過去 物語の始まり―2
「……」
状況説明してほしいか?
不当逮捕。
もしくは、不当捕獲された。以上。
「どうしてこうなった……」
「アッハハ……まあそんな不満そうな顔するなよ」
グレドは笑顔でそう言うが、この状況――――縄で胴をしばられ彼にリードを持たれているこの状況に、不満を抱かない者などいるのだろうか。
「まああれだ。ポジションに考えるんだ。これは連行される囚人の気分を味わえる絶好の機会だと」
「……捕まるようなことはしてないつもりなんですけどね」
「ほらキビキビ歩け囚人番号2番!」
「誰が2番だ! っていうか1番誰なんだよ!?」
ニシシ、と笑ってくるリック。
それに捕えられている北条はため息を吐くしかない。
なぜこうなったか。
具体的な説明をすると、あの後北条に剣を向けてきたあの女『エレナ』(本名:エレーナ)が、
「こいつは偽物かもしれない。一応捕えておこう」
と言いだしたからだ。そして北条は状況がつかめず、狼狽しているうちに捕えられてしまったのだ。
そのエレナを先頭に森の中を歩く一行。ちょくちょく北条を弄ってくるが、様子を見ていると何かを探しているようである。
そして緩んだ雰囲気の中にどことなく緊張の糸が視える。
「……なあ。いったい何しにきたの?」
と、反応してくれるかどうか、半分くらい期待してエレナに投げてみる。
すると彼女はチラリとこちらに一瞥し、再び前を向いてから、
「『鬼の討伐依頼』よ」
その反応してくれたことに内心少し喜ぶが、この雰囲気を壊さないように落ち着いたトーンで言葉を出す。
「『鬼』?」
おかしな大蛇もいたのだ。鬼という名はむしろ普通に感じる。
が、物騒度はグッと増した気がするぞ……
「やつらは変身能力を持っている。だからお前を捕えたんだ…………悪く思わないでくれ」
そう彼女は、少し申し訳なさそうに付け足した。
案外素直に謝ってくれた……のかな?
しかし、今ので好感度は少し上がったぞ。そんなに悪い人たちではないようだ。
と、北条の後ろでリックとグレドがひそひそと、
「ま、このパーティーの鬼は……なぁ」
「疑う余地なs」
「よろしい。ならばここでやり合うか?」
エレナは自身の長剣を少し抜き、二人を見る。
「すいませんでした!!」
それにグレドは流れるように地面に頭を下げる。きっといつもやっているのだろう。その自然な動作を見て、北条はそう思った。
「おい! これに懲りたらエレナ様に二度とそんな口を利くなよ!」
そしてリックはその前に立ってぶふんぞり返る。
「あ、お前もだろう! ズリーぞ!」
「何のことかな~。僕はいつだってエレナの……エレナ様の味方さ! ね、エレナさマトリックスッ!!」
尊敬(笑)の顔をして振り向いた瞬間、パシンッとデコピンを喰らい、仰け反るリック。
そして反ったときに、腰がぺキッ、と変な声を上げ、「あっ……」と漏らしてリックは固まってしまう。
そのオブジェのような状態を見て、グレドは「ププ~」と指さし、
「マトリクス(笑)」
「こ、腰が……」
「100いくつだったか? すまないおばあちゃん。もっと労わるべきだった」
「え、エルフだとまだ若い、というか幼い方だよ! それにエレナの方がもういいとs」
「反っているのだから、反対に押したら戻るんじゃないか? 試していいか?」
「やめて! 切実にやめて! これ以上ひどい状態にしないでお願いだから!」
ポキポキと指を鳴らす彼女に、リックは顔を青くして懇願する。どうやら年齢関係は禁句らしい。
……ちなみにいくつなんだろう。そんなに歳は変わらないように感じるのだが。
と、
カサカサ―――――――――――――――――
「「「……」」」
草が揺れた。
騒いでいた一行が静まる。
……
沈黙する。
違和感。
なんだろう。
まるで森が沈黙しているような……
(怯えている……?)
なぜそう感じたのか、自分でも分からない。
もしかしたら、その怯え、恐怖は自分が無意識に感じていたものなのかもしれない。
カサカサ―――――――――――
エレナは長剣に手をかけ、
グレドは巨剣を抜刀し、
リックは……ブリッジで忙しいようだ。
北条は両手を縛られ、戦闘不能。
「……」
エレナは辺りを見回し……そして、剣を構え、
「そこだ!」
踏み込み、草むらを居合で切り裂く。
そこに居たのは、
「……ウサギ?」
北条はそう、疑問形で言った。
なぜならそのウサギには小さな翼が生えていたからだ。
「『フライビット』だな」
そう言いグレドは巨剣をしまう。
「ち、ちなみにあの翼に飛行能力はない、よ」
と、リックは固まったまま解説する。
「そ、そうなんだ」
それよりもその体制に目が行ってしまう北条。頭に血が溜まっているのか、顔を真っ赤にしている。大丈夫なのだろうか。
と、それを確認したエレナも長剣をしまい、
「……行くぞ」
ときびすを返す。
それに全員賛成し、方向転換する。
リックはそのままグレドにそっと運ばれる。
「運ぶなよ!」
「なら置いてくか?」
「うぅ……我慢するよ。後で体と服を洗わないと」
「お前最低だな……」
なんて会話をしてとりあえず別の道を行こうとする一行。
その背を、フライビットはじっと見る。
そして身を縮め、体にバネをためると、
――――――伸びた。
バネを開放して跳躍する代わりに、バネを伸ばしたように。
頭の先から変化した。変身した。
いや、これはもとに戻ったのか。
『ヴォアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっっっ!!!!』
「ッ!!」
おぞましい叫び声に、北条は反射的に振り返った。
そこにはさっきまでの可笑しな可愛らしいウサギの姿はなく、代わりに飛びかかってきている、真っ赤な巨体―――――ギラリした獰猛な眼、大きく裂けた大口、闘牛のような角の生えた生き物がいた。
『鬼』だ。
これが鬼なのだ。
鬼は最後尾を歩いていたエレナに向って飛びかかる。
「あ、――――――」
声が出なかった。
さっきまでの大蛇とは迫力が、生物としての凄みが違った。
別格。
その醜悪な姿、邪悪な雰囲気に気圧され、体が思うように動いてくれなかった。
鬼はその頬まで裂けた口を目いっぱいに広げ、不潔な唾液を撒き散らしながら彼女を飲み込もうとする。
が、
「……汚い涎だ」
エレナは振り返りざまに剣の柄を鬼の顎に打ち付け、口を閉じさせる。
そしてそのまま素早く宙に浮く相手の下に潜り込むと、抜刀し、その巨体を両断する。
『ガ……』
鬼は、そんな掠れた声しか漏らせず、そのまま二つの肉塊となって地面に落下し、絶命する。
エレナは血振りをし、剣をしまうと、「ふ~」と髪を撫でて一息吐く。
彼女は始めからあれが鬼だと気づいていたのだ。
それを分かった上で隙を見せ、相手の攻撃を誘った。
(いや、それにしても……)
一瞬。
瞬殺だった。
相手が弱すぎたのではないか、そんな可愛く見えてしまうほどに圧倒的だった。
……が、体は覚えている。
あの鬼を見た瞬間の、恐れを。
自分ではかなわない、そう思った。
だが、それを彼女は簡単に倒してしまった。
いとも容易く。
そして……美しく。
思わず恐怖を忘れ、一瞬見入ってしまうほどに、洗練された動きは武術の枠を超えて芸術へと昇華している。
と、完全に素人目からだけれど。
生前、というか向こうの世界に居た頃と言った方がいいのか? まあ、芸術にそれほど関心はなかったそんな北条でさえ、綺麗だと思えるほどだった。
と、彼女は辺りを見回す。
「まだ終わりじゃねえな」
グレドが剣を抜き、笑う。
それに腰をなんとか戻したリックもワンドを取り出し、
「やっと治った。っと、囲まれてるね。一、二、三、四、……」
「三十匹だ」
エレナは再び剣を納め、居合の構えをとる。誰も、討伐対象の『鬼』は一匹とは言ってない。
と、そこで彼女は北条が未だ拘束されていることを思い出す。
彼女は剣から手を離すと、彼の縄を解き、開放する。
そして、
「拘束なんてして悪かったな。これで動けるだろう。さあ、どこに行ってもいいぞ」
なんて、すがすがしい顔で言う。
「いや困るんですけど! この囲まれた状況でそんなやり切った顔されても困るんですけど!? 私はどうやって帰ればいいんですのん!?」
「ん? 帰る? 何か勘違いしていないか?」
北条の抗議の声に、彼女はポカンとした顔で首を傾げる。そして、鬼の群れを指さし、
「あの中のどこに行ってもいいということだ。そもそも勝たないと帰れないだろうが」
「はい!? た、戦うって……」
「さて、始めるぞ」
そう言って彼女たちはそれぞれ背中合わせになり、武器を構える。
「木が邪魔だな……」
「自然破壊はダメですよグレドさん」
「生き物殺してる時点で十二分に自然破壊な気はするが……まあ触れないでおこう!」
「そうそう! 世の中金ですよ!」
「リック。お前本当に最低な奴だな」
「コラお前ら集中しろ! あの……なんだ。新入りを見習え! もうあんなに倒しているぞ!」
「本当だ! 卍固めして嗤ってる!」
「あ、そのまま筋力で全身の締め上げて、肉を潰し千切ってやがる!」
「え、僕何もしてませんけど……ていうか新入り!?」
「よし新入り! その肉片はお前の明日の朝食だ!」
「いらない! 切実にいらない! そして僕はまだ何もしてませんよ! ていうか本当に僕も戦うんですか!?」
「さあ準備は整った。行くぞグラド、リック、新入り!」
「おう!」
「了解!」
「あぁ……もうどうにでもなれ!」
そして四人は背中合わせで構え、それぞれが群れに突撃する。
三人は次々と鬼を倒していく。
剣を扱う二人でも、エレナを技の剣士とするなら、グレドは力の剣士だ。
「うぉらよっとッ!」
彼は獲物である、自分の身の丈ほどある巨剣を豪快に振り下ろし、振り回し、敵をなぎ倒していく。
そしてリックは、
「『穏やかなる風よ 我らを包み込むその慈愛を刃に変え、我が眼前の敵を切り伏せ給え 風切』!」
ワンドを向けると、その先から無数の風の刃が渦を巻くように射出される。
それにより、直線上に居た鬼たちの体は両断こそいかないものの、ズタズタに切り裂かれる。
が、深手を負いながらもそれを逃れた鬼がリックに襲い掛かる。
リックはそれに正面から立ち向かい、
「『形成せよ その血 を 強靭な刃に』
相手の大ぶりな横凪をひらりと跳んでかわすと、そのまま傷口にワンドの先を深く差し込み、引き抜く。
同時に、ワンドに着いた血が、相手の傷口から巨大な刃となって引き抜かれる。それは相手の血を使った『武器生成の魔法』。
彼女はそれにより、その個体の血を全て抜き取ると、一振りし、二体を横に両断する。
「うん。十分だね。さて、いくよ!」
そして北条も、
「んにゃろめが!」
鬼の襲い来る剛腕にフルパワーの拳をぶつけて相殺……というか粉砕する。北条の方が何倍も力があるようだ。
が、肉を砕く、生々しい感覚に背中がぞわりと冷たくなる。
「うえぇ……気持ち悪い」
なんて言っていると背後からもう一匹が襲い掛かってきて、腕を振り下ろそうとしてくる。
が、足音で気づいた北条は、引き付けてから鬼の顔の位置まで跳び上がって、その顔面を蹴り飛ばす。もちろん、千切れないように優しくだ。
それでも蹴られた鬼の巨体は少し宙に浮き、地面に落下する。意識は確実に刈り取られている。
「お、これならいいかも!」
感覚的にはサッカーでパスを出す感じだ。決してシュートではない。コマンドで言えば×ボタンだな。
しなやかに蹴る。そんな感覚で相手を蹴り倒す。
そんな感じで彼は彼なりの感覚を掴み、なんとか敵を倒していく。
「えー、コホン。それでは結果発表をする」
森の入口で、エレナは三人に向ってそう言う。
「グレド8体、私9体、新入り3体、リック10体でリックの勝ちだ」
「やったね☆」
「お前毎回思うけど範囲魔法はズリーだろ。あれで一気に狩れるじゃねえか」
「ま、才能の差かな」
「扱う武器の差だな」
「俺のグレートソードだって範囲なら負けてねえだろ!」
「……ってことは本当に差ってことにならない?」
「ハッ!? しまったあああああ!」
「……」
そんな光景を、北条は黙って温かい目で見ていた。
結局あの後、何だかんだで外まで連れてきてもらったが……
「さて新入り。まだ名前を聞いてなかったな」
「あ? そう言えばまだ聞いてなかったな」
「え、そうだっけ? 僕はもう聞いた気がするけど……ね☆ 囚人番号2番さん☆」
「まだ引きずるのかそれを!」
まったく、いきなり転生して、いきなり魔物に会ったり、いきなり意味不明なパーティーに出会ったり……
いったいどうなっているんだ俺の異世界ライフ……
―――――――しかし、なんだかんだでいいやつらみたいだしな。
それに当てもなくって言うのもなぁ……
(ん~……)
「ん? どうした新入り? 新入りの方がいいか?」
「……俺の名前は『北条黒山』だ」
北条は結局、渋々といった様子で名前を言う。
それにエレナは満足げに頷き、
「うむ。それならよろしくな。クロ」
そしていきなりニックネーム。
「お、さっそくニックネームか!」
それにグレドは何だか嬉しそうに笑い、
「うわ、犬みたい」
それにリックはクスクスと少し悪戯気に笑ってくる。
もう面倒くさくなってきた。
「……もう、それでいいよ」
北条はため息を吐く。
当てもなく歩くよりは良いだろう。しばらく厄介になろう。
エレナは「よし!」と言うと、きびすを返し、
「なら、さっさと帰ろう! 新たなパーティーメンバーの歓迎会といこうじゃないか!」
「おうよ!」
「お酒だお酒ー!」
「リックは見た目はアウトだろう」
「……この前一人で行ったら年齢確認されたよ」
「ご愁傷様だな」
なんて、もう夜の食事会の話に移る一行。
(おい、本当は俺よりそっちがメインなんじゃないか?)
なんて思いながら、少し後ろでその賑やかさにクスリと苦笑う。
それにふと振り返り、それに気づいたエレナ。
「おい何やってる。おいてくぞ主役」
と、言ってくる。
北条はその言葉に少し驚く。が、何だか擽ったくなって、咳をする真似をして笑いを隠すと、
「……今行く」
みんなのところに駆けて行った。
こうして、北条黒山はエレナ、グレド、リック、三人の仲間になった。




