変態
※このお話に出てくる変態は作者の性癖などとは一切関係ありません。
僕はいたってノーマルです!
食料品を含め、必要最低限のものを買って、三人は広場で一休みしていた。
エムバは途中で買ったバナナチョコクレープを食べている。
「さて、そろそろ戻るか」
そう北条が言うとエムバは「うん!」と子供のように首を縦に振る。
と、
「お、クリーム付いてるぞ」
なんて彼に言われて「え!?」とエムバは自分の顔を触る。それに隣に居たカエデはクスリと笑い、
「嘘よ」
「――――――!!」
それを聞いた途端、顔を真っ赤にして北条を睨むエムバ。北条はニヤリと皮肉気に笑うと、
「さ、帰ろうぜ」
「むかつく!」
「鉄板ネタだろ? 怒んなって」
キーキー言っているエムバを無視して立ち上がる。それを見ていたカエデもクスリと笑って腰を上げる。
「ほら早くしろよ」
「分かってますぅ!」
彼女は残ったクレープを一口で平らげて立ち上がると、プイッとそっぽを向いてカエデの方に駆けていく。
「あんなの置いてさっさと行きましょう、カエデさん」
「フフッ、そうね」
二人は笑い合うと一度北条の方を振り返り、エムバは舌を出し、カエデは笑顔を向けてくる。
そして彼をおいて行ってしまう二人を見て溜め息を吐き、足を進めようとした。
その時だった。
「ここだああああああああああああああああああッッッ!!」
上から声が降ってくる。男性のものだ。
北条はこれまでにないくらい面倒くさそうにため息を吐くと、
「うるさい」
そう言って後ろに五歩下がる。その瞬間、ついさっきまでの覇気のある声はどこかへ行ってしまい、
「あ! え、っちょおまひでふッ!」
ズゴンッ! と人が飛来し地面を人型にくり抜いた。いや、外から見ていると逆に型に入れられているように見える。
いきなり人が振ってくるという意味の分からない天気に、辺りは一度シンとしてしまう。しかし北条、エムバ、カエデはこの人物に見覚えがあった。
北条はさっき下がった五歩分前に出て、その潰れた蛙のようになっている人物の横に立つと、その背中に向かって手を翳し、
「氷刺」
「いだああああああああああああああああああッ!」
「お! 生きてるぞ! 残念だな~」
「死んでたまるって、いい加減撃つのやめろって!」
「すまん。生理的な嫌悪感からつい」
「ああああああああああああああああああああ! 入ったぞお! 今ダメなところ入ったぞおー! やばいからな!? もう俺やばいからな!? このままだとほんとに逝っちゃうからな!? 飛んじゃうからな!? あ……そこは……、あ、ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!! 何この感覚!」
「うっさい!」
痺れを切らしたカエデは型の中の男の後頭部を蹴り上げる。割と思いっきり。
その勢いで顔面は地面に叩きつけられ、そのまま彼はピクリもと動かなくなる。 カエデは珍しく呆れたようにため息を吐くと、その伸びている男に肩を貸し、
「ごめんね。めんどくさいことになっちゃって」
二人の方を見て申し訳なさそうに笑う。なぜ彼女が謝るのかというと、この伸びている男『エントン』がカエデと同じパーティで幼馴染であるからである。歳は北条と同じらしい。
彼は誰にでも戦闘を挑む戦闘狂だが、同時になんとマゾの気もあるという、何とも……何とも言えない性質の持ち主なのだ。
M気は今の通り、ダメージがある程度を越したときに現れてくるようだ。よってチーム内でのポジションは突撃隊長→人質→回復→突撃隊長の繰り返しとなっていると聞く。
それを聞いて最初は憐れみを感じていたが、昨日の歓迎会でこれを見た瞬間一気にに冷めた。
「別に構わないっすよ。大変っすね」
「アハハハ……まあ初対面だとあれだけど、一緒にいると案外楽しいんだよ?」
カエデはそう言って気絶しているエントンの顔を見る。
その様子にエムバはクスッと笑い、
「幸せ者ですねエントンさん」
「それは褒め言葉として受け取ればいいの?」
クスクスと笑い合うカエデとエムバ。そしてカエデは彼を運ぶために先に帰ることになった。
別れを言ったあと、二人の背中を見送る。こうして見るとなんだか姉と弟のようだ。
「……さて、」
しばらくの間を置き、北条はきびすを返す。そしてエムバの方を向き、
「飯でも行くか」
「おごり?」
「……今回だけな」
「やった!」
・・・
「はぁ……」
天から降り注ぐ光を仰ぎ、彼女はため息を吐く。
周りにはがれきが転がっている。そのどれもが古く、苔が生えたり、間から草が伸びていたりしている。
荒廃。それをイメージさせる空間は、彼女という存在があることによって何とも幻想的な空間に生まれ変わる。
ため息一つ。それがまるで涼やかなそよ風をイメージさせ、艶やかな長い水色の髪と穢れなき純白の肌は清潔さを。
そして纏う雰囲気は凛と。
美しさと力強さを持った一輪の花の如く、彼女はそこに座っている。
「はぁ……」
彼女はまたため息を吐く。ここに閉じこめられてからずっとため息ばかり吐いている。それ以外には部屋を見回す。そして待つ。
今の彼女にはそれ以外にできないのだ。
ため息を吐くのにも疲れ、その場に横なる。この硬い地面にももうすっかり慣れてしまった。
無気力も通り越し、何の苦痛も感じなくなってしまった。もうこの言葉を呟くことさえ何の感情も感じなくなってしまった。
「……出れないかな……」
まるで日課のように、彼女はなんの感情もなくそう呟いた。