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転生迷宮 ―リバイバルラビリンス―  作者: 梅雨ゼンセン
最終章 下 ―コドクな世界で―
118/118

この世界で君と……

 元の世界に戻ってきた北条。

 目を開けると目の前には、


「ハハ! やっぱり、私は殺されるんだね」


 ヴィルトエルが笑っている。

 場所は同じく木のあるあの部屋。しかし辺りにはエントンが殺したヴィルトエルの死体が散乱している。

 それが戻ってきたという証拠。

 そしてヴィルトエルは相変わらず木の下のテーブルに就き、紅茶を飲んでいる。

「『氷樹木』」

 北条は彼女に向かって、手から氷の枝を、足元から根を這わせ、伸ばし、串刺しにする。

 割れたティーカップとともに穴だらけの少女の体が宙を舞う。

 その死体を無視して、北条は言う。

「俺は……エムバが幸せならそれでいい。もとから欲はそんなにないんだよ」

 そう。

 確かに北条はエムバのことが好きだ。それは確信を持っていえる。

 長いこの旅の中で、一緒に居て、

 あの明るさに、無邪気さに、惹かれていた。ようやくそれを自覚し、確信をもって言えるようになった。

 しかし、それは俗に言う『恋愛』とは少し感覚が違うと思う。

 相手が欲しい、体も気持ちも全部欲しいと望む、肉欲的なものではない。


 それに比べればもっと希薄で、無欲で、それでいてより広大で傲慢な感情。


 相手の望む幸せが何なのかは考えていない。

 ただ、それでも、エムバが幸せならそれでいい。


「だから俺はエムバが望んだ世界の更新をする。新しく幸せな世界で、エムバにも幸せになってもらう。望んでいるのはそれだけだ」

 自分で言っていて、まるでどこかの『ハル』みたいだと思う。

 いつだったから、確か荒城での戦いの最後だった。ハルの言葉。

『相手を救いたい。救った結果、そこに相手の望んでいる結果が待ってなくても別にいいんだろ、お前?』

『結局な。俺たちは俺たちのために行動している訳だ。別に相手の気持ちなんて考えてない。ただ自分が、その人を救って満足したいだけなんだ』

 自己満足のために他者を満足させたい。

 エムバの幸せが、喜んでいる姿が、

 そして喜ばせたのが自分であるという事実が、

 北条にとっては何よりの幸せなのだ。

「……そして私が死んだ後に世界を更新するつもりか」

 エントンのときと同様、いつの間にか別の入口から新しいヴィルトエルが現れる。

 北条は彼女の方を向き直り、「ああ」と肯定する。

「お前は新しい世界を見たいんだろ? それだけのためにこの蠱毒を利用し、この世界とそこに住む人を利用した」

 なら、と彼は嗤う。

「お前を次の世界に行かせない。俺の作る新しい世界に入れないようここできっちり殺すことが、お前への最大の復讐となる。そうだろう? お前は長い時間をかけて築いてきたシナリオの最期を見られない」

「なるほど。確かにそれは困るね」

 ヴィルトエルは肩を竦めて肯定した後、

「しかし、君にそれができるのかい? 私の体、記憶のバックアップは世界中にあるんだけど?」

「心配ない」

 そう北条は目の前のヴィルトエルを氷の大鎌で薙ぎ払いつつ、淡々と言った。

 そして一緒にあの『木』も両断する。これにより『森』を形成していた木々が破壊されたはずだ。

 北条は鎌を消すと、今度は蠱毒を天井に向けて喰らわせる。



「……地上に出れば全て終わる」



 今の北条にはチートの力、それに加えて蠱毒がある。

 数秒後、蠱毒は天井をくりぬき終え、できた穴から空が見える。その高さはざっと百メートルほど。つまりここは地下百メートル地点ということだ。

 ―――こんなにも下に来ていたのか。

 そう上を見て、感嘆の息を吐く。

 そして、そんな地下から数秒で地上までの穴を掘ってしまう蠱毒にも、思わず呆れて笑ってしまう。

 北条は足元から氷の柱を発生させて、その穴を上り、地上に出る。

 地上に出ると、予想通り森が消滅していた。残っているのは驚くほど平坦な大地に生える短い草だけ。

 まるでサッカー場だ。大きさはその何倍もあるが。

 なんてくだらない事を一瞬だけ考え、彼は足を海に向ける。木々があったときは、そのせいで何も見えなかったが、海は案外近かったようだ。一キロほど向こうだが、青色が見える。

 しかし一キロとってもそこまではずっとヴィルトエルの領地だ。移動の間彼女のが何もしてこないとは思えない。

 さて、どうするか。

 と、一つ思いつく。

「……やってみるか」

 北条は海に狙いを定め、助走を付ける。

 そして、十分に勢いが付いたところで地を思い切り蹴って跳躍する。

 ……北条は力のチートではない。アンやユキのように、力のチート持ちなら一回のジャンプで簡単に一キロくらい跳んでしまうだろうが、北条のジャンプ力はアスリートより少し高いくらいだ。

 しかし、そのジャンプのタイミングに合わせて、彼は足元で爆発させた。

 水分を。氷の状態で足の裏に付着させ、チートの力を使って一気に水蒸気にする。

 超強引な水蒸気爆発を引き起こした。それにより彼の体は三十メートルほど一気に跳躍し、地面を転がる。

「がっ!」

 今の呻きは地面からの衝撃故ではない。

 北条は足を見る。お試しのつもりで爆発の威力を抑えたつもりだったが、それでも衝撃により骨が折れて足がひしゃげていた。


 しかし、それはすぐに再生する・・・・


 歪んだ足から黒い泥がしみ出し、一瞬で傷を治してしまう。

 そう。今までは足が折れるから使えなかったが、今は蠱毒がある。

 単純にいえば、なんでもありの力を得たのだ。

 この程度の傷、というより体を両断されてももはや傷にすら入らないだろう。

 北条はそれを確認して、立ち上がり、今度は両足に水を集める。今度はさっきの倍以上の量を。

 そして、今度は助走をつけた奔り幅跳びのような跳躍ではなく、

「ッ!」

 三段跳びのように一歩ごとに爆発させて、加速していく。

 爆発の度に飛距離は伸びていく。しかしそれに伴って足は原型を失っていくが、その度に蠱毒が修復する。そのため止まることなく加速することができ、数秒で一キロを進むことができた。

 そして北条はそのまま海に飛び込んだ。

 初めは水きりのように地面の上を転がり、腕が、脚が、あばら骨が、頭蓋骨が、背骨が、全身の骨と肉がぐちゃぐちゃに潰され、粉砕された。

 しかしその粉砕と同じ速度で蠱毒が再生し、北条は人の形を保ったまま海に沈む。

「……」


 沈みながら、認識する。


 自分が、もはや呼吸を必要としていないことに。

 海に沈み、海水が肺と胃の中に入ってきているのが分かる。しかしそれも入ったとたんに蠱毒に吸収されて魔力に変換される。

 まるで、どこかのピンク玉の宇宙人のように、体内にブラックホールを抱えているような気分だ。いや、厳密にはブラックホールではないが、しかし実際同じようなものなのだろう。


 そして理解する。


 この何でもない、ただの海水でさえも、やはり魔力でできているということを。

 世界に溢れているあらゆる物質。それを遡ると、分子、原子、中性子、陽子、電子、素粒子……

 そして、魔力。

『人は思考によって世界を変えられる。それがこの世界だ』

 突如、脳内に声が響く。


 そして視界が暗転する。

 

 一瞬、北条はその声に目を見開いた。

「エムバ!?」

『残念』

 そう笑って姿を現したのは、毒の魔王『フレシアラ』。

 彼女は漆黒の中を漂いながら、失望した北条の顔を見て笑う。

『露骨に残念そうだね。ま、それもそうか』

「……エムバは居るのか?」

『うん。ただこうして話をすることはできないけどね。君が私のコピー、クローンだったならできたんだろうけど』

 と、彼女はまた『残念』と嗤う。しかし次いで、

『ま、どっちにしろやることは変わらないんでしょ?』

 なんて、北条の意志を確かめる様に微笑む。

 それに彼は「ああ」と頷く。誰に何を言われても変わらない。

「俺はヴィルトエルを殺して、世界を作り変える」

『一途だねぇ。私のクローンが羨ましいよ。ま、それくらい強い意志がないと世界の更新なんて成功しないか』

 そう彼女は笑みを零した後、


『……人の思考には世界を変える力がある。それは君が転生する前の世界でも同じだ』


 真剣な顔になる。

『だから君は、君が思った通りの世界を描けばいい。蠱毒はそれに応え、世界はその想像のままに構成させる』

 そんなことを言われ、北条は一瞬呆けた後、笑ってしまう。

「最後の最後だけは重要キャラっぽいな」

 それにフレシアラも鼻で笑って同意する。

『まあね。もとから私、そこまで世界に関心なかったから。作ろうが壊そうがどうぞご勝手に』

 そういってフレシアラは消えた。

 同時に世界は再び色を取り戻す。

 真っ青な海の底に戻ってくる。

 ――――思考は世界を変える、か。

 そうだ。魔法は人の思考によってその効果を変える。特に詠唱などを必要としないチートはそれが顕著に現れる。

 だから、強く、

 より具体的に、思い描く。

 魔王を殺す、世界を。

 凍えた世界を。


「……海よ。アイツを殺せ」


 刹那、

 海が荒れ狂う。

 北条を中心に巨大な渦を巻く。

 そして無数の水の柱が海から建ちあがり、大蛇のように陸にあるヴィルトエルのアジト突っ込む。

 大量の海水。それはまるでアリの巣に水攻めをしているかのような絵面。しかし、規模が違う。

 土が、大地が抉れ、混ざり合い、濁流と化かす。地形が変わるほどの激流。

 しかしそれでも北条は手を抜かない。

 完全にそこから目の前の陸地を消してしまう勢いで


 追加、追加、

 追撃、追撃で更に水で侵略していく。


 やがて、初め森だった土地を全て削り取り、完全にそこが海の内部と化した時に、

「――――『氷樹結界ひょうじゅけっかい』」

 止めに、海水を無数の巨大な棘上に凍らせて、大地を、そして海底をも串刺しにする。


 陸地というものを串刺しにした。

 

 しかし、

「……次だ」

 これでもまだ終わらない。

 そう。

 ヴィルトエルのアジト、バックアップは世界中に存在している。その全てを破壊しない限り、あの魔王を消し去ることができない。


 だから、北条は展開した。


 水蒸気を。

 世界中に展開した・・・・・・・・


 世界の上空にある、大気中の全ての水蒸気を掌握した。

 

 そうしてひとつ残らず探し出していく。

 そして、破壊していく。


「……一つ」

 水を放って、渦潮を起こして全て抉り取った。


「二つ目」

 長さ百メートル以上の氷の槍を何百も発生させて、串刺しにした後、水で抉り取った。


「三つ目……」

 水を流し込み、水蒸気爆発を起こして周囲の地盤事ひっくり返した。



「四……五……六……七……」


 

 水を使って、


 

 氷を使って、



 

 水を、


 氷を、


 

 氷、


 水蒸気、


 水、氷、水、水蒸気、水、水、水、水、水、……………………………










 ――――――まるで、ノアの箱舟の洪水だ。



 全ての研究施設、アジトを破壊した後、北条はそう思った。

 水蒸気を使って、アジトの場所を探していたが、それと同時に周りの風景や状態も自然と分かってしまう。

 


 抉れたて、水浸しの大地。

 吹っ飛んだ山。

 新たに形成された渓谷や奈落。

 そして凍った森。

 

 

「ノアよりも酷いな」

 なんて自嘲気な笑みを漏らせたのも、これが最後。

 全ての、本当に全てのアジトを破壊した。これで確実にヴィルトエルは復活できない。


 北条の復讐は、これで完全に完了した。

 

 得られたのは、一瞬の達成感と、

「……」

 大きな虚無感。

 そして、仄かな後悔。

 結局自分は、こんな生き方しかできなかったという、後悔。

 そして、結局自分はこの程度の人間だったんだという納得。

 

 よくいるライトノベルの主人公なら、もっとうまく立ち回れたのかもしれない。

 周りに居る人を誰も不幸せにせず、傷つけず、それでいて自分の望みは叶えて、女の子に囲まれて……


「……」

 別にハーレム云々うんぬんが欲しかったわけじゃない。

 富も、名誉も、権力も、力も、それほど欲しいと思っていなかった。

 ただ、何かに満足したかった。

 突き詰めればそれだけなのだろう。



 誰かの役に立っているという自己満足。

 復讐による自己満足。

 誰かを幸せにしたという自己満足。


 

 北条の行動目的なんてこの程度のものだ。所詮自己満足。

 その程度の矮小な人間だったのだ。





 ――――――なら、





「………………やらなくちゃな」





 北条は顔を挙げる。

 そう。所詮自己満足だ。

 なら、自分が満足する結果にしなければいけない。

 そうでなければ自己完結しない。

 だから北条は、イメージする。


 今までより強く、


 より広く、


 より具体的に、


 そして、より幸せを願って、


「『蠱毒』」













 ―――――――――――――――――そして、















「世界を、喰え」





 世界は、まるで夜明け前の闇の如き黒に飲みこまれ、


 世界は新たに構成された。



       ・・・


『転生』




 この言葉に憧れと期待を抱いたことは誰しも一度はあると思う。


 今の退屈で平凡な人生に満足がいかない。


 厨二的な憧れ、


 受験の失敗


 就職の失敗


 家庭崩壊にいじめ、ルックスの悪さ、


 大きなものから小さなものまで、きっかけは様々だ。


 そして転生後の行動、目的も多種多様だ。


 転生後はもっといい人生を、


 転生後は成功しよう、かっこよく生きられるだろう。


 チートな能力、ハーレムの形成。


 無限の命を目指すものもいるだろう。


 賢者の石、黄金のリンゴ、人魚の肉などなど……




 


 『転生』






 その言葉には様々な夢と希望が詰まっている。


 救世主になれると。


 神の与えたラストチャンスだと。


 これはそんな『祝福』を受けた者たちの、話だ。















 さて、しかし、




 本当に『祝福』が必要だろうか?



 そもそも転生は本当に『祝福』だろうか?

 『救い』だろうか?

 転生に『夢』などあるだろうか?




 それは、『現実は変えられない』という、諦めから発生した一つの理想なのではないだろうか。



 己の中の諦めを、『どこかにあるかも・・・・・・・・しれない幸福・・・・・・祝福・・』という、夢や理想にすり替えているだけではないだろうか。





 ならば断言する。

 断言しよう。


 人の思考には世界を変える力がある、と。



 世界が転生前であろうと転生後であろうと、

 魔法が在ろうとなかろうと、



 人の思考には世界を変える力がある。



 トレーニングとかダイエットとかで、体の仕上がりのイメージによって効果が変わるって聞いたことない?

 それと同じだよ。

 人はイメージした通りに・・・・・・・・・物質をコントロール・・・・・・・・・し、変化を起こすことが・・・・・・・・・できる・・・

 それは思考も同じ。

 ただ考えるだけで、脳の中でシナプスから化学物質が放射されたり、特定のニューロンが繋がりやすくなったりする。そして物質を変化させて電気信号を送り、筋肉を動かす。

 と、少し長くなったけどね。人の体内だけでも、人は思考によってこれだけの変化を起こすことができる。

 

 思考は世界を変える。


 そして人は、声を発し、手を伸ばし、誰かに触れることができる。

 そうして触れられた相手は、その手から『感触』という電気信号を受けて、そこから脳内で同じようなメカニズムで思考を開始する。



 これはつまり、人間の思考には・・・・・・・自分だけでなく、他人の物質も操ること・・・・・・・・・・ができる・・・・ということ。



 人間のコミュニケーション、社会なんて言うのは、『外部の物質を変化させる』という点で、結局のところ魔法と何も変わらない。


 そしてたまたまこの、俗に言う転生世界では、そのもとからある素粒子の更に奥に『魔力』という粒子があり、もとからあるこの能力に『魔法』というものが追加されただけに他ならない。


 この違いを別のもので例えるなら、

 声を大きくするために『拡声器』を追加で与えられた。

 殺傷力を高めるために『剣』や『鈍器』を追加で与えられた。

 火を起こしやすくするために『マッチ』や『ライター』を追加で与えられた。


 これらと似たようなものだ。

 そして転生前と転生後の違いなんてこの程度のものなんだ。


 重ねて言う。



 『転生』なんかに任せて、世界が変わるのを希望して、我慢して待たなくても、



 人の思考には……否、




 人には・・・世界を変える力がある・・・・・・・・・・

 



      ・・・



 『彼』は道を歩いている。

 年齢は十九。どこかのRPGに出てきそうな旅人の服を着て、背中には広刃剣ブロードソードを背負っている。

 そして片手にはパンを。

「……硬いな」

 そう文句を言いながらもパンをかじり、平らげる。

 と、しばらくすると丘の上にたどり着く。

 その先には町が見えた。

「やっと……町か。懐かしいな」

 見覚えのある景色に、小さく笑みが零れる。

 が、体は疲労のため、ふかふかのベッドと真面な食事を欲している。確かふかふかのベッドのある、良い宿屋があったはず。

 そう考えた瞬間、活力が湧いてきて、丘をダッシュで下りて町に向かう。

 と、

 その途中で突然足を止める。そして懐を探り、財布を取り出す。

 残金……五コイン

「あ……」

 その場でフリーズ。

 原因は前の町でカジノで大負けしたことだった。

 絶対スロットに細工してある、と彼は今でも根拠のない確信を持っている。

「働きたくねえなぁ……」

 そう肩を落とすが、ないものはない。

「仕方ないか」

 最終的にはそう割り切って、町に入っていった。

 そしてそんな一文無しが向かった先。

 彼はその大きな建物を見て、小さくため息を吐く。


『ギルド』


 冒険者たちが仕事を求めて集うところだ。

 各種様々依頼を取り揃えている。

 狩猟、駆逐、採取に護衛。

 場所によってはベビーシッターもやっている。

 三階建ての大きな木造の建物。

 彼は重い足取りでその扉から中に入る。

 中は自分と同じく、職……正確には金をを求めてきたたくさんの冒険者で賑わっていた。

 さて、と見回し、掲示板を見つける。そこに行くと各地から集められた依頼が貼り出されている。

 当然そこには人だかりができている。

 彼はその間から顔を出したり、飛び跳ねたりしながらなんとか掲示板を見ようとする。


「あ……」


 そして一件の依頼を見つける。

 彼は跳ぶのをやめるとカウンターの方に歩いていく。彼の姿を確認した受付の女性は笑顔で頭を下げて挨拶を済ませる。

 彼は人だかりのできている掲示板を指さすと、

「あそこの一番上に貼ってあるクエストを受けたいんですけど」

「え……」

 受付の女性がそんな声を漏らしたのも無理はない。彼女は彼の指先の方を見て一瞬固まると、「少々お待ちを」と言って奥に行ってしまう。



『ダンジョン内のモンスターの駆逐』


 ランク『A』



 彼が指さしていたクエストだ。

 ダンジョンとは……という詳しい説明は省こう。ゲームに登場する洞窟や塔や魔城と同じ意味、ということだけ押えておけば問題ない。

 しばらくして彼女が戻って来る。その手には一枚の紙がある。

「お待たせしました」

 彼女は彼の前にそれを置くと、

「そのクエストを受ける場合は、この契約書にサインをお願いします」

 それは簡単かつ明快、単純であり簡潔な内容だった。






『死んでしまっても本ギルドは責任を一切負いません』






「こちらの内容に同意できない場合はクエストを受けることができませんので」

「分かってますよ」

「当ギルドでクエストを受けたことがあるんですか?」

「まあ、昔似たようなクエストを……」

 彼は誤魔化すように笑いつつ、そこにサインをして彼女に渡す。

 彼女はそれを確認し、

「では依頼書を持って隣のカウンターで資料等を受け取ってください」

 そう促され、順路に沿って移動する。そこでダンジョンの資料を貰い、入り口に向かいながらそれに目を通す。



 依頼:モンスターの殲滅


 場所:ハザド


 報酬:二万コイン+α(ただし、成果によって追加報酬は異なる)




 大まかな情報はこのくらいだ。あとはモンスターの種類や洞窟の状態、生息している生き物は狩るな! といった注意書きなどだ。例えるなら簡単な攻略本だ。

 彼は大体の内容を確認すると、エントランスにある机の上に置き、出て行こうとする。

 と、そこで、

「ちょっと!」

 そんな彼の背中に声が飛んでくる。が、それに彼自身は気付いていなかった。

「さーて、飯と寝床のために頑張るかな」

「ちょっと止まんなさいよ!」

 うんと伸びをし、一歩踏み出した瞬間、軸にしていた足を蹴られ、背中から床に激突する。

「かはッ!」


 仰向けに寝転がっている北条を見下ろすように一人の少女が立っていた。

「ふん! 無視するのが悪いのよ」

「ッ――――――」

 その顔を見て、彼は目を丸くする。

 薄桃色のツインテールに気の強そうな印象を受けるツンとした顔立ち。

 中肉中背で軽めの防具を着ている。某ゲームのシーフを想像すると分かりやすい。年は自分より下だ。高二、十五、六歳くらいだろうか。


 ――――――見まがうはずがない。


「……エム・・

「うえっ!?」

 そう初対面であるはずの男性『北条(ほうじょう) 黒山(くろやま)』に名前を当てられ、少女『エムバ』は北条以上に驚いてドン引きする。

「え、何!? なんで名前知ってるの!?」

「あ、いや……」

 何かを言おうと北条は一度口を開くが、すぐに閉じる。

「何でもない。誰彼構わず後ろから襲い掛かるな」

 そしてきびすを返して立ち去ろうとする。

 しかしその背中に、今度は

「てい!」

「ぐあ!?」

 ドロップキックが飛んできた。

 今度は倒れなかったが、カチンと来た北条は『一発殴ってやろう』と意気込んで振り返る。

「てめぇ、ふざけ」

「はい。これ」

 しかしそんな北条に、エムバは淡々と押し付ける様に紙の束を出す。

「資料は持っておくべきよ。クエスト中に何があるか分からないから」

「……」

 単純なことに、その言葉を聞いて、その懐かしさに、怒りはすっかり冷めてしまった。

 代わりに北条はクスッと笑みを零す。それはどことなく寂し気な笑み。

 しかしそれもすぐに消えて、いつもの彼の顔に戻ると、

「ありがとうな」

 そう北条はエムバからクエストの資料を受け取り、

「じゃあな」

 今度こそきびすを返した。もう戻らない、と。

 


 ……が、



「ちょーっと待った!」

「三度めどべふ!!?」

 今度はひざかっくんを繰り出された。

 これには思わず振り返って、

「ガキか!」

 ゲンコツを一撃。

「痛い! 何するの!?」

「何なんだ! 俺に何の用なんだよ!」

「何よその言い方! 手伝ってあげようと思ったから声かけたのに!」

「…………は?」

 再び北条はフリーズする。

 しかしエムバは構わず、「えっへん!」胸を張って……ない胸を張って言う。

「さっき資料チラ見して大変そうだと思ったから、この私が手伝ってあげるって言ってるの」

「……」

「まあ、ホントはお金が欲しいからなんだけど、百人力よ!」

「泥船に乗った気持ちだ」

 そう北条が鼻で笑って返すと、

「ふふん。泥だって魔法で立派な船になるのよ。知らないの?」

「うわ、その言葉どこかの神様見たいだな」

「神様?」

「……いや、こっちの話だ」

 そう呆けるエムバを見て北条はため息を吐く。しかし頬を綻んでおり、

「しかし良いのか? 初対面の俺なんかと組んでも?」

 エムバはそれに大きく頷く。

「うん。問題ない! あなたとはうまくやれそうな気がするから」

「……その根拠は?」

「勘よ!」

「なるほど……ハハッ! ハハハハハハハハハハハハハ!」

 そう北条は笑う。その様子をエムバは不思議そうに見ていたが、しかし北条は笑いを止められなかった。

 何も変わらない。

 北条は新しい世界になってから、世界各地を旅してきた。

 何が変わったのか、何も変わっていないのか。

 それと同時に自分が作り出した世界というものを見て見たいという気持ち故に、旅をしてきた。

 しかし正直、何が変わって何が変わっていないかなんて、彼には分からなかった。


 実感できた変化は、蠱毒がなくなった事。

 ヴィルトエルとフレシアラが居ないこと。アジトも何もなかった。


 そして『転生者』という概念がなくなった事くらいだ。


 しかし代わりに生まれてくる子供に『強い魔力』とか『高い魔法の素質』が宿るという現象が増加した。おそらくこれが転生とチートの代わりに世界が生み出した答えなのだろう。

 実感した変化と言えばそのくらいだ。


 だから実際、旅をしたが得られたものは少なかった。

 納得できるような物が少なかった。


 しかし、今ようやく確かな変化を見ることができた。

 自分が納得できる、自己満足できるものを見つけることができた。



 ヴィルトエルがいない、

 アジトもないということは、

 目の前のエムバは……


 北条は、


「なら、その勘を信じよう」


 彼女の前に手を出す。


「よろしく頼む。エムバ」


 それにエムバは、手を握り返す。

 しっかりと、北条の目を見て、







「ええ、よろしくね。北条」




 



 これまでのご愛読くださり、ありがとうございました。

 これにて本作品は完結となります。

 未回収の伏線に関しては、また別で回収しようと考えています(^-^ゞ


 本当にありがとうございました。


 もしよければご意見・感想等頂けると幸いですm(__)m

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