素直な気持ち
その夜、
「いやぁ……今日の夕食は賑やかでいい」
「すいません僕たちまで」
宿を決めてないという設定で、サリーに気に入られたとして彼女の自宅にお邪魔することにした二人。
彼女の両親はそれを快く承諾してくれた。
テーブルに両親と向かい合って座る二人。そのエムバの隣にサリーが座っている。
「いやいや。可愛い娘の友人に料理の一つも出さないというのは失礼だろう」
酒のせいか、少し興奮気味な様子の父『ライン』は笑って北条のグラスに酒を注ぐ。
それを彼は苦笑いを浮かべて、
「あ、すいません。僕まだ未成年で……」
「んあ? ああこれはすまんすまん! まあ注いでしまったものは勿体ない。仕方ないと思って、さあ! グッと!」
えぇ~、と笑って誤魔化そうとするが、ラインは飲めと薦めてくる。
(……仕方ない)
北条は笑顔を作ってグラスを持ち、
「いやあラインさんは薦め上手ですね。ならお言葉に甘えて今日だけ」
「おおイケイケ! グッと!」
なんて笑うラインにバレないようにそっと酒に指をつけると、アルコールだけを液体から完全に分離する。そして氷をいくつか入れることによって、アルコールを凍らせたのを誤魔化す。これでパッと見普通の応急ノンアルコールが完成した。
少し安堵の息を漏らすと、
「いただきます」
笑顔を作って飲む。
「……」
……まったく味がしない。完全なる無味。
正直好きになれない。 みんな、お酒は二十歳になってからだよ♪
「お、おいしいですね」
「そうでしょうそうでしょう! 一番いいものを持ってきましたからね!」
それはありがとうございます、と軽く会釈すると、グラスを置き料理に手を伸ばす。チラリと横を見ると、エムバとサリーはすでに自分の分をとりわけ食べ始めている。
「このお肉おいしい!」
「市場で売ってたの。安かったのだけれどお口にあったようで安心したわ」
台所から最後の料理を運び、母親の『カリン』は席に着く。
それに北条は少し申し訳なさそうな顔をして、
「すいません先にいただいてしまって」
「いいのよいいのよ! 先に食べてって言ったのは私なんだし!」
「本当にありがとうございます」
それでは改めて、とラインがグラスを持つと、それに合わせて全員がグラスを持つ。
「このような賑やかな晩餐を迎えられたことを神に感謝しまう」
「あなた、飲み過ぎよ」
「いやあ申し訳ない。それでは……乾杯!」
「「「「乾杯!」」」」
全員が料理を取り口に運び出す。
カリンの手料理はとてもおいしく、エムバと北条の手は勝手に進んだ。
そして晩餐は盛り上がり……
「ふわぁ~」
「ふぅ……」
サリーは大きな欠伸をし、エムバは満腹で一息吐く。
「あらあらそろそろお開きかしらね」
それを見たカリンがそう言うと、今まで北条と話していたラインが気づき、
「ああそうか。では一度こおで区切りとしましょうか」
「では申し訳ないですが、僕もここで。明日も仕事がありますので」
「そうですか。もう少しお話ししてたかったのになぁ」
「アハハ。ありがとうございます」
そう言って彼らは挨拶をして席を立つ。
廊下に出て階段を上がる。
登り切ると、手前から北条、エムバ、サリーの部屋になっている。
登り切った二階廊下の真ん中辺りでサリーは振り返ると、エムバの服を小さな手でキュッと掴み、
「私、一人は怖いからエムバお姉ちゃんと」
「うっ……!」
潤ませた目で上目遣いをして彼女を見る。その可愛さに、
「かわいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!」
その体をぎゅっと抱きあげ、頬ずりする。
「よっしゃあああああああああああああああああああああッッッ!!」
「やめろ」
「痛い!」
冷静な北条のチョップがエムバの脳天に振り下ろされる。
その拍子にサリーを掴んでいた手を離してしまい、彼女は地面に着地し、
「チッ」
「露骨すぎるぞ」
「男なら分かるだろこの気持ち」
「理解はできる。だが少しは自重しろ!」
「え、ホウジョウ分かるの!?」
今の一言にエムバは少し引き気味になる。それに、彼は「あ、」と漏らし、そして少し赤い顔でコホンと咳払いし、
「と、とにかく、ここに来た趣旨はなんだ!?」
「『彼女の部屋に潜入!』&『UHAUHA!!』」
「お前酒入ってんじゃねえだろうな?」
「隊長! 先ほどの感触と香りが忘れられません! もう一度行う許可を!」
それを聞いた瞬間、エムバは顔を真っ赤にして体を隠すように腕で覆い、背中を向ける。
北条は面倒くさそうにため息を吐き、
「もう俺寝る。あとは自分でなんとかしてくれ」
「ああそれはマズい! 悪かったって! 調子に乗りすぎた! ホントごめんて!」
きびすを返して部屋に入ろうとする北条に謝り、なんとか説得して廊下に残ってもらい、やっと話に入ることになる。
「……で、どうだった?」
「どうだったと言われてもな」
「優しくていい両親だと思ったよ。大丈夫よ絶対!」
エムバは自信を持ってそう言った。北条もそう思った。
明るい性格に、いきなり泊まりたいと言っても聞いてくれる懐の大きさ。
まだ第一印象だけだが、十分に大丈夫だと二人は判断した。
しかし、
「そう……か……」
サリーの顔は浮かなかった。決断をこまねいているのだろうか。
無理はない。話自体いきなりだったし、リスクを考えると足がすくむ。
もし失敗したら……
一人で生きていく術がないサリーはあと十年近く複雑な雰囲気で彼らと一緒に暮らさなくてはならなくなる。五年でパンクしそうになったんだ。崩壊するに違いない。
しかしこれ以上引きずっても壊れてしまう。
北条たちに、この先手伝えることはない。
少し、気まずい空気が流れ、
「俺……元の世界で養子だったんだ」
サリーの口から驚きの一言が放たれた。
「それを知ったのが丁度二十歳になったころだ。成人したし、そろそろ話したほうがいいだろうって」
その口取りは重い。
彼女はそこで自嘲気味に悲しく笑うと、
「でもそこで俺な、逃げ出しちゃったんだよな。なんかさ、頭がこんがらがっちゃって。今までの時間は血の繋がった家族と過ごしてきたものじゃないって思ったらなんか……頭の中にあった思い出が全部灰色に染まっていってな……今でも悔やんでるよ」
「……」
「んで俺はそこから一度も親の元に帰ることなく、死んじまったって話さ……俺が躊躇ってる理由は、俺が元の世界の育て親のことを本当の親のように慕っていたにも関わらず、逃げ出したってところさ」
すこしオドケた自嘲気味な声音から、低く、自分を責めるように話すサリー。
嫌な記憶が蘇り、思わず片手で顔を抑える。
「愛してたんだ、心の底から……今思えば血なんてどうでもよかったのに……俺は……」「もういい……」
サリーの声が震え始め、北条はそこで話を止める。その横にいたエムバはもう既に泣き始めていた。
サリーは零れかけていた涙を指で拭うと、
「すまない」
「サリー……ただの変態じゃなかったのね」
「ここでそういうこと言えるって、中々根性あると思うよエムバちゃん」
サリーはアハハと笑い、残りの涙を拭く。エムバはまだ少し嗚咽を漏らしている。
そこで、堪えるように口を引き結んでいた北条が、
「まだ……まだ間に合うだろ!」
「「!?」」
彼には珍しい、感情のこもった声音だった。二人は驚いて彼をみる。すると我に返ったようで「あ……」と漏らしたあと咳払いし、いつもの調子に戻る。
「すまない……伝えるか伝えないかはおまえ次第だしな」
しかし、と言い終わりに付け加える。「チャンスは二度もやってこない。今言いたければ俺たちが後を押してやる。しかし、明日はいないぞ」
「……」
そんな勝手な、といいたげな表情でサリーは北条を見る。しかし彼はそれを見てため息を吐き、
「……言えなくて、一生苦しむのもお前の人生だ。が……苦しみは逃げ出したお前なら分かるはずだ」
北条はまっすぐにサリーを見る。そのときエムバは見えた。その中には光があり、同時にうっすらと濃い闇が覗いているのを。 後悔したことがあるのではないか。
彼の言葉を聞き、エムバはそう感じた。
サリーは俯いて黙ってしまう。これ以上言っても仕方ないと北条も思い、何も言わなかった。
静寂が場を満たす。エムバにはそれが張り詰めた緊張のように感じ、何も言えず、呼吸する事さえ難しく感じた。「……」
突然サリーが黙ったまま階段に向かって歩き出した。それにエムバは驚くが、北条は何も言わずあとをついていく。状況の整理がつかないエムバは戸惑いながらもそれについていくしかなかった。
階段を降り切り、サリーはダイニングに足を向ける。そこで彼女は気づく。
サリーは真実を告げに行くのだと。
ドアの隙間からは光が零れて、そのせいで廊下の影は濃くなる。
サリーの足は迷いと不安を含みつつも、まっすぐドアに進んでいた。
そして……ノブを回す。
ガチャッ、―――――――――キィ、
「お、サリー。何だまだ寝てなかったのか」
「一人じゃ眠れなかったの?」
「……」
俯いたまま、噤んでいた口をゆっくりと開き、深呼吸すると、彼女は顔を上げ、迷いのない瞳で二人を見る。
そして……
「パパ、ママ……私――――――――
・・・
翌朝。
北条とエムバはラインとカリンとサリーに見送られ、町を出た。
三人は笑顔だった。
―――――しばらくして町が小さくなる。
町を出てすぐぐらいから、エムバの顔は浮かなかった。が、
「……あれで、彼は満足だったんだね」
「……ああ」
笑う彼女をチラリと横目で見て、北条はそう答える。その笑顔にはどういった感情を込めているのか、嬉しいとも悲しいとも取れるようで取れないような、そんな複雑な笑顔だった。
「パパ。ママ……私……言いたいことがあるの」
「言いたいこと?」
「何? ママすごく気になるわ」
「うん。あのね……ごめんなさい……そしてありがとう!」
「え?」「ん?」
それだけ言うと、サリーはきびすを返し、ダイニングを走って出て行ってしまった。しかし、すれ違いざまに見えたその顔は、笑っていた。
「……無理に笑わなくてもいいぞ」
「無理に……なのかな。別にそんな気はしてないけど……本当にあれでよかったのかなって、」
「それは俺たち決めることじゃない。まあ、あんな挑発じみたこと言っちまったが、それでもあいつはそれでいいって思ったんだ。なら……それが一番だ」
「そう……だよね」
「そうだ」
それ以上、二人の会話にサリーの話題があがることはなかった。しかし、後悔や後ろめたさはあまり感じなかった。それはサリーが言わなかったからというのもある。が、彼女が昨日の夜、あのあと言った一言、
「俺はあの人たちに幸せになってほしいんだ。だからこれでいいんだ」
彼らの記憶の中のサリーは満足げに照れ笑っていた。
……一応言っておくが、死んでないぞ。




