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転生迷宮 ―リバイバルラビリンス―  作者: 梅雨ゼンセン
第七章 ―運命が交差する街―
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僕の望みは……

「っと、あれ? 皆は?」

 しばらくして元の場所に帰ってきたベーネ達。彼らの手には何やら紙束が握られている。

 が、戻ってきたそこに人影はなく、足跡だけが雑踏の面影を残している。

 その足跡の先は、

「西の森に行ったの?」

 アイビーが足跡の先を見て、誰にでもなく問う。

「たぶんそれであってるな」

 アランが肯定し、「なら」とベーネは森の入口を見て、

「私たちも行こう! きっとエントンさんたちが森の中に逃げて、それを皆が追っていったんだよ!」

 状況的にその可能性が一番高い。

 そしてそれならば、土地勘のある街の住民の方が有利だ。ある程度逃げられたとしても、捕まるのは時間の問題だろう。

 急いで向かわないと。



「十五分くらいだと思う」



 その声は、岩かげから。

 今まで隠れていたのだろう、彼女は恐る恐る出てきて、皆に現状を伝える。

 カエデはその場にいる全員を見て、安堵する。

「ベーネちゃん、もしかしてこのために?」

「はい」

 信じられないといった顔で質問するカエデ・・・に、彼女は迷いなく返答する。

 彼女と一緒にいるのは、子供たちを抜いて四人。

 彼女たち・・・・のことを、ベーネは思い出して走ったのか。きっと偶然出会ったというわけではないだろう。あの場で走ったのはこのためだったのだ。

 あの状況で、一体どんな思考をしたら…………いや、追い込まれた状況だったからこそ、彼女は彼女なりに助けになろうと必死に考えてくれたのだろう。

 ある知識、知恵を全て総動員して。

 その強い心に、カエデは敬意を隠すことができない。

「ありがとう」

「まだ終わってません」

 あのか弱い、泣いていた少女は、今静かに力強く微笑む。その様子はタンポポを思わせる。踏まれても踏まれても立ち上がる。


 そんな強い、でも小さく御淑やかな花。


 彼女の、いや。彼女たちの顔を見て、カエデはその通りだと思う。

 まだ、終わってない。

 だから私は、自分に与えられたのであろう役目を果たさないと。

 そう気持ちを入れ替えて、

「エントンと後藤はこの入口から真っ直ぐに行った所……多分3キロくらいのところにいるはず」

 それに皆無言で頷き、了解の意を示す。

 そして彼らは再び彼女に抱えられ、森へと飛んだ。

 その様子を見て、



「はぁ……敵わないな」

「禿同」

「うわ古」

 

 

 なんて会話をする残された二人。そして彼らとカエデを治すために回復の魔法を使ってくれる一人。

「早く治ってよね。私たちも早く向かいたいんだから」

「「了解でーす」」

 そう、傷の手当てをしているのは『エムバ』。

 そしてカエデとともに受けている二人は『ユキ』と『カズ』だ。

 カズは後頭部に大きなタンコブが。

 ユキの方は一応五体満足に見えるが、腕と足の付け根に血がにじんでいる。それにユキは顔をしかめて、

「いっつ……まさか両手両足切断する? ていうか『アレ・・』反則でしょ?」

 ダルマってそういうことかよ……、なんて本当に不満げにブツブツと呟いている。

 カエデは大きなタンコブを作ったカズの方を見て、

「……また殴られたの?」

 なんて、皮肉気に笑う。それにカズはクスッと小さく吹き出し、

「お前の彼氏に棒で思い切り殴られたよ。お前ほど馬鹿力じゃなかったけどな。ていうか見てただろ?」

「確認よ。これで二勝ね私たち」

 クスッと、ちょっと嬉しくて笑ってしまう。

 初めはあんなにボロボロに負けていたのに、というかあんなにバチバチと敵対意識していたのに、今ではこんな普通に話ができるなんて。

 改めて考えると、少し不思議。

 ………と、落ち着いて終わった気になってしまっているが、切り替えないと。まだ終わっていない。

 まだ、エントンは戦っている。私だけがのんびりしている訳にはいかないんだ。

 森に向かった彼らを思い出して、カエデは祈る。

 頑張って、と。

 私たちもすぐに向かうから、と。



      ・・・



「くっ! マズいな……」

「……そうだね」

 相手はまだ出方を伺って少しずつでしか襲ってこない。が、手には大抵武器を持っていて、当たればほぼ確実に即死だ。

 それをエントンはさっきの男の容量でかわして、殴り飛ばし、蹴り飛ばし、

 後藤はナイフで武器を持っている手を狙って軽い傷を負わせて無力化する。

 が、それでも少々きつくなってきた。

 エントンたちは一人一人ある種丁寧に捌いているが、向こうは誰かの一撃が当たればいい仕組みだ。数は、依然住民が圧倒的優勢。



 絶体絶命。



 絶望的状況。



 しかしなお、二人は諦めない。


 

「「っ!」」

 向かってくる敵を払い、叩き、切る。

 と、後藤が切って武器を落とした相手が、それでもなお両手を振り上げて攻撃をしてくる。

「くっ!」

「退け!」

 エントンは後藤の肩を引き、自分と彼女の場所を入れ替えて、男の顎を蹴り上げ、呆けたところをこめかみに拳で一撃。巨体が強引に地面に叩きつけられる。

 が、それを隙ありと別の方から男が包丁を振り上げて、襲い掛かってくる。

「今度は私だよ」

 後藤は彼と包丁の男の間に割り込むと、包丁を持っている腕を二、三度切りつけ、包丁を落としたところで延髄にナイフの柄を叩きつけ、気絶させる。

 その様子を見たエントンは、軽く吹き出し、

「なんだよ。戦えるじゃねえか」

「そっちも殴られるだけじゃなかったんだね」

「「意外だ」」

 と、互いの背後の敵を交差するように迎撃し、再び背中を預ける。

 その敵でさえ上手いと感じてしまう立ち回りに、思わず周囲の攻撃の手が止む。

 その状況に後藤は小さく嗤う。

「これで、また少し時間を稼げるか」

「だか、やっぱりじり貧だぞこれ……」

 現状何とか処理しているが、それもそろそろ限界だ。

「さて、どうしたものか……」

 ため息気味に後藤は呟く。それにエントンが鼻で笑い、

「時間稼ぎって、あとどのくらいだ?」

「不明」

「うわ笑えねえなぁ……」

「フフッ、さすが変態。中々元気じゃないか」

「そっちこそな」

「私のは空元気ってやつだよ。今度辞書で調べてみるといい」

「そのぐらい知ってるっつうの! 今のはさすがにナメすぎだろ!? 舐めるなら他のと」

「ナイフは舐める様に切る、らしいよ?」

「どんと来い!」

「……本当に救えないね。君は」

 胸を張るエントンに、一周回って純粋に驚いてしまう後藤。が、すぐにクスッと笑みに変わり前を見る。

「まあこのままじゃ、二人とも救われないね」

「だな。で、話戻るけど後何分?」

「繰り返すけどね、不明だよ。プラスに考えると、もう少し暴れてもいいってことだよ」

「残念だが、その仲間は来ないだろう」

 二人の会話の後に、冷たく重い声が響く。

 それに場に居た全員が向く。ただし後藤だけは、ゆっくりと、分かり切ってた顔でその男の顔を見る。

 重量感ある声に、呆れた声音で返す。

「また人質かい?」

「効率重視と言ってくれ」

 シュロイエはカイの首を腕で捕まえて、片手でナイフをルナに突きつける。

 それを見て後藤はクスリと笑みを漏らす。

「ハッ! その二人が人質? 嗤えるね」

「後藤……」

 彼女の一言に、エントンが小さく表情を曇らせる。が、それに後藤は手だけで軽く静止を促し、一歩前に出る。

「その二人で私たちを止められると?」

「止められるとも」

 前に出る彼女に、シュロイエは迷いなく、真っ向から受けて立つ。

 音の無い、冷たく硬質な火花が散る。

 が、そこで、

「後藤!」

 我慢できなくなったエントンが、声をあげる。それに後藤は足を止め、シュロイエが笑みを零す。

「さっきと逆だな。今度はお前が止められている」

 人数上の優位性。

 人質ゆえの優位性。

 もはや二人には、微塵の希望もない。勝ち目は皆無である。




 ――――――しかし、




「逆? なんのことだい?」

 敵意の中心で、後藤は二ィッとシュロイエよりも深い笑みを浮かべる。

 顔を、上げる。

「私が止まったのは、これが最適な距離・・・・・だったからだよ」

 そこにあるのは、明らかな、

「町長シュロイエ。君の―――――――――――――」

 勝利の笑み。













「負けだよ」

 









 

 刹那、炸裂する。

 何かが起こり、地面が爆発し、尋常じゃないほどの砂埃が辺りに拡散する。

「なんだとっ!?」

「っ!」

 そして後藤はその隙に砂埃の中を駆け、シュロイエに肉薄すると、ナイフをはたき落として、カイを引っ張って解放。そのままバックステップ気味に元のエントンのところへと戻る。

「あ、ありがとうござゴホッ! ゴホっ!」

「砂が目に入って……」

「礼ならあとでいいよ」

 そう砂埃に苦戦するカイとルナに軽い調子で声をかける。

「そういうことかよ。もうちょい事前に説明しろ」

 流石のエントンも呆れてため息を吐く。後藤は彼に「そう言わずに」と、

「終わりよければ、ていうだろう?」

「まだ終わってねえだろ」

 そう、まだ終わっていない。砂埃は晴れていないが、あの程度で壊滅するような民衆じゃない。意志の強さはさっきの時間稼ぎで身に染みている。

 油断はできない。

 そう思っていたところに、

「いえ。終わりです」

 幼い、聞き覚えのある声。

 砂埃が晴れていき、役者が集結する。

 エントンはその降ってきた・・・・・彼女を見て、肩を竦める。

「遅刻だな。ヒーロー」

「ハッ!」

 アン・・はそれを笑い飛ばし、

「生憎重役だからな。だが……」

 と彼女は、彼女が抱えてきた子供たち……ベーネ、アイビー、そしてアランを見て、

「それに見合うだけのものは持ってきたつもりだ」

 子供たちの手には、紙の束が握られている。

「……カイ」

「……?」

 それを持って、ベーネはカイの所に行く。それに倣ってアランとアイビーも彼のもとに行く。そして、ベーネはその紙束を差し出す。

「これは町長の悪事の証拠。執務机から持って来れるだけ持ってきたの」

「しょ、証拠って……」

 いきなり飛び出したその単語に、カイは一瞬現実かどうかを疑った。あまりに唐突で、理解が一拍遅れる。

 有り体に言えば信じられなかった。一体なぜそんなものを持っているのか。どうやって持ってきたのか。それらを問いたださないと信用できないかった。

 が、カイは彼らの目を見た。

 真っ直ぐに自分を見つめてくる瞳。芯を持った、ブレの無い、小さくても力強い光を宿した目を。

「…………」

 ……人を騙した人間を信用できるほど、不用心ではない。

 大罪人の息子を信じてくれるような人間が居るなんて、思っていない。

 子供だから、その無邪気さを信用できる、なんて甘い考えはない。

 ……だから、僕は彼らを完全には信用できない。



 が、――――――



「…………ありがとう」

「うん」

 その紙を、カイは受け取る。

 腹をくくることにした。騙されてもいいと。

 騙されたなら、ソレはそれ。そこから新たにまた始めればいい、と。

 カイが紙を受け取り、彼女の手から紙が離れると、ベーネの表情が少しほぐれる。本来は彼女はこんな大胆なことをするような性格ではない。かなり無理をしていたのだろう。

 その表情を背に、カイは再び町長と向かい合う。

「……」

「……言わなくても、分かるな? 町長シュロイエ」

 突きつける様にして、カイは紙を掲げる。それに小さくシュロイエの眉が動くのが分かった。

 彼は半場諦める様に、しかし表情は崩すことなく、

「……要件を伺おう」

 その言葉に、カイは大きく息を吸い、――――吐き、

 そして再び吸って、

「僕が望むのはお前の家宅と身辺捜査。そして公平な選挙をすることだ! それを認めない場合、僕はこの書類を他の村や町に売り飛ばす!」

「……私を調べることに関しては了承しよう。だが選挙には時間がかかる。今からでは復興に大きな遅れが生じるし、混乱を避けるためにもそれは先送りに」

「なら僕はこの紙束を札束に換えるだけだ。そうすればお母さんの治療代だって払える。それでもいいなら好きにゴネればいい。僕にとってはどちらでもいい」

 むしろ、首を縦に振ることで生き永らえるのはお前の方だ、と。カイは冷たく言い放つ。

 容赦なく、情なく、躊躇いなく。

「……」

 その覚悟の宿った、子供とは思えない瞳。気迫。

 ……。






「……………………完敗だな・・・・

 





 

 素直に認めざるを得なかった。

 シュロイエという男は、この少年に。

 ……いや。この指名手配者を含む彼らに敗北したのだ。

 その一言を聞いた瞬間、カイはまた一瞬呆ける。が、そんな彼に、

「勝ったああああああっ!」

「すごいよ! すごいよかい!」

「よかった……よかったよぉ……」

「ちょ、ちょっとみんな!?」

 花火のように一斉にはじける笑顔。と、ベーネだけはつい泣いてしまったようだが。

 そして彼らの笑顔を見て、エントンたちもほっと胸を撫で下ろす。

「やっと終わったかぁ……」

「流石に連続ジャンプはツりそう……」

「お疲れ」

 疲労から大きくため息を吐くエントン。木に掴まって太ももを伸ばすアン。その二人の肩を軽く叩いて労う後藤。

 長い――――――本当に長い戦いだった。

 まるでどこかのラスボス戦の最後みたいな感想だが、皆がそう感じていた。



















 ただ、一団体を除いて。

 

 








「納得行くかよっ!」

 声が響いたのは森の中から。

 人の中から。

 市民の中からだった。

 彼らの怒りは、収まっていない。

「勝手に振り回しといて、勝手に傷つけといて、勝手に交渉しておいて、はい参りました? はあ? ふざけんのも大概にしろよ!」

 斧を持った男性が、一歩、一歩と町長の方へと近づいていく。それを見た他の怒りを抑えられない市民もそこに集まっていく。そうして小さな軍団が結成される。

 彼らはシュロイエに詰め寄る。が、それにシュロイエは顔色一つ変えることなく、

「……」

 無機質な目で彼らのことを観察する。そして、

「……お前ら、無職か低所得者だな」

「は?」

「服装。そして持っている武器の質。それから体臭、口臭。これらの点からお前たちのほとんどが金の無い貧乏人だと判断したのだが、どうだろうか」

「死ね」

 短い一言の後、シュロイエの頭は棍棒で殴られ、鮮血が宙を舞う。が、かろうじて腕でガードしたようで、頭が割れたりということはないようだ。

「お父さん!」

 それを見た瞬間、アランは反射的に飛び出し、シュロイエのもとに駆けていく。が、彼は父親に辿り着く前に男の一人に取り押さえられ、

「人質ゲェット!」

「離せ! 離せよバカヤロウ!」

「黙れガキ」

 背中で腕を組むようにして倒されているアラン。男はそうやって抑えながら、身動きできない彼の顔面を思い切り殴る。父親と同じように、幼い鮮血が地面に飛び散る。

「アラン!」

「いやあああああああああああ!!」

「止めて! もうやめて!」 

「うるせえ! 殺すぞくそガキども!」

 シュロイエを袋叩きにしていた男たちの一人が、そう騒ぐ子供たちを怒鳴りつける。その剣幕に押されて、皆黙ってしまう。カイももう心身ともにすり減っていた。

 黙った子供たちを見て男は満足げに笑い、再びシュロイエを蹴飛ばし始める。

「よう町長さんよ。ガキを認めるくらいの容量があるんだ。俺らのことも養ってくれねえかな?」

「な、がっ……な、なぜ……だ……?」

「は? 金がねえからだけど?」

 そうしてまた蹴飛ばす。顔を守っていると腹を、腹を抑えていると顔を。そうやって交互に殴って、まんべんなく痛めつける。

 鈍い音が、アランの耳には良く届く。

「やめ、ろ……」

「いやだ、ってな」

 そうしてアランも殴られる。

 森にはその鈍い、肉袋を蹴る音と、興奮した男たちの高笑いが不愉快に反響する。

「話を聞いてりゃあお前が悪い見てぇだな? だったら死んでも文句ねえよな!」

「………った」

「あ? なんて?」

「……ま…かった」

「声がちいせえ!」

「腹から声だせよ! 腹から!」

 そう、今度は腹部への集中攻撃は始まる。

 それを辛うじて耐えつつ、シュロイエはぼんやりと脚と脚の隙間から息子の顔を見る。

 こちらを見ながら必死で何かを叫んでいる。耳も逝ってしまったのか、笑い声と腹を蹴る音しか聞こえない。痛みも分からなくなってきている。

 アランも似たようなものだ。その顔を流れているのは、涙が血か、ぐちゃぐちゃだ。

「お父さん!」

「………」

 ………情けないことに、少し思ってしまった。

 嬉しい、と。

 ここまでやったのに、まだお父さんと呼んでくれることに。

 『チートの喧嘩』なんて、氷山の一角に過ぎない。本当はもう覚えのないくらいたくさんのことをやってきた。取引で押すハンコも、気が付けば良し悪し関係なくすんなり押せるようになってしまっていた。 

 だがそれでも、街を守るためと励んできた。この手が汚れる程度でいいなら、と。

 その結果がこれだ。これは報いなのだ。

 こんな報いを受けるほど、私はもう泥沼の中だった。

 だが、アラン。それでもお前は私のことを……









「――――――すまなかった」

「―――――――――」










 初めて、父の涙を見た。

 蹴られてボロ雑巾みたいになっている父。

 顔に流れているのは血か、吐瀉物の飛沫か。でも涙は無いと思っていた。

 そして『すまなかった』なんて言葉も、無いと思っていた。

 追っても追っても離れていく父。

 父は切り捨てることで前に進んでいける、そんな人だと思っていた。だから絶対に泣かないと。

 ずっと背中ばかりを見てきた。

 でも、今やっと。その前を見ることができた気がした。

 ………………ずっと、お父さんは泣いてたんだね。



「――――――、お父さん!」

 それは、心からの叫びだった。

 意味はない。ただ純粋に。心にあった叫びだった。

「うるせえって言ってんだよ!」

 だがそれは酷く耳障りだったようで、男がまた拳を振り下ろしてくる。

 もう、さっきから痛みはなかった。ただ意識だけが、ぐらぐらと揺れる。痛くないなら恐くない。

 もう、恐くない。お父さんの前で、もう泣くのは恥ずかしいから。

 拳が、振りおろ

「なあ後藤。もういいよな?」

「ああ。良いものを見せてもらったしね」

 ぐちゃっと。湿った鈍い音がした。

 次の瞬間、さっきまでアランを抑えていた男は森の中にボールのように飛んでいき、木にぶつかって再び鈍い音を漏らす。

 それにシュロイエを攻撃していた全員が気づく。

「な、何だよ。お前らには関係ないことだろ!」

 その声音は、少し上ずっている。それもそのはずだ。

 連中に向かって、アンはポキポキと指を鳴らしながら、

「ああ関係ない。だがな。見てて胸糞悪いものっていうのもあるんだよ」

 刹那。

 アンは一人に肉薄し、顎を突きあげる。その勢いで殴られた男はその場で大車輪のように回転し、後方に吹っ飛ぶ。

 間髪入れず、近くに居たもう一人に裏拳を食らわせ、男は首が鈍い音を立てると同時に泡を吹いて倒れる。

「ひいぃぃ!!?」

 そのたった二撃で残りの男たちはアンから距離をとる。それをじろりと人睨みし、アンは獰猛に口角を吊り上げる。

「どうした? さっきはあんなに殴って蹴ってただろ? 私Мなんだよなぁ。もっと蹴ってほしいなぁ」

「完全に目が野獣だな。ほんと、純粋に動物的な意味で」

 エントンはその顔を見て、素直な感想を述べる。本当ならアンではなく彼自身が真っ先に飛び込みたかったのだが、今回はアンに負けて、疲労もあるのでここで大人しくしている。

 が、

「う、うごくなああぁっ!!」

「っ!?」

 アンに恐怖した一人が弓を構えて一行の方に向ける。それにより一行の緊張感が高まる。

「……」

 アンは冷たくその男を見る。それ目はさっきまでの獰猛な肉食獣のようなものではなく、鉄の様に硬質で、無機質で、冷たい怒りを宿していて……

「……」

 やれば、分かるな? と。その目が言っている。ピンと張った弦。それを離した瞬間に頭と胴体を分離する。そんな殺意を秘めた集中力が彼女の中で高まっていく。

 狙うは首。方法は切断。武器は短剣。

 が、

「ああああああああああああああっ!!」

「―――――――――」

 後ろからもう一人が大声を出して襲い掛かってきて、アンはそれを振り返りざまに切る。が、その男の声に驚き、

「うわあぁあっ!」

 弓の男は手を離してしまう。

 緊張から解放された矢は、法則に従って純粋に………

「ルナ!」

 直線状の人物に気が付き、エントンが声をかけて飛び出すが、間に合わない。

「ぁっ――――――」

 彼女自身もか細い声を出しただけで、完全に体が強張ってしまっていて、動けるようではなかった。

 このままでは当たる。

 しかし、その矢は途中でぽきりと折れる。

 飛来した人物の一刀によって。

 アンが降りてきたときよりも砂埃は少なく、彼はため息を吐き、

「残念おしいねえ。もう少しで景品とれたのに」

 なんて、カズは言う。

 そしてそれに「へ?」と弓の男が呆けている瞬間、

「死ねえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!!」

 振ってきた叫び声に、男が上を向いた瞬間。凄まじい、爆発じみた破砕音とともに空き缶のように縦に潰れる。

 食らったのは踵落とし。

 繰り出したのは、

「うるさいぞユキ。ダイ○ンに謝れ」

「だって、今のは許されるでしょ?」

 肉塊すら残らず、ただの血だまりになった男の残骸から足を抜き、適当に振って血振りする。

 そしてアンと同様、残りの男たちを睨み付ける。

「さて、うちの大将に剣向けたからには……って、言わなくても分かってるよね?」

 ニコッと、目が笑ってない。

 それだけでもう、敵には意気消沈していた。力の差は歴然で、とても常人の叶う域ではない。

 そう脳が理解して、ようやく彼らは武器を捨て始める。



「降参だ」



 と。



 これでようやくすべての片が着いた。



 そう思ったとき、ユキが「あ」と、

「あと一人いるわ」

『は?』

 一同、首を傾げた瞬間のことだった。



「大気を這う捻じれた蛇よ 噛み付き、弾き飛ばせ! 『疾走する竜巻(ラピッドタイフーン)』」


 

 天から風の渦が降ってきて、その戦場に居たシュロイエを除く民衆を残らず吹き飛ばしてしまう。

 武器はもう捨てて、降参していたのに。

『うわあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!!』

『うわぁ……』

 見覚えのある魔法に、指名手配者組は一同、茫然としてしまう。

 そして全てを更地にした後、その元凶が天からゆっくりと、風の魔法で舞い降りてくる。

「空腹魔女っ娘エムバちゃん☆ 遅れて参上!」

「参上っていうか惨状だけどな」

 キラッ☆ とやるエムバにエントンを含め一同、深いため息を零した。

 こうしてエムバのトドメで、町の人々は完膚なきまでに叩きのめされて、戦いは彼らの完全勝利に終わった。

 

 

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