勇者の恋人/魔王の后妃
勇者と魔王の戦いを、当事者でありながら別視点から見た作品を書きたいなと思ってできた作品です。
特別変わった展開などはあまり無いですが、暇つぶし程度に読んでみてください。
また、この話は二人の視点を交互に入れ替えているので、唐突に話が変わります。ご了承ください。
――Hero's Episode――
私の恋人は勇者様だ。
生まれた時から女神の加護を受けていた彼は幼い頃から人並み外れていて、そして、いつも私を守ってくれていた。私にとって、小さい頃から彼は勇者様だった。
彼は優しい。お人よしとも言う。そんな彼だから私は惹かれていった。
王国から遣いが来たときも、彼は二つ返事でそれを了承し、王様の元へと向かった。私も、そんな彼を心配して付いていった。
王様は、彼が勇者であること、女神の加護を受けて生まれたこと、魔王を倒す存在であることを伝えた。その説明で、私は彼が本物の勇者様だって知った。
――Master's Episode――
私の主人は魔王様である。
王を即位したその時から魔王となった主人は、どの魔物より、どの魔族よりも強いその力を以て全てを統べていた。私にとって、主人は生まれたときから私の王であった。
主人の力は絶大であった。最強の名に相応しい。そんな主人だから私は仕えた。
主人を討たんとする人間が来ても、それを有象無象の如く蹴散した。私も役に立とうと、その側で邪魔にならぬよう戦った。
人間たちは脆かった。私でも魔術を放てば簡単に殺せる。そんな彼らであるがしかし、勇者と呼ばれる女神の加護を受けた人間は、魔王様と対等に渡り合える能力を備えていた。
――Hero's Episode――
彼は魔王を討つため王国を発った。それに私も付いて行った。
最初に私たちは生まれ故郷へと向かった。魔王と戦う旅に出るから、その報告をするためだった。
故郷へ戻ってみると、それは酷い有様だった。
私たちの住んでいた家は燃え尽きていて、形の残っている物は何一つとして存在せず、それには故郷で暮らしていた筈の人たちも含まれていた。
彼はその光景を見て、泣いた。私はその隣で呆然と立ち尽くしていた。
ふと視界の端に何かが映る。目でそれを追いかけると、それはちいさな魔物であった。
私たちはそれを追いかけると、魔物の宿営地があった。話し声が聞こえたので息を潜めていると、私たちの故郷を襲撃したのが彼らであると分かった。
私たちはその日の夜、魔物が寝静まった頃に行動を起こした。
奇襲は見事成功し、私たちは故郷の仇を討った。
しかしそれ以来、彼は笑う回数が減った。
――Master's Episode――
主人は魔族を統治している。しかし、それは絶対でも全能でもなく、力の弱い存在は主人の命令を聞かずに行動を起こすことがある。
破壊と殺戮は魔物の本能である。だから主人もあまりうるさいことは言わずに好きにさせた。
しかし、本能に従って行動し過ぎた者たちは人間から特別に敵視され、討伐の対象とされてしまう。
そんなある日、人間に一つの魔物の集落を襲われた。それを聞いた主人は怒り、直属の魔族に部下を引き連れてその人間を殺すように指示した。
任務から戻ってきた魔族は体の至る所に傷を負っていたが、なんとか任務は遂行させて戻ってきたらしい。
しかしその任務から戻ってきたのはその魔族だけであった。
その頃から、勇者の噂が私たちの耳にも届いてきた。
――Hero's Episode――
私たちが旅を続けて長い時間が過ぎた。
最初は私だけだった勇者の仲間が今では三人に増え、一緒に魔王を倒す旅をしている。
一人は武道家で、素手で相手を倒すとても強い人だ。彼は自分の師匠を魔族に殺されてしまい、その仇を討ち、自分に宿った師匠の戦いが無双であることを証明するため、彼の一行に加わった。
もう一人は魔術師で、私よりも強い魔力を有しており、戦いでは上級魔術でも簡単に扱える凄い人である。彼は自分の妹を魔族に殺されてしまった。その魔族に仇は討ったものの、その元凶である魔王を倒さねばこうした悲劇は続くと考え、彼の一行に加わった。
私と彼は最初こそ成り行きであったが、魔物に故郷を滅ぼされ、恨みを持っていた。
私たちはつまり、魔物と魔族に恨みを持った人たちの集まりであった。
――Master's Episode――
勇者の一行は着々と主人の城へと近づきつつあった。
それが進むにつれて魔物と魔族の被害は大きくなり、それに主人は嘆き、悲しんだ。
主人が自ら出向こうとした時もあったが、私たち側近がなんとか宥めて統治に専念してもらい、勇者については私たちに一任してもらうよう頼み込んだ。
勇者が旅立ったと噂され始めてから、人間たちは活気付いた。
簡単に落とせると考えていた村を落とせなくなることが増え、あと一歩のところになっても必ず勇者が現れ、それを阻止された。
脆弱だと考えていた人間たちの思わぬ反撃に、私たちは人間に初めて恐怖を覚えた。
それを振り払うように名乗りをあげたのが、主人の親友とも言える魔族の側近で、彼は自分が勇者たちを始末してくると言って配下を引き連れた。
私は嫌な予感を覚えたが、何も言わずに彼と彼の配下を送り出した。
彼は、結局戻ってこなかった。
――Hero's Episode――
私たちはある日、町を訪れると、そこではお祭りが催されていた。
その町では伝統的なお祭りらしく、私たちは旅の休憩にとその町に数日滞在することにした。
お祭りなど初めて訪れた私と彼は二人で町を楽しく回った。
お祭りでは色々な物が安く出品されているらしく、魔術師は目ぼしい物が無いか探していた。武道家はお祭りと同時に開催されてた大会に出場した。結果は堂々の優勝で、その日の夜は宿で盛大に宴を開いて盛り上がった。その時に魔術師は新しく買ったバンダナとグローブを祝いの品として渡し、私たちにも新しい装備をくれた。
お祝いの宴が終盤に差し掛かった頃、私は夜風に当たるために外に出ると、それに彼も着いて来た。
夜は危ないからと言ってくる彼に私は苦笑した。
これまでの旅で、私は精神的にも肉体的にも能力的にも強くなっていて、この町にいる人やそこらにいる魔物や魔族程度では私の危険には成り得そうもなかったからだ。
しかしそんなことは言わないで、今でも昔と同じように私の勇者としていてくれる彼にありがとうと伝えると、彼は照れを隠すためにそっぽを向いた。
そして彼にいい所があると言われて、一緒に町の高台まで向かった。
そこは星がよく見えるところで、夜空に輝く星はとても綺麗で幻想的だった。
その時、彼が珍しくそわそわと落ち着かない様子で私を見ていたのでどうしたのかと聞くと、細長い長方形の箱を手渡された。
中身を確認して見ると、そこには夜空にも負けないくらい綺麗なネックレスが入っていて、この国での正式な告白の方法を知っていた私は、それにとても驚いた。
彼は夜の冷たい風が吹いているというのに、顔を真っ赤にして自分の気持ちを告白してくれた。
それに私も顔を真っ赤にしてしまったが、彼の申し出を快く引き受けた。
宿へ戻ると宴は終わっていて、残った人たちは静かにお酒を飲んでるだけだった。
しかしそこで目ざとく私の首にかけられたネックレスに魔術師が気付き、それに武道家も身を乗り出した。
終わりを見せていた宴はまた活気を取り戻し、名目と主役を変えて、私たちへのお祝いとなった。
その日から、私たちは恋人となった。
――Master's Episode――
ある日、魔族の大臣が主人に一つの提案をした。
これまで、勇者によって殺された魔物と魔族の数は多い。そのため暗い空気に包まれてしまっているので、せめて少しでも明るい話題を作りましょうということであった。
主人もそれには賛成し、具体的な内容を聞いた。
大臣はそれに満面の笑みを浮かべて告げた。
それからというもの、魔王城には魔物と魔族の美女が多く訪れた。
大臣が提案したのは絶対の主である魔王の結婚で、そのお相手となるべく各貴族階級たちが自慢の娘を連れて魔王を訪れた。
連日の后妃選びだけでも暗い空気は払拭され始め、これで婚儀を上げたら大きく盛り上がることは目に見えていた。
私は執務の出来ない主人に代わって軍の統制を執り、他の側近にも色々な仕事が回った。
しかし、后妃選びは中々終わらず、その原因は主人がどの相手にも色を示さなかったのが原因だった。
魔王の婚儀は行われることを前提で話を進めていたために、この流れは結婚を提案した大臣にとっても、私たち側近にとっても非常に雲行きの悪いものであった。
大臣や側近たちが早く相手を決めるように伝えても、主人は中々相手を決められず、魔王様に近しい者は困り果てた。
しかしいくら王と言えど、暗くなりつつあつ民のためにも我侭を言っている場合ではないと考え、執務に追われてまだ催促できていなかった私は主人の部屋へと乗り込んだ。
今まで会えなかったので久しぶりの対面となったが、取り合えずの礼儀は済ませて、私は誰でもいいから婚儀を挙げるようにと言った。
すると、主人は目を丸くしたかと思うと、突然笑い出して私を抱きしめ動きを封じた。
数日後、魔王城にて魔王の婚儀が挙げられた。
予想通りの活気付きに私を含む側近と大臣はほっと息をつき、主役の一人である魔王様も満足そうであった。
その相手はどの貴族令嬢でもない。あの日、主人は私も女なのだということを思い出し、私以外の女では駄目なのだということに気付いたらしい。
私は魔王様に仕える側近でありながら魔王の后妃として魔王様の側に寄り添った。
その日から、私と魔王様は夫婦となった。
――Hero's Episode――
私たちが恋人となっても変わったことはあまりなかった。
周りは宿に泊まる時にからかい交じりに私と彼とを一緒の部屋にしようとするぐらいで、あとは以前にも増して彼が戦いで私を守ろうとしていた。
しかしどこへ行っても変わらない魔物や魔族の被害に彼は怒り、笑顔の数を減らしていった。
そんな彼をできるだけ笑えるようにしようと、私は彼が笑えるようにと試行錯誤した。
料理をもっと美味しく作れるようにし、泣いてしまう時は抱きしめ、怒りに身を焦がしている時はそっと寄り添った。
それが本当に彼の支えになったのかは分からない。
彼の笑顔はどうしても減っていったし、敵を切る時の憎しみも増えていった。
それでも、私は彼に寄り添った。
――Master's Episode――
魔王様の后妃になってからというもの、毎日が今までより大変になった。
まず、城に侵入して主人を殺そうとする輩との戦闘が出来なくなった。
主人が私を戦いから遠ざけたいからだと言うが、これまで戦いとあらば前線に出ていた私にとってそれは逆に辛いものだった。
しかし逆に、后妃としての仕事ができた。
今まで主人が一人でやっていた統治を私も少なからず担当し、また、后妃選びの時に代わりにやっていた執務なども私が担当するようになった。
大まかに変わった事はそれらと、そして最後にもう一つ大事なことがあった。
私は毎日、夜になると身を綺麗にして主人の寝室を訪ねていた。
魔王様の后妃として、私は魔王様の子孫を残さなければならなかった。
毎晩くたくたになるまで抱かれたかと思うと、次の日の晩にはまた元気になる主人に軽く殺意が沸いたこともあったが、私自身も主人のことを愛していたためそれを甘んじて受け入れていた。
私はどんな時でも主人に寄り添っていようと心に誓った。
――Hero's Episode――
旅を始めて魔王城を遠く感じなかった頃、立ち寄った村で魔王の側近を名乗る魔族と出会った。
その魔族は私たちを殺すために遣わされたらしく、会うなりすぐさま戦いが始まった。
戦闘は苛烈を極め、周りにも被害が及んだ。一人、物陰から覗いていた少年は運悪く魔族の放った魔術の流れ弾に当たって死んでしまった。
それを見た彼は逆上し、憤怒の力も篭めて剣を振るった。
戦いは均衡してやや魔族が劣勢に立たされた時、会話すらしなかった魔族からいきなり話をふられた。
内容は以前に魔王の側近と名乗る魔族が襲いに来なかったかというものだった。
確かに以前、私と彼が恋人同士となる前に同じような状況に陥ったことがあった。
その相手は倒したと伝えると、相手は静かに顔を伏せ、次に上げた時には彼と同じく憤怒の様子を露にした表情をしていた。
戦いは更に激化し、近づく人は即座に死んでしまう域にまで達した。
私たちはなんとか勝利を掴んだが、村の中で戦ってしまったために村は酷い有り様となってしまった。
ある家は吹き飛び、ある家は飛び火が原因で炎上し、ある家は攻撃の余波で崩れていた。
村の人の犠牲は死んでしまった少年一人で済んだけど、村人からは簡単なお礼の言葉と品物を頂いただけだった。
村から逃げるように出た私たちは、その日は村から遠く離れたところで野宿をした。
私は彼に癒しの光をかけるしかできなかった。
――Master's Episode――
主人の前に私の元へと届けられた報は最悪のものであった。
それは勇者を殺しに向かった主人の側近が返り討ちにあったというものだった。
これで主人の側近は私を含めた四人から二人に減ってしまい、更には主人には未だに最初に向かわせた主人の親友が戻ってきてないことを伝えてなかった。
婚儀を挙げるためにできる限り話が向かわないようにしていたがそれも限界が来て、遂に主人に側近二人が勇者に殺されたことが知られてしまった。
主人はその報せを聞いて、涙を流した。
人間には魔王様は涙を流さぬ冷酷非道な存在として伝わっているがそんなことはなく、悲しければ涙を流し、自身の仲間を大切に思う存在だった。
それから主人は勇者に対し、今まで以上に激しい憎悪の念を抱くようになった。
何度も自分から勇者を殺しに行くという言葉をなんとか宥めつけて城に留まって貰った。魔物と魔族を統べる王として、その象徴たる城から離れるという事態はできる限り避けてほしいからだ。
私にできることは主人に寄り添い、心を支えることだけであった。
人間とは違い回復魔術を使うことのできない私たちには、それが私にできる唯一の回復魔術であった。
――Hero's Episode――
魔王城に近づくにつれて、敵は段々と強くなっていた。
その分、戦いはその一つ一つが激しいものとなり、周囲に与える被害も大きいものとなった。
自然と私たちは人の集まるところを避け、夜も野営が主体となっていった。
この頃彼は笑わなくなり、私の前でも笑う機会は減っていった。
夜、寝る前に彼に癒しの光をかけることは日課となり、今日も私は彼に癒しの光をかけた。
仲間の武道家と魔術師も最近は光を欲するようになり、私は彼らにも光をかけていた。
私は光を欲しがられることに喜んだ。それはつまり、私の光がみんなの心を癒しているという証明でもあるからだ。
だから私は癒しの光をかけ続けた。
彼らの心に巣くうものから、少しでも守れるようにと。
――Master's Episode――
勇者の一行は日に日に城へと近づいていた。
自然と彼らの情報は集まり、一行はリーダーである勇者とそれに寄り添う僧侶、前衛でどんな相手にもひるまない武道家と、後衛から味方を上級魔術すら軽々と使って支援する魔術師の四人だと知った。
これだけ見れば数の理はこちらにあるものの、最近では王国からも精鋭を出されて苦戦しているため、中々この一行を潰すことができないでいた。
主人は既にここで迎え撃つつもりで準備を始め、最近では夜に寝室に呼ばれることも少なくなった。
主人の目は今、勇者への憎悪で満ちていた。
一行がここに来るまでの道中で数多くの配下を殺されたこと、そして、親友だと思っていた側近が既に随分前に殺されてしまっていたことが主人に確たる思いを象らせていた。
閨に呼ばれなくなった私は自主的に主人の寝室へと向かい、行為に及ぶでもなくただ抱きしめた。
それが私が主人にできる唯一のことであり、それを支えにして欲しかった。
主人もまた、勝手にそうする私を咎めるでもなく、私の抱擁を受け入れてくれていた。
後日、最後に残った側近が、勇者の一行を殺すべく遣わせて欲しいと主人に申し出た。
――Hero's Episode――
魔王城まであともう少しというところでまた魔王の側近と遭遇した。
彼は自身が最後の側近であると言い、残るは魔王とその后妃だけという情報も与えられた。
何故そんなことを教えるのか、それが気になった。しかし相手はそれで話を切り上げ、それが戦いの幕開けとなった。
彼は幾つもの屍を作り上げた剣を握り、戦った。
最後の側近は今までのどの敵よりも強く、数人で戦う私たちともよく戦った。
けれどこれまでの戦いを経てきた私たちは終始優勢で、最初から負けを悟っていただろう相手はそれでも諦めず、私たちに牙を向いた。
戦いは半日以上続き、空を昇っていたはずの太陽がいつの間にか月に変わった時に勝負がついた。
半死半生の状態まで追いやられた魔王の側近は、最期を迎える前に彼を仰ぎ見た。
剣を振り上げて止めを刺そうとする彼に側近はただ一つ、恥を忍んで自らを殺そうとする敵に申し入れた。
もしも魔王様を倒すようなこととなれば、どうか后妃様だけでも助けて欲しい。これが側近の最期に残した言葉だった。
彼は無表情のまま、側近の首を落とした剣を鞘に戻した。
側近が最期に残した言葉を、彼がちゃんと聞いていたのかは分からなかった。
私は戦いで傷ついた彼と仲間に癒しの光を浴びせた。
――Master's Episode――
最後の側近が殺されたという報せは、その翌日になって私に届いた。
主人はそれを聞くと、嬉しそうに頷いた。
前までは嬉しそうにしなかったが、最近の主人はまた嬉しそうに笑うようになった。
しかしそれはひどく歪で、見るものを恐怖させるような、そんなおぞましい情念を篭めたものであった。
私はここ最近、働くことが少なくなった。
なんでも、お腹に主人との子どもが宿っているとのことだ。
本来なら朗報であるはずだが、勇者の侵攻によって王城での士気は極端に下がっており、逃げ出した者も多くいた。
主人は側近が殺されたの報せ聞いて、王城のものに選択させた。
ここに残り戦うか、ここから逃げて生き延びるか、どちらを選んでも私はお前たちを罰することはしない。それが広まると、王城にいた者たちは半分以上が外に逃げた。
人間は神に祈る。その祈りが届いた存在こそが勇者であった。
魔王は魔を統べる。その絶対的な力こそが王の資質であり、神と同等の力であった。
人間の絶対が神であるならば、魔の絶対は魔王であった。
人間は神に祈る。であるならば、神は一体誰に祈ればいいのだろうか?
この頃ではそんな疑問を持ち、今日も我らの絶対である主人の側に寄り添った。
――Hero's Episode――
明日、私たちは魔王城に突入して魔王と戦う。今日の夜はその作戦を確認する最後の時間であった。
これまでバックアップ専門だった王国の騎士たちに王城内部の戦力を削いでもらい、勇者一行は魔王の所へと一直線に向かうというのが大まかな作戦であった。
それも終わると、私たちは自然にこれまでの話に華を咲かせた。
武道家は師匠の仇を討つために私たちの仲間になってくれていた。その仇もずっと前に倒していて、目的を達成していたのにそれでも付いて来てくれた彼は、笑顔で私たちにお礼を言った。
魔術師は魔王と戦う機会を与えてもらったことを感謝していた。元凶である魔王を倒せば、彼の妹のような存在もいなくなるだろうと、そう語っていた。
彼は私に、戦いが終わったら結婚して欲しいと言ってきた。
これまで戦い続きだったけど、魔王を倒したら平和に暮らそうと約束もしてくれた。
しかしそんな中、私は最後の側近の言った言葉を思い出していた。
あの側近は死ぬ間際になって、自分ではなく他人の命を願った。
側近は彼に頼むとき、とても辛そうな顔をしていた。それは、私たちが見せるようなものとそっくりであった。
自分の大切な人を思う気持ち。そんな感情が魔物や魔族にもあるのではないかと、そんなことを考えた。
私が難しい顔をしているのを見た彼は、私を心配してくれた。
私はその気持ちを素直に嬉しく思ったが、それは彼らにもあるのではないだろうか。
その考えはとても場違いだった。
たとえ彼らがそういう気持ちを持ち合わせていたと言えど、私たち人間も家族や大切な人を彼らに殺されている。
そういった人たちが集まり、魔王を倒そうとしているのだから、それに水を差してしまうことはその人たちへの冒涜と等しかった。
だから私はその気持ちは胸に秘め、なんでもないと答えた。
しかしこの日は寝る前に、魔王の王妃と少しだけ話をしてみたいと思った。
――Master's Episode――
明日勇者の一行が魔王城に突入してくるという情報が入った。
さらには人間の軍隊も城を囲うように野営しているらしく、おそらく明日の突入では一行が広間まで無事に辿り着けるようにサポートをするのだろう。
主人は一行が突入してくることを聞くと、待ちきれないとばかりに城の窓から下を見下ろした。
私は主人に明日での戦いに参戦してもいいか聞いてみたが、すげなく断られてしまった。
主人は城に残った配下を集めて指令を下し、勇者一行はここに誘導するよう何度も強調した。
自分たちを統べる王として、数々の同胞を殺してきた勇者を主が始末するという内容に配下の士気は高まった。
主人が解散を告げると中にいたものはぞろぞろと広間を出て行き、広間には私と主人だけが残った。
主人は不意に後ろから私を抱きすくめると、髪に顔を埋めてすっと息を吐いた。
私は前に回った主人の腕をそっと握り、暫くの間そうして過ごしていた。
主人は満足したように離れると、明日は私に傷を負わせないと約束した。
それを言った時の主人の表情は、最近では見せていなかったとても清々しいもので、まるで長年の憑き物でも落ちたようであった。
主人とはそれから明日の戦いが終わった後の話をした。
私のお腹にいる子どもの話、男だったら、女だったら、という他愛のないものや、これからの統治での新体制など、色々な話をした。
しかしそこでふと、勇者一行にいる僧侶のことが頭をよぎった。
その娘は今勇者とは恋仲であると聞いており、彼女と勇者もこういった話を今、もしくは過去にしていたのだろうか。
いけないとは思いつつも、私はその娘と話がしてみたいと思った。
――Overlap Episode――
私たちは今、魔王城の大広間で互いに対峙していた。
一触即発とはまさにこのことで、お互いに殺気を放ちあいながら睨み合っていた。
私は視線を巡らせると一人の存在に気がついた。
そして一瞬で察した。この相手に興味が沸いた理由を。
私と彼女は同じであると。
私が相手を見つけた瞬間、相手も私に気付いたようで視線があった。
しかしそれと同時に均衡が破れ、互いに相手を嫌悪し合う者同士の戦いが始まった。
「いくぞ! ぶっ殺してやる!」
ここまでお読みくださりありがとうございます。
正直、後半は鬱展開が続いたので書いてる最中はとても辛かったです。それとできる限り抑えましたが、両者のヒロインが気がつくと直ぐにヤンデレ化してしまうのでそこにも苦労しました。
今回のテーマは言うなれば「存在の因果」です。魔は本能的に暴虐の限りを尽くしますし、人間は理性で魔を追放します。魔から見れば人間の理性は理解不能ですし、人間から見ても魔の本能は理解不能です。そんな様子をこの後書きなしで感じ取れてもらえたなら嬉しいです。……が、なにぶん文章力が不足しているので、感じ取れた人は極僅かだと思います。
今回は基本的に鬱展開でしたが、中盤のラブコメ(?)展開が唯一の桃源郷でした。しかし書き終わってから考えて見ると、いくら告白の風習とは言え戦う人にネックレスを渡すのは如何なものかと思ったり……。邪魔じゃないんですかね……? 自分で書いておいてこんな事を言うのもどうかと思いますが。
最後になりますが、今回は拙作を最後まで読んでくださり本当にありがとうございました。またお目にかかることがあったらその時も読んでもらえると嬉しいです。
感想・評価などお待ちしております。