過去 二人の出会い―4
北条たちは手分けして村人たちに聞き込みをして回ることにした。
もしかしたら誰かがそれらしい場所を知っているかもしれない。
……しかし、時刻が昼を過ぎて、夜になっても成果は一向に上がらなかった。
得たものと言えば……
「……とりあえず、これが村長のベッドのしたのあった宝具の数々」
「じゃねえよ!? こ、これ全部ア○○ト系のグッズだから! あと宝具っていうな!」
「とりあえずモザイク程度に凍らせる?」
部屋に戻ってきた三人。
腕を組んで苦笑いを浮かべるグレドにツッコミを入れる北条。そして「良い趣味してますなぁ~(棒)」とおもむろに一つ手に取るリック。
「そうして」
「了解」
もう色々巻き起こって疲労困憊な北条の声で、リックは魔法を発動する。
「『凍結』」
ガキン、と床にあったそれらは一瞬で凍り付く。
それと同時に部屋が少し肌寒くなるが、致し方ないだろう。ちなみになぜこんなものがあるのかというと、何か手掛かりはないかと村長の部屋でボタン連打時にゴロゴロと出てきたのだ。牛の糞よりたちが悪い。エクスカリバーでも『こっちの方』は求めてない。
「ていうか、村長イジリ過ぎじゃない? そろそろ可哀想になってくんだけど」
「安心しろ北条。もう手遅れだ」
グレドはニカッと笑って親指を立ててくる。
さいですか……、と北条は苦笑いをしてその話を終えて、切り替える。
「さて、本当にどうする?」
「ん? この氷の塊?」
「……行方不明の件だよ」
そう氷の塊を指すリックを北条は呆れ半分、半眼でじとりと睨む。それに彼は「冗談だって」と笑って誤魔化す。
「これは村長が死んでた時に墓に埋めてあげるんだよ☆」
((えげつねえぇ……))
にこりと笑うリックの黒さを改めて確認したところで、話を本当に戻す。
「洞窟もなし。地下に穴を掘ったような場所も心当たりなし」
「僕も魔法で探してみたけど、何も見つからなかったよ」
「リックもダメか……」
これで完全に手詰まりだ。
村の人たちに訊いてもほとんどの人は洞窟は見たことがないと言うし、見たことがある人も随分と昔だという。どうやら昔山の方で地滑りがあったらしく、その時に埋まってしまったらしい。
耳の遠いおじいちゃんなんて長々と昔話を繰り返してくるし、「さっき聞いたよ」と言ってもまた「そうそう、それでな」と続けてくる。ほんの少しだけ「要するに」と言って何も要せてない、高校時代の数学の先生を思い出した。
「どうする? 早くしないと二人とも……」
そう北条は口にしたところで、ノックなしに入口のドアが勢いよく開け放たれた。
そこには、
「飯だ!」
エプロン姿のエレナの姿があった。手にはいつもの剣ではなく包丁が。フリル付きのエプロンの胸部にはハートマークが付いている。
それを見た瞬間、
「「「ブッ!!」」」
三人は一斉に吹き出してしまった。
「「「……いただきます」」」
「あの……どうなされたんです?」
マリーナはそう男三人を見て心配そうに声をかけてくれる。エレナはコホンと小さく咳をするだけだ。
「いえ、ちょっと不可抗力で……」
そう右頬を真っ赤に腫らした北条が言うと、マリーナは一拍の後「あぁ……」と納得してくれる。そしてクスリと笑ってエレナの方を向き、
「エレナさんが料理を手伝ってくれるというので、エプロンを貸したんです」
「え、あれマリーナさんのだったんですか?」
そう問うた北条に彼女は「はい」と頷く。彼女の趣味も大概だろう。
その会話を聞いてエレナは「ふん」とそっぽを向く。それにリックはニシシと嫌味に笑って、
「エレナは最近女らしさを磨こうと必死だか」
そこまで言って、テーブルの彼の前のところに突如フォークが刺さった。それでリックは一気に青ざめエレナの方を見る。が、彼女は何もなかったかのように、
「別に、お世話になってるから何か手伝おうと思っただけだ。お前らも何か手伝ったらどうだ?」
スプーンでスープを飲んでいて、
「あとリック。夜中は山賊が襲ってくるかもしれないから気を付けろ……」
「ひっ!」
刹那に感じた冷たい、狼のような眼差しにリックは思わず背筋を伸ばす。後の二人も「こえぇ……」と思いながら冷めないうちに料理を食べることにする。
今日の料理は貰い物の鶏肉で作ったスープだ。鳥の出汁が出ているので軽い塩胡椒でさっぱりいけてうまい。
「あ、そう言えば」
と、手を止めて北条はマリーナの方を見る。
「聞き込みしてるときに聞いたんですけど、『アマド様』って何ですか?」
アマド様、というのは話を繰り返す老人から聞いた昔話に登場した神様の話だ。
マリーナは「アマド様ですか?」と聞き返したところでスプーンを置くと、
「アマド様はこの村で祭っている神様のことです。ここは地盤が緩いところが多いみたいで、昔から大雨が降るたびに大なり小なり土砂災害や水害があったとか」
まあ私も詳しく知っている訳ではないんですけど、と少し申し訳なさそうに笑う。
「『雨を止める』で『雨止』から『アマド様』となったと聞きます。また『天の土』で『天土』という意味も込められているとか」
「いやいや、詳しいじゃないですか」
北条のその言葉に彼女は「昔話で知っている程度ですよ」と謙遜した微笑みを浮かべる。
その話を聞いていたグレドは北条の方に目を向けると、
「何か引っかかったのか?」
「まあ……ぼんやりとだけど」
そう返事をすると北条は料理を食べながら少し考えた後、
「ほら、神様なら祠とかあるかなと思って。もしかしたらそこに潜伏とかありえないかなぁ~と」
「……マリーナさん。社とか祠とか、この辺りには何のか?」
エレナは自分の分を食べきり、手を合わせると彼女に訊く。それにマリーナは少し考え込むように沈黙した後、
「………確かにあるにはあるそうです」
と、しかし残念そうに顔を俯かせ、
「しかしその場所は村でも代々村長の位のものしか知らないのです。神聖な場所で、立ち入りを許されているのは長のみ。しかもそれは月に一回の『御蔵返り』……奉納の日だけなんです。自分たちの食料庫を空にする、『御蔵をひっくり返すくらいに奉納する日』からそう呼ばれるようななったそうです」
あ、今は違いますけどね、と彼女は訂正する。
それに皆なるほどといった顔をする。それで村人たちは知らなかったのだ。そして話からするに、マリーナさんも知らないのだろう。
しかし、
「そこの可能性が高いな」
グレドも食べ終わり、そう呟く。
「僕の魔法にかからなかったのはもっと別の場所にあるせいか、何かしらの結界が張られているか」
リックもスプーンをワンドのように回し、考える。全員が食べ終わったのを見て、マリーナは「食器をお下げします」と立ち上がる。それに男三人は自分で下げますと気を遣い、各々の食器を流し台に持っていこうとする。
が、そこで北条の手をエレナが掴んだ。そして、
「……ちょっと来い」
「え……」
その鬼気迫る表情に、悪寒を覚えたのは仕方ないことだろう。理由は分からないが瞬時に殺されると直感した。
が、逆らえるはずもなく、彼は食器を机に置いて廊下に出た。
今日は雲が濃いのか月明かりもない。真っ暗の廊下を彼女は手を引きながらどこかに向かう。
それは暗いからだろうか。北条の感覚は視覚にとらわれず、鋭敏になる。
「……エレナ?」
「……」
彼女の呼吸が少し、荒い。乱れていると言った方がいいだろうか。
掴んでいる手もほんのり熱い。一体どうしたのいうのだろうか。
人気のない廊下に、足音と微かな息音が響く。
「………エレ、ナ?」
「……」
そう再び呼んだところで彼女は足を止め、きびすを返す。
そして、
「吐け」
「ぇ……」
そう疑問の声を出す間もなく、突如北条の腹部に鉄拳が突き刺さる。
「あがっ――――!!」
鳩尾、というより胃に直接入ったような感覚で、反り返るように脈打った胃袋は痙攣してその内容物を逆流させる。
苦酸っぱく、ほんのり鶏臭い液を吐き出し、北条はその場に膝から崩れる。そして苦悶の表情で彼女を見上げ、問う。
「なん……で……」
しかし闇になれたその視界には、薄らと半眼で朦朧としているエレナの顔が見えた。
彼女は壁に凭れ、唇と噛み、
「……睡眠薬……だ」
「!?」
その言葉への驚きで、北条の意識は覚醒するように冴える。
睡眠薬。
エレナはそのままふら付いた足でダイニングに向かって歩き出す。
「おそらく、入れたのは山賊だ。メリットがあるのはそいつらぐらいしかないからな」
「ちょ、ちょっと待ってエレナ! なら逃げるべきだろ!」
そう声をかける北条に彼女は首を振り、
「私たちが囮になる。お前は隙を突いてやつらを一網打尽にしろ」
「はあ!?」
「眠らせたということは、頃合いを見計らって必ず来るはずだ。そこを一気に叩け」
「ま、まじで言ってる?」
「……やらなきゃ殺す」
「了解っす!」
睡眠薬が効き始めてるはずなのに、なぜそこまで凄みを出せるのか。いや、睡魔を我慢している分余計なのだろうか。思わず背筋を伸ばして敬礼してしまった。
それに彼女は「よろしい」と一言いい、
「お前はその辺に隠れてろ。あと、そのゲロ片づけとけよ」
と、そのままダイニングへと戻っていった。
吐瀉物は俺のせいじゃないのに、と不満を抱えながらもそうしないと助からなかったな、と納得し渋々近場にあったぞうきんとバケツで片づけた。
そして隠れる前にチラリとダイニングを覗いてみる。そこには机に突っ伏す形で倒れているリックとグレドとエレナに、流し台で倒れているマリーナの姿があった。静寂した空間に倒れている四人、と中々衝撃的な絵面だったが、ぐっと我慢して北条はその場をあとにする。
風呂の湯を抜き、その中に隠れることにした。
湯を抜いてから「勿体ないから入ってから抜けばよかった」と後悔するが、優先順位がある。
そのまま隠れていると、
バタンとドアが開く音がした。
そして複数の足音が聞こえる。それは普通にどかどかと足音を立てて、隠す様子がない。
「どっちだ?」
「そこをまっすぐ行ったところだったと思います」
どちらも男の声だ。
足音からして人数は……四、五人くらいだろう。
彼らはそのままダイニングに向かい、少しすると来た道を戻っていく。
「重い……」
「こっちのエルフは軽くて助かったぜ」
「そのでか男は暴れられると厄介そうだ。後できつく縛っとけよ」
そう話しながら彼らは手早く家を出て行った。玄関の方まで足音が行ったところで北条は風呂場からそっと出て、一団を追う。
玄関を出ると外は雨が降っていた。午後くらいから曇ってきていたので、振るかもしれないとは思っていたが、まさかこのタイミングでとは、つくづくツイてない。
しかしそのおかげで土が柔らかくなっているようで、地面には複数の足跡が残っていた。
それは村長の家の後ろに続いているようだ。
(こんな近くからやってきていたのか……)
追っていくと、家から少し離れたところに井戸があった。足跡はそこに続いている。
「……」
そっと中を覗いてみると、中は真っ暗で、どこまで続いているのか全く分からない。高低差の判断ができないことに薄い寒気を感じる。が、そこで立ち止まっている訳にもいかない。
彼は急いで村長の家から縄を持ってくると、近くにあった木に巻き付け、その中へ降りる。
と、
「……あれ?」
思ったよりも浅かった。上から二メートルくらいで井戸は終わっている。
なんだか肩透かしを食らったような気持ちになるが、ふと横を見ると小さな空洞があることに気が付いた。四つん這いか、しゃがめば通れるくらいの穴だ。
まさか、という思いが湧き上がってくる。
そして北条は意を決し、その穴に入っていった……




