1vs3vs10
高さは人体の約三倍。横幅は約十倍……いや、十五倍はあるだろうか。
無機質な駆動音を吐き散らし、そのSF映画に出てきそうな巨大パワードスーツは、巨体に似合わぬ滑らかな動きで北条らを取り囲む。
『対魔法用魔力走行鎧』
特殊な魔力の障壁を発生させ、防御力を強化したアーマーだ。
もちろん攻撃にも魔力を使うことができる。が、その魔力は予めタンクに溜めて装填してあるものと、操縦者自身から消費される。
全部で10機。
「『機械の魔王』か」
そうハルは忌々し気に呟く。
三大魔王が一人、通称『機械仕掛けの魔王』『イノルガ』
「う、そ……」
三大魔王のうち二つがここに集結しているこの状況に、カエデは驚きの声を漏らす。しかしそれは決して嬉々としたものではなく、絶望に限りなく近い。
ハルはコホンと咳払いをすると、
「傀儡どもがいったい何の用だ?」
「それはこの場で話す必要のないことだな。なに? 邪魔をする気か? 時代遅れども」
それにさっきの男勝りな女の声が返ってくる。
彼女の言葉にハルは「なるほど確かに必要のないことだ」ときびすを返し、
「なら私たちはこれで失礼させてもらおう。後は好きにするといい」
とカズとユキのいるところに行こうとする。
が、
「……」
今ハルと会話していたパワードスーツは、一拍の後、左腕についているバルカンの銃口を向け、
ダンッ!
一撃。
その弾丸はハルの目の前に着弾し、地面を抉る。
「……」
それにハルは足を止める。
彼女はハンドガンをしまうと、
「その『蠱毒』は置いていけ。その後は勝手に帰っていいぞ」
一拍の沈黙。
のちにハルは鼻で笑い、
「まあ、そういうことだとは思っていたがな」
ギロリと『敵』を睨む。
……
沈黙。
『静寂』ではなく『沈黙』。
ピンと張りつめた空気に生命が、地上が皆押し黙ったような。
何か一言でも発すれば敵意がこちらに向く。
そんなことを直感しているような。
そんなまるで、死んだような暗く、質量さえ感じそうな重い沈黙が場を支配している。
「――――――――」
呼吸すらできない。したくない。
ここで微かな物音ひとつ立てたくない。
三大魔王の魔王軍が二つ。
しかもその二つが今にも戦争を始めようとしているこの状況は、どんな戦場よりも恐ろしいだろう。
……恐い
恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐い恐いこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいこわいコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイコワイ
硬直により発信できない思いは、閉じ込められた子供のようにだだをこね、胸の内を塗り潰していく。 ……やがて塗り潰された心は静かになっていき、
(……ダメだ)
心の中で、そう、呟く。
意識に擦り込むように言葉が反響させる。
もう諦めて現実逃避に走れと自分を騙す。
しかし、そう考えるごとに意識はより鮮明と化していく。
ここに居たくない。
(……嫌)
見たくない。感じたくない。考えたくない……
「誰か……」
容量を超え、願いとも呼べるそれは、掠れた言葉となって漏れ出す。
「助けて……」
……
その願いは誰にでもなく放った音だった。
瓶に入れて海に流した手紙。
ほとんど諦めの中、最後にすがったような、
蜘蛛の糸よりも脆い糸。
音は水に飴が解けるように空気に融解し、浸透し、やがて消える。
……だが、
どんなに味気ないものでも、
どんなに脆いものでも、
飴があれば引き寄せられる。
糸があれば釣り上げられる。
その時、カエデは聞いた。
誰にでもなく、ただ気持ちが外に出てきたであろう言葉を。
正義のヒーローか?
はたまた英雄が謳う大義か?
否。
彼の、化け物の怒りに壊れた表情から漏れ出した、
「……ふざけるな」
憤怒の炎。
刹那。
「「ッ!」」
突如、にらみ合っていた二人に無数の氷の針が飛来する。
それに気づいたハルたちは素早く木の陰に身を隠して回避する。機会の魔王軍は『魔力障壁』を常時展開しているので、氷の刃はその障壁にあたった瞬間砕け、水に戻る。ダメージはない。
「……なんだ。お前は」
その攻撃のせいで、機械の魔王軍の女性の敵意が向けられる。
先ほどハルに向けられていた銃口が北条の方を向く。
が、それに北条は答えない。
いや……
「……さねぇ……」
何かをぶつぶつと呟いている。
「るさねえ……許さねえ……」
「……」
どうやら聞こえていないようだ。
それが分かるなり、彼女は銃のトリガーを躊躇いなく引く。
銃口が向けられた瞬間、北条は木の陰に隠れる。
ダダダダダダダッッ!!
50口径。
容赦のない鉄の雨。
その威力の前では多少太い木など遮蔽物になりえない。
バリバリバリバリッ!!
一瞬でスポンジと化してしまった木の幹。
人など形を保っていないだろう。
が、しかし……
「……フーン」
彼女は手を下ろす。
ボロボロになった木は耐えきれずにミシミシと音を立てて倒れる。その奥から出てきたのは、分厚い水の壁だった。
そしてその中には、彼女の撃った弾丸が全て浮遊している。
すべて受け止めたのだ
北条は壁を解除して、剣を構え、間合いを詰める。
「ッ!」
一瞬。
その素早さに驚いている間に、彼は抜刀し、刃を叩きつける。
狙いは左腕の関節部分。
とっさに彼女は左腕を引いてかわし、足の裏についている車輪を使って距離を取る。
(……なんだこいつは……)
……北条のことを改めて『敵』と認識し、構える。
淡々と物を壊すのではなく、明確な敵意を持って。
しかし、
「……三年がたった……」
北条は言葉を漏らす。
三年。
あの出来事からそんなに時が経ったのだ。
様々な記憶は風化し、所々が欠けてしまっていたりする。
立ち寄ったあの山にはどんな動物がいただろうか、
あの湖はどれだけ澄んでいただろうか、
あの人の顔はどんなだっただろうか……
しかし……この記憶だけは色鮮やかに残っている。
この、漆のように真黒な、深淵のように真暗な記憶だけは、脳裏に刻まれていた。
刻んでいた。
「魔王の操り人形どもが……」
彼は、剣を構える。
その視線の先に『敵』見据えて。
彼の大切なものを奪っていった、
かつてのパーティーの命を奪っていった『敵』を。
彼の大切なものを奪っていこうとしている、
エムバを奪っていこうとしている『敵』、全てを……
「命……いや。お前ら、人の形をして帰れると思うなよ?」
額に青筋を浮き出させ、瞳孔が開いている。
かつてないほどの怒りを露わにした北条。
それに、
「上等!」
彼女はニヤリと興奮した笑みを浮かべる。
彼の周りにいた残り9機のうち8機は銃を構え、即座に射撃を開始する。彼女が乗っている1機以外は全て無人である。行動は基本的にAIだが彼女が操作することも可能である。
北条はそれを自分の周りに半球状に水の壁を展開して受け止める。
その一瞬、身動きから関心が離れる刹那を狙って残りの1機が迫る。
そして右手の甲についている発生装置から『魔力ブレード』を発生させ、振りかぶって叩きつける。
『魔力ブレード』は『魔力障壁』をブレード化し、防御力よりも攻撃力に特化させたもの。
よって、
「ッ!!」
ブレードは水の壁を容易くすり抜け、その内側にいる北条に迫る。
彼はとっさに剣でそれを受け止める。が、
「で、身動きできないけどこれはどうする?」
バシャッ、と左腕が壁に突っ込まれ、障壁を纏っているその腕をまたも簡単に壁は通してしまう。
そして、50口径の巨大が穴が彼の眼前に、
「……ぅぅぅぅぅううううあああああああああああッッッ!!!」
彼は剣を両手で握ると、渾身の力を込めてブレードごと横に薙ぎ弾く。
右腕が弾かれたことにより少し体制を崩す。
その隙に彼は一歩踏み込み、その薙いだ勢いに身を捻って回転力を加え、左腕のバルカンを叩き切る。
ガギンッ! と刃が鋼鉄と衝突する音が響き、バルカンが殴られたように潰れ、千切れ飛ぶ。
「ッ!?」
さすがにこれには彼女も驚き距離をとる。
『魔力障壁』は魔法を無力化し、防御力を上げる。が、主な効果は魔法を消すことだ。物理攻撃への防御力はボディ頼みのところが大きい。
北条はすぐさま剣を構えると、また踏み込む。その際、踏み込んでいる途中に『白氷の槍』を放つ。
魔法は効かない。
当然槍は『魔力障壁』に当たり、砕ける。
砕けた氷はバラバラに弾け、途中で水になって地面に落下する。
ただのミスか?
なんて一瞬考えているうちに、彼は間合いを詰め、剣を振るう。
それをブレードで受け止める。
そして受け止めている隙に彼女は残りに9機を操り、5機を再び銃撃、4機はブレードを出させ、北条の背後から突撃させる。
北条は水の壁を展開し、弾丸を防ぐ。そこに4本のブレードが振り下ろされる。
巨大な魔力の刃は水の壁を切り裂き、地面まで振り下ろされる。
水の壁が……なくなる。
が、そこに北条の姿はなく、
「ここだ。クズが」
彼は4機のうちの1機の肩に乗っており、そこから首の関節部に刃を滑らせ、掻き切る。
ブチブチブチィッ! と神経系の束が切れ、その機体は首がだらりと垂れさがったような形になり、動かなくなる。
「こいつ……」
この機体の弱点、関節部を狙っている!
残りの3機は北条を見つけると、自動で攻撃を放つ。まだその動かなくなった機体の上に居る北条に、3機のバルカンが向けられる。
もう動かなくなってしまったこいつは、仲間と認めてもらえないらしい。
ダダダダダダッッ!!
バリバキバゴバリッッ!!
その無機質さに、若干の冷たいという感情を持ち、北条はその鉄くずを盾にして背後の5機の方に向かう
。
そして流れるように、あっという間にすべての機体の神経系を掻き切ってしまう。
それらにまだ『魔法障壁』の効果が働いているか、確認の『氷刺』を放ち、ただの鉄塊になったことを確認して、
「……」
司令塔の機体。つまり彼女の機体を睨む。
「くっ……」
それに彼女は少しだけ苦し気な声を漏らす。
まさかこんな相手がいるとは予想外だ。
この例外的で規格外な強さ……
「チートか……」
そう彼女は忌々し気に言う。
北条は答えない。
答えたくないし、答える必要もない。
お前はただ、死ねばいいのだ。
俺はただ、お前が死ぬまで殺すだけだ。
北条は地を駆ける。
残っている機体は全部で4機。
これで勝てるのか、彼女は瞬時に脳内でシミュレーションし、
「……」
司令塔が後退し、AIも1機を残して後退する。
それを見て北条は足を止める。
完全に罠だからだ。
そう思わせて足を止めさせることも含めて時間稼ぎなのだろう。
が、そこまで分かっていて北条は足を止めた。
なぜなら、動く必要がなくなったからだ。
……侵食は、とっくに終わってる……
彼は目を閉じ、意識を集中させる。
今の戦いの中で侵食を続け、この森を満たすほどの水分を支配することができた。
だから彼女との戦いに集中することができたのだ。
そして数瞬……
(位置確認。敵、種別完了……)
そして、彼は地面に跪き、祈る様に手を組む。
これから行うのは初の試み。今まで試したことのなかったものだ。
が、
使いたい、そう思ったのだ。
戦いの中で思いついてしまったのだ。
機械仕掛けの魔王軍の『対魔法用魔力走行鎧』を倒す方法を。
彼は残りの魔力すべてを消費し、
そして、…………
「凍えろ。『氷樹結界』!」
その魔法を発動した瞬間、彼の周りから木状の氷の刃が大量に地面から突き出るように形成され、それらは波紋が広がっていくように森全土を犯していく。
その情景は、森が凍っていると表現できるほどだ。
逃走する機械の魔王軍の彼女。その背後から氷の木々が追いかけてくる。
「チート……これほどとは……」
なんて言っている場合ではない。
氷の樹海は背後から迫り、彼女を追い抜かし、囲む。
しかし『魔力障壁』のおかげで機体に触れた氷は崩れて水になる。
巨大な魔法だが、とりあえず魔法であるなら大丈夫だ。
そう思って歩みだそうとした瞬間、
「ッ!?」
動かない。
水になった氷が足元に溜まり、泥になって車輪を空回りさせているのだ。
くそ、と鬱陶しさに顔をしかめ、歩行に切り替える。
が、
「逃がすかよ……」
そうニヤリと嗤うと、北条は彼女の足元の地面深くから氷の大樹を出す。それは当然機体に触れた瞬間に砕けて水になる。が、その開けた大穴によって、
「なにッ!!」
彼女が一歩踏み出した瞬間、その足が地面に沈み込む。
そしてそれを合図とするかのように、周りに居た機体も沈み始める。
直接沼を作れば消される可能性があるが、結果的にできたものならば消すことは不可能。
底なし沼。
これでは逃げられない。
「くそ!」
もうこの機体での脱出は不可能だ。ここに置いていくしかない。
だがしかし……
果たして降りて逃げることはできるのか?
『魔力障壁』なしで助かることができるのか?
「くそ、くそが!」
八方塞がりだった。
「……」
機械の魔王の方はとりあえず大丈夫と判断し、北条はエムバの方に注意をむける。
彼が戦っている間にハルとかいう輩は逃げてしまっていた。
が、まだ森から出ていないことは確認済み。
氷樹結界は確実にあの一行を追いつめていた。
「おいおいやばいんじゃないこれ?」
「ハルが死亡フラグ振りまくからだよ。ZAPZAP♪」
「おいその捕えた女だけよこせ。お前らはここに置いていく」
こいつはひでえ、と二人は笑う。
やはりどこか緊張感がない。
樹海は完全に三人を囲み、じわじわと迫っていた。
ユキは後ろでおとなしくしており、ハルは剣を使って、カズは魔法を使ってそれぞれ氷の木を壊しているが、
「あっはは~。これやばいんじゃない?」
「笑い事じゃないだろ。ったく……」
ハルはため息を吐く。
が、カズの言う通りだ。
迫りくる氷の森の増殖スピードは異常で、切ったそばから生えてくる。
根元から切らなければまたその切り株から増殖。
……チェックメイト寸前のチェック。
「……仕方ない」
ハルはそう、少し苦しそうな顔をすると、
「ユキ。あれを使え」
「ん? あれ、って……アレ!?」
「そうアレだアレ!」
「ああアレね。あの……あれでしょあれ……あれぇ?」
「おい! 首を傾げるな! 覚えてないのか!?」
「ちょっと待って、記憶を遡るから……確かあれは、遠い夏の日」
「おい! いったいどこを遡っているんだ! 帰ってこーい!」
なんてハルは氷の樹木を切りながら叫ぶ。
今回ばかりはカズも「ユキ……」と若干苦し気な視線を向けてくる。
それにユキは「仕方ないなぁ……」とポーチを探り、ある液体の入った小瓶を取り出す。
真っ黒な液体。
その蓋を開けると、中の液体は急激に膨張し、瓶から簡単に溢れてしまう。
今、これを北条は目視できないが、彼がこの場にいて、この液体を見たらきっとこの単語を思い浮かべるだろう。
『蠱毒』
それは『蠱毒の種』だ。
これを使って新たな蠱毒を作っていくのだ。
『種』はだいたい1リットルペットボトルくらいの大きさになると、這いずる様にエムバの方に近づき、
「何をする気だ。やめろ……やめろ!!」
北条はその動きから嫌な予感を覚え、思わずそう叫ぶ。が、その声は当然届くわけもなく、空に消える。
種は彼女の足から肌の上を這いずり、服の中を通って……
「んん……」
舐めまわすように腹、胸を蹂躙し、そして肩の方に移動する。
そして、その『傷』のところまで来ると、その傷を無理やり開き、強引に中に潜り込む。
次の瞬間――――――
「ッ―――――――――――――!!」
ビクンッ、と彼女の体が跳ねる。
そして、その肩口から刺激されて、彼女の中の『蠱毒』が噴出する。
その瞬間、エムバの眼が見開き、
『キャアアアアアアアアアアアア――――――――――――――――』
口が裂けんとするほど大きく口を開け、奇怪な悲鳴を上げる彼女。
それを見てハルはニヤリと笑う。
「これで勝て」
「『蠱毒』きた! これでかつる!」
「っておい! 被せるなユキ!」
アハハ、と彼女は笑うと、エムバから距離をとる。
暴走。
前の如く……いや、前よりも激しく噴出した蠱毒は氷の樹海を食い散らし、増殖する。それだけではない。そこにあった草木を腐敗させ、大地を汚染している。
黒いヘドロが通った後は、悪臭を放つ、変色した大地が出来上がる。
「うえぇ~鼻が曲がる……」
「吐く暇があったら治療しておけ。傷が化膿するぞ」
確かに、と彼女は素早く治癒の魔法を使う。
腐敗と増殖を続ける蠱毒。
「……ふざけんなよ」
その状況に北条は歯茎から血が出るほど歯を食いしばる。
そんなことを繰り返したら森の生態系が、
……いや。
それよりも、エムバを道具みたいに扱っていることが我慢ならなかった。
あれだけ邪悪で巨大な力、使い続けたらどんな代償が返ってくるか。
彼はあれをみると瀬戸を思い出す。
彼女にあんな最後を迎えさせたくない。
こうなってしまえば氷樹木は無意味だ。相手の位置は分かっている。直接向かうしかない。
「……俺が、止めて……」
そう立ち上がった瞬間、ふっと脚の力が抜けて尻餅をつく。
魔力の使い過ぎで体に力が入らない。
「くそ! 動けッ!」
フラフラな足に拳を叩きつけ、無理やり立とうとする。が、その姿はまるで生まれたての小鹿のように弱々しい。
そうしている間にも、蠱毒は彼の氷を喰らい、無茶苦茶ではあるがやつらの出口を生成する。
「動け……動けよ……」
しかし、気持ちに体が付いてこない。
じわりと込み上げてくる悔しさと虚しさ。
その間にも『蠱毒』はガリガリと氷を貪り、道を切リ拓いていく。
そして、バリンと最後の大樹が喰い侵される。
「お、やっと出口じゃん!」
「原生林なのに凍え死ぬかと思ったよ……」
「よし。なら蠱毒を封印するぞ」
それにユキとカズは「あいよー」「りょうかーい!」と返事をして、ユキを後方。カズとハルがその前に立つ。
そしてユキは詠唱を開始する。
「『深淵 混沌 淀んだ原初の海に切っ先を浸す……』」
魔力を手に集中させ、槍の形を形成する。
それを合図に三人は突撃する。
いきなりの魔力の変動に『蠱毒』は反応し、その闇を彼らの方に広げてくる。
「突っ切るぞ」
迫る闇。
ハルはそう言い、その闇に切り込み、道を開く。
カズはユキによって来る闇を払う。
「今だユキ!」
「分かってるよ!」
そのできた隙にユキは飛び込み、その槍をエムバの胸に突き刺す。
「『混ぜろ 混ぜろ 掻き混ぜろ』」
詠唱と同時に、『蠱毒』は乱れ、槍に絡みつく。
『キャアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――――!!!!』
『蠱毒』は苦しみに悶え暴れる。
それを無視してユキは詠唱を完成させる。
「『面は乱れ 濁水は刃に絡み その潮を分離する』! 『天の沼矛』!」
魔法名を言い、墨汁に浸されたように真っ黒になった槍を引き抜く。
その切っ先に『黒い闇』は集まり、さっきの『種』になる。
そして同時に彼女の体に『蠱毒』が戻っていく。
一瞬だった。恐ろしい手際の良さ。
それはつまり彼らが何度もこのような状況に会っていることを表す。
彼らの研究で、『蠱毒』はこの『種』を使ってある程度操作ができることが分かっている。
ユキは再び『種』を切っ先から小瓶に戻すと、小瓶をポーチにしまい、槍を消す。
そして男二人も納刀する。終劇だ。
「さて、作戦は終了だ。帰るぞ」
そうハルは言ってきびすを返して先に行く。そのあとにカズがエムバを抱え、ユキがトコトコついていく。
……もうすぐ森を抜ける。
そこでハルは振り返り、氷の木々を見る。
「……」
北条の顔が見えないのはもちろん、遠く離れて叫びも聞こえない。
が、彼が悔しがっている様を想像して、ハルはクスリと憐れみと嘲りを含んだ笑みを浮かべた。
・・・
シーンは底なし沼の機械の方へ。
彼女は『対魔法用魔力走行鎧』でできる限り足掻いたが、機体は沈む一方だった。
よって彼女は他の機体捨て、生身で帰る以外に方法はなかった。
「最悪だ……」
そう呟いてコックビットを開ける。
……日の光が眩しい。
白光が目を焼く。
ずっと無機物の中に居た後外に出ると、なんとなく懐かしく感じる。やはり人間は外に居るべきなのだろうか。
なんて、ふと考えてみて、
ズブッ――――――――
濡れた音が聞こえ、体から力が一瞬、抜け落ちる。
明順応。
視界が色づき始め、彼女は見た。
「おま……え……」
「……」
北条。
彼は手に持った剣をより深く刺してくる。
その瞬間体内を電撃のように痛みが走る。異物感が増す。
「あッ……」
そして彼女のうめきを聞いた後、彼は剣を引き抜く。
真っ赤な血液が噴出し、小さな箱の中が真紅に染まる。。
「……………」
その時点で、出血と痛みで彼女の意識はなかった。
が、北条はそこに氷の槍を射出し、彼女をコックビットに磔る。
完全に脱力した彼女の体は人形のように無抵抗に、無残に射抜かれ、鉄の箱に縫い止められる。
そして、動かなくなった彼女に、北条は剣を……突き立てる。
「……」
ズブリ―――――――――――
壊れた機械のように、
感情に、無感動に、
くちゃり―――――――――――
その刃に覇気は無く、淡々と突き立てる。
ずちゃり―――――――――――
音は徐々に湿り気を帯びていき、肉は原型を忘れていく。
もう息絶えているのは明らかだ。が、北条はその刃を止めることを忘れていた。
……守れなかった。
また、守れなかった。
奪われてしまった。
俺は……無力だ……
あの時から何も進歩していない。
強くなった気になっていただけだ……
ぐちゃっ――――――――――――――――
肩が裂けて皮で繋がった腕が垂れ、片目玉が半分に切られ、腹部からはズタズタになった腸が零れ出し…………
……ああ……せめてこの敵は殺さないと――――――
仲間を殺したこいつだけは殺さないと……
北条は刃を突き立てる。
繰り返し、繰り返し、繰り返し……
湿った音が繰り返しなる。
そうして繰り返し、止めたときには座席に真っ赤な塊があるだけになっていた。
「……」
カランカランッ――――――――――
北条は剣を落とし、その場に膝を突く。
「……………」
そして、彼女の死をようやく理解すると、かろうじて繋ぎ止めていた意識はプツリと切れ、脱力した体はバランスを崩し、彼はコックビットから沼に落下した。
「……」
もう、何も感じない……
彼は、深く深く、沈んでいった…………
……………




