Happy ハグルマラジヲ
「何をお求めですかな?」
ミイラのような老婆『スリズィエ』の声にミセバヤは一拍置くと、
「一番いいのを頼む」
「……後藤?」
そうエムバが問うと彼女は「そうだよ」とニヤリと振り返り、
「ミセバヤじゃあ必要なものは分からないからね」
さて、と彼女は再びスリズィエに向き合うと彼女の対面に用意されている椅子に座り、欲しいものがあるかどうかを聞き始める。そこからはスリズィエの「ほぅ……」という感心したような声に、『七節狼の第二関節』や『餓鬼の臍の緒』など意味の分からない名称が聞こえてくる。
一体何の買い物をしているのか。聞かないのが身のためだろうとエムバは少し後ろで控えていることにする。
しかしただ立っていることなど彼女の性格上不可能なので、暇つぶしに部屋の中を観察してみる。
ぐるりと流し見してみる。部屋はほぼ真っ暗で、灯りは申し訳程度に設けられている魔法の光のみ。天井まである大きな棚には大小さまざまな瓶や箱が置かれていて、瓶の中には色とりどりの何かの粉や、液体に漬けられている虫や爬虫類、鼠などがある。
「うへぇ……」
彼女も一応魔法使いのはしくれだが、こういったものたちを見て嫌な顔をする辺り、やはりまだ少女である。
と、突然スリズィエは「ククク……」と笑いだし、
「そちらのお嬢さん、ここは肌に合わないかね?」
「え……」
そう訊かれてエムバは驚き固まってしまう。どうやら見られていたようだ。
スリズィエは、突然声をかけられて狼狽する彼女を見てまたクツクツと嗤い、
「おすすめはその棚にある『羊蛾の繭で作った枕』だよ」
「羊……蛾?」
そう言われてもう一度棚を見てみると確かに枕らしき袋がある。それは他のものとは違って普通の枕らしき見た目をしており、興味半分でエムバはそれを取ろうとする。が、
「羊のような柔らかさで、頭を置くと蛾の睡眠効果のある鱗粉が飛び出してすぐに眠ることができるよ」
もっとも、とスリズィエは嗤い、
「摂取量に注意だけどね」
「!!」
それを聞いた瞬間エムバは手を引っ込める。今の説明を聞いてもう一度その枕を見てみると確かに鱗粉らしき粉が少しだが溢れている。
睡眠薬は使う量を間違えると死に至る危険性を持っている。
しかもこれはスリズィエの様子から鱗粉に手を加えていない。加工されていない。薬ではなく自然界にあるものそのものだ。
「猛毒だね」
なんて後藤は彼女に負けないくらいニヤリと口角を歪める。
「それは買い取った品でね。まあ詳しい話は聞かないようにしてるから分からないが、想像するのは容易いさ」
「それは同意だ。こういった道具の使い道など知れているからね」
なんて二人はそう鼻で笑い、買い物の話に戻る。
「さて、お代だが五万と二千八百だ」
「二千八百引けないかい? 何かあったら次回もここに買いに来たいと思っているのだが」
なんて後藤は机の上に肘をかける。
それに彼女も「ほう」と眉をあげて、
「リピートしてくれるのはありがたいがぁ、その保証はあるのかい?」
なんてスリズィエはまたニヤリと邪気の含んだ笑みを浮かべる。
しかしそれに対して後藤もやはり嗤い返し、そして少し顔を寄せて小声で、
「……上の娘さんのコーヒーが美味しかったのでね」
「……」
少し後ろに居たエムバはそれに気が付かなかったが、彼女が囁いた瞬間、スリズィエの顔から一瞬だけ笑みが薄れた。
が、それは後藤が顔を話すと同時にもとに戻り、
「……なるほど」
そう一言出たかと思うと次いで「ククク……」と笑いだし、
「気に入ったよ。これから困ったらいつでもおいで」
「それはどうも。それでお代は?」
訊く後藤にスリズィエはなぜか満足げに目を細め、
「全て30%offでどうだい?」
その一言に今度は後藤が少し驚いてしまう。
「破格だね」
「それだけ気に入ったということさ。お客様は神様だからねえ」
そう笑う老婆に後藤は一拍の後「アハハハハハハハハ!!」と腹を抱えて笑い、
「違いない! 約束しよう。また必要なものがあったら必ずここに来るよ」
そうきびすを返して後藤はエムバを誘って部屋から出た。その背中に向かってスリズィエは深々と頭を下げ、
「ヒヒヒ。またのご来店、心よりお待ちしております……」
バタンと、彼女たちの背後でドアが閉まった。
地下から上がってくるとカフェ・ラブ・マギナの店主『スリーズ』が迎えてくれた。
「ありがとうございました。っと、あのぉ、おばあちゃん、何か粗相はいたしませんでしたか?」
その問いに後藤は「ん?」と首を傾げ、
「別に何も。実に有意義な時間だった」
そう言ってカウンターを出て店を出て行く。その後にエムバは付いていき、店を出るところで振り返る。
出て行く二人にカウンターから出てきたスリーズは丁寧に深々と頭を下げて、
「またのご来店をお待ちしております」
エムバもぺこりと会釈を返し、店を出た。
値段のわりに小さい紙袋を抱えて後藤とエムバはギルドに戻る。
しかし店から少し歩いたところでエムバが「ねえ」と彼女に声をかける。
「ん? どうしたんだい?」
後藤は特に何事もなかったかのように返答してくるが、
「……さっきの話、何だったの?」
「さっきの話?」
「あの……おばあさんと話しててた『コーヒー』の」
そこまで言って彼女は「ああ」と思い出したようで、次いでまたいつもの如く不敵な笑みを浮かべて、
「……惚れ薬だよ」
「えッんもご!」
エムバがその単語に驚いた瞬間、後藤は開いていた片手で強引に彼女の口を塞ぐ。
「声が大きいよ。もっとも体に害がなく、自覚症状もでない程度のものだけどね。おまじない程度のものさ」
「それでも惚れ薬って……」
それは違法だ。
当然ながら店で出す食品に何らかなの薬を混ぜるなど許されるはずがない。ましてや魔法屋など、冗談に聞こえない。
しかし後藤は「別に悪いことでもないし、変わったことでもないさ」と落ち着いた様子で、
「スパイスもお茶も、もとは薬、または薬に近いものだったし、ハバネロだって人によっては毒並に嫌だと感じるだろう? あのくらい隠し味程度だと思えば問題ないよ」
「んん~……」
そう言われればと思う半分、やはりエムバとしては釈然としない。その様子をチラリと見て後藤はまたクスリと笑い、
「美味いかどうかが問題、だと私は思うよ」
「そうかな~……」
なんて話しながら細い路地を出て大通りに帰ってくる。そこに出るといつもの世界に帰ってきたと思う反面、今まで別の世界に居たような錯覚を抱く。
裏路地探検が好きなだという人はたまにいるが、もしかしたらこういった感覚なのだろうか。
ぼんやりと浸りながらエムバは歩いている。と、そこで後藤もミセバヤとバトンタッチしたらしく「ただいま」と彼女は笑う。
お帰り、とエムバは返す。
その時だった。
『ハローハロー!』
その声ははっきりと聞こえた。
『聞こえてますかー?』
はっきりと聞こえた。
そう。
それはエムバだけではなかった。
「エムバ……」
そうミセバヤと目があって、次に周りの変化に気が付いた。
一定の速度で流れたいた人の足が……止まる。
そう。
『お、聞こえている見たいだね。今から第58回目『Happy ハグルマラジヲ』の放送を始めるよー!』
そして、
『今回のお相手はあの三大魔王が一人、魔王ヴィルトエルでお送りしまーす』
『!!!????』
その単語を聞いた瞬間、その場にいた全員……いや、この放送を聞いている全員が固まったことだろう。
『あ、ちなみに今回は番外編で本編を聞きたい方は『魔都エスポワールシティ』の放送局までご連絡を。ネットがないとホントに不便だよね~』
なんて呑気な声が脳内に響く。
「なに……これ……」
「ッ!!」
そうエムバが呟いた瞬間だった。
ミセバヤ……いや、おそらく後藤だろう。彼女はエムバの手を掴むと人を掻き分けるように走り出した。向かう先はおそらくギルドだ。
「ど、どうしたの!?」
「……」
彼女は黙っている。が、その顔は今まで見たことが無いほどに焦燥に支配されていて、そして、
「……嫌な予感がするんだ」
「え……」
エムバからすれば、怯えているようにさえ思えた。
走っているその間にも放送は続く。
『さて、さっきも言った通り今回放送は番外編なんだよね~。だから割と短くなっちゃうんだけど、』
そう言ってしゃべっている向こうからガサゴソと何かを漁る音が聞こえる。
『リスナーからのお便りのコーナー! ペンネーム匿名希望さんからのお便り。「いつもラジオ聞いてまーす! 今回のイベント最高です! 楽しみにしてます!」とのことです。ありがとうございます』
「イベント……」
『はい! そこで今『イベント』という単語に食いついたあなた! そこのあなたですよー!』
そこでパーソナリティーは「コホン」と咳払いすると、
『そう! 今回はそのイベントのお知らせがあってこのようなごり押しの全国放送にしたわけですよ!』
どうやらごり押しという自覚はあるようだ。
そして、ギルドを目前にしたところで、
『イベント内容は、『かくれんぼ』です! こラジオの放送後に空を見上げてください! そこに映った人物たちを捕まえて魔都エスポワールシティの方まで連絡、ないしは連行してきてください!』
「かくれんぼ……」
『捕まえた方には人物によって多額の賞金が支払われます!』
「………」
その瞬間、嫌な予感が確信に限りなく近くなる。
そして、
『それでは皆さん。準備はよろしいですか? 金額はそれぞれ人物の下の書かれています。ターゲットは『メイン』と『サブ』。もちろんサブの方が金額が低くなっていますのでご注意を。それでは全国全員参加型の大かくれんぼ! レディー』
ギルドの扉を開け、急いでカエデとアン、エントンの居るところに向かう。
と、嫌な予感を感じたのは三人も同じらしく、慌ててギルドの入口の方までやってきていた。
『ゴー!』
頭の中でゴングが鳴り響く。
その瞬間、ギルドの外から聞こえていた困惑を含んだ喧騒が消えた。
そして、
「……逃げるぞ」
そう後藤が言って五人はギルドの裏口に向かう。
それから程なくして、
「おい!」
バンッ! と入口の扉が勢いよく蹴開かれ、十数人の男たちが入ってくる。その手には様々な武器、そして縄が持たれていた。
男の一人が狼狽するギルド内を見回し、
「ここに『クロ』が居ることは分かってるんだよ! どこにいやがる!」
そらに映し出されていた写真には、
『メインターゲット』100万コイン
・クロ『男』(※北条とも呼ばれている)
『サブターゲット』各30万コイン
・エムバ『女』
・ミセバヤ『女』(※ゴトウとも呼ばれている)
・カエデ『女』
・エントン『変態』
かくして一行は、一瞬にして全国に指名手配されることになった。




