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転生迷宮 ―リバイバルラビリンス―  作者: 梅雨ゼンセン
第二章 ―遺跡の神と転生―
12/118

ウィル遺跡

「……ここか」

 北条とエムバは目的地の『ウィル遺跡』に到着した。

 涼しい顔をしている北条に対し、エムバは平常運転で息絶え絶えである。

「も、もう死ぬ」

「置いてくぞ」

「冷たいし……」

「水でも氷の魔法が得意なもので」

 なんて言い合いながら遺跡の中に入る。

 『柔和な光源ライト』で辺りを照らし、石のブロックと木材で組み上げられていたであろう出入口から地下に続く階段を降りていく。

 人一人分くらいの狭く、暗い階段。

「案外かび臭くない」

「風通しがいいからな」

 北条の言うとおり、奥から風が吹いているのが分かる。そしてしばらくすると出口が見えてくる。

 その先には、

「やっとスタートラインだな」

 ボッと壁についている明りにぼんやりと火が灯る。センサーのような魔法が仕込まれているようだ。

 石のブロックで正方形にかたどられた通路が姿を現した。その先は長く、薄暗さのせいもあるだろうが、突き当たりらしきものは見えない。

 北条の嫌みたらしい鼻笑いと通路の長さにエムバは肩を落とす。

「休憩……」

 完全に意気消沈してしまった彼女。さすがにやりすぎたかと反省し、

「少し行ったところに冒険者がよく休憩に使うスペースがある。そこで一休みな」

「少しってどのくら~い?」

「100mくらいだ」

「ながい~」

「なら本当においてくぞ」

 ブー、と言いながら歩き休憩場に着く。そこには北条ら以外に誰もいなかった。

 横長で十畳ほどのスペースに二人並んで壁を背もたれにして腰を下ろす。

「脚パンパンよ」

「たるみが引き締まるだろ」

 彼の一言にむっとしながらエムバは自分の足をマッサージする。

 しばらく沈黙が流れる。

 遺跡内は風の音以外に音はなく、よりはっきりと沈黙を感じる。

 北条は珍しく何も言わないエムバの顔をチラリと見る。

 暗く……否、何か迷っているような、そんな表情に見えた。

「……ねえ」

「ん?」

 不意に声をかけられ、少し慌てて顔を逸らす。彼女はどうやらそれに気づいていないようで、離し始める。

「あなたって……過去に何かあったの?」

「……いきなりの質問だな。何かとは?」

 微妙に声のトーンが変わったのが分かった。

「そんなの分からないわよ。ただ……とても辛いこととか」

「どうしてそう思った?」

 こういうことはあまり詮索しないほうがいいのだろう。

 しかし、

「サリーの時よ」

 どうしても聞きたかった。

 エムバは横目に北条の顔を見る。彼は一瞬暗い表情をしたかと思うと、

「だろうな」

 諦めたようにため息を吐き、頭を掻き、

「なんてことない。前のパーティが全滅したってだけさ」

「え……」

 思わずそう聞き返し、彼の顔を見る。北条は最初の一瞬、苦しそうに唇を引き結んでいたが、

「話したいことはいっぱいあった。バカみたいにはしゃぐことももっとやりたかったさ。でも……死は冷たい……」

 彼は苦虫を噛み潰したような表情になり、憎悪を露わにする。

「いつ起こるかわからない。明日かも、明後日かも、もしかしたらこの数秒後かもしれない。そして死人に何を言ったところで返ってはこない」

「だからサリーに……」

「……お節介は分かってたさ。でも思いは思っているだけじゃ伝わらない。言葉にするタイミングを失えば、一生後悔するかもしれない」

 その言葉を聞きエムバは暗い顔になり俯く。

 それを察した北条は面倒くさそうに頭を掻き、

「もうずいぶん前の話だ。思い出話……というにはまあくるものがあるが、」

「でも……あの三人が……そんな……」

 エムバは顔を覆って泣きそうになっている。しかしその態度に北条の眉がピクリと動く。

「おい。なんでお前知って」




 ごごおオオォォォォォォッッッ!!




 彼が言い終わる前に、何かが破壊され、崩れる音が響いた。

 二人は瞬時にそれが遺跡の下の階層からの音だと分かり、北条は剣をとり、エムバはワンドを取り出し、気持ちを切り替える。

「なに!?」

「……行くぞ」

 北条は通路から顔をだし、安全を確認すると、急ぎ足で奥に向かう。そのあとをエムバは援護できるように身構えて追いかける。

 遺跡内の道は迷路のように入り組んでいた。道を忘れないように慎重に進む。

 と、しばらく進むと下に降りる階段を発見した。そしてその下からまた破壊音が聞こえてくる。しかしまだ遠い。さらに一つ下なのだろうか。

 北条は迷わず階段を降りる。それに戸惑いながらエムバも追いかける。

(いったい何が起こっている?)

 遺跡内で魔物とエンカウントしても、これほど大きな衝撃が起こるのはおかしい。そんなに力を持った魔物も、そんな力を出さなければならないほどの魔物もここにはいないはずだ。

 嫌な予感がする。

 階段の終わりが見えてくる。北条は剣に軽く手を添え、抜刀の準備をする。

 そして階段が終わり、フロア内に入ろうとする。

 その瞬間、目の前に緑色の巨大な鎌が現れ、それが北条に向かって振り落とされる。

 緑色の鋸のような刃の巨大な鎌。それは的確に彼の脳天を狙ったもので、勢いから推測するに、ゆうに体を一刀両断できるだろう。

 しかし北条はその先端が髪に触れる寸前、一歩踏み出して抜刀し、鎌を根元に向かって剣を振る。

「チッ! 浅い!」

 彼の放った斬撃は切り落とすまでには至らなかったが、それでも深々と根元に沈み、切り裂く。

『ケキヤアアアアアアアァァァァァァァァァァァァァァッ!!』

 耳をつんざくような甲高い鳴き声を上げ、カマキリの魔物『マンティス』は後退する。

 切り裂かれた右腕はだらりと力なくぶら下がっている。

 マンティスは痛みに苦しんでいるようで、激しく暴れる。普通のカマキリサイズから暴れたところでどうということはないのだが、この魔物の背丈は北条の二倍以上あり、遺跡の通路と同じくらいの大きさだ。それが子供がだだをこねるように暴れ、大鎌を振ってくるので、破壊力は桁外れ。

 しかし、北条はそれを難なくかわす。

 ただ大振りするだけの鎌は、威力はあっても動きが単調だ。

氷刺アイスニードル

 さらに翳した手から無数の氷の針を放ち、相手に防御の体制を維持させる。彼はそのまま距離を詰め、顔を目の前に捉えたところで剣を振ろうとする。

 が、左の方でぐちゃっと湿った音がした。ちらりと横目に見ると、北条が切った右腕が完全に断たれていた。

 空中に放り出された鎌は勢いに乗って北条の首筋を掻き切――――――――――――らずにギリギリを通過する。

 もし垂れ下がったままだったなら、鎌の軌道は、明らかに彼の背中を捉えていた。この本体を倒したとしても、残った勢いで直撃していただろう。

 傷口には焼けたあとがある。おそらくエムバが魔法で援護してくれたのだろう。

 北条は口元に薄く笑みを浮かべると、再び視線を戻し、マンティスの顔に向かって剣を突き立てる。顔の中心くらいに差し込まれた剣は刃の半分くらいが沈んでいる。

 その状態で彼は右手を大きく引き、

『キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!』

「くたばれ!」

 柄に掌打を繰り出し、刃をすべて埋める。

「凍れ」

 氷のように冷たい声音。

 柄を持って思い切り切り上げる。それによりマンティスの顔は真っ二つに裂け、その傷口が一瞬で凍り付く。そこから血液を経由し、全身に冷気が周り、刹那のうちに全身が内部から凍る。

 戦闘を終え、北条は剣に付いた氷を血振りするように払い、鞘に納める。

 そして氷漬けになったマンティスに触れる。

「自分でやっといてあれだが。邪魔だ」

 次の瞬間、マンティスの体に無数のひびが入り、爆ぜるように粉々に崩れる。

 巨大な体はまるで放射冷却によってできた細かい氷の粒のようになり、地面に落ちる。

 それは一瞬だが、見とれてしまうほどに、まるで命が散るのを表現しているような美しさを持っていた。

 エムバは思わず見とれてしまい、動けなくなってしまう。しかしそれを作り上げた彼はそんなものに構わず、

「何やってんだ! さっさと行くぞ!」

「あッ!」

 彼の苛立った声で正気に戻り、先を急ぐ。

 と、走っていると突き当りのT字路からグラスホッパーの大群が現れる。

 北条は舌打ちし、群れに手を翳す。

 と、その背後から見計らったようにヴァンプの大群が現れる。

「エムバ!」

「分かってるって!」

 北条と背中合わせになり、

「『雨粒よ 無数の刃となりて敵を穿て』!」

 エムバはヴァンプの大群にワンドを向ける。



「「『氷刺アイスニードル』!」」



 通路いっぱいに氷の針が舞う。

 グラスホッパーは次々とT字路の壁に標本のように磔にされていき、ヴァンプは甲高い声を上げて落ちていく。

 そして全て処理したころには、周りは地獄の針の山を思わせる光景が広がっていた。

 壁に刺さる大量の虫。身体に氷の針が刺さり息絶えている大量コウモリ。

「……カエデの言ってたことは本当だったな」

 今更ながら彼女の話の内容を思い出す。

 しかし彼女は奥の方の話だと言っていた。

 ここはまだ浅い階層だ。奥というのはまだまだ先、あと二階ほど降りたところからだ。その間には大きく開けたドーム状のフロアがある。

 いったい何が起こっている。

 T字路の安全を確認し、

「バッタ気持ち悪い……」

「がまんしろ!」

「紫の汁が……」

「行くぞ」

 階段に急ぐ。


 


      ・・・





 足が重い。完全に運動不足が原因だ。

 彼女は乳酸で重くなった足を無理やり動かし、走る。その表情は必死である。

 なぜならその後ろに、『敵』が迫っていたからだ。

 彼女の後方。距離にして約50メートル。

 曲がってきた曲がり角が見える。

 


 

 数秒後、

 



『………ォォォォォオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!』

 大気が震える。

 太く、腹の底に響くような雄叫びが上がり、その声の主が姿を現す。

 巨人。

 身長約五メートル。

 大木のような筋骨隆々の腕と脚。

 両手首と首には、引き千切られたであろう鎖が付いた鉄の腕輪がついている。

 雄叫びを上げるその大きな口は以上に裂け、中からは太い二本の牙が下から伸びている。

 巨人は狭い通路を起用に這いながら進んでくる。が、曲がり角は巨体のせいで苦戦するようだ。

 今のうちに距離を稼ぎ、階段までの道を見つけなければ……

 体力の限界なんてとっくに超えてしまっている。それでも水色の髪を振り乱し、迷路を闇雲に走り回って出口を探す。

 すると、目の前の曲がり角を曲がったところで、奥に光が見えた。

(出口!)

 そう確信し、最後の力を使って走る。

 もう足はフラフラだ。立っているのもやっとだ。

 速く走ろうとしても、腿が上がらないし、膝から下の感覚も朧気で動きが鈍い。

 しかしそれでも必死に足を動かし、前に進む。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!』

「!?」

 後ろの曲がり角。巨人が顔を出していた。

 見つかった。

 一瞬振り返ったが、すぐに前に視線を戻し、走る。その後ろからは石と何かがこすれる音が聞こえてくる。巨人が体を通そうともがいているのだろう。音だけでその様子がありありと脳内に浮かび、危機感と焦りが加速する。

 

 速く! 速く! 速くッ!!

 動け! 動け! 動けッ!!

 

 自分の体にそう言い聞かせ、鞭を打つ。

 巨人はおそらく今頭が抜けただろう。肩が抜ければそこからは早い。

 焦る気持ち。走り以外の要因で呼吸が乱れる。思考は真っ白同然だった。もう視界には光しか見えない。

 距離にしておよそ20m。

 自分の足なら時間にして約二秒超。

 その二秒が恐ろしく長く感じる。

 自分の体を含めたすべてがスローで動いているように感じた。

 巨人は肩を抜け、腹を抜け、体を目いっぱいに伸ばし、手を伸ばしてくる。

 あと一歩!

(最後!)

 最後の一歩を思い切り地面を蹴り、ジャンプする。巨人の手は間一髪で空を切り、彼女の体は光の中に転がり込む。

(やっと……出られる……)

 外だ。外に出た!

 彼女は地面に着地した時の痛みなど忘れ、無邪気な子供のように目を開ける。が、その瞳は一瞬で凍り付く。

「なに……ここ……」

 そこは大きなドーム状になったフロアだった。

 彼女が入ってきた反対側には登りの階段が見える。

 つまり、ここは外ではない。

 それが分かった瞬間、彼女の顔からすべてが抜けおち、胸を絶望感と虚無感が埋め尽くす。

 終わり。

 その言葉が脳裏を過った瞬間、後方の壁が爆ぜ、巨人が姿を現す。ドームは巨人が立ち上がってもまだ余りがある。およそ七メートルくらいだろうか。

 巨人が現れた瞬間、びくっと体を震わせ振り向き、その顔に恐怖が生まれたが、それもすぐに虚無の彼方に消え去ってしまう。

 もう……ゲームセットだ。

 巨人はやっと追い付いたことに喜んでいるのか、口を大きくかけてこれまで以上に大声で雄叫びを上げる。

『ウオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』

 そして岩のような拳を振り上げると、それを躊躇いなく彼女に向かって振り下ろす。

 彼女にそれを避けるような仕草はなかった。

 完全に諦めていた。

 もうダメだと。

 自分の心に区切りをつけようとしていた。

 


「『轟流突波カノーネスプラッシュ!』」




 突如現れた水の柱によって巨人の手が弾かれた。

「ホウジョウ!」

「『氷樹木』」

 そして次の瞬間その柱が木の幹のように凍りつき、そこから枝のように伸びてきた大量の氷の槍によって巨人は全身を貫かれる。

「とどめだ」

 そして体の内側からも氷の槍が飛び出す。

 口、頭、耳、背中、腹、腰、足。ありとあらゆる場所から透明な刃が飛び出しているその姿は、どこか芸術じみていた。

「ふぅ。危ねぇ」

 北条は額の汗を拭う。その間にエムバは襲われていた少女のところに向かい、安否を確認する。

「大丈夫? 怪我とかしてない?」

「……あ、うん。大丈夫。ありがとう」

 まだ少し気が動転しているのか、少女の返答は少し虚ろだ。

 しかし大きな怪我はなく、大量のかすり傷を治すためにエムバは回復の魔法を唱える。

「生命を司る聖霊よ 傷ついた者に慈悲の光を 慈愛の手を」

 エムバは少女の上から何かを振りかけるようにワンドを振る。

「『癒しの光ケアリング』」

 魔法名を言った瞬間、ワンドの先から光の粉が現れる。それは少女の体に当たると、吸収されるように中に入っていき、同時に傷が治っていく。

 体が完治すると、少女はそれを確認するように腕や脚を動かす。そして確認を終えると、エムバの方を見て、

「あ、ありがとうございます!」

 正座し、深々と頭を下げる。それにエムバはない胸を張り、

「どういたしまして」

 この偉そうな態度である。もう少し謙虚になれないのだろうか。

 何てことを思いながら戦闘の終了を確認する北条。巨人は完全にオブジェと化している。

 戦闘終了。

 そう判断し、北条は抜きかけだった剣を納め、きびすを返す。

「おい。そっちは大丈夫」

「まだだ!」

 それは少女の声だった。しかしさっきと様子が違う。

 北条はとっさに振り向く。

『ウオアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』

 瞬間、視界は言ってきたのは『壁』だった。

 それを巨人の手だと理解するのに一瞬のラグがあった。巨人はオブジェのような体になってもまだ生きていたのだ。

 ゴバッ、と空気が掻き払われる音。風圧で飛ばされそうになるエムバたち。

 砂埃から目を庇う。

「ホウジョウ!」

 そう叫んだ時だった。

 ゴチヤ、と何か、硬さと柔らかさを持ったものが当たる音が聞こえたのは。

 ……砂埃が晴れていく。

 そこに北条の姿はなかった。

 彼の体は、巨人の手の払われた方向。その直線状にある壁のところにあった。

 いつもの冷たい雰囲気とは裏腹に、情熱的なほどに赤い血を全身から滴らせた彼の姿が……。

「―――――—――ッッ!!」

 思わず息を飲んだ。

 骨が折れているのだろう。右腕があらぬ方向に曲がって、関節が一つ増えたようになっている。

 パッと見ただけでも頭部からの出血はひどく、顔を真っ赤に染めている。

 そしてその瞼は、静かに閉じられていた。


 ドクンッ―――――――――――――――――――


 彼女の中で、何かが爆ぜた。

 衝動的に足が動き、彼の方に駆けだす。

 しかし、それが、その考えなしの行動がどういう結果を招くか、彼女は知っていても止められなかった。

「危ない!」

 そんな少女の声に気が付き、後ろに視線を向ける。そこには無慈悲な巨人の手が迫ってきていた。

 それを認識した瞬間、彼女の世界から音が消え、視界がスローモーションになる。

 ゆっくりと、はっきりと迫ってくる巨人の手。まさに魔の手といって相応しい。

 そして二の舞。

 まさにその言葉を体現したような状況ではないか。我ながら笑ってしまう。

 歯車は、一つが壊れると全部狂ってしまう。

 北条という歯車が壊れてしまい、エムバという歯車がこうして狂ってしまったのだ。何とも滑稽だ。

 



 ドクンッ―――――――――――――――――――




『……なら、狂っちゃえばいいじゃないか』




 頭の中で、そんな声が聞こえた。




 ぐちゃ―――――――――――――




 そんな湿った音が耳の奥に響き、彼女の意識は―――――――――――




      ・・・




 再び舞い上がる砂埃。

 目の前で起こった悲劇のショックで少女はその場にペタリとへたり込み、目の中から光が失われる。しかしすぐにその光が戻り、砂埃からではなく、彼らの最後から目を背ける。



 ぐちゃりと湿った音がした。



 何かが潰れるような・・・・・・音が。


 

 彼女は思った。

 想像した。無残な人間の最後を。

『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!』

 聞こえてくる雄叫び。嬉々としているように聞こえる。

 敵を倒せて喜んでいるのだろうか。

 

 次は自分の番だ。

 

 冷静になる思考。

 逃げなければ。

 やられる。殺されてしまう。

 こんな体じゃ戦えない・・・・・・・

 己のために二人を切り捨てる決心をし、彼女は目を開き、立ち上がろうと足腰に力を込めて立ち上がる。

 が、

『キャハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!』

「!?」

 その時聞こえてきたのは嬉々とした笑い声。

 そして開かれた視界がこの空間の全容をとらえた。

 嬉々としていると思っていた巨人。しかし真実は違った。

 巨人が薙ぎ払おうとして降った左手は血まみれになり、ただの肉袋のようにだらりと力なく肩からぶら下がっていた。

 そして片膝を突き、その顔には苦悶の表情を浮かべている。

 対してエムバ呼ばれる少女。

 ……否。

 その姿を見て思った。

(何……あれ……)

 それは少女と呼べるのかと。

 否。

 ソレは人間と・・・・・・呼べるのかと・・・・・・――――――――――――――――

『アハハハハハハハハハハハハハハハハハ!! どうしたのデカブツ? 腕が壊れちゃって苦しいの?』

 ぐにゃりと歪んだ笑顔。

 悪質を通り越して『邪悪』。

 彼女の顔には不気味な黒い模様が走っており、体には『黒色の粘着質な物質』が纏わりついていた。

 その内臓のような物質は鼓動するように大小を繰り返し、彼女の肩から湧き水のように出てくる。

 苦しむ巨人に彼女は狂気の笑みを浮かべ、『黒の物質』が纏わりついている右手を突き出す。

その腕が伸び切った瞬間、まるで彼女の腕を伸ばしたかのように黒の物質が伸びていき、巨人の右腕にくっ付く。そして間髪入れずにその腕を肩の辺りまで侵食し、

『アハ!』

 彼女が口を動かし、言葉を放った直後、




『イタダキマス』




 ぶちゅり―――――――――――――

 まるで万力で締め付けて千切り取ったように巨人の腕が持っていかれる。

 その様子を客観的に見ていた少女は、自分の口が勝手に動くのを感じた。

「齧り取った……」

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』

 直後、巨人の悲鳴が空間に響き渡る。その爆発したような巨大な悲鳴に少女は思わず耳を塞ぐ。

 しかしエムバはそれを聞いて頬を綻ばせ、目をつむってうっとりとした表情を取る。まるでディナーの時に流れる音楽を楽しむかのように。

 くちゃくちゃと汚らしい咀嚼音を立て、黒の物質は巨人の腕を食べていく・・・・・。そして完全に消化しきり元の大きさに戻ると、再び巨人に向かって捕食しにかかる。

 黒の物質は巨人のもう一方の腕を飲み込み、噛み千切ると、今度は止まらず次々とその体に飛びついて侵食していく。その量は、完全に巨人の体を包み込んでしまえるほどだった。

 一体どこにそれほどの量を、という疑問すら飲み込んでしまえるほどの光景。

 絶句

 唖然

 そんなものを通り越して完全なる『絶望』が、侵食するかのようにジワリと見る者のうちに湧いてくる。

 まさに地獄絵図だった。

 両腕をもがれ、順に足、腹、内臓を掻きだされ、食い散らかされていく巨人。始めは痛みに悲痛の叫びをあげていたが、それも途中からなくなり、やがて虫の死骸のように食い散らかされる餌と成り果てた。

「……『蠱毒』か」

 少女はそれを冷静に・・・見ていた。

 食事が終わる。

 しかし黒の物質は彼女の中に戻らず、その周りを蠢き続ける。

 エムバはフラフラとしながら辺りを見回す。そして少女の方を向く。

 その口は、

「オナカヘッタナ」

 ぐにゃりと歪んでいた。

「ッ!」

 少女は立ち上がり、逃げようとするが、それよりも早く黒の物質が彼女の前に立ち塞がる。

 そして背後にも黒の物質が現れ、大きく身を膨らませ、襲い掛かろうとする。

 挟撃。

 少女は素早く横に飛び、その攻撃をかわす。が、合掌するように合わさった蠱毒は、今度は鉄砲水のように速度を上げて彼女の襲い掛かる。

「なッ!」

 ブヨブヨした見た目に反し、俊敏な動きで少女の脚をとらえ、そのまま浸食を始める。

 今度はゆっくりと、

 弄ぶように

 味わうように

「くっ……うぅ……!!」

 ねっとりと舐めるように彼女の体を飲み込んでいく。

 必死に叩いたりして抵抗を試みるが、彼女の拳には液体の中を通るような感覚しかなく、効いているようには思えなかった。

 蠱毒は徐々に体を上っていく。

 下半身が飲み込まれ、肩の辺りまで迫っている。

 しかし。

「フフ……」

 少女の口から漏れたのは、笑いだった。

 侵食が進み、蠱毒は首の辺りまで飲み込んでいる。

 絶体絶命の状況だ。

 しかしそんな笑みにエムバが反応することはない。狂気と食欲に飲み込まれてしまった彼女は味わうことに夢中になっている。

 少女はその姿を鼻で嘲笑し、聞いていないと分かった上で、くいっと顎で彼女の背後を指す。

「ほら。鎮まらないならその王子様に治めてもらいな」

 その言葉を放ち終えたのとほぼ同時に少女とエムバの間に一本の剣飛来し、地面に突き刺さる。その瞬間、地面と少女の体を蹂躙するように這いずっていた蠱毒が、蒸発するように跡形もなく消えてしまう。

『アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!』

 ガラスを引っかいたような甲高い悲鳴を上げ本能的に剣から距離をとるエムバ。

 しかしその避けた先に、

「捕まえた」

 聞き覚えのある声。その声に彼女・・は思わず振り返る。

「ホウ……ジョウ……」

 北条は無事な左手でエムバの体を抱きしめる。

「今、戻してやるからな」

 彼の言葉を、珍しく暖かいと感じた。

 北条はそのまま浄化の魔法を使う。さっきの剣にもこれを込めていた。

『あ゛が……あ゛あ゛、あ゛……ぁぁぁぁぁああああああああああああああああああッッッ!!!』

 ドクンッ、と彼女の体が跳ね、弓のように反り返り、苦悶の表情を浮かべる。印象的には日光を浴びせられたヴァンパイアだ。

『アツイアツイアツイアツイアツイ!! アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!』

 彼女の体は手をバタつかせて暴れ、外にでていた蠱毒は初めは苦しんで抵抗するように大小を繰り返し、形を維持しようとした。

 しかし徐々に小さくなり維持が難しくなってくると、諦めたように傷口から彼女の体に戻っていく。

「……」

 それを北条は安堵と悔しさの入り混じった、そんな複雑な気持ちで見ていた。

 完全に引っ込んだ頃にはエムバは穏やかな寝顔になっており、北条の腕の中にポフッと倒れる。彼女をそっと床に寝かせる。スヤスヤと寝息を立てる彼女を見て一安心すると、緊張が解けその場に腰を落としてしまう。

「さ、さすがにキツいな……」

 肩で息をしながらこぼす。

 ここに来るまでにすでにそこそこの魔力を消費していた。加えて『氷樹木』を使用し、壁に衝突するときに衝撃吸収のために後ろに水の壁を作ったあげく、エムバへの浄化の魔法ときた。

「MP表示があったら……残量はマイナスだな……」

 ハハ、と力のない笑いを零す。

 そんな彼のところに近づいてくる足音があった。

「お疲れ様。……白馬の王子様というには汚い格好になってしまったね」

 少女はニヤリと嫌味な笑みを浮かべ、彼を見下ろしてくる。

 北条は警戒した視線で彼女の方を見る。

「お前は何者だ?」

「何者とは名前を聞いているのか? この体・・・の持ち主・・・・の名前は『ミセバヤ』と言うらしいが」

「……」

 黙ってにらみつけるような視線を向ける北条に、彼女は半笑いを浮かべ返す。

「……ということはお前はその体の持ち主じゃないってことか」

「いかにも」

「なら持ち主ってのはあの最初にしゃべってた穏やかな性格の方か」

「いかにも」

 うむうむ、とミセバヤという少女の体に入っているモノは頷く。

「彼女とはいわゆる共存関係っていうのかな。まあずいぶんと昔からの仲だよ」

「お前は」

「おっと質問が多いよ。それより今はここを出ることを優先しないかい?」

「上の魔物はこいつと全部片づけてきた。まだゆっくりする時間はあるさ」

「ほうほうそれはそれは」

 でもね、と彼女は含みのある笑みを浮かべ、北条の方を指さす。

 否、正確には……

「下の階の魔物は手つかずだよね」

「え……」

 嫌な予感がして背後の奥にある階段を恐る恐る見ると、

『グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!』

 魔物の群れが現れた。

 

 北条のターン

 コマンド選択画面

「逃げるの一択だろjk!」

「女子高校生?」

「ちげえよ! いいから逃げるぞ!」

「あ、ちょい待ちなよ! おいてくなよ!」

 彼はエムバを左脇に抱えると一目散に走り出す。

 それにミセバヤ(?) も慌ててついていく。

 そしてそれにゾロゾロとついてくる魔物たち。

「おい! 後ろの付属品なんとかならねーのか!?」

「口を動かす暇があるなら足を動かしなよ」

「ああクソ! こいつ重いな!」

「あーひどいこと言った」

 


 

 結局口もほどほどに動かし、なんとか外に脱出することに成功する。

 ぜぇぜぇハァハァと息を切らす。MPだけでなくHPもこれで真っ赤だろう。

「もうヤバい……死ぬ……」

「同感……」

 バタッと倒れるように地面に寝転がる二人。闘争の最中もエムバはすやすやと健やかな寝息を立てていた。

「アハハ……さすがに体が乳酸だらけだよ。ほんとに限界……」

 二日後に筋肉痛が~、と何やら一人で苦しんでいるミセバヤ(?) 

 北条は彼女を見て、それからある程度呼吸を整えると、起き上がり、

「おい」

「ん?」

 声をかけられた彼女は、彼の雰囲気から何をしたいか察し、ため息を吐く。

「しつこい男は嫌われるよ」

「余計なお世話ですよ」

 適当に流し、本題に入る。

「もう一度聞く。お前は何者だ? 今度は正体についてだ」

「神だ」

「………………………………………………………………………………は?」

「ここに閉じ込められてもう何年……いや、何百年経ったんだろうね。外の空気は久しぶりだよ」

 たっぷり時間を使って、導き出した答えは『は?』だった。

 脳内が一瞬空白になった。

 『分からない』や『理解できない』以前の問題だった。

 自称『神』の彼女はその反応を見た瞬間、にやりと得意げな笑みを浮かべる。人の驚く顔を見て面白がるあれだ。

 そして体が乳酸だらけと言っていたにも関わらず、仰向けになると跳ね起きで立ち上がる。

「神! God! 全知全能森羅万象を司る人知を超えた存在! そう! 何を隠そう、私こそがこの世界の『転生』というシステムそのものなのだ!」

「……」

 もう……訳かが分からなかった。

 

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