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転生迷宮 ―リバイバルラビリンス―  作者: 梅雨ゼンセン
最終章 下 ―コドクな世界で―
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世界への愛と彼への愛


「君は『北条黒山』と『世界』、どっちをとるんだと訊いている」


 後藤がそう問う。

 その問いに、エムバの身も、心も凍結する。

 しばらくして凍結がゆっくりと解け始め、エムバはようやく口を動かせるようになる。

「そんな……なんでその二つなの?」

 ゆっくりと後藤を見る。

「ううん。そもそも何で世界と北条、両方選ぶって選択肢がないの?」

 そんなエムバの様子を見て、後藤はやはり笑う。しかし今度は微かに憐れみが含まれている。

「君はそこまで馬鹿じゃないよ」

 そう、空になった自分のカップに紅茶を注いで、一口飲み、

「私たちよりも先にハル君に会ったんだろうろう? なら分かっているはずだ。人を向こうの世界に逆転生させるのに、どれだけの・・・・・蠱毒を使うかを・・・・・・・・

 そして、と。

「それは世界の更新に使用する蠱毒の量とほぼ同じだ」

 そう。

 

 世界を作り直す蠱毒の量と、人を別の世界に逆転生させる蠱毒の量と、

 それが同じだと言うことは……

 

 エムバの思考を察した後藤は、やはり憐れみを含んだ笑みを浮かべる。



「北条が向こうの世界に戻りたいと言い出した場合、君はそれ拒否して世界を作り直せるのかい?」



 そう言っておいて、後藤本人は「何、ただの仮説さ」と優雅に腕を組んで、

「次は、愛の話をしようか」

 椅子の背もたれに体を預ける。

「確かにさっき言ったことは仮説だ。私は北条じゃないし真意は分からないし訊く気もない。けれど君は違うだろう? 北条がそう言う可能性はゼロじゃない」

 そうだ。北条は向こうから転生した住人。

 彼にはこの世界以上に、もとの世界への思い入れが強いかもしれない。

 もしそうなったら……

「もし私たちの次の世界か、その次の世界で北条と出会った時、彼が『もとの世界に戻りたいんだ』と懇願してきたらどうする?」

「……」

「君は世界の更新を放棄してそれを叶えるのか?」

「…………私は」

 エムバは回答にきゅうする。

 自分はどう返答すればいいのか。それに対してどう返答するのが正答なのか。

「……ほ、北条はそんなこと……」

「言わない、とどうして君が言える?」

 口に出したさきから後藤がぴしゃりと遮る。

 そして愉悦気な光を浮かべていた瞳が、退屈気で無機的なものに変化する。

「君は確かに私より、ここに居る誰よりも北条のことを知っているかもしれない。だがそれでも君は北条ではない。それを君は良く知っているだろう?」


 クローンは同じ肉体かもしれないが、決して本人ではない。

 後藤がそう言うと、フレシアラがお道化て「残念なことにね」笑う。


 が、それに触れられるほどエムバに余裕はなかった。

 後藤の冷たい、しかししんを、しんを突く言葉がエムバの中の何かにヒビを入れていく。

 エムバは再び考えて、そして後藤から目を逸らす。

「……だめなの?」

 声は呟くような物から、徐々に大きくなる。

「ダメなの? 北条も大事、世界も大事、だから両方なんとかしたいって思ったらダメなの!?」

 エムバは後藤を睨む。


 自分にとって大切なものが二つある。

 それはどちらも譲れず、どちらがどれだけ大切だとか、そんな順位付けできるようなものじゃない。

 だから両方守りたい。両方手に入れたい。両方成し遂げたいと思う。


「そんなのおかしい!」

 エムバは言い切る。

 おかしいと。

 信じる。間違っていると。

 そして蠱毒ではなく、自らの口舌で食らいつく。

「私は両方成し遂げる! 北条も幸せにする! 世界も幸せにする! そう皆と約束してきたんだし、私自身の心にそう刻んできた!」

 だから、と。



「全部やる! 全部幸せにする! 全部完璧に完成させる!」



「……フフ」

 その様子に、後藤は笑いを零す。

 さっきまでの無機的な表情はなくなり、顔には笑みが浮かんでいる。

 そして彼女はエムバを見て、

「君ならそういうと思ったよ」

 後藤は微笑む。神と自称する彼女は、聖母のようにではなく、悪魔のように不敵に笑う。

「欲望とは活力の別名だ。人は正義を欲するから正しく在り、愛を欲するから異性や他者を愛でる。正義や愛と私は言ったが、結局は全ての根源は『欲望』だ」

 『常識』もまた、『常識的に在りたい』という欲望から来ている。

 後藤はそう笑う。

 そして、席を立ちつつ、

「エムバ。君のその強欲は、一体何が原動力何だろうね? いや、その強欲故に何を成そうとしているのだろうね?」

 そう後藤が立ち上がったのに合わせて、フレシアラとミセバヤも立ち上がる。

 それが、『満足したからもう蠱毒に入りたい』という合図なのだとエムバは理解し、蠱毒をゲート状に展開する。


 しかし、気になることがあった。


 後藤の満足げな笑み。

 フレシアラの愉快気な笑い。


 その二つだけなら本当に満足しただけなのだろうと察することができた。


 けれど、最後に目に入った、



 ミセバヤの、悲しそうな顔。


 

 その顔を見た途端に、エムバの脳裏に疑問が浮かぶ。

 なぜ彼女はそんな顔をしているのだろう。

 そう言えばどうして、彼女はこの会話にほとんど入ってこなかったのか。

 そもそも、私が来る前に、皆は何を話し合っていたのか。



「エムバ」

 


 エムバがそう思考していると、後藤が彼女の方に歩いてきて、告げた。



「君は落第だ」



 刹那。

 首が飛んだ。


 後藤の背後から、後藤の首の横を抜けて伸てきた剣により、

 エムバの首がねられた。

「ぇ……?」


 首は別に繋がる。だからエムバの中にそれほど痛みも不安もなかった。

 その代わりに疑問が脳を占めていた。

 どうして?

 どうして、こんなことをするの?

 後藤、フレシアラ、ミセバヤ?


 そんな彼女の思考を察した後藤が言う。

「愛と欲望の話だよ。何、単純な話だ」

 後藤は笑う。





「君より、この毒の魔王の方が(・・・・・・・)世界にふさわしいと(・・・・・・・・・)判断しただけのことだ(・・・・・・・・・・)




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