チート
この世界における『転生者』とは、元の世界で死んでこの世界にやってきた者のことを示す。
死に方は病気でも事故でもなんでも関係ない。
おそらく死人からランダムで選ばれるのだろう。今のところ規則性が見られるなんて情報は聞かない。
「ふーん。なら俺は運がいいほうだったんだな」
「そういうことになるな」
青年は『瀬戸勝良』という名前だそうだ。
大分落ち着いたようだ。今は三人で山の中を歩いている。
ちなみにこの世界での『転生者』の立ち位置は国や地域によって疎らだ。
あるところでは新たな知識を取り入れようと優遇したり、
またあるところでは異端者として迫害したり、
しかしほとんどのところが普通に接してくれる。
「じゃあ俺がここに来たことに意味はないってことか?」
「そういうことだ」
「北条も?」
「……ああ」
一瞬、少し表情を曇らせる。が、後ろから聞こえてくる喘ぎ声を聞いてすぐにため息を吐き、振り返る。
「エムバ、大丈夫か?」
「しぬ~」
「なら死んだら教えてくれ」
「人でなし!」
待って~、ときびすを返したところで声が飛んできたので、少し足を止めることにする。
本当にどうしてこいつとクエストに向かうことになったんだろう、と今更ながら後悔する。
そんなこんなで夜になり、結局夜の山で野宿することになった。
火を囲んで非常食のカンパンを食べる。
「まずいし硬い」
「ならペースあげろよな」
両手でカンパンをもってモクモクと食べる彼女に呆れを漏らし、北条は地面に横になる。
彼女は少し涙目になりながらカンパンを食べる。それに瀬戸が笑いかける。
「大丈夫? 北条は冷たいね」
「……はい」
彼女はそれだけ言うとカンパンをさっさと食べてしまい、ふてくされたようで横になってしまう。
「あれ? 俺嫌われてる?」
ただ単に彼女が人見知りなだけかもしれないが、少し傷つく瀬戸。
こうして簡素な夕食を終え、全員が眠りにつこうとしたとき、
「……」
チッと北条は舌打ちし、起き上がる。
それに気づいたエムバも起きる。寝る寸前だったらしく、目を擦ってしばしばしている。しかし北条の面倒くさそうな表情を見て状況を察する。
「……魔物?」
「囲まれてる」
「彼を起こす?」
「そうしてくれ」
北条は森の中を睨みつけ、置いてあった広刃剣を取り、ゆっくりとした動作で柄を握る。
「ん……なに?」
瀬戸がのんきに目を覚ました瞬間、北条は抜刀し、森の中に駆け出す。
同時に森の闇の中から彼と同じくらいの大きさのサルの魔物『アッフェ』の群れが姿を現す。
数は全部で六匹。
北条と対面しているのは三匹。その反対からエムバらに襲い掛かるのが三匹。
北条は正面の一体の突き出した拳をかわすと、懐に潜り込み右脇から剣を通して、横に一刀両断する。そして左から来ているもう一匹に向かって左手を翳し、
「『白氷の槍』」
そう呟いた瞬間、手のひらから氷の槍が三本飛び出し、標的を串刺しにする。そしてそれをもって彼は大きく回転し、残りの一匹にぶつけ、ひるんだところを死体ごと切り伏せる。
一瞬。
瞬殺だった。
自分の分を片づけ、彼は振り返りエムバらの方を見る。
すると、
「おぅらッ!」
ボゴンッ、という音の後にミシミシミシと音を立てて木が倒れる。吹っ飛んだアッフェが木に当たり、折れたのだ。
その原因は瀬戸が突き出した拳だ。
彼は左右から同時に襲い掛かってくる二匹を、飛び上がり、右は拳で叩き伏せ、左はその回転力を使って踵で蹴り上げる。
一匹は地面に顔面から叩きつけられ、もう一匹は後ろに反り返るように倒れる。
エムバはその戦闘を唖然として見ていた。
「おお! 映画みたいにできた!」
「さすが転生者」
北条は安堵の息を吐き、鞘を拾って剣を戻す。
戦闘が終わり、瀬戸は自分の手を見て笑み零す。
「これが俺の……力」
わあぁ、と子供のように喜ぶ瀬戸。その姿を北条は懐かしむように、
そして悔やむように見ていた。
「あなた、『チート』なの?」
「『チート』?」
「そのままの意味だ」
『チート』。それは転生者たちによって広まった俗語の一つだといわれている。
意味はそのまま。規格外の強さを持った者のことを指す。
転生者には大きく分けて二つの種類がある。
『ノーマル』と『チート』だ。
考え方は『チート』でなければ『ノーマル』という大雑把な感じだ。これは時代によって変わる。前までは『チート』と呼ばれていたのに、より強者が現れて層が上にずれるということはよくある話だ。
「おそらくお前の場合は筋力のパラメータがカンストしてるんだろう」
マジか! と彼は目を輝かせる。そして体を低く沈めると、バネを開放して天高く飛び上がる。その高さは周りの木々なんて軽く越してしまっている。ざっと見て五十メートルといったところか。
「ほんとだ! すっげえ!」
『筋力カンスト』は『チート』の中でも一般的な能力だ。
着地時にしゃがんで衝撃を殺し、静かに地面に立つ。
それを見た後に、エムバは北条の方を見て、
「あなたも『チート』なの?」
「ああ。俺に場合は水属性の全魔法が使用可能だ」
「はッ!? ……使用可能って、どのくらいなの?」
それにエムバが食いつく。彼は「ん~」と腕を組んで唸ると、
「その魔法を……というか水を、だな。意識するだけで使えるんだ。魔力を使うだけで自由自在に。しいて例えるなら……息を吹きかけるようにって感じかな」「ごめんちょっと無理……生理的に」
「はあッ!?」
「ちなみに私はこっちの世界側の人間よ」
あっそ、と北条は地面に座り、
「今日は俺が警戒するからお前らは寝とけ」
肩に剣をかけると森の方を見る。
「おう! サンキューな!」
「私の出番が……」
二人は横になり、眠りについた。