32
食堂の朝の利用者数は前日までとほとんど変わることはなかったが、昼からは食堂に訪れる人の数がグッと減った。おばさんに説明してもらわなくてもわかったが、おばちゃんが詳しく説明してくれた。
「今日の昼までに魔法科のほとんどの生徒が学院を出発して故郷に帰ったのよ」
「食堂がこんなに空いているのはだからなんですね」
昼の12時だというのに、カウンターから食堂を見渡してもお客さんの数は数えるほどしかいなかった。現に僕も朝の食堂が始まる前に銀国に帰るシルバー・レイのみんなを見送りに行ったのだった。
アルバイトとして雇われていたのなら、間違いなく雇い止めだね。
お客さんが少なく、やることがない僕とおばちゃんはカウンターにもたれながらお喋りを続けた。
「普通科もこんな感じなのかしら?」
「どうなんですかね?終業式が終わってからここで食事していることが多いので、僕は普通科の食堂には行ってないんですよね。長期休暇もはじめてだから、今までがどうなのかもわからないですし。でも、クラスメイトのほとんどが家に帰ったので、普通科の食堂も同じような風景だと思いますよ」
「驚いた!8歳クラスから入学してきたんじゃないのね」
「そうなんです。今年ですよ、この学院に来たのは。12歳クラスからなんです」
「あら、珍しいのね。それまではどうしていたの?」
「家庭学習です」
「へぇ・・・そうだったのね」
この学院に入るにあたり、みんなと同じように地面に足をつけて歩くことができるようになるために僕は歩行訓練を行ったのだった。僕は生まれた後、喋るよりも歩くよりも先に空に浮かんでいた。それが当たり前になっていて、僕は地面に足をつけて歩くということができなかったのである。みんなと一緒に並んで歩いていても僕の体は常に地面から数センチ浮いていた。みんなが日常的に行っているこの歩くという行為ができるようになるまで転びながらの練習が続いた。それは思った以上に時間がかかったため、僕はライナ達よりも学院の入学が遅れてしまったのだった。それと同時に、飛ぶ欲求を抑えられるようになるまでも大変だった。僕にとっては飛ぶことは呼吸することと同じだったのだから。
夜の食堂は昨日までが嘘だったかのようにお客さんがほとんどおらず、静まり返っていた。罰則としてのお手伝いだから、人が少なくなっても僕が休みになることはなかったけれども、人が少ないからこそ興味のあったテラスの横のサンデッキで夕食を食べることができたのでラッキーであった。ただ、お客さんがいないからという理由でいつものライトアップは消されてしまっていたが。でも、天気がとてもよかったので月と星の光をたくさん浴びて、木々に囲まれた中で風を感じながらディナーAセットを食べることができたので気分は最高だった。
「空飛びたいなぁ・・・」
ただ、その最高の気分は空を飛ぶ感覚を僕に思い出させてしまい、空へと恋い焦がれる僕の気持ちを強くさせてしまった。
「屋上に行こうかな」
随分行っていなかった屋上に遊びに行こうと決めた僕だった。
「うわぁ!!最高!!」
寮の屋上の転落防止の冊を越えると、屋上の端に立って両手を広げて叫ぶ僕。
あぁ、なんて気持ちいいんだろう!!
空を飛んでいるのかと僕が錯覚してしまうかのように、僕の体のまわりを風が次々と通り抜けていく。僕は目を閉じ、しばしその感覚を楽しんだ。
これがどれだけ気持ちがいいことかなんて、僕以外の人間は誰も知らないんだね。
魔法を使えば、空を飛ぶことは誰にでもできそうだと僕は思うのに、火や雷は出せても誰ひとり空を飛ぶことはできない。銀国にいた頃は一緒に飛ぶことを試みて兄様の手を掴んだり、ライナやシュリモナの手を掴んで飛ぼうとしたが、そうすると僕まで飛べなくなってしまうのだった。それでも、この世界で僕だけしか空を飛べないということが銀国を出るまで信じきれなかった。魔法科があるこの学院にでさえ空を飛べるものがひとりもいない事実を知って、僕はその特別なことにはじめて気付いたのだった。僕の魔法はみんなみたいに現象を起こすことは一切できないけれども、その代わり僕の体を空へ空へと誘ってくれる。僕だけの僕だけにしかない力。
このまま屋上から飛び降りたら、気持ちいいだろうね。
風に誘われ思わず足を一歩前に踏み出したが、思い止まった。
空を飛ぶための魔法は腕輪によって封印されているからね。今は飛べないと思うよ。試してないからわからないけど・・・。
僕はある一方の空の彼方を指差し呟いた。
「うん、あっちの方だと思う、銀国は。腕輪が外れたら、ここから飛んで行くことに決~めた!!楽しみだね」
決意を胸に僕は屋上の中央の芝生部分に大の字に寝転がると、空に包まれながらそのまま眠ったのだった。




