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入口に立つ人間がフードを脱ぐと、こぼれ落ちんばかりの金髪が揺れた。そして、綺麗な顔が微笑みこちらを見ていた。それは王子さんだった。
王子さんっ!!ビックリした・・・。食堂から出ていくのを見てないと思ったら、まだここにいたんだね。王子さんも閉じ込められていたわけね。にしても、今までどこにいたの?
体に付いた雪を優雅に払いながら、王子さんは僕達の元へと歩み寄ってきた。生徒達は王子へと視線を向けた。すると、苦しいはずのみんなの表情が綻んだ。一番意識のはっきりしていたリーダーが王子に向かって言った。
「王子ナシュイハルト、君がいたんだな。頼む力を貸してくれ。魔法科最強と言われる君の力を。みんなのガードの魔法が試験終了時間までもたない。ここの4人はすでに切れて気を失ってしまった」
息を絶え絶え話すリーダーの顔もすでに真っ青になっていた。そして、僕らの周りの火もいつの間に消えてしまっていた。
まだ寒くなっていくの?
部屋の気温はいまだに下がり続けているようだった。王子さんはリーダーの手をとり言った。
「わかりました。もう大丈夫です。リサエル先輩、安心してください」
そう言うと、王子はリーダーそして意識ある生徒達にとてもとても優しい微笑みを送ったのだった。それは神々しいほどの微笑みだった。
天使がこの世にいるのだとしたら、きっと今のは天使の微笑みだね。
王子の言葉と微笑みに安堵したかのように、リーダー含め鎌倉内にいる全員が意識を失った。僕を除いて。
僕は倒れ込むみんなに急いで手を差し出し、受け止めようとしたが、人数が多くて僕の両手だけでは全然足りなかった。冷たい雪の上へとみんなが倒れ込むことになってしまった。その様子に一瞬目を向けた王子さんだったが、すぐに僕を見下ろして言った。
「また会いましたね。セラーレテでしたよね?そして、普通科の生徒」
王子さんの声を聞きながら、僕も目が霞んできた。王子さんの問いにやっとのことで頷くと、王子さんは言葉を続けた。
「魔法も使えないただの人間がどうしてこの中で正常でいられるのでしょうね」
そう言って僕に向けられた眼差しは数秒前に見た天使の微笑みと同じ人間とは思えないような、とてもとても冷たい微笑みだった。
どうしてそんなに冷たい目で僕を見るの?僕には兄様の魔法がきいているだけで・・・でも、もうそれも切れてしまいそうなのに・・・。
僕はやっとのことで言葉を振り絞り言った。
「魔法をかけてもらっているからで・・・でももうそれも切れそうで・・・」
「ふーん」
王子さんは僕の答えにつまらなそうに返事をしただけだった。
王子さん頼むよ。早くみんなを助けてよ!!魔法科最強なんでしょ?この寒さの中でも全く動じることがないんだから。
重力に負けて瞼が閉じようとしたとき、僕は異変に気付いた。
あれ?いや、そんなはずないよ。そうだよ。僕の勘違いだよ。ああ、でも、感じないんだ。僕の勘違いじゃないよ。そんな・・・そんなことが・・・。王子さんから魔法の力を一切感じられないなんて!!
僕はできる限り目を見開き、王子さんの様子を伺った。僕がどれだけ見つめようが王子さんには魔法の力がなかった。それはまさに盗み見た実技演習試験での雷に追い詰められていた時の王子さんと同じであった。
力がないのにどうやってみんなを助けるんだよっ!!
僕の苛立ちに気付くこともなく、王子さんは気を失ったリーダの手を掴むと何かをした。すると、リーダの掌からポタポタと赤いものが流れ出た。
何をしたっ!?それに、その流れているものはもしかして血!?
王子さんは血を流すリーダーの手を放すと、隣の人にも同じことをした。そしてまた掌から血が流れ出た。
王子さんは一体何をしている?
目を凝らし、5人目にして王子さんが何をしているのかが見えた。鋭いナイフで掌を切り裂いていたのである。
「そんなに睨まなくても大丈夫ですよ」
切り裂く行為を止めることなく、顔だけを僕に向けて王子さんが言った。僕は王子さんに言われてはじめて王子さんを睨んでいたことに気付いた。王子さんは6人目の掌を握っていた。
「私だって、好きで傷つけている訳ではないのです。体に残った魔法を集めているだけですよ。知っていますか?掌は体の中でも神聖な部位ということを。外界と出会う場所でもありますしね」
白い雪の上には6人の掌から流れ出る血で赤い水溜まりが出来ていた。水溜まりを指差し、王子さんは言葉を続けた。
「皆さんを助けるにはこの方法しかないのです。この方法で皆さんの魔法を集めて、全員に15分間の強力なガード魔法をかけます」
そう言う自信満々の王子さんの顔と説明を聞いて、王子さんの行為の意味を僕はやっとこさ理解することができた。
王子さんはみんなを助けようとしてくれているんだ。
「その顔は理解してくださったようですね。よかったです。さあ、あとは任せてください。あなたも魔法が切れかかっていますよ」
王子さんの言葉に甘えるように僕は完全に目を閉じた。そして、吸い込まれるように眠りに落ちていく。
不意に、血でできた赤い水溜まりが頭を過った。それは、何度も頭に浮かんでは消えた。
何を不安がることがある?あれはみんなの魔法の力を集めているだけ。そう、それだけ・・・僕が知らないだけで、あんな方法があるんだよ。
今度こそ意識を手放そうとするのに、どうしてもポタポタと滴る血の映像が邪魔をする。
痛そうだったけど、でも、あれは魔法を集めているだけだよ。いい加減に納得しようよ。そう思うのに、どうして心がこんなにざわつくの?
億劫に感じながらも、重い瞼を再び開いた僕は、掌を切り裂いて血を集める王子さんの姿を追う。全員の血を絞り終えた王子は血の池に向かって何かを唱えようとしていた。
そうだよ。最初からおかしいと思っていたじゃないか。血を集めるなんていう行為は聞いたこともないし、見たこともないって。あれは・・・そう、あれはまるで呪いのようじゃないかっ!!
王子さんのしようとしていることが異様な光景だったことに気付いた僕は王子さんを止めるべく、感覚のなくなった足を引きずり王子さんの腕へと手を伸ばした。




