過去 二人の出会い―6
山賊をとらえたリックと北条はそのまま五人を縛り上げて、エレナとグレドを解放した。山賊は村長宅の納屋に閉じ込めておくことにした。囚われていた女の子は井戸を出たところでどこかへ走っていってしまった。
祠に居た時、縄を解くと同時にエレナがすごい形相、すごい勢いで走り出したので、慌てて止めた。山賊捕獲よりこっちの方が難易度が高かったのは言うまでもないだろう。山賊を下級とするならエレナはG級だ。ギルドいうと『SSS+』か。
村長宅に向かう途中、彼女はずっとしかめ面をしていて、山賊の顔を見る度に舌打ちをしていた。男三人はエレナがいつ暴走するか分からないので、ビクビクしながらの帰り道になった。
マリーナも助けた娘にも目立った外傷はなかった。
「皆さん、本当にありがとうございました」
そうダイニングで深々と頭を下げるマリーナ。村長はまだ体調が優れず、自室で療養中だそうだ。
それにエレナは「いえ、」と少し顔を俯かせると、
「私たちはマリーナさんを危険にさらしてしまった。本当に申し訳ない」
そう頭を垂れる。それに合わせてリック、グレド、北条の三人も頭を下げる。直接の依頼主ではないにしろ、仕事を頼んできた方を危険にさらすなど言語道断だ。
しかしそれを見てマリーナはにこりと微笑み、
「真っ直ぐなんですね」
頭をあげてください、と優しく声をかけてくれる。それに一行は顔を上げると、
「依頼のお金は父が持ってますので、私からは料理くらいしか渡すものがないのですが」
「そんな! それで十分ですよ!」
グレドは慌ててフォローを入れ、それにリックも「確かにおなか減ったね」と若干乗っかる。
「ワンドなしで魔法使ったから燃費悪くなっちゃったし」
「え、そんな設定だったの?」
「まあ実際『ワンド』は魔法を使う時の補助が目的だからね。言い方の違いだよ」
ふーん、と北条は彼のワンドを見る。北条自身はチートなのでそれを使う機会がない。どのように感覚が違うのかは今一つ分からないが、きっとスポーツで言うスパイクと素足の違いみたいな感じなのだろうと納得する。
「いや、申し訳ないんだが……」
そこでエレナがいつになく小さな声で手をあげる。その顔色はあまりよろしくない。
「大丈夫ですか!?」
そうマリーナが慌てるのを見て、エレナは安堵させるように笑みを浮かべて、
「すまないが、私はパスで頼む。部屋で休ませてくれ。本当に申し訳ない」
「いえ。あ、あと毛布持っていきますね」
「大丈夫かエレナ?」
「……つわり(ボソ…)」
「リックやめとけ。大体そんな相手どこに」
「……」
「「いってらっしゃいませ!」」
無言の威圧に背筋を伸ばす二人。最後なんて自ら墓穴を掘っているし、
「あ、じゃあ俺が付き添うよ」
そう言って北条は彼女とともにダイニングを出た。
そして二階のエレナの部屋に彼女を運び込むと、
「……解くよ」
魔法を解除する。
魔法を解く彼女の顔色はみるみるよくなり、エレナは「はぁ」とため息を吐く。北条の氷の魔法でエレナの体だけをずっと冷やしていたのだ。
「中々キツい。凍結卵子のころを思い出したよ」
「ごめんどう反応していいか分からない」
「過度な期待はしてない」
ということは少しだけ何かを期待していたのだろうか。いやしかし今のは誰がどう聞いたって反応できないだろう。スルーすればよかったのだろうか。
いや、今はそんなことどうでもいい。
「で、どういうことか説明してくれないか?」
それを問うと彼女は「どうもこうもない」と半場呆れるように言い、
「依頼はまだ終わっていない、というだけだ」
「……」
やはりどういうことかさっぱり分からない。
依頼は終わっていない? しかし、
「で、でもあの山賊たちは捕まえたし、女の子は助けただろ?」
それには彼女も「ああ」と頷く。だがそこから「しかし」と付けたし、
「あの少女が、本当に依頼の子とは限らない」
「そんなこと……」
ない……とは言い切れず、北条は言葉を止める。
エレナはベッドに腰掛けて足を組むと、口元に手を当てて考える。
「クロ。あの子の逃げるときの顔、見たか?」
「顔?」
そう聞き返すと、エレナは「そうだ」と頷く。そしてチラリと北条の方に視線を向け、
「あの顔は……怯えていた顔だ。一体何にだ?」
「……山賊」
「普通ならな。でも今もう一つのことに気が付いただろ?」
返答までの間から彼女は察し、そう問いかけてくる。その見透かすような視線に北条は目をそらす。そして、
「……本気で言ってるの?」
そう再び彼女の方を向き、問う。が、答えは目を合わせた瞬間に分かっていた。
「ああ」
そう彼女は即答する。
そして考えを認め切れない北条に対して彼女は叱咤するように厳しい視線を飛ばし、
「先入観を捨てろ。もっとも、私も頭が冷えてから考えがまとまったんだが」
なんて少し自嘲気味に目を伏せる。
それに北条は何も答えられなくなる。
「そんな……」
「……」
俯き、そう零した彼にエレナは何も言わずに、胸に溜まっていた息を吐き出し、
「そろそろ行かないと怪しまれる。おそらく何か起きるならこの後だ。武器の確認と、あと一応言っておくが寝るなよ?」
「……」
それに北条はリアクションせず、部屋を出た。
・・・
……夜は更けた。
物音は……聞こえない。
全員部屋に戻ったのは確認済み……
足音を忍ばせ、音もなくドアを開いて外に出る。
空には厚い雲が充満し、地上には重く深い闇が垂れこめている。
その中を灯りもなしに駆け抜け、村を出て森の中に向かう。
厚い雲に加えて鬱蒼と茂る木々のせいで、夜の森には光という概念自体が存在しないようにさえ思える。
しかしそんな中を夜目と培った感覚を頼りに駆ける。
「チッ」
どうしてこうもうまくいかなかった。
計画は完璧だった。
……いや、完璧でなかったからうまくいかなかったのだ。
そもそもあそこで欲を張ったのが間違いだった。
「あの流浪どもめ……」
……もう少しであの場所だ。それにあいつらもあいつらだ。一体何がどうなっている。
よし、ここで……
「とまれゲスやろう」
足を止めようとした瞬間、横腹に衝撃が走り、
「があっ――――――!!?」
五メートルほど吹き飛び木の幹に背中をぶつける。突き抜けるような痛みに次いでしみだすような鈍い痛みが腹部に湧き出し呻く。
誰だ、なんて問う前にその襲撃者は目の前の姿を現す。
深い闇の中にその人影はぼんやりと浮かび上がる。しかしその双眸は鋭く砥がれており、睨まず、ただ蔑みの視線をもって、射殺さんと見下す。そしてその背後にもう一人。
「お、お前たちは……」
そこで何というご都合主義か、雲に切れ目が入り、零れた月光がうっすらと彼らの姿を照らす。
エレナはフッと鼻で笑い、
「こんばんはエロ爺。こんなところまで何の用だ? 遂に獣姦希望か?」
「はぁ……」
そんな彼女の態度に北条はため息を吐かずにはいられない。よくもそうサラッと言葉が出てくるものだ。女性としての恥じらいは何のだろうか……いや、
「今更感が……」
「ほぉ。クロはすでに獣の術は習得済みだそうだ。よかったなエロ爺」
「違う! 断じて違うから! そっちに今更って言ったんじゃないから!」
「っ……」
「ん? 逃げられると思うなよ?」
そう振り返り、エレナは剣を抜き、村長の顔の横にピタリと当てる。それに彼は「ひっ!」と引きつった声を漏らして、
「待て待て待て! なぜわしにこんなことをする! わしはちょっと山の機嫌を見にじゃな」
「山の機嫌? 山に機嫌なんてあるわけないだろ?」
「いやいやそれは比喩なんですが」
「あ? 誰が頭悪いって?」
「いやそんなこと一言も」
殺すぞ? と迫るご機嫌斜めのエレナとそれに怯え切っている村長。しかしそれを見ていても北条はさっぱり分からず首を傾げる。
「エレナ。何で村長はここにいるんだ?」
「あ? 知らん」
「は?」
「女の勘だ(キリッ」
そう親指を立てられても北条は呆れのため息を漏らすことしかできない。その様子を見てエレナは不満そうに顔をしかめる。
「だが夜中にこっそり抜け出してこんなところに来るのはいかにも怪しいだろ」
「それはそうだけど」
「それにあってようが違ってようが、捕まえて拷問すればいい。死ぬギリギリまで追い詰めてやる」
「おい! もうどっちが賊か分からなくなってるぞ!」
北条はツッコミを入れるが、エレナはすでにスイッチが入ってしまったらしく「死に方は選ばせてやるよ」と村長の髭を掴んで首元に刃を突きつける。その狂気で村長は「ひいぃ!」と涙目になる。どうやら村長はそこまでHARDなPLAYは受け付けないらしい。
と、
「おい! 何をしている! 早く助けんか!」
そう彼が叫んだ瞬間、
「ッ!」
エレナは村長から手を離し、振り返りざまに剣を振るう。カキンッ、と音が鳴り、何かが地面に弾き落とされた。
矢だ。
「なっ!?」
「クロ! 気を抜くな!」
そう彼女が言ったのと同時に今度は北条の方に矢が飛んでくる。それを彼は咄嗟にしゃがんで間一髪のところでかわす。
そのまま北条は転がるようにエレナの背中につき、剣を抜く。そしてエレナは剣を鞘に終い、抜刀の構えをとって辺りを見回す。
「……山賊どもだな」
「囲まれてる」
二人を中心に、円を描くように。
獣のように光る双眸と刃の色が整列している。
森の闇のせいで正確に判断できないが、数は30~40くらいだろうか。
「村長」
その中の一人が彼に話しかける。その声に反応して村長は表情を綻ばせる。
「ようきてくれた! ようきてくれた! お前たちならきっと来てくれると信じとったぞ!」
さっきまでの怯えた態度とは打って変わって笑みを浮かべる村長。
「当然だ」
それに山賊も返答し、
そして、
「風俗狂いのジジイでも臓器くらいはそこそこで買ってくれるだろうよ」
「へ?」
刹那。一本の矢が闇から放たれ、村長の太ももを射抜く。
「あああッ―――――――!!」
その瞬間、彼は喉を絞ったようなうめき声を出し、足を抑えてうずくまる。その姿を見て森からドッと笑いが上がる。
「と、言うわけでその商品は返してもらうぜ。お二人さん」
「ゲスいな。清々しいくらいにゲスい」
「さっきのエレナと同じくらいゲ……なんでもないです」
「よろしい」
そう彼女は北条への殺気を鎮め、現在仕留めるべき標的どもを見据える。
が、その前に、
「おい! 山賊諸君!」
そう、彼女は彼らに問う。
「あの五人は解放したのか?」
「五人?」
「ああ。あのいどまじんな五人だ」
「井戸……あ? ああお前らのことか」
「……ということはお前らの中に居るんだな?」
それだけ確認すると、彼女はニヤリと獰猛な笑みを浮かべ、
「クロ! あの五人を見つけたら拘束しとけ!」
「え……?」
「あとで即身仏にする」
その一言を放ったのと同時に、彼女は闇の中にかけていく。そんな彼女を迎撃するために再び矢が放たれる。が、それを彼女は体制を沈めて躱し、同時に溜めたバネを解放して踏み込む。
「っ――――――」
矢を放った直後だったその山賊に向かってエレナは抜刀し、その弓を切り壊す。そしてさらにその少し奥で構えていた鉈を持った山賊に向かってさらに踏み込み、返す刃で鉈を弾き飛ばす。そしてひるんだ隙にすかさずその腹部に蹴りを叩き込み、吹っ飛ばして気絶させる。
「ふぅ……さあ。次!」
その言葉が開戦の決定的な狼煙となった。
山賊たちは数で押し切ろうと北条とエレナに襲い掛かってくる。
それを北条は剣と氷で防御し、隙を見て凍らせて拘束する。対してエレナは押し寄せる暴風のような軍勢の中を疾風の如く駆け、武器を壊して素手で吹き飛ばしていく。
2人vs約40人
二十倍もの差があるにも関わらず、その戦場は二人が圧倒し、山賊たちはみるみる数を減らされていく。その光景は、傍から見れば『戦闘』というより『駆除』に近い印象を受けるに違いない。それはエレナの表情がありありと物語っている。その目は始めの山賊どもよりも爛々とギラついており、ケダモノと呼ばれても文句を言えそうにないほどだ。
「私の顔蹴ったやつ出てこい!! もうさしで殺してやる!」
「クソが……」
その様子を見ていた山賊の頭領らしき人物が呻くのを北条は見た。そいつは少し奥に居て、そのまま少し後退るときびすを返して駆けだした。明らかに逃走したのだ。
が、それに気づいてないのか他のやつらは血気盛んに襲い掛かってくる。
「くっ……」
前方から振り下ろされた斧を剣で受け流し、凍らせて拘束する。頭領ならばより逃がすわけにはいかない。
北条はそのまま彼らの合間を縫って疾走するが、そう最後までうまくはいかない。
「逃げんじゃねえ!」
「逃げてはねえよ!」
そうナイフに対して剣で相対する。が、それは囮だったようで、背後から別のやつが槍で突き刺そうとして来る。
「もらった!」
「う、マジか!」
本来ならここで氷の盾を出して躱せばよかったのだろうが、追うことに意識を傾けていたせいだろう。その判断ができず、北条はそのまま硬直してしまう。
が、その槍をエレナが切り折り、槍を持っていた男の顎にアッパーカットをお見舞いする。
背中の安全を確保できた北条は目の前の男を弾き飛ばし、足を凍らせて地面に拘束する。
「ありがとうエレナ」
「油断しすぎだ!」
そうしてまた背中合わせになり、構え直す二人。確かに形成は二人に傾いているが、やはり中々数が多い。北条自身、そこそこ戦闘をこなしてきたつもりだったが二人でこれだけに人数を相手にするのは初めてだ。囲まれる確率が高い分、思うように動けない。
しかし、そこでエレナは振り向かず、
「クロ。お前はあの頭を追え」
「……一人で大丈夫?」
「むしろそっちの方がいい」
「……了解」
その落ち着いた声を聞き、北条はすぐに頷いた。それは言うまでもなく、エレナに対する多大な信頼があるからだ。
彼女がそう言うなら大丈夫。それに今の言葉は気遣いや見栄ではない。良くも悪くも、彼女はそんなことを言う人間じゃないことは、この旅の中で理解しているつもりだ。
北条は気持ちを構え直し、剣を構え直すと、山賊の中に突進する。
そして邪魔な相手を弾きながら強引に前に進み、
「行け!」
最後の一押しにエレナが道を切り開く。
そこを通り、彼は山賊の頭領が走っていった先に向かう。
「逃がすかよ!」
が、その背中を追って山賊たちが向かってくる。
その間にエレナが立ち塞がり、
「お前らこそ、逃げられると思うなよ?」
抜刀の構えをとり、チロリと舌なめずりをする。
「そこそこの数は捕えた。あとは面倒だから肥料になってもらおうか……」
・・・
(……冷たい)
そう目を覚ましたのは今日で四回目。昨日から眠るか泣くしかできないのだ。
冷たく濡れた空気が立ち込めている洞窟。村からどのくらい離れてしまったのだろうか。
「……お母さん……」
少女の零したか細い声は、無情な闇に呑まれて霧散する。
まるで無駄だと嘲笑うように。
「ううぅ……ひっく……」
その孤独感に耐えきれなくなり、少女は再び涙を零し始める。目はとっくに真っ赤に腫れ、服にも涙を拭いた痕でいっぱいだった。
腕は縛れていて痛い。
時たま風が入ってきて、まるで何かの鳴き声のように聞こえてビクッと震えあがってしまう。
コワイ。
自分はこれからどうなってしまうのだろうか。
家にはもう帰ることができないのだろうか。
「ぅぅ……」
自分をさらった男たちは言った。
お前は売られるんだ、と。
そして「良かったな」と嫌な顔で笑ったのだ。
その時少女は初めて、人の笑顔を恐いと思ったのだ。あんな笑顔は今まで見たことがない。揶揄われる若でもなく、面白くて笑うわけでもない。そんな人の歪んだ心から湧き上がる笑みを、昨日と今日で少女は初めて体感したのだ。
だがそれを少女自身、言葉として理解することはできなかった。ただ純粋に「あの笑った顔は嫌い」と心に深く刻み込まれただけだ。
「帰りたいよぉ……帰りたいよお……」
そう懇願するも、帰ってくるのは冷たい沈黙のみ。声が飲まれるたびに、その闇が精神を冷たく犯していくようで、どうしようもない寂しさに襲われる。
が、そこで少女はふと気が付いた。
「……」
昨日は奥から話し声が聞こえてきていた。しかし今日は何の音もしない。
私が泣いたらそれを嘲笑うために向かってきた足音が聞こえない。
「……誰も……いないの?」
その言葉も、闇は飲み込む。が、それは同時に彼女の中に微かな希望を抱かせた。
山賊たちは気が抜いていたのだろう。彼女は足までは縛っておらず、少女はそのまま恐る恐る立ち上がり、ゆっくりと前に踏み出す。
ひたっ、と小さく音が鳴るが、誰も来ない。
そのままゆっくりと足を進ませ、いつも彼らがたむろしている部屋にたどり着く。そこには外からの光がぼんやりと差し込んでいて、青白い月光で浮かび上がるように部屋全体が照らされている。
通路の壁に貼りつきいて、息を殺して覗く。
「……」
誰もいない。
その瞬間、少女は一拍の後、意を決してそこから飛び出す。
やはりここには誰もいない。皆どこかに行ってしまったようだ。今しか逃げるチャンスはない。
足を止めればそこから動けなくなる。
そんな予感に怯えるように少女は必死に部屋を駆ける。
不安定な足場は素足に容赦なく、腕も使えない分何度も縺れてバランスを崩しそうになる。しかしその度に踏ん張って足を踏み出し、前に進む。
出口まであと少し。
もう少し。
「ぁ……」
そんな細やかな希望の声が漏れた瞬間だった。
ドン、と。
「きゃっ!」
「あ?」
出口まであと一歩という所で、入ってきた男と衝突して後ろに尻餅をついてしまう。
見上げるとそれは山賊の中でも『おかしら』と呼ばれてた男で、男は少女の姿を見ると、にやりとあの『嫌な笑み』を浮かべると、
「ちょうどいい」
「ッ―――――――!!」
そう伸ばしてきて手に、体が硬直する。
逃げなきゃ。
逃げなくちゃ……
その手は嫌いだ。
あの手は、あの顔は、……
「いやっ!」
そう叫んで少女はきびすを返して走り出す。その背中をお頭は「待てクソガキ!」と追いかけてくる。しかし少女が向かう先はさっきまでいた洞窟の奥。そのことを彼は知っているのだろう。まるで獲物を追いつめる蛇のようにゆっくりと這うように追いかけてくる。
それでも少女は後ろに走るしかなかった。
逃げないと。
離れないと。
あの人から遠くに行かないと。
しかし無慈悲にも終わりは訪れ、硬い壁が希望を完全に断ち切った。
「あ……」
そう零したのとほぼ同時。背後から迫ってきたお頭に口を押えられ、首元にナイフを突きつけられる。
「―――――――――――――!!!」
「へへへ、おとなしくしてろよ?」
彼はそのまま少女を連れて外に出る。するとそこには一人の青年がいて、二人を見て顔をしかめる。
青年の様子を見てお頭は満足そうに笑い、
「察しが良くて助かるぜ。さあ、こいつを助けたかったら武器を捨てろ!」
「……」
その言葉に青年は少し迷ってから剣を鞘にしまい、お頭の方に向かって投げる。そして両手をあげて降参の意を示して、
「言う通りにした。これでその少女を離してやってくれ」
が、その結果は捕まっている少女ですら想像できた。
山賊のお頭はその行為に対し、
「はあ? 離すわけねえだろ馬鹿かあ!?」
とゲラゲラと笑いだす。しかしそれに関して青年はあまり表情を崩さず、
「……その剣はかの有名な勇者が使っていた剣だそうだ」
「何?」
その言葉を聞き、お頭の表情が少しだけ変わる。その変化を見た青年は、さらに言葉を続け、
「その勇者の名は……『タダクニ』」
「なん……だと……」
(……あれ?)
山賊の腕の中に居た少女は、二人のやり取りを見て内心首を傾げる。
(タダクニって誰?)
山賊の反応に青年は「フフフ」と笑うと、
「そう。ロト、トンヌラと肩を並べる存在。あのタダクニのものだ」
「ま、まじかよ……」
(だから誰?)
そして青年はニヤリとなぜかすでに勝ったと言いたげな笑みを浮かべて、
「さあ! どうする山賊頭領! その少女を選ぶか、その目の前の剣を選ぶか!」
「くっ!」
(あれ? この人たちもしかしてバカなんじゃ……)
そう少女は不安げに青年の方を見る。と、青年は少女と目が合うと小さく微笑み挙げていた手を少し下ろして自分の首を指さす。
(首? ……あ)
それで気が付く。剣に気をとられているせいで、お頭の拘束が弱まり、ナイフが首から外れている。
少女はそこで腹を決め、思い切りしゃがんで腕の中から抜け出す。それに気づいたお頭は「あ! てめえ!」と少女を追おうとするが、
「『轟流突波』」
少女の上に横に滝を流したように大量の水が通り、お頭を後方に吹き飛ばす。その柱は青年の掌から出力されており、次いで彼はさらに魔力を込めてその水の柱を凍らせて、お頭を拘束する。
「な!?」
まるで氷でできた手に掴まれているような形になり、お頭は身動き一つ取れなくなる。
そこで青年は「ふぅ……」と一息を吐くと、少女のところへ歩みより、柱の下を覗き込む。
「大丈夫だった?」
「……」
返事がない。
何か怪我でもさせてしまったのだろうか。確かに無茶な作戦だったし、まだ幼い彼女にはかなり無理をさせてしまったかもしれない。
「おい……だいじょ」
「……頭痛い」
その少し涙ぐんだ声に「へ?」と彼は漏らしてしまう。よく見ると少女は頭を抑えて蹲っている。
「頭ぶつけた……痛い」
「……はぁ」
思わず安堵を含んだため息を吐く。それに少女は不服そうに見てくる。本当に痛かったのだろう。
(不意でぶつけた時は痛いからな……)
なんて自分の経験を思い出し、「ごめんごめん」と謝って手を差し伸べる。
「もう大丈夫だからな」
「うう……」
その手を少女は恐る恐るとり、氷の下から外に出る。
・・・
「チッ」
木の陰に隠れて一部始終を見ていた彼女は舌打ちをする。
何もかもが失敗した。
あのまま山賊が捕まればきっとやつらは私の情報を吐くだろう。
あのクソエロ爺のことはどうでもいい。
「さて、どうするか……」
「どうのしようもないだろう?」
「ッ、誰だ!?」
予期せぬ返答に戸惑い、辺りを見回す。
その問いに答えるまでもないというように、森の闇からエレナは姿を現す。その体は真っ赤に染まっており、月の光をぬらりと反射する。
そして月光は呻いた彼女の姿もさらす。
さて、とエレナは剣先を向けて見据える。
「詰めだ。マリーナ」
「うっ……そんな傷だらけで大丈夫なわけ?」
「安心しろ。全部返り血だ」
それにマリーナはクスリと笑って「すごいわね」と返す。
「で、何が詰めなのかしら? 私は出て行ったあなた方が心配でここまで見に来たのですが?」
「見苦しい」
「見苦しい? 嘘を吐いていると思ってるんですか?」
「……」
無言の肯定。それにマリーナは鼻で笑った後、コホンと咳払いすると、申し訳なさそうに目をそらし、
「……確かに、父は山賊と共謀してお金を稼ごうとしていました。それは否定できませんし、隠していいことでは決してないです……」
でも! とそこで涙を流してエレナの方を向き、
「それで私まで共犯していたなんて、そんなのあんまりじゃないですか! どこにそんな証拠があったというんです!」
「……」
その演劇チックな弁明を聞いて、見て、エレナは剣先を下げて頭を抱えてため息を吐く。そして、
「誰が共犯者だって言った?」
それに彼女の顔は「え……」と固まる。エレナは血振りして剣を納めると、
「確かに、あの様子だと村長は山賊と手を組んでいたようだが、その途中でやつらは裏切った。なぜかというと、より強い金の臭いが漂ってきたからだ」
「……」
「言わなくても分かるよな、マリーナ。あなた、あのジジイの体と遺産で山賊を買ったな?」
「…………………………………………………」
―――――――肌を無数の針で刺されているような緊張。
それに動物も、草木も、風も押し黙り、沈黙が流れる。
そして、
「……何で、私だと思ったの?」
「簡単だ。スープに毒を盛れるのはお前しかいない。それにあの村長と山賊が話しているとき、村長はまるで裏切られたような顔をしていたしな」
「へえ。そんな顔してたんだ。遠くからだったから見えなかったよ。残念」
次の瞬間、彼女は吹っ切れた様にクツクツと笑い出す。それにエレナは黙って見据える。
「アハハハハ……何も聞いてくれないんですね」
「金だろ? 私も似たようなものだしな」
「確かにそうね」
そう彼女は今までの陽だまりのような笑みからは考えられないほど歪んだ、山姥のような笑みを浮かべる。
そう、別にどちらもさして変わらない。
依頼を受けて、金のために命を捕まえる。命を奪う。
それに関してエレナは今更嫌悪感も、正義感も抱かないし、抱けない。
だからこそ、この柄を握る手に込めるのは、純粋な依頼達成のための殺意。顔を蹴ってきた山賊に対してのものとは全くの別物だ。
しかし、「まあでも……」とそこでクスリとエレナは笑う。
「私はお前のことが嫌いだ」
その握る手にほんの少しだけ怒りにも似た嫌悪感が混じった瞬間、彼女は抜刀し、マリーナの胸部辺りに向かって剣を振る。その速度に常人が対応できるはずもなく、彼女は為す術なく吹き飛ばされ、樹の幹に当たって地面に落下する。
「峰打ちだ。よかったな」
ふぅ、と一息ついてエレナは納刀し、マリーナの襟首をつかむとそのまま引きずって村まで戻る。村長と最低限の山賊どもはすでに運んである。
「一件落着、なんてオヤジくさいかな」
そうクスリと笑った。
・・・
「「ふわあぁ……」」
眠気眼を擦るグレドとリック。それもそのはず。今は朝といってもまだ日は昇っておらず、外はまだ夜の帳が降りている。
あまり寝ていないせいか、エレナと北条の頭はむしろ冴えている。これは正午くらいに反動がきそうだな、なんて欠伸をする二人と少し羨ましそうに見て、エレナの方を見る。
「……本当にこのまま出て行くのか?」
グレドの問いに「ああ」と彼女は縦に首を振る。
「あとはこの村が決めることだ」
「確かにそうだが、少し無責任な感じがしないか?」
そうグレドは欠伸をしながら言う。しかしそれに北条は首を横に振り、
「でもここに居ても俺たちにできることはない。むしろ邪魔か、気を遣わせるだけだろうしな」
「……それもそうか」
欠伸で出た涙を拭き、グレドは納得する。
捕えた者たちは全て村の中心の広場に集めて張り紙をしておいた。多少の金品や食料は村長宅からくすねてきたし、山賊のアジトからも少々拝借してきた。これでしばらくは困らない。
助けた少女はそのまま途中で眠ってしまったので起こさないようにもとの家に帰してあげた。その時母親さんも「こんなものしかありませんが」と色々貰った。
「正直どっちが賊か分からないね」
なんてリックは持ち物を確認してニシシと笑う。それにエレナはクスリと笑って、
「勇者という名の盗賊はロト世代からだから問題ない」
「シリーズ重ねるごとに壺とか割るようになったしな」
なんて北条も確認がてら口を挟み、「俺はこれで大丈夫だ」と周りを見る。それに皆も頷き、これで出発の準備が整った。
「よし、逃げるぞ」
「半分冗談になってないから」
ガッツポーズで意気込むエレナに呆れて返し、一行は村の入口まで来る。
と、
「……ん?」
誰かがそこに立っていた。
それはあの助けた少女で、彼女は待ち惚けを喰らったように地面を見ていたが、こちらの姿を見ると「あ!」と駆けてくる。そして四人の前に立つと「えっとぉ……」と少しモジモジとしてから、
「あ……ありがとう! 助けてくれて!」
と大きな声で言ってからぺこりと頭を下げる。そして上げたときの顔は真っ赤になっていた。
それを受けたエレナはクスリと笑い、
「クロ君! 何か一言!」
「はい!?」
なんて無茶ブリをしてくる。残りの二人もパチパチと拍手をして煽ってくる。
マジかよ……、なんて思って少女の方を見ると、彼女はキラキラと無茶苦茶期待した目を向けてきている。
引くに引けない状況。なんだこれ? カラオケで上司に無理矢理歌うように言われるみたいな、もしくは飲み会の席での「俺の酒が飲めねぇのか!?」的な。
なぜ異世界に来てまでこんな羽目に……いや、そもそも向こうでは高校生だったのだが。
ん~、と困った状況に頭を掻いてから、
「あー……その……うん」
その少女の頭にポンと手をのせて、
「前向きに生きろよ」
それに少女は一瞬呆けてから、
「うん!」
元気よく頷いた。北条もその日輪のような笑顔を見て安心して手を離す。
「じゃあ今度会ったら結婚してね!」
「え?」
そのいきなりの告白に北条は抜けた顔をして一瞬硬直してしまう。それを見てた三人は「「「ほほぉ~」」」と何やら言いたげな顔をして見てくる。
北条はため息を吐くと、
「また会って、お前が忘れてなかったらな」
リ:「あ、サイテーだ」
北:「え……」
グ:「今のはアウトだな」
北:「ちょ……」
エ:「……クズ」
北:(グサグサグサァ!!)
仲間散々言葉の槍を突き刺され、心にある意味『無限○剣製』ができてしまいそうな勢いの北条黒山。しかし、それに反して少女はにこりと笑い、
「うん! 待ってるから!」
「「「けなげやなぁ~(涙)」」」
北:「お、おい……」
リ:「あ、『体は剣にされてしまった』さん」
北:「おい! その『もうお嫁に行けない!』みたいな名前やめろ!」
グ:「待て二人とも! どっちも理解できねえよ!」
エ:「よし、行くぞ」
男三人:「切り替え早いっすね!!」
なんて、本当に先に行ってしまうエレナ。気が付くと東の空が薄らと明るくなっている。そろそろ村人たちも起きることだろう。
それにグレドとリックもついていき、北条も向かう。が、そこでクイッと袖を引っ張られて振り返る。少女は自分の服をキュッと握って堪えるように引き結んでいた口をゆっくりと開き、
「『エムバ』! それが私の名前だから!」
赤い顔で真っ直ぐに彼の目を見る。それだけ伝えたかったらしく、彼女はそっと手を離す。それに少し虚を突かれた北条はもう一度その頭をそっと撫でで、
「俺は『クロ』だ」
「クロ……」
「ああ。じゃあなエムバ」
手を離した瞬間、彼女の顔が少し寂しそうに崩れたが、北条はきびすを返して足を進める。いつまでも構っていると足が動かなくなってしまう。
「ばいばーい! ホントに……ホントにありがとう!!」
その声に振り返らず片手だけ上げて彼は皆に合流する。
「よし。急ぐぞ」
北条が合流したしたところでエムバは少し焦ったようにそう言う。それに北条が「どうした?」と訊く。その疑問を抱いたのは彼だけでなく、男三人全員が頭に「?」を浮かべていた。
彼女は少し迷うような、言いにくそうな表情をしてから、微かに血の気の引いた顔をして、
「……山賊の死体処理、したくないだろう?」
「「「はい!?」」」
「いやだって殺したままだし、埋葬とか焼くとかもしてないからきっと……」
そこで言葉を区切ったのは闇が晴れ始めたのが分かったからだ。処理をしていない死体の山。確か20日か30日で腐って骨になるとかならないとか、しかしその前に意味の分からないくらいの悪臭を撒き散らす。その臭いは着いたら中々取れないと聞くし、何よりそんなものを一般人が触りたいと思うはずもなく……いや、割と今更な感じはするのだけれども、
「逃げるぞ!」
「おい待てよエレナ! ズルいぞ!」
「いざとなったら僕らのグレドを置いていこう!」
「マジでふざけんなよ! 誰が好き好んでそんな仕事を!」
「ドンマイグレド」
「クロ、お前もか! ていうか全部カタカナで何がなにか……ってお前らはええな! 早々に見捨てる算段してんじゃねえよ! 俺たち仲間だろ!?」
「「「ジャイアン乙」」」
「ふざけんなああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっ!!!」
こうして一行はとある村をあとにした。
・・・
「……あぁ」
尻に当たる湿った苔の感触に背もたれにしている硬くも柔らかい木の感触で、北条黒山は現実を認識する。
しかし頭は未だに冴えず、靄がかかったような不快感が充満している。
「いい夢だった?」
そんな彼の前に青年はいきなり現れ、にこりと微笑む。以前北条を助けてくれた『森の精』と名乗った青年だ。
そう、ここは『蠱惑の森』だ。あれから北条は蠱惑の森の青年を訪ね、休息の場として少し居させてもらっているのだ。
「……」
その言葉を聞きつつ返答せず、彼は記憶を辿る。
「……そんな約束……してたんだな……」
そうぽつりと零し、それに森の精は「何?」と訊いてくるが「なんでもない」と返して彼は立ち上がる。
大分蠱毒も落ち着いた。まだあまり激しいことはできなさそうだが、動けないわけではない。
腰の剣を抜いて顔を見てみると、左肩の辺りに黒い痣が這い上がってきているのが見えた。すでに左半身に這い回っているのだろうが、これならまだ目立たないだろう。だが顔はなるべく隠していきたいな。魔王ともギルドのやつらとも接触は避けたい。
手早く装備を整えると、最後に川で顔を洗って気持ちを固める。
「もう行くのかい? もう少しゆっくりしていっても」
「女みたいなこと言うなよ。俺にそっちの気はないからな」
「すぐにそういう発想に行く辺り実は君がゲフンゲフン!」
「おい」
冗談だって、と彼は笑ってくるが、北条からすれば紛らわしい。話し方がそもそも紛らわしいのだ。
北条はため息を吐くと、もう一度装備を確かめて、
「よし。じゃあな。世話になった」
「いえいえ」
そうきびすを返す北条に森の精は微笑んで手を振り、
「辛くなったらいくらでも来ればいいよ。森は入るものを拒まないからね……(出るものには種を付けることもあるけど)」
「おい、最後のやばいだろ」
まったく、最後まで閉まらない。個人的にはきれいに去りたいのに。
………まあでも、これはこれで悪くないと思える。
「……ありがとうな」
他にも言いたいことはあったが、その一言で終える。それに森の精は「行ってらっしゃい」と返す。
それだけだ。そこで終わり。
森を出て行く北条の背中が見えなくなるまで、森の精はその場から動かなかった。
そして北条は、この森を抜ける感覚を徐々に得つつ、決意を固める。
「目的地は……」
『機械の魔王』の根城。
(魔都『エスポワールシティ』)
その踏み出す一歩一歩に静かな怒りを込めて、北条は機械の魔王が住まう場所に向かって歩き出した。
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