床ドン!
繰り出される打撃と打撃。
剣に比べると音はないが、しかしその威力は鋼の棒をもも叩き折るほどの威力である。
死体の群れはとうに塵と化し、戦場の荒野には二人、否、二匹の怪物たちが暴れていた。
彼女らの攻撃に特殊な技術などない。武術、格闘術などは存在しない。ただ純粋に威力だけの一撃だけが繰り出され合っていた。
「しぶといねッ!!」
助走をつけたユキの蹴りは、ガードしていたアンの体を軽々と吹き飛ばす。
が、吹き飛ばれた彼女は踏ん張って体制を立て直すと、
「さっさと死ねよ!」
今度は彼女の方が助走し、振りかぶった拳をユキのガードしていた腕に叩きつける。
「うわっ!」
ユキの方は片手なので威力を殺しきれず、ガードが崩れる。
その隙を狙ってアンは追撃で足を突き出す。
繰り出した一撃はユキの腹部に深々とめり込む。
が、
「ッ!」
「とった!」
ユキはその足を掴むと、思い切り振り回し、そして斜め上から強引に地面に叩きつける。
「がっ!」
地面にクレーターが形成され、アンの口の中に血の味が広がる。かなりのダメージが入った。
「うっ……!」
だがそれは蹴りをもろに受けたユキも同じだった。思わず足を離してよろめいてしまう。口の中にある血を吐き捨てると、ユキは少し疲れ気味に笑い出す。
「はは……どうしてその獲物を使わないの?」
アンの腰にはいつも使っている短剣がある。それはこの戦いの中で一度も抜かれていない。
アンもユキと同じように血を吐き捨て、口を拭いながら立ち上がる。
そしてユキの腰を見て、
「丸腰なんてナメたやつに、武器を抜いてやらない。それだけだ」
そう強気なことを言っているが、当人は少しフラついている。お互い殺人的な一撃を常時繰り出し合い、常時受け合っているのだ。体の原型が残っているのは、彼女らがそれだけ突飛な頑丈さを持っているからだ。
アンの応えにユキは「なるほど……」また笑い、
「なら武器、使おうかな」
そう言ってユキは後ろにバックステップで距離をとり、詠唱を始める。
それは前、『蠱毒の種』を回収するときに使ったものだ。
「『深淵 混沌 淀んだ原初の海に切っ先を浸す』」
そこで彼女の手の中に魔力でできた一本の『矛』が現れる。
そしてユキは足元にあった死体の剣を足で弾き上げると、
「さあて。次はこれで行くよ!」
その柄を加えると、矛を構え、突進してくる。
それにアンは宣言通り短剣を抜き、地面を蹴って迎え撃つ。
ユキが矛を突き出し、アンはそれを剣で弾く。
打撃音から鋼の音に変わる。
ガキンガキンガキンッ!!!
乱暴な一撃一撃は城内とは大違い。刃は涙目である。
が、そんなことへの気遣いなどしている二人ではないことはすでに皆さん分かっていると思う。
相手を傷つける。
倒す。
殺すことを目的として刃を振り回す。
ユキは矛を振ってアンはそれを二本で受け止める。
そこでユキは顔を振り、咥えていた剣が彼女の顔に向かう。
アンは体を反らせて回避し、二撃目が来る前にユキを蹴って距離をとろうとする。が、それをさせまいとユキも蹴りを放ち、互いの足が衝突する。
「くっ!」
「んんっん!!(もらった!)」
さっき振った顔を戻し、返ってきた剣はアンの後頭部に飛来しようとする。
アンは彼女の顔の動きを見て剣をギリギリでかわすが、髪が少し持っていかれる。
「最悪だ!」
アンは彼女の矛を離すと、その軌跡の下にしゃがみ込み、足を払う。
「んっ!?」
体制を崩して地面に倒れるユキ。そこにアンはもう一度、今度は顔面に向って蹴りを放つ。
が、ユキはその足に向って咥えていた剣を向け、アンは剣に足が当たる寸でのところで止める。
そして一拍の後、二人は互いに後ろに跳び、距離を開ける。
しん、と場が静まる。
ユキは咥えていた剣を上に投げると、
「中々やるね。あむ」
「一回一回そうする気なの?」
「ん、まあこうするしかな、あむ。ん、ないしね、……あむ」
しゃべる度に空中で回転する剣を見て、「曲芸師になれば?」とため息を吐くアン。
「まったく。カエデの話を聞いて変人ばっかだとは思ってたけど……この流れで行くと魔王クロイツはどんな奴なんだろうね」
「ん、いたって普通の人だよ。あむ」
「お前らのフツーって、余計に狂ってそうだな」
まあ変人でも私には関係ないけど、とアンは短剣を構える。が、ユキはそれに対し構えない。そしてなぜか突然ニヤリと口の端を歪め、剣を吐き捨てる。
「ねえ。この矛の名前って『天の沼矛』って言うんだよね」
「アマノヌボコ? それで?」
日本神話を知らないアンは、その単語を聞いても首を傾げる。
ユキはアンが知らないことを知ると、さらに可笑しそうに笑みを深め、
「これって本来私の能力じゃないんだよね。ハルと仲間になってから実験で身に着けたの。んで、蠱毒を止めるために使うものなんだけど、ちょっと今面白いことを思いついちゃったんだよ」
そう言うと彼女は矛をくるりと持ち替えて、刃を自分の方に向ける。
そして思い切り突き刺した。
「はッ!?」
その行為にアンは目を見開いたが、ユキの笑みは消えない。
「『混ぜろ 混ぜろ 掻き混ぜろ』」
そしてその口からは血とともに呪いのような詠唱が零れる。
「『面は乱れ 濁水は刃に絡み その潮を分離する』! 『天の沼矛』ッ!」
そう叫んでユキは刃を引き抜く。するとその刃には彼女の血液が付着しており、ユキはそれを隣の地面にならす。するとその染みから、まるで湧き水が溢れてくるように真っ赤な固まりが続々とあふれ出てくる。
それが人間の内臓だと理解すると、アンは固まってしまった。
そして湧いてくるのは内臓だけではない。次に白い、セメントのようなモノが溢れてきて、それが徐々に骨を形成し、足先から順に組み上がっていく。そしてそれを筋肉や血管、続いて内臓が這い上がっていき、あるべき場所に収まる。
最後に肌色の液体が全身を覆って固まる。皮膚である。
そして、ソレは完成となる。
「あ、あれ?」
そう疑問の声をユキは漏らす。その声はかなりの疲労感を帯びている。
出来上がったそれには頭がない。が、首までの身長はユキと全く同じで、体つきも彼女にそっくりに見える。直立しているだけならば、リアルな裸のマネキンか、大人のおもちゃ、いや、血色の良い死体にしか見えないだろう。
直立しているだけなら……
次の瞬間、突然マネキンは地を蹴り、アンに飛びかかった。
アンは思わず剣を振り、その腕を切断する。が、マネキンは止まらない。そのままお構いなしに足を振るって彼女を蹴り飛ばす。
いきなりのことで驚いたアンは、後先を考えずに剣を振るっていた。そのせいで次に繰り出された蹴りに反応できず、思い切り喰らってしまう。
「おぐっ!!」
そのままパチンコのように後ろに吹っ飛ぶ。
それを見てユキは「おお~!」と呑気な歓声を上げながら、今切りとばされた腕を拾う。
「もしかしてコレ……」
行けるかな? と失った方のところに持っていき、回復の魔法を使ってみる。すると、それに反応してまるで腕自体が生きているように血管や神経を伸ばし、
「シンクロ率、二百パーセンッットゥ!!」
彼女の負傷部と結合する。
「おおっ!!」
今度の歓声はさっきより大きい。
ユキは治った(?)腕を握ったり開いたり、振ったりして確かめる。まだ動きは硬いが、それでも完全に繋がっている。
「何これ気持ち悪!」
その声は嬉しい驚きだと言っている。
この魔法は今まで『混ざったもの』から『ある一つの成分』を取り出すというもので用いられていたらしい。らしいというのは、この魔法は研究の資料の中にあったものだからだ。
しかし日本神話では日本という大地を作っている。つまり、全くこれは全てを含む混沌から領土の成分を抽出したからではないのだろうか。
ならば人間を混沌とすればその体を作ることもできるのではないか? と考えてやったのがこれなのだ。
が、
「……ふぅ」
そう息を吐いてその場に腰を下ろす。思った以上に消耗が激しい。それもそうだ。『人間』から『人間』という成分を取り出したのだ。生命力を破片ほどだが取り出したのだ。疲労感というよりは、これは血が足りなくなった時の感覚に近い。妙な寒気が背中を撫でる。
「やばい。死にそう」
「なら、……なんでやったんだよ……」
起き上がったアンは片手で腹を抑えながらも、起き上がってもとの場所まで戻ってきて、そこで腰を下ろす。
ユキは「アハハ」と力なく笑い、
「まあ何事も経験だよ君。やってみなくちゃ分からないってね」
それにアンも鼻で笑い返し、
「結果それなら救えないな」
そしてともに「「ハハハハ」」と笑うと、バタンキュゥと後ろに倒れた。
「これは……ドローかな?」
「どうする? 私はまだできるんだが……少し休んだら」
「ならその時はこのチキンに任せるよ」
「チキン?」
「衰退したやつの第一話」
「……ああなるほど。分かりづらい」
「あれに略称ってあったっけ?」
「確か『人退』だった気がする」
「ああ……なるほど」
「……」
「……」
「疲れた。後は中のやつらが何とかするだろ。全身の骨がバキバキ。内臓もぐちゃぐちゃだ。私は再起不能だな」
「同じくでーす」
空が青い。
こうして二人の戦いは花火のように燃え上がり、結局両方燃え尽きたという形で決着が着いたのであった。
・・・
城内。
カツカツカツと廊下を歩く音。
そしてミセバヤは、突き当りの大きな扉を開ける。
ガチャッ、ギギイィィ――――――
目に入ってきたのは埃……ではなく、光景だった。
そこはどうやら王の間のようだ。が、廃れたそこは、窓が割れ、部屋中穴だらけになってしまっている。赤い絨毯も色あせ、見る影もないくらいにボロボロである。
しかし、それが長い年月を感じさせ、崩れた穴からの光の入り具合から妙な神秘性を醸し出している。
もっとも、それでも誇り臭さは気になったが。
「……」
ミセバヤは中に入り、前に立っている男を見る。
「お前が来るとはな」
ミセバヤと目が合うと、ハルは部屋の中心から赤絨毯の上を歩いてくる。
その一歩が踏み出される度に、威圧感が彼女の心臓を締め上げ、息が苦しくなる。
目の前の男には絶対に勝てない。
そう思ってしまう。
だが、ミセバヤは意を決して言葉を放つ。
「エムバを返してください!」
たったそれだけを言うのにどれだけの体力を使ったことか。
だがそれに男は立ち止まり、
「申し訳ないがそれは無理だ。もう少しで蠱毒は完成する」
「……やっぱりそうなんですね」
「ああ。予定よりはずっと早い。あの男には感謝している」
そうハルは皮肉を含んで笑う。
北条のことだ。
彼の巨大な魔力を喰らったことにより、段階はかなり早く進んでいる。
だがカエデはその現場を見ておらず、そのことを伝えていない。が、蠱毒を知っているには後藤にはなんとなくそれが想像できた。
「さて、話は以上か? まだ交渉材料があるなら出せ。もう少し付き合ってやってもいいぞ?」
と彼が余裕を見せた次の瞬間、
「チュー!!」
彼女の頭に居たはずの鼠がいつの間にかハルの目の前に居て鼻をかむ。
「いっ!! 離れろ!」
彼は一瞬ひるんだが、すぐに鼠を掴むとその辺に放り捨てる。
が、その一瞬で十分だった。
その隙を狙ってミセバヤは飛び出し、ハルの懐に入ると同時に持っていたナイフを突き刺した。
「っ!!」
刃は深々と彼の腹部にめり込んだ。
仕留めた。
そう思ったミセバヤだったが、彼女は気づいていなかった。
恐くて目を閉じているということもあるが、人を傷つける、ましてや殺すなど、彼女は今までしたこともなかったのだから当然と言えば当然である。
手応えはあった。生々しい、人肉を裂くような感覚は手にしっかりと残っている。
だが、それに反して血が一滴も出てこないのだ。
それに気づかないミセバヤは、もう十分だと思いつつもその場から動けずにいた。
全身が硬直し、その体制から変えられない。
と、次の瞬間、
「チュー! チュー!」
鼠がなにか必死に叫んでいる。
それにゆっくり、恐る恐る目を開けてみると、
「残念だったな」
「あ……」
ふわりと目の前からハルの姿が霧散してしまう。
そして前に居ないということから後ろかと振り返ろうとした瞬間、延髄に手刀を打ち込まれる。
妙な浮遊感の後、ミセバヤの意識は一瞬で刈り取られた。
ばたりと顔面から倒れるミセバヤの体。それを見てハルはため息を吐き、外の方をチラリと見る。
「……あとは中だけか」
その時、ユキとアンの戦闘は終わっていた。が、エントランスの方からはまだ少し音が聞こえてる。
それならばこの女を人質にとって脅すか? とも思ったが、気を失っているならば死んでいると思われないだろうか、と考える。
(まったく。今日に限って襲撃か……)
とりあえず、最も効率よい方法はどれだろうか。そう考えていると、
何か、右足に妙な感覚があった。
「ッ!!」
「トリートメントはしているか? もちろんパン○ーンだよ!」
咄嗟に足を見ると、そこにはさっきのナイフが刺さっており、持ち主の顔は勝ち誇ったように歪んでいた。
後藤はそう言ってナイフを抜くと、そこから真っ赤な血が噴き出す。
「っつ!」
思わず膝を突くハル。
「このネタ分かんないかな? まあいいけど」
起き上がるとその自慢(?)の髪を「さらり……」と言って撫で、
「さて、返してもらおうか。泥棒君」
後藤はニヤリと笑い、ハルと見下ろす。
形勢逆転。
彼女の肩に鼠が乗る。
「……別に君たちが蠱毒の実験していること自体は止めない」
そう言うと彼女はナイフを下ろし、今度は冷たい目でハルを見る。
「軽蔑はするけどね。非常に悪趣味だ。だがそれは他人事だ。どこかで私の知らない誰が犠牲になろうと、実際のところどうでもいいんだよ」
だがね、と、
「エムバは私たちの仲間、私の大切なおもちゃの一人だ。それを奪おうって言うなら私は容赦しないし、君たちを許さないよ」




