因縁と因縁と因縁と
西の森の入口にて。
「さて、どう来るかな」
森へと続く道の上。『猛獣危険』と書かれた看板の前で、後藤は腕を組んで待っていた。
アイビーは町の時のように彼女の前に居て、ベーネは後ろで捕まっているフリをして背後を見張っている。
そして目の前には、
「クソ……」
半径10メートルの空間を開けて、歯噛みした住民たちが群がっている。
付いてきた彼らに後藤は始めにこれ以上近づくなと脅したのだ。
「もう一回いうけどね、それ以上来たら刺すよ」
淡々とナイフがアイビーの首に近づき、お芝居でもなんでもなく彼女はぞっとする。もしこの距離で後藤さんの手が滑ったりなんてしたら……でも彼女に限ってそんなこと……
湧き上がる不安を半分に、アイビーは住民に叫ぶ。
「それ以上来ないで!」
その声は何よりも本心めいていて、誰も彼女たちが手を結んでいることに気が付かない。住民たちは全員、見えない壁でもあるかのように一定の距離から詰めようとしない。
これも後藤の狙い通りだが、やはり自分でもかなりゲスいことをしていると思う。
まあ……楽しんでしまっているのだが。
「……さて、」
――――相手はどう出てくるのか……
「あの! と、通してください!」
「?」
群れの中からそんな声が聞こえた。
人に埋もれそうなほど、か弱い少女の声。町長が着いたのだろうか。
……いや、アランは町長のことを『お父さん』と呼んでいたし、それは無いだろう。関係があっても代理か何かか。
そして、
「―――――ぷはっ! やっと出られた」
「……は?」
身構えていた後藤はその正体が分かった瞬間、思わず抜けた声を出してしまう。
人の壁の中から出てきたのは、
「み、ミセバヤさん! 何してるんですか!」
見覚えるある―――――そう。
あの荒城で出会った、あの……少女。
『ルナ』というなの少女だ。
「ハッ……アハハハハ!」
思わぬ偶然に笑いが零れてしまう。後藤はナイフを一端首から離し、一しきり笑う。
「まさか、こんなところで出会うなんてね! いやぁ、冗談抜きでホントに運命的だ! 神様が保証するよ! あと、今は後藤だよ」
と、いうことは。
「君が居るってことはあの『愉快な三人』もいるんだね」
なら来る途中に聞こえた衝突音は、ユキと呼ばれている彼女と誰かがぶつかった音か?
しかし問われたルナは少し視線を外す。
「え……まあ、はい……」
「?」
何やら妙に歯切れが悪い。何かあったのだろうか。
なんて考えていると今度は向こうが、
「ってそうじゃないです! どうしたんですか!? 何でこんなことを!?」
その戸惑いと不安の声で思い出す。
後藤は群衆の目を確認しつつ、ナイフをアイビーの首に戻し、
「(後ろ、大丈夫かい?)」
「(は、はい。誰も来てません)」
「(君は、苦しくないかい?)」
「(な、何とか……刺さないですよね?)」
「(フフ……さあ、どうだろうね?)」
「「((え……))」」
他に聞こえないようにベーネとアイビーに声をかける。ついでに少し笑ってから、再びルナの方を見る。
ルナは少しずつ住民たちの間から体を出し、人々の前に歩み出る。
そこで後藤はナイフの切っ先をルナの方に向ける。
「そこから先はKEEPOUTだよ」
「……」
彼女はその言葉に苦い顔をしつつ、止まる。
さて、――――――
町長はまだ来ていない。
ルナに出会った。
愉快な三人組もこの町に居るとなれば……
「彼らは、どっちについてるんだい?」
「それは……」
後藤の問いに、ルナは言いにくそうに顔を背ける。
それだけで返答には十分だ。
なるほど、と彼女は落ち着いた声で返す。予想はできていた。
しかし、これではますますカエデに分が悪い。
「なるほど……」
と、もう一度繰り返す。その声はさっきと同様に落ち着いている。
が、その実内心は不安が滲み出してきていた。
……神が神頼みとは、皮肉にすらならない。
だが今後藤にできることはそのくらいしかない。
頼んだぞ、カエデ……
と、―――――――――――
「おしゃべりとは、ずいぶん余裕じゃないか。指名手配犯」
疲労と呆れを帯びた声。
それと同時にルナの時とは違い、住民たちの間に道ができる。
その先から、男は歩いてくる。
軽く眼鏡を掛け直し、人々の前に男は出てくる。
人質が居るにも関わらず、傲慢にも堂々と。
「私が町長の『シュロイエ』だ」
彼は、名乗った。
・・・
「「ハァ……ハァ……」」
まるで流星群でも落ちてきたかのような、そんな大小さまざまなクレーター群の中に、二匹の怪物はいる。
互いに互いを弾き飛ばして、互いの距離は20メートル強。
額から、肩から、腹から腰から尻から足から腕から手、手先に至るまで、
こちらも大小さまざまで、切傷と打傷の群れが彼女たちの体の至る所にできていた。
「ハァ、ハァ、……やっぱ強いね。あんた」
矛を持つ手はだらりと重力に任せて、口角はにぃとつり上がる。
もはやそれは血なのか汗なのか。額から顎に垂れる赤い体液を腕で拭い、ユキはアンに賞賛の言葉を贈る。
「ハァ、ハァ、……は? 何か言ったか?」
が、距離が離れているせいで聞こえなかった。
アンの方も彼女と同じく両手は短剣を持ったままだらりと下がっている。もしかしたら互いに折れてしまっているのかもしれない。
だが互いに、そんなことはどうでもいい。
(腕は……まだ動く)
(脚も動く)
((まだ戦える!))
自分の体のことを確認し、目の前の敵を見る。
と、
「ふ、フフフ……」
突然ユキが不気味に笑い出し、アンはそれに警戒の色を強める。
が、ユキは武器を構えることなく、それどころか一度杖のように矛を地面に刺して、
「いやごめんごめん。さっきの思い出して笑っちゃってね」
なんて構えを解く。だが、その目からは闘志は消えていない。
「……」
それを理解した上で、アンは話を聞くことにする。
アンの意を汲み取り、
「興味ある?」
「いいから話せよ。面倒くさい」
後面白くなかったら殺す、と付け加える。
それにユキは「はいはい」と適当に返答して、―――――ニヤリと邪まな笑みを浮かべる。
「私、さっき飛ばされた時に見ちゃったんだよね」
「何を?」
「あなたのお仲間さん」
「どこで」
「あっちの方」
「は?」
もはや空元気で立っているような状態の二人は、淡々と会話を進める。
ユキが『あっち』と言って指した方。
アンは知らないが、それは西の森の方だった。
「ちょっと前にあっちに大きな集団がいるのが見えたの。で、その集団に取り囲まれていたのが……えっと……」
名前なんだっけ? と彼女は首をかしげる。だがアンにはそれだけで十分だった。
アンは思考を巡らせる。
集団に取り囲まれていた……なら逃げている?
可能性としては二つ。
逃げ出したエントンかエムバ。
もしくは見つかったカエデかミセバヤ。
……そう言えば、
「人数は?」
「集団だったしそんなの分かんないわよ。まあ結構な人数だったけど」
「違う! 逃げてた方のだ! 一人か? 二人か?」
「一人だったわよ」
一人……だとしてもまだ絞り込めない。
逃げているのが一人で集団を連れている。だとするならそれは囮でもう片方は逃げているのかもしれない。
囮なら……エントンの可能性が一番高いが、
「……男か女かは分かるか?」
「女女! 名前は……み、み……」
「ミセバヤか!」
「そうそれ!」
ということは見つかったのは外の待機組。
マズい! カエデは病み上がりだし、ミセバヤと後藤に関してはそもそも戦闘自体ができないに等しい。
「っ!」
その情報を得て、アンは舌打ちをしてきびすを変えようとする。
しかし、
「仲間のことに夢中になっていた俺は背後から近づいてくるもう一人の!」
「あと誰がいるんだよ!」
ツッコミを入れつつも、背中に突進してきたユキの刃先を片方で弾き、彼女の懐に一撃を繰り出す。
が、ユキは矛の柄のところでそれを受け止め、
「逃がさない!」
「ここまで話しておいてかお前!」
アンは彼女を蹴り飛ばそうとする。が、その突き出した足に合わせてユキも膝を出して相殺する。
そしてグッと顔を近づけて、
「その方が、焦るでしょ!?」
「んなっ!」
「ニシシ!」
なんて言葉とは反対に、嬉しそうに笑って受け止めていたアンの剣を弾く。そして矛の底でアンの腹を突き飛ばす。
「うぐっ――――――!」
柔らかい地面に埋まるように、矛の底は彼女の腹に埋まり、アンは思わず体をくの字に折る。
それを見て、ユキは「アハハ!」と嗤い、一言。
「出しなよ!」
愉し気に。
それを聞いたアンは、苦しみよりも、冷たい別の感覚で脳が満たされる。
恐怖、ではない。畏怖でも、嫌な予感というものでもない。
「……」
「知ってるのか、って顔だね」
上げたアンの顔を見て、ユキはそう返し、
「具体的には知らないよ」
と否定する。
でも、
「若干手を抜かれてたことは気づいていた、よ!」
「っ!!」
今度は突きではなく、棍棒のように思い切り頭上から振り下ろす。
ダメージが思ったより深かったアンは、その場から動くことができず、その一振りを両手の剣で受け止める。
その衝撃でアンの足首までが地面に埋まる。
「ぐっ!」
「ほら、出しちゃいなよ! 所々で躊躇ってるのバレバレだったんだから!」
ユキは力を強めていき、それに伴ってアンの足が埋まっていき、足元にひびが入っていく。
「ほーら! 結構苦しいんだよ! 隠されながら戦われることって!」
まるで、プレス機の中に入ったような気分になる。入ったことはないが。
既に断裂ギリギリだった筋肉
ひびが入っているであろう骨
引っ掻き回された内臓
叩き、叩かれてショート寸前の脳
限界寸前な体の至る所が軋み、拉げてしまうと悲鳴を上げる。
正直、ユキは強い。
こんな抜けた性格、抜けた会話をしているが、こいつは強敵だ。
今まで会った中で一番……は大げさかもしれないが、五本の指には入る。
だから……というのは言い訳がましい。
素直に、
「……限界だな」
そう呟く。
刹那、――――――――
「……なあ。『ダルマ』って知ってるか?」
・・・
「前と同じだな」
「っ!」
アランを後ろに隠して構えるカエデに対し、カズは変わらず剣を肩に掛けたまま話す。
しかし、既に彼らの間で剣戟は交わされた後であり、
「……」
実力差に苦しい顔をする。
本当に、前と同じだということに。
「俺が通路を背にしていて、そこにお前が攻めてくる。まあ、今回は入りたいところは逆にあるみたいだが」
「逆?」
そう訝しんだカエデにカズは「ああ」と何でもないかのように言う。
「この部屋に隠し通路があるのは間違いない。断言する」
「な、なん……」
「だが」
何でそんなことをいうの? と問おうとしたが、カズはそれを遮り、―――――剣を肩から下ろす。
そして、
「ッ―――――――!!」
「っ―――――――!?」
風を殴るような音がした。
攻めたのはカズの方。
彼は躊躇いなくカエデの肩口から両断するつもりで剣を振るう。
カエデはそれをとっさに剣で受け、踏みとどまる。
「そう来なくちゃ」
「っ――――――」
余裕そうなカズに対し、受けたカエデは歯を食いしばっている。
それもそうだ。カエデは病み上がり。元から本調子ではない。
それにそもそも元から戦力差があり過ぎるのだ。加えて同じ部屋にアランもいる。
「カエデさん!」
「っ!」
彼は心配して声をかけてくるが、それに応答する余裕すらもない。
カエデは力を振り絞って突き飛ばすように押して距離をとる。が、距離をとっただけ。
狭い部屋で、
アランをかばいつつ、
チートと戦う。
……どう切り込めば勝てるのか、全く見当がつかない。
こんなもの、勝ち目がない。
でも引けるわけなんて、もっとない。
「くそ……」
呻きつつもカエデは剣を構える。
今の自分にどこまでやれるか分からないけど、やるしかない。
構えた彼女の姿を見て、カズは嬉しそうに笑う。
「いいね。そうこなくっちゃな!」
「っ!」
そうして、二人は再び激突した。
「――――――――なんちゃって」
「「え?」」
漏れた疑問の声は二つ。
一方はカエデ。もう一方はカズ。
そして、
ゴッス、――――――と。
カズの背後から後頭部に一撃。
「――――――」
さっきまで余裕気に構えていた彼は、声をあげる間もなく意識を弾き飛ばされ、床に倒れる。動く様子はない。
まさか死んでる、なんてことはないだろうが。
そんな倒れた彼よりも、
「……」
「よう! 待たせたな!」
なんて軽く笑う目の前の人物に目を奪われていた。
カズを殴った角材をトンと床に立て、ニッと笑う彼は……
「エントンさん!」
「エントン……」
カエデよりも先に、アランが歓喜の声をあげていた。
カエデはもう、その顔を見た瞬間に全身の力が抜け落ち、剣が手から零れるのも気にせず、床にぺたんと座り込んでしまう。
それを見てエントンは「大丈夫か!?」なんて言って寄ってきてくれる。
ああ、――――――エントンだ。
ホントに、エントンだ……
後藤はまだ戦っている。衝突音も遠くから聞こえている。
まだ戦いは終わってない。
そんな状況にもかかわらず、
「……エントン!」
「うお!」
寄ってきた彼に思わずカエデは抱き付き、その勢いでエントンは倒れて少し痛がる。
でもそんなこと無視して、彼女は彼の胸に顔を埋め、顔を見られないようにして泣いた。
「エントン……エントン……」
もう会えないんじゃないか、なんて思っていたから余計に涙が溢れてくる。止めようにも止まらない。
そんな彼女をエントンは驚きつつも、そっと背中に手を回して、
「ありがとうな」
トントン、と落ち着くように叩いてあげる。
そしてもう一度「ありがとう」と言う。
でも、
「悪いな。泣いてる場合じゃねえんだ」
「え……」
そういうと彼はすぐに立ち上がり、
「後藤は? 一緒じゃねえのか?」
「うっ……グスン。西も森で町長を誘き出してる」
そうカエデが返すとエントンは柄にもなく苦しい表情をする。いつもは苦しい状況ならむしろ喜ぶはずなのに。
「……町長もそこに居るのか?」
「多分もう向かったと思う。でも……」
何で? と問おうとしたが、その時既に彼はカエデに肩を貸すように担ぎ、
「急ぐぞ。詳しくは途中で説明する」
色々とぐちゃぐちゃしててな、と焦燥を浮かべた。




