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秋を『なづけ』

 一ヶ月。

 というものは割と長いようで、過ごしてみればとても短い時間です。

 ですが、人生が変化するには、何かが生まれるには本当にあっと言う間。

 私に子が出来るのに、十分な時間です。

 ふふ。私は子を抱き抱えて、名前を考えます。

 そうですね。

 姉は春、私は夏。

 安直ですが、秋を付けるというのも良いですね。

 秋の実り。

 秋の穂で、秋穂。

 うん、安直な感じが私らしいではありませんか。

 多賀糸秋穂。

 良い名前です。

「秋穂、貴方の名前は秋穂よ」

「……はい」

 秋穂は返事をしました。

 怯えきった表情、小柄でビクビクとした対応は嘗ての姉を連想します。ふふ。

「秋穂」

「……はい」

「呼んでみただけよ」

「……はい」

 あら、無意味な事をしてしまいました。

 私はこんな無駄な事をする為にこの子を捕まえたのではありません。

「亡骸ちゃん、貴方の子供ちゃんを作ってあげたわ。 貴方と同じ化物、顔立ちもね、ちょっと似ている子を選んだのよ、嬉しいでしょう」

 亡骸は顔を上げ、私から秋穂へ視線を移してから、また俯きました。

 あら、つまらない。

「秋穂ちゃん、貴方はそこの亡骸ちゃんと家族になりました」

「……はい」

「嬉しいでしょう、家族はとても良いものです、そうですね?」

「……はい」

「憂う時も悲しむ時も、常に一緒に困難に立ち向かう、それがあるべき家族の形なのですよ」

「……はい」

 パンッ、という小気味良い音がしました。

 秋穂ちゃんは床にうずくまっています、どうやら本当に痛かったようですね、声も出ていないようです。

 もう一度、えいっ。

 パンッ。

 今度は頭に当たりました。

 当たってあまり間を置かず、秋穂ちゃんから血が噴き出します。

 初めて撃ってみましたが、反動も少ないですし、案外簡単に当たりますね。まぁ、これだけ近ければ外す方が難しいですけど。

「秋穂ちゃんどうかしら、貴方に苦痛を与える為に、わざわざ買って貰ったのよ、密輸はとっても難しかったようだけど、声にならない程楽しんでもらえたなら幸いね……秋穂ちゃん?」

 反応が無いので不思議に思い、近寄って顔を蹴り上げても反応がありません。

 どうやら気絶してしまったようですね。

「亡骸ちゃん、秋穂ちゃんは気絶しちゃったようなの、次は亡骸ちゃんの番ね」

 一度、二度、三度、四度、五度。

 何度か、何度も、亡骸ちゃんの体に打ち込みます。出来るだけ、痛みを感じる場所に。

 ですが。

「……丈夫になったわね、亡骸ちゃん」

 亡骸の、黒く、甲殻類の様に変質した皮膚は、弾丸が当たった個所に僅かな跡が出来るだけ。

 全ての弾丸を受け付けませんでした。

 そして、辛うじて読み取れる表情は、相変わらずの笑顔。

 憎たらしい、顔。

 私は力任せに顔を踏みにじりました。

 相変わらず、素直に地面に伏せてくれます。

 硬質な物が落ちる音と、足の裏に広がる鈍く、熱い感覚。

 亡骸の顔を、私の血が赤く染めます。

 以前は針をも簡単に通していた肌が、踏むだけで私の足が血だらけになってしまいました。

 いけませんね、安全靴か何かを履かなくてはいけません。

 また、親にねだらなくちゃ。

 さて。

 足の治療と、そろそろ亡骸のご飯を作らなくてはなりません。

 あ、そうそう。今日から秋穂ちゃんのご飯も作らなくてはなりませんね。少し忙しくなります。

 あぁ、この時間が愛おしい。

 秋穂の為にご飯を作っているの。

 美味しいと言ってくれるかしら。

 亡骸の為にご飯を作っているの。

 今日も元気に過ごしてくれますように。

 そう考えると、足の治療をする時間も勿体ないです。

 消毒液をふりかけ、包帯を巻きます。

 ……少し動き難いですね、巻くのは止めましょう、素足で構いません。

 そのまま急いで台所へ行くと。

 何かの瓶を持っている、化物が居ました。

「あら、お姉さん。 お久し振り」

 化物が居ました。

 あぁ、元化物でしたね、失敗です。

 ま、どちらでも構わないのですけど。

「……夏、葉?」

 化物は私の顔を見つめます。

 何が付いているというのでしょうね。

「何ヶ月ぶりかしら、姉さんが入院していたのは大分前で、こうやって話すのも凄く懐かしいわ」

 私の話に、姉は無反応です。

 私が愉快に会話を弾ませようとしているのに、化物ったら、何で話に乗らないのでしょう。

 もしかすると、化物だった頃の、私に対する恨みか何かでしょうか。

 そうですね、やっと、私と同じ人間になれたのですもの。

 そうですね、ええ。

 化物には、私を復讐する義務と責任があるのですよ。

 包丁の棚から一番頑丈そうな物を取り出し、服のボタンを外します。

 未だ反応が無い姉に近付き、右手で包丁の刃を。左手で服を持ち上げ。

「さぁ、刺してくださいな」

 昔。

 何処かが痛んだ場合、他の個所を傷めつければ、最初の痛みを忘れてしまう療法を聞いた事がありますが、アレは嘘のようですね。

 右足も、右手も、酷く熱いです。

 化物が私の心臓を刺せば、この痛みも和らぐかもしれませんけどね。

 でも、いつまで経っても化物は私の心臓を刺そうともしないし、それどころか、包丁を取ろうともしません。

 まったく、包丁の持ち損ではないですか。

 仕方ないですね。

 包丁の刃先を、胸に。

 刺した、つもりでした。

 けれども私の胸にぶつかったのは右手でした。

 不審に思っていると、

「夏葉、ごめん」

 包丁を持って、息を荒げ、目を血走らせている化物がいました。

「貴方の言っている、言葉の意味、全然分からない」

 ついでに、質問されました。

 何を言っているのでしょうか。

 私はとても当然であるべき事を言っているだけなのに。

「姉さん、おかしな事を言いますね」

「おかしいのは貴方の頭よ」

 あら。

 あら、うふふ。

「ごめんなさい姉さん、その言葉をそのまま返します。 私は貴方が異常だと思うし、何でそんな事をするかとっても不思議です」

 何故私を刺さないのですか?

 何故復讐しようと思わないのですか?

 何故私が私を刺そうとするのと止めるのですか?

 何故私の頭がおかしいのでしょうか?

 どうかしてるのは、化物の方に決まっているのに。

「まぁ、化物から人間になりたてでは仕方無いですよね。 これから姉さんは人間らしさを勉強して、もっともっと人間にならなくちゃいけません」

 だから教えてあげますね。

「ムカついて、復讐したいと思ったら、こうするのですよ」


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