「ほんと、君即オチだったよねぇ~」
と、まるで自分で倒したかのように汗を拭うエントンに、ユキは笑って毒を吐く。が、それにすらエントンは「やめろよ、照れるじゃねえか」なんて言いだすので、ユキは早々に切り上げて状況確認に入る。
「で、早速だけどそっちは誰かと会った?」
なんて話に入ると、彼の表情は一変してまともなものになり、
「てことは、お前も誰にも会ってないんだな」
「そうなんだよねぇ……」
「お前はどうやって俺を見つけたんだ?」
「ホントに偶然だよ。森の中を適当に歩いてたら見つけたってだけ」
まあ、とりあえず移動しよう、と彼女は歩きだし、それにエントンもついて行く。
「ジャンプで上からとかできなかったのか?」
「……多分、邪魔されてる」
まだ分かんないけどね、と彼女は言う。
初めはユキもそうして周りを確認していた。誰かが戦闘していれば煙や炎、竜巻が森の上に飛び出してくると思っていたからだ。が、何回跳んでもそれが現れる気配はなかった。
こんな怪しい森の中、どこも何も起こらないというのは少し違和感がある。
そう思っていたとき、エントンの喘ぎ声を聞いたのだ。
「周りは高い山に囲まれてた。けどどれだけ歩いても、跳んで確認すると全く近づいてない。多分森の上部にそういう魔法がかけてあるんだと思う」
「なるほど……けど俺と会えたってことはグルグル回ってるとかそういうわけじゃないってことだよな?」
「まあそうなるね。だから適当に走り回ればまた誰かに出会えるかな、と思ってるんだけど」
「ここで立ち止まってるわけにもいかないしな」
そうして二人は辺りを見回しながら森を歩く。
魔力が満ちている森。こういう所では突然変異したような訳の分からない生物が飛び出してくることがよくある。
さっきの人食い植物がいい例だ。
「さて、今度は何が出てくるんだ?」
「楽しそうだね君は……」
ハル、カズ、ルナと居るとユキはいつも皆を呆れさせる方で、彼女もその自覚はあるのだが、まさか自身を超える存在が居るとは思っていなかった。
彼の居るパーティは苦労しただろうな、なんてエムバたちのことを考えて小さく鼻で笑うユキ。
が、すぐに気持ちを切り替える。ユキが気づくと同時にエントンもそれに気づき、身構える。
それは、ガガガガッ、という地面を耕すようなうるさい音と、メキメキメキッ、と木々が倒される音。
そして、
『あ、みーつけた!』
現れたのは巨大な鉄の塊。そしてそれは見覚えのある外見をしている。
機械の魔王の手先、『対魔法用魔力走行鎧』だ。
巨大なキャタピラの上に、巨大な人型ロボットの上半身を付け、その左右の腕にはまたバカでかいバルカン……ではなく、
「ガっ!?」
そうユキは名称を言いそうになるが、既にその腕のガトリングは回転し始めており、彼女は「アレは何だ?」と首を傾げるの襟首を掴んで木の枝に飛び乗る。
刹那。
ズガガガガガガッ――――――!
毎秒500発の鉄の雨が、地面が一瞬で蜂の巣に変える。
「マジか!?」
銃をほとんど知らないエントンは木の上で唖然としてしまう。瞬きをしている間に、何回攻撃が繰り出されたのか。両手では当然数えきれない。しかもその一発一発が命を簡単に奪う代物だ。
ド変態のエントンでも、さすがに状況のヤバさは理解できた。
そして逃げようと未だ掴んでいるユキに言おうとした、次の瞬間、
「ッ!」
エントンを木の上に置くと、彼女はそこから単身で敵に突っ込んでいく。
「おい!」
そう手を伸ばすが既に遅く、彼女は空中で蹴りの構えを取って、にぃっと笑って
「おっひさっしぶりー!☆」
二人の方に向けていた腕のガトリングを蹴って破壊し、そこから素早く反対側の腕のガトリングも跳び蹴りで破壊してしまう。
『っ!』
そうスピーカーから舌打ちが聞こえるが、彼女は止まらない。そのままロボットの胸辺りにあるコックビットの前まで行き、
「せーの!」
バゴンっ! と、その入口に手を突きさして、扉ごと壊して引き抜き、中に居る、VRのヘッドセットのような物を被り、電極で繋がれた少女を直接見る。
そして、さっきまでの力押しが全部嘘だったかのように微笑みを浮かべて、
「はい、これも茶番。あの魔王がやりそうなことだね」
「……バレてた?」
「ガトリング使ってる時点でバレバレ。攻撃が遅すぎ。あとこの『対魔法用魔力走行鎧』も旧式じゃん」
「すごい、そんなことも分かるんだ!」
さっすが元原初の魔王の部下、と少女はヘッドセットと体中の電極を外して外に出てくる。来ている服はぱっと見全身タイツのようにも見えるが、所々に何かの機械の着いていて、管が全身を包むように生地の上を這い回っている。おそらく、アレも魔法を無効化する『魔力障壁』を発生させるものなのだろう。
少女が出てきたところでエントンは木の上から降りてくる。
「すまん、力になれなくて」
「ん? ああいいよ。居ない方が楽だったし」
「う……さ、刺さるぜ……」
なんてユキの言葉に頬を赤らめるエントン。それを見た瞬間、ユキは宣告なしで、躊躇うことなく彼の腹を蹴飛ばした。エントンは呻きをあげる間もなく数メートル吹っ飛び、
「……あれ、大丈夫?」
と、敵である少女からも心配されてしまう。が、ユキは「うん」と平然と頷き、
「いつものこと」
と気絶している彼の所へ行き、肩に担ぐと、
「さ、案内よろしく!」
敬礼する。
その様子をみて、少女『ルリ』は思う。本当にこいつらパーティなのか、と。
・・・
「さて、どうするか……」
『なんて決めてる暇があったら足を動かしてください!』
あの機械を見つけた後藤とミセバヤだったが、その直後、二人は巨大な怪物に襲われた。
そして、今逃げている。
鬱蒼と茂る森の中は足場が悪く、思った以上に走りづらい。が、それは向こうも同じ、と振り返って敵を確認する。
迫ってきているのは、体長十メートルを優に超す、全身うろこに覆われた巨体。
「参ったねぇ……ここにきてジュラシックパークとは。ドナルドにはなりたくないね」
『あれってティラノサウルスなんですか?』
「……トカゲ類の何か、じゃないかい?」
『実は草食系だったりして……』
なんて、後ろから迫ってくる大きな顎を前に、ミセバヤは言ってみるが、ホントに冗談じゃない。
人間の腕より太く、鋭い歯がずらりと並ぶ口内。そこから滴る唾液。
『……間違いなく肉食ですね』
「同じドナルドでもせめて大統領に成りたいね!」
こんな状況でもくだらないことを言えるのが彼女の良いところではあるのだが、そろそろ口を利く余裕がなくなりそうだった。
行けども行けどもあるのは樹と草ばかり。隠れられそうな場所など一つも見当たらない。
『そこ、右に行けそうですよ!』
「え、どこ!?」
なんて神様も声が裏返っている。
地面に飛び出た巨大な木の根を潜って、後藤は道なき道を疾走する。後藤は走ることに集中し、ミセバヤが代わりに周りを見て判断しているのだ。
『今度はあそこ! 倒れた樹が邪魔してくれるかも!』
「わ、私に飛び越えろって!?」
『飛び越えるしかないですよ!』
「ええい! 今回は私がこんな役回りか!」
ままよ! と彼女は勢いを付けて高跳びのようにして樹を飛び越える。まさかのベリーロールだ。
『自分からそっち方向に走っていってません!?』
「実は結構楽しくなってきてたりする!b」
『……』
その沈黙は暗に『聞いた私がバカでした』と言っていた。
と、
『あ、あそこ!』
「……小屋?」
見えてきたのはコンクリートでできた、一階建ての四角い小屋らしき建築物。見た目からして、これもまた機械の魔王のものに違いない。
どうする、入るべきか?
壁はコンクリートっぽいし、それならいくらあいつの鋭い歯でも通さないのでは。
しかしこれは明らかに誘導された。間違いなく罠だ。
が、そうと分かっていても、この状況は入らざるを得ない。
「くそ!」
そう吐き捨てて、後藤は小屋のドアに突進し、転がるように中に入る。と、すぐに建物がドンッと揺れる。どうやらあの恐竜がぶつかったらしい。が、建物が壊れる様子はない。
後藤が小屋に入ってからしばらく恐竜はぶつかってきていたが、途中でさすがに諦めたようで、足音が遠ざかっていく。が、それでも油断できないと後藤は完全に足音が消えるまで息を潜めてジッと待つ。
「……行ったね」
『……ですね』
はぁ、と口から出るため息は一つだが、二人して胸を撫で下ろし、ぐったりと壁に凭れる。まさかあんな普通に強そうなのが居るとは。
恐竜の前の魔物は確か人参。敵は機械の魔王だし、あとは前のモ○ルスーツみたいなのだけかと思っていたが、まさか恐竜が出てくるとは。
完全に遊ばれている。
「ったく、と……」
そう言えばここは何だろう、と後藤は辺りを見回す。ドアを閉めたせいか部屋の中は暗く、灯りもないようで何も見えない。
仕方なく彼女は警戒しつつドアノブにそっと手をかけ、開く。
刹那。
「たーすーけーてーっ!」
「え、エムバさん! もっと走って!」
そんな聞き覚えのある声が二つ、外から聞こえて後藤は顔を出す。そして目の前に居た二人を視認し、
「エムバ、ルナっばぐぁ!」
名前を呼んだ瞬間、二人は後藤に体当たりをして中に転がり込む。その後にまたさっきの恐竜がドンッと建物に体当たりしてくる。どうやら二人とも後藤を諦めたさっきのに見つかって追いかけられたようだ。
間一髪だったので二人とも減速せず、二人分の勢いが後藤を襲う。
「いったたた……」
「す、すみませんミセバヤさん……いるとは思わなくて」
とルナは下敷きになった後藤に謝るが、
「……」
「み、ミセバヤさん? 後藤さん? 大丈夫ですか……」
「……泡吹いてない、これ?」
「ミセバヤさん!? 後藤さん!?」
ルナは慌てて呼びかけつつ軽く揺するが、彼女は目を覚まさない。
「返事がない ただの しかばねののようだ」
「そんなこと言ってないでエムバさん早く回復を!」
そうして後藤は回復の魔法で目を覚まし、三人は合流した。
さて、と後藤は二人を前に腕を組み、
「まあ緊急だったから今回は許す。が、次は無いと思い給え」
「「……すみませんでした」」
二人の頭にタンコブが一つずつ。それで今回は不問にした。
それからエムバの『柔和な光源』を使って中を見回してみる。と、ここは本当に何もない空間のようで、改めて床や壁を確かめてみると埃が積もっている。かなり前から使われていないようだ。
「何のための場所でしょう?」
「物置……だったのが使われなくなったとか?」
「あり得なくはない」
そう後藤はエムバの意見に答える。しかし、次いで「が、」と付け足し、床のある部分を強く踏む。と、そこだけ他の場所を違って音が籠っている。
後藤はそこを指さして、
「はい魔女っ娘君」
「承知です!」
と彼女は風の魔法で床のその部分を切り裂く。すると、
「ごまだれ~♪」
現れた隠し階段に、後藤は歌う。
「隠し階段、ですね」
ルナはそこに行き中を覗く。そこにエムバも行き、光で少し奥の方まで照らしてみる。
「狭いし結構深い……また歩きかぁ」
「落ち込むとこそこなんですね」
「ある意味大物だよね」
肩を落とすエムバにルナも後藤も呆れる。が、どうするか。
後藤の目の前には口を開けた、下へと向かう闇。高さは立っても少し余裕があるくらいだが、横幅は一人通るのがやっとなくらいだ。
向かうべきか、否か。
後藤は考える。
とりあえず三人は集まった。このまま他の仲間を先に見つけるべきか。いや、森の中に居るとは限らないし、森に居たとしても魔王が合わせるてくれるか?
幻覚のトラップも使ってきたのだ。そう簡単にはいかないだろう。
「……二人はどれが良いと思う? 進のと、森に戻るのと、ここに留まるの」
「私は進んだ方がいいと思います」
「まあ、一応私もその方がいいと思う。森に居るかも分かんないし、あの森多分上の方幻覚の魔法で覆われると思う。景色が全部一緒だった」
そうルナもエムバも進むことに賛成する。それに森には本当に幻覚の魔法がかかっているらしい。
「エムバ。どうやってそれを確認した?」
「え? 普通に風の魔法で飛んで見たんだんけど」
「場所を変えて上に飛んで、全部同じ風景だったってこと?」
うん、と彼女は頷く。
なるほど。思うと口では言いつつもそれなりに確信はしているようだ。魔法使いが魔法を使われているといっているのだ。信じても大丈夫だろう。
だとするならあの森に満ちているバカみたいな魔力もその魔法が原因なのだろうか。もしそうだったなら間違いなくチートが絡んでいる。しかも一人や二人じゃない。幻覚を操る魔法使いが何人も。でないと説明できない魔力だ。
それか機械の魔王の新しい何かか?
……まあいい、これに関しては情報が少なすぎて判断できない。
あの装置のことも気になるが、
「………よし、とりあえず下に降りるか」
後藤の声にルナは「はい!」とはきはきと返事をし、エムバは「やっぱりねぇ」とさっきの疲労が抜けていないようで、ぐったりと返事をする。が、そう言いつつも階段を前にするとしっかりとワンドを構えて、いつでも魔法を唱えられるようにする。
「私が戦闘。真ん中にエムバ。最後にルナの順で行くよ」
そうして三人は、深い闇の中に足を踏み入れていった。




