転生者
ギルドを出て二日経った。
ひょんなことから一緒に行動することになった北条とエムバは、二山越え、谷の途中にあったスペースで休憩をとっていた。出際にパーティーになるということはそこまで珍しいことではない。しかし、この二人のような出会い方は前例がないだろう。
「遠い~」
彼女は地面に腰を下ろし、足を投げ出す。
対して北条はため息を吐き、太陽を見る。
「休憩しすぎだ。昨日よりペースが落ちてるじゃないか」
「疲れた!」
「子供かお前は!」
こんなやり取りを昨日もした。
現在は昼。昨日は山を一つ越えることができたが、今日は山の中で野宿になりそうだ。夜の山には動物だけでなく山賊や魔物も出る。正直あまり……否、かなりお勧めしない。
「ほら、休憩終わりだ。このままだと山で野宿になるぞ」
「おんぶ」
「悪い俺だっこ派なんだ」
「じゃあだっこ」
「悪い俺肩車派なんだ」
「じゃあかた」
「いいから立てよ!」
ぶ~、と彼女はかなり不服そうな顔をして立ち上がり、ふん、とそっぽを向く。それに彼は少しイラッと来るが、怒るとまた面倒になることは目に見えていたので、ため息を吐き、足を進める。
と、
「……」
「ん?」
何かが聞こえたような気がして、北条は辺りを見回す。エムバもそれが聞こえたらしく、周りを警戒している。
ほんの少しの後、
「……――――――ぁぁぁぁぁぁぁあああああああああああああッッッ!!!」
「「!!」」
それが誰かの叫び声だということに気づく。そしてそれは前後左右からではなく、彼らのほぼ真上から飛んできているということに気づく。
とっさに上を見上げると、
「たああああすけてえええええええッッッ!!!」
その声の主が眼前まで迫っており、
「あ、」
とそんな声を出した瞬間、
ゴッチーンッ!
と脳天と脳天がぶつかった。
その衝撃で目の前が真っ暗になり、北条の意識は刈り取られた。
しばらくして意識が徐々に回復していく。
そして自分を呼ぶ声が聞こえてくる。
「……じょう……うじょう……」
きっとエムバだろう。心配してくれているのだろうか。
そう思うと申し訳なく、同時に少しうれしく思う。これまで道中急かしたり、ひどいことも言ったりしたのに彼女は自分の心配をしてくれているのか。
彼はもう少しこの状況を楽しみたいと心の端で思いつつ、意識を覚醒させる。
その瞬間、
「起きろ北条!」
「ひでふッ!」
かなり上機嫌な声とともに強烈な蹴りが顔面に飛んできた。いきなりの不意打ちに対処できず、北条はそれをもろにくらってしまい、後ろに大きくのけ反る。
しかしそこから腹筋の力を使って体を起こし、
「なにやってんだよッ!!」
そのまま彼女の顔面に手刀を放つ。ヒット!
彼女は赤くなった鼻を押さえて、涙目になりながら彼を睨む。
「せ、せっかく起こしてあげたのに!」
「全然うれしくねえんだよ!」
まったく、と北条は起き上がり、辺りを見回す。さっきまでいた場所だ。太陽の位置もあまり変わっていない。そんなに時間は経っていないのだろう。
そして彼の横にさっきぶつかった青年が寝転がっていた。頭の上には星がくるくると回っている。
「おいエムバ」
「なに?」
にやりと笑みを浮かべる彼を見て察する。
北条はその青年を指さすと、
「そいつにならいくらストレスぶつけてもいいぞ」
「了解! テイヤッ!」
彼女は再び蹴りを放つ。今度は腹部だ。
彼女の足は深々とめり込み、
「うおっっっ!!?」
彼の意識を覚醒させる。
空から落ちてきた彼は目が覚めると同時に腹を押さえて悶絶する。
しばらくして落ち着くと、二人の顔を見て、
「あ、あなたたちは?」
「それより先にいうことがあるだろ?」
北条は腕を組み、見下ろす。それに彼は顔を青くし、素早く後退ると、
「す、すいませんでした!」
土下座する。それを見て北条はため息を吐いて腕を解くと、目の前にしゃがみ、
「お前、なんで落ちてきたんだ?」
一番疑問に思っていたことを聞く。何かの自然現象に巻き込まれたか。あるいは魔物か人の仕業か。
その質問に彼は目を逸らし、
「あのー……ここはどこですか?」
「ここ? 山だけど」
「あー……そうじゃなくて……」
青年はえーっとと言葉を探すようにもじもじとし、
「ここはなんて言う国ですか?」
その質問にはエムバが答える。
「ここはアースガルズ国の西部よ。私たちは今ハザドという村に向かっているの」
「あーす……がるず……」
この言葉を呟くのと同時に、彼は頭を抱えて蹲ってしまう。
そしてぶつぶつと何かを言っている。
「あ~やっぱりおかしい。アースガルズってあの神話に出てくるやつだろ? もしかしてここは異世界か? いやそんなバカげた話」
「ああそうだけど」
「……え?」
彼は自分だけが聞いていると思っていたようだが、完全にダダ漏れていた。それに北条は特に驚きもなく反応する。
その言葉に、青年はきょとんとして彼を見る。
「今……なんて言いました?」
その言葉は震えている。
北条は少し面倒くさげに頭を掻きながら、
「お前はおそらく、というか確実に『転生者』だ。向こうの世界一回死んでるんだよ」
その衝撃的な言葉に青年は言葉を失い、茫然としてしまう。そして徐々に記憶が蘇ってくる。
背筋に冷たいものが走り、顔が真っ青になり、両手で顔を覆う。
「じゃあ、じゃあこの記憶は……俺、トラックに轢かれて……」
「ご愁傷様」
そうぶっきらぼうに言った北条に、青年は掴みかかってくる。その形相はまさに鬼のようで、目からは涙が零れている。
「ふざけるな!」
八つ当たり。そんなことは分かっている。おそらく彼も分かっているだろう。しかし胸の内から沸き立つどうしようもない怒りを発散する方法がほかに見つからないのだ。
「俺は、俺はまっとうに生きてたんだ! 就職の内定も決まっていた! これから社会人の仲間入りだったんだ! それなのに! それなのに……」
青年の掴む手から自然と力が抜け、地面に崩れる。その下に雫が零れ、染みを作っていく。
エムバはそれを気の毒そうな目で見ていた。
北条はそんな彼の肩を叩くと、
「その気持ちわかるよ」
その言葉に彼は反応し、北条の顔を見る。
彼は少し悲しそうに微笑み、
「俺も『転生者』だからな」