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転生迷宮 ―リバイバルラビリンス―  作者: 梅雨ゼンセン
第二章 ―遺跡の神と転生―
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悩み

 三人はベンチに腰掛け、話をしていた。

 幼女の名前は『サリー』。もとの、つまり中の男性の名前は『アベル』らしい。スペイン人で死んだときの歳は三十七だそうだ。

「まずどっちで呼べばいいんだ?」

「あー……サリーで頼む。こっちの方が怪しまれないし、実際慣れてるしな」

「オッケーサリーちゃん・・・・・・

「俺は別にいいけど周りからはかなり痛い目で見られるぞ」

「なら自重するよ」

 と、挨拶を済ませたところで本題に入る。

「で、結局何悩んでたんだ?」

「……まあな。あれだ……」

 と、彼女は少し俯き、吐露する。

「家族についてだよ」

「だと思ったよ」

「どういうこと?」

「複雑だってことだ」

 ん? と首をかしげるエムバ。もうため息は出ない。北条はめんどく臭そうに頭を掻くが、説明しないとしないでまた面倒くさくなるので、仕方なく解説する。

 この悩みは赤ちゃんになった転生者にありがちなことだ。

 精神はもとの世界のものだが、体はこの世界のもの。つまり母親が二人存在するのだ。 

 しかし精神の方はこの世界の親を母親と受け入れることができない場合もある。

 言ってしまえば仕方のないことなのだが、その事実に苦しんでいる者は大勢いる。

 説明を受け、エムバは難しい顔をして黙る。想像できないのだ。自分を生んでくれた母親。それが実の母親のはずなのにそれを自分が認めることができない。

 否、受け入れられないのだ。

「まるで他人から愛でられてるみたいで……正直最初は気持ち悪いと思った。まあそれは五年もいれば治ったが……」

「罪悪感」

 悩むように言った北条の単語にサリーは「ああ」と答える。

「毎日、なんだか隠し事してるみたいでな……あの人たちは本当に優しくて。でもそれが逆に……な……」

 そう言うと彼女は眉間を押さえて鼻をすする。

 北条は黙ってその、懺悔とも取れる彼の言葉を聞いていた。

 五年―――――

 『五歳』と聞けばまだ早いように感じるが、隠し事をし続ける『五年』は長すぎる。それこそ、果てがないと感じるほどに。

 今までずっと一つ屋根の下で暮らしてきて、彼も限界が来たのだろう。

 向けられる笑顔に、怒り顔に、泣き顔に、そしてこちらが返す笑顔。それら全てが感情の針となって彼に突き刺さる。

 水風船は一回刺しただけでは割れない。が、刺され続ければボロボロになる。

 彼女は自嘲気味に笑う。

「自分がこんなヘタレだと思わなかったよ。元の世界での隠し事なんて、覚えてるだけでも腐るほどあるってのに……」

 その苦しみは、本当の精神で、本当の親に育てられた者には理解できない。

 嘘を吐いた。そう思うだけで心臓が握りつぶされるような感覚に襲われる。

 それほどに彼は衰弱しているのだ。

「……」

 彼の言葉に、北条は返す言葉を持たない。諦めと、そして悔しさが込み上げてくる。

 転生。

 その言葉には夢と希望が詰まっている。

 しかし同時に同じだけの理不尽な絶望も含まれている。

「ねえ」

 重苦しい空気の中、

「あなたの両親……今のお父さんとお母さんてあなたから見てそんなに心の狭い人なの?」

 エムバが言い放った。

 静まり返った水面に石を投げいれたときのように、波紋が水面全体に広がっていくように、その場の空気に変化が生まれる。

「何が言いたい?」

 サリーの声音は明らかに怒りを帯びていた。おまえに何が分かるとでも言いたげに。 しかしエムバは言葉を止めず、まるで当たり前のことのように言い放つ。

「だから、話したらいいじゃない本当のことを」

「……言えるわけねぇだろ……」

 サリーはうんざりした顔を抑え、ため息を吐く。その瞼の裏には絶望した今の両親の顔がありありと浮かんでくる。

 でも、とエムバが口を開こうとした瞬間、

「お前はどうしたいんだ?」

 遮るように北条はサリーに問う。

 彼の悩みの解決法。それは彼自身が最も知っている。

「お前は知ってほしいのか? それとも黙ってバレずに過ごしたいのか」

「……そんなの……」

 彼は唇と強く噛み、悔しさを露わにする。

 答えは自分の中ではもう出ているのだ。

 彼女は顔を覆い、

「知ってほしいにきまってんだろ!」

 その声は震えていた。

 でも、と彼女は付け加える。そして覆った手を脚に置き、

「言えるわけねえよ……言えるかよ……」

 涙が溢れた。

 想像できるだろうか。自分の子供に「あなたたちを親と思えない。赤の他人だ」と言われた時の親の顔を。それが嘘偽りない時の親の気持ちを。

 理不尽。

 その単語で脳内はいっぱいだ。

 なぜこんな人生になってしまったのだろうか。なぜ転生してしまったのだろうか。

 自分は何か悪いことでもしただろうか。なぜ自分が選ばれてしまったのだろうか。

「もう……いやだ……」

 彼女は耳を塞ぐ。

 自分を取り巻く状況から逃げるように。外界との干渉を遮断するように。

 ベンチの上で足を抱えて蹲る少女。

 再び空気が沈む。

(やりすぎた……)

 北条の顔に少し焦りが浮かぶ。相手の気持ちを考えず、なんでもかんでも言いすぎたと今更自重してももう遅い。彼の心は穴だらけのジェンガのように、軽く小突いただけで壊れてしまいそうな状態にまでなってしまった。

 下手に触れないほうがいいのか。それとも起死回生の何かがまだ残っているのが。

 大急ぎで思考をミキサーの如くフル回転させる。

 と、

「ねえ」

 いつの間にかエムバはサリーの前に前にしゃがんでいた。思考を巡らすことに夢中で全く気が付かなかった。

 彼女はサリーを落ち着かせるように優しく微笑む。

「今日あなたの家に泊まれる?」

「「……へ?」」

 男子の精神を持つ二人は同時に声を漏らす。完全に「お前は何を言っているんだ?」 状態だが、そんな二人に構うことなく、エムバは話を続ける。

「あなたのお父さんとお母さんを私たちで観察するの。それから最善の策を考えるってのはどうかしら? 正直声をかけたのはこっちだし……どこかの誰かのせいで無責任に追いつめただけみたいになっちゃったしね」

「……すまん」

 これは謝る以外にない。本当に申し訳ない。

 サリーは涙を拭うと、

「いいよ。こっちこそ歳のわりにだらしなかったよ。まあ体のせいってことにしといてくれ」

「ああ。ありがとう」

 というわけで和解が済んだところで、エムバが「よし!」と、

「じゃあそういうわけで!」

「やべ! 一つ屋根の下かよ! マジか!」

「立ち直り恐ろしく早いなお前……」

 二人は予定を一日遅らせ、サリーの家にお邪魔することにした。

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