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転生迷宮 ―リバイバルラビリンス―  作者: 梅雨ゼンセン
最終章 下 ―コドクな世界で―
105/118

『エムバ』という存在

「説明しよう!」

 と、ヴィルトエルは得意げに語り始めた。

「あの『エムバ』と呼ばれている個体は、私が毒の魔王を量産しようとして作った実験体の一つなのだ!」

 毒の魔王、フレシアラの量産。

 その単語を聞いただけで、何人かの表情が蒼くなる。あんな化け物を量産しようとしていたのか。正気の沙汰ではない。

 確かに見た目は同じだ。髪、瞳、体の肉付き、肌の色艶まで。黙っていれば、どちらがとちらか区別がつかないだろう。

 しかし、それならなぜエムバはああもフレシアラ違う性格になっているのか。

 その疑問もヴィるとエルは説明する。

「が、それは失敗しちゃったんだよねぇ。完全に同じ個体を作ろうとしても、途中で死んじゃったりして、全然うまくいかなかったんだよ。その失敗の原因も分かんないままだし」

 そう彼女は肩を落として、心底残念そうにする。

 が、すぐにいつもの表情に戻る。

「でもいくつかは成功したんだよ。ちゃんと一個体として成熟したんだ。けどそれらの個体は毒の魔王の記憶と能力を持ってなかったんだ」

「それが、『エムバ』ってことか。今の口ぶりからすると、他にも何体も『エムバ』は居るってことか?」

 カズがそう言うと、ヴィルトエルは「そうそう」と頷く。

「ようは見た目だけ同じのただの人間モドキがたくさんできたって訳。君たちの知っている『アレ』はそのうちの一体ってこと☆」

 劣化版フレシアラってことだよ、と彼女は肩を竦める。その発言に、エントン、アン、後藤にミセバヤの表情が翳る。

「劣化版なんかじゃありませんし、何人居ても私たちの知ってるエムバはエムバです! エムバは私たちの大切な仲間です。そんな風に言わないでください!」

 そう言ったミセバヤの言葉に、後藤はクスリと笑って、

「むしろ性格が悪い分、そっちの方が劣化版だろう」

 と、フレシアラを見る。フレシアラは肩を竦める。

「ま、私は何でもいいけど」

「どうでも良い話をするな。重要なのはあの『人形』の効果だ」

 その会話をハルが打ち切る。

 そして、再びヴィルトエルに注目する。

「なぜあの個体は、蠱毒に侵されても平気だったんだ?」

「知りたい?」

 彼女は一度勿体ぶるように、愉しげにクスリと笑う。

「『イデア』というものを知っている? 哲学者プラトンが考えた天上界にあるといわれる存在なんだけど、あらゆる概念はその『イデア』というものを通って生まれてきた、というものなんだけど」

「学習とはそのイデアを見た記憶を思い出すことである、ということも言っていたな」

 ハルがそう返すと、ヴィルトエルは「そうそう」と頷く。

「美しいものなら『美のイデア』を、大きいものなら『大きいのイデア』を、逆に醜いものなら『醜さのイデア』を通ってきた。そしてそのすべてのイデアの上には、さらに『善のイデア』がある、と」

 まあ、今回は単に『世界の素』と思ってくれれば良いよ、と彼女はさらりと流すように言う。

 そして、

「すべてを作り出せる毒の魔王のフレシアラは、そのイデアそのものなんだよ。存在そのものが天上界といってもいいね」

「いやそれは言い過ぎだろ……」

「アハハ、天上界って、頭のなかがお花畑って言われてるみたい」

 呆れる後藤に笑うフレシアラ。そしてハルは相変わらずぶっきらぼう。

 それ以外の一同は、ヴィルトエルの説明が分からず、


一同:「へ、へぇー…………」


 と、相づちだけ打つ。

 その抜けた反応を無視して、ヴィルトエルは話続ける。もはや自分が語りたいだけなのだ。

「そして、そのすべてのイデアに通じているという特性を『エムバ』は持っているんだ」

「……つまり、エムバも毒の魔王と同じことができるってことか?」

 アンがそう聞くと、ヴィルトエルは首を横に振る。

「さっきも言っただろう。人形にその能力は受け継がれなかったんだ。ただ無意識下でつながっているだけ。ちなみに『チート』というのはそのイデアのいずれかの影響を強く受け、その力を使えるよう魔力によって改造された者のことだ」

「改造か……まるでショッカーだな」

「そしてその改造は、在私の作ったシステムが行っている。が、元はそこの自称神様が行っていたというわけだ。と、話がそれてしまったね」

 つまるところ、

「そのエムバという人形は、その全てのイデアと繋がっている。ということはつまり、本来誰も通れないはずのない『イデア』とも繋がっているということだ」

「その誰も繋がるはずのないイデアというのが……」

 ハルの言葉に、ヴィルトエルは今まで以上ににんまりと笑みを深める。

「そう。『世界そのもののイデア』だ。カントの『物自体』という言葉を使うなら、『世界の物自体のイデア』と言ったところか。出来上がった世界の上で生まれた私たちでは本来干渉することができない領域だよ」

 それを聞いて、ハルの表情がやや強張る。彼らその意味を理解しているからだ。

 意味を理解しているという点では後藤も同じだ。が、彼女は既に知っていたため、さほど驚きはしない。

 ヴィルトエルの説明が大方終わった時点で、部屋の中には重い沈黙で満ちていた。どれほどの大きさの敵を相手にしているか、ようやくその実態が見えてきたからだ。

 しかしそれは勝ち目の薄さも同時に示してしまっていた。まさに世界そのものを相手にする。勝てるのか、そんな奴に。

「…………………あのー」

 そこで、ミセバヤが気の抜けた声が響き、全員が彼女に注目した。

 彼女はどこか申し訳なさそうに右手を挙げて、

「あ、えっと…………ごめんなさい。最初から説明してもらってもいいですか? まったく理解できなくて」

「……」

 それにヴィルトエルは半眼になって固まる。「えー、マ~ジで?」とその視線は暗に、しかし雄弁に語っている。

 その瞳で見られてミセバヤは小さくなる。しかし理解できていなかったのはエントンやアン、カズも同じった。

 加えて、

「……んにゃ?」

 なんて抜けた声を出して、ユキと、

「……ここ、は?」

 ルナまで目を覚ましたので、余計に面倒なことになる。

「……」

 状況を見て、フレシアラは隣のヴィルトエルにアイコンタクトで「どうするの?」と問う。

「あー……」

 それにヴィルトエルは数秒考えた後、

「もう、いいよ。とりあえずエムバは毒の魔王の劣化版クローンで、蠱毒に触れても大丈夫。それだけ覚えとけば十分だよ」

「あー。諦めた」

「だって面倒くさいじゃん。もっかいこの説明書くって」

「うわ、メッタ」

「もう後は解釈に任せると。重要なのはさっきいったエムバの効果だから。あと、この世界において、そこの自称神は『魂を導く』役目、毒の魔王『創造』の役目、そしておそらくそこのハル君は『人間を作る』役目ってのが分かってればいいよ。はい。ここさえ押さえとけばテストで赤点とらないから、皆ノートとってねー」

「投げやりだね」

 そうフレシアラは肩を竦めた。

 が、後半の発言を皆が聞き逃すはずがなく、

「ちょっと待て! それってどういう――――――」

 そう訊こうとした直後、




 ブァチャアアアァァァァァァァン――――――――――――



 巨大な水風船が弾けたような音がした。

 見ると、租借をしていた黒い塊が弾けていた。

 その中からは……



      ・・・



「北条! 起きてって!」

「……」

 黒い海の中、エムバはじたばたと、

 クロールをしたり、

 平泳ぎをしたり、

 犬かきをしたり、

 背泳ぎをしたりしながら、ようやく北条のもとにたどり着いた。

 そうして彼に声をかけ、揺すったり、叩いたり、蹴ったりしているのだが、一向に反応が帰ってこない。

 目は開いているのだが、蠱毒が言うにはそれで眠っているのだそうだ。

「ほーじょー! おーきーなーさーいいぃぃぃぃ!」

「……」

 ほっぺを引っ張っても一言も帰ってこない。痛いとも言わないし、顔色一つ変えない。

『無駄だよ。眠りといっても仮死に近いんだから。そんな程度じゃ起きないよ』

 エムバの後ろから蠱毒がそう言う。

「ならどうしたらいいの!?」

 エムバは北条の太腿ふとももにローキックを連続て入れながら、聞き返す。

「このままじゃ、北条の腿がもたない!」

『いや、君がやめれば済むんじゃないかな……』

「なら私はどこを蹴ったらいいの!?」

『あれ、目的変わってない? 僕が言うのも変だけど、頭大丈夫?』

 なんて話している間に蹴りつかれたようで、エムバは「ぜぇぜぇ……」と肩で息をして、蹴るのを一旦止める。

「……別に、目的は、変わってない」

 息を整えつつ、彼女は答える。

「私は、ここに北条を蹴っ飛ばしに来たのよ!」

 そうして今度は、彼の頬を叩き始める。

「馬鹿! 馬鹿! 大馬鹿北条! 何でこんなことしたの!? 何でこんな馬鹿のしたの!?」

 何で、何で、何で……、と。

「私たち、大変だったんだから、色々あんたのせいで大変だったんだから! その痛みを少しでも味わえ! バカ北条!」

 連続して繰り出されるビンタは、やがて振り子運動のように規則的になり、(無限)の軌道を描き始める。


 もっと速く

 高速のシフトウェイト

 体を振った反動で

 左右を叩きつける!


『これは、アメリカンボクシング界古のブロウ……!』

 なんて、蠱毒が言っていることを気に留めず、エムバは平手打ちを続ける。

「何で、何で、痛いとも言わないの……何で……少しは、痛がってよ……」

 やがて、その勢いはなくなっていき、平手打ちの音も小さくなっていく。

 そして、




「―――――――――――――――――――――何で、こんなになるまで頑張るの……」




 いつの間にか、エムバは北条の胸に顔を埋めて、泣いていた。

 蠱毒の中だからきっと気のせいかもしれない。

 でも近づけば、どこか彼の温か味が感じられる。顔を埋めると彼の匂いがする。

 でも、その体にはまるで生気がなく、脱力して動かない。

「北条……馬鹿……」

 その言葉も、彼の耳に届いているか怪しい。

 口にすれば口にするほど、ただ虚しさが増すだけ。

 本当に、どうしてこんなことをしたの?

「北条……何で……なんで、こんなことしたの? 仲間をほったらかしにしても、そんなにしなくちゃいけないことだったの?」

 それは独り言に近かった。

 答えは期待していない。ただ、彼女の胸のうちにあった言葉が、器に収まりきらず零れ、それを少しでも解消しようと思っただけ。

 それだけのつもりだった。

「北条にとって、復讐ってそんなに大切だったの? 機械の魔王とか毒の魔王とか、あんなのを倒すことがそんなに大切だったの?」

『そうじゃないよ』

 故に、返答があって彼女は驚いた。

 え……、と。その声のした方を見ると、蠱毒はもう一度『違うよ』と言った。

『確かにその目的もあったみたいだけど、彼はそんな小さな男じゃなかったよ』

「…………どういう……」

『彼にもさっきと同じ話をしたからね。君やあの機械と毒の魔王の話を』

 北条も、今のエムバと同じように蠱毒から聞いていたのだ。

 世界の話も、転生の話も、魔王の話も、

 そして、エムバの話も。

『だから彼は力を手に入れようとした。莫大で膨大な力をね。で、途中から僕に頼るようになったんだ』

「なんで、そんなことを……」

 そんなことをすれば蠱毒により一層侵食されてしまう。そんなことくらい、北条は分かっていたはずなのに。

 それでも彼は、力を望んだ。




 なんで?

『君を助けるためさ』




 そう言った後、蠱毒は『いや、少し違うか』と訂正する。

『正確には、君を含めた世界を救う……というより作り変えるためだね』

「……………え?」 

 今、彼は、なんて言ったのだろうか。

 と、蠱毒は逆にエムバの顔を見て『あれ?』と首を傾げる。そしてすぐにポンと手を叩き。

『ああそうか。あのダブル魔王はまだその話をしてなかったか』

 そして蠱毒は「ということは、見てもらった方が早そうだね」と零して、パチンと指を叩く。












 刹那、

 真っ黒で真っ暗だった辺りが、

 綺麗な菜の花畑(・・・・・・・)になる・・・






 風や花の感触も、

 匂いも、

 日差しの眩しさも、温かさも、



 何もなかった場所から、

 何もかもが、

 世界が、発生した。


 

『単語くらいなら一回だけ出てたね。覚えてるかな?』

 その花畑の中で、蠱毒は笑う。



世界の種・・・・って僕、つまり蠱毒のことなんだよ・・・・・・・・・


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