春に『かぞく』
夢を持って生きているから、追い求めれば。 ただ生きているだけで。 貴方が居てくれるだけで。 明日がある。 未来がある、希望もある。
…………ふふ。
いえ、とても素晴らしい言葉を考えていたのです。
素敵でしょう。
とっても良い言葉でしょう。
良い言葉だと感じないのは、きっと『そんな物馬鹿らしい』だとか『自分には手に入らない』という、嫉妬に近い感情があるからに違いありません。
もしこの言葉に共感出来ないなら、そうですね。
こんな言葉はどうでしょう。
悲しい顔はしちゃいけないよ。 僕が悲しみを全部消してあげる。 ふふ、実にロマンチックな言葉でしょう。
本に書いてあった言葉です。
幸運な事に、左手は無事なので本がとてもめくりやすいのです。
右手が駄目になっていては、こうはいきませんでしたね。車椅子も最近では電動式の物があり、片手で移動も出来るのです。
便利なものですね。
そうそう、便利と言えば。
私がこの部屋にいる間に、親に沢山便利な物を貰いました。
何にも考えさせなくするお薬に、肉を切ってもベトベトしない加工がしてあるギザギザの包丁。
あ、それに電動ドリル。
他にも沢山あるのですが……親は亡骸と秋穂に合わせてくれません。何故でしょうか。
……いえ、答えは分かっているのですよ。
私が化物と仲良くしてしまったり、人を殺してしまったから。
だからこうしているのです。
私は悪い事をしていないのに、本当に。
秋穂に会いたい。
……これは、親心という物なのでしょうか。
とても、秋穂に会いたくて仕方ありません。秋穂の事を思うだけで胸が締め付けられるようになります。
亡骸とも、ずっと会えていません。
私は最初。
亡骸から幸せになる方法を抜き出そうとしていました。
秋穂を使って、亡骸から抜き出す方法を探ろうとしていました。
しかし、今は少し違います。
単純に。会いたい。
ご飯を作ってあげたい。
殺したい。
甚振りたい、めった刺しにしたい。
存在している事を後悔させたい。
肉の塊になるまでお薬を飲ませたり、体中に穴を開けたい。ドリルで。
他の誰でも駄目です。
亡骸と秋穂じゃないといけないのです。
あぁ、不幸とはこういう事なのでしょうか。
私は今まで自分自身が満たされない、不幸な人種だと思っていました。
しかしソレは大きな間違いだったのです。
一度手に入れ、手に入れた物が手元から離れる、不幸。
何と言う事でしょうか。
失って初めて気付きました。
これが、不幸。
あぁ、あああ。
何と悲しいのでしょうか。
きっとこれは天啓、私の罪は今悔い改められる時なのです。
「お父様、お母様、私はたった今気付きました。 私の行いは全て間違いでした、もう二度と同じ事はしません!」
ですがその声は誰にも、誰にも届きません。
そんなの、どう考えても当たり前。
何故なら私に悔い改めるべき罪も無ければ、自分の行いは全て正しいからです。
私は嘘をついてしまいました。 それはいけない事。
そんな願い、誰にも届く訳はありません。 嘘で作られた言葉なんて。
…………そう、思っていました。
私が悲しみにあけくれていると、とても大きな音がしました。
何かが、壊れるような。
それが段々と近付いてきて。 その音というのが、扉を壊す音だと分かりました。
だって、目の前に扉を壊して現れた、亡骸が居るんですもの。
「会いたかったわ、亡骸ちゃん」
私がそう言ってから、亡骸は何かを投げてきました。
重々しく、濁った目の、ソレは。
「秋穂ちゃん、ちょっと見ない内に大きくなったのね」
体中が水膨れと、黒く焦げた痕。
それにまぶたは切られているけど、その大きな眼は間違いありません。
会えました。 会えました。
私はなんて、幸せなのでしょう。
また、三人で会えるなんて。
胸がいっぱいで、何をどう言って良いか分かりません。 これが幸せ。 これが満たされるという事。
皮肉なものです。
亡骸から奪おうと思っていたものを、与えられるなんて。
幸せという物は奪う物ではなかったのです。
さも路傍の雑草の様に存在し、実はとても根深く、当たり前の様に存在するもの。
そして、幸せを感じるというのは。
その幸せを、誰かに気付かせてもらう事。
何と、愚かだったのでしょうか。
ですが。
「亡骸ちゃん、秋穂ちゃん。 私は貴方の、貴方達のおかげで幸せに気付く事が出来たの」
だから。
「だから」
この感謝を。
「だからお礼がしたいの」
今度は、貴方達を。
「いっぱい」
たくさん。
「殺してあげるね」