障子の穴
なろうで初めてのホラー。
怪談風にしてみました。
それは、友人宅へ遊びに行った時の話である。
友人宅は、純和風の古い日本家屋であった。
庭には鯉の泳ぐ、池付きの立派な日本庭園。
母屋と離れに分かれており、部屋も多く、まるで旅館並の豪邸であった。
そんな離れの一室で、学生時代の友人達を呼んで、飲み会をしようと言う事になったのである。
当然その部屋も和風で、畳の緑と障子の白が目に付いた。
酒もツマミも皆で持ち寄り、学生時代の話で盛り上がった。
そして皆がほろ酔い気分になってきた頃、集まった友人の一人が障子に目をやり、それに気が付いた。
「あれ? あそこ穴あいてる」
見れば、障子の枠の一番下に、ぽつりと一つ穴があいていた。
「ああ、みーちゃんだな」
みーちゃんとは、この家の母屋に住む友人の姉の子供で、まだ三歳だという。
好奇心旺盛で、よく家の中を探検しているのだそうだ。
恐らく、見知らぬ私達の様子を見ようと、ああして穴をあけて中を覗いていたのではないかと友人は言った。
それを聞いて、私達は納得して再び酒に手をのばし、他愛ない話に花を咲かせたのである。
それからどれ位経ったのだろう。
気が付けば私の目の前に障子があった。
いつの間にか酔いつぶれて、障子の方を向いて寝転がって居たらしい。
談笑している声が聞こえるので、酒盛りはまだ続いているようだ。
自分は弱い方なので、こうして酔いつぶれているのはおそらく私だけだろう。
酒はまだ抜けず、火照った肌にはひんやりとした畳が気持ちいい。体を起こすのは億劫ながらも、頬を畳に擦り付ける。
そして暫くぼーと目の前の障子を眺めていると、何やらその障子を突き破るものがあった。
小さい小さい、細い指。
(……みーちゃん?)
先ほど友人の言っていた事を思い出し、心の中で呟く。
その小さな指は、穴を広げるように蠢き、覗けるほどに大きくした後引っ込んだ。
丁度目の前にその穴はあるのだが、きっと覗いたら私の顔があるから驚くだろうな、等と考えていた。
しかし、穴の中に相手の目が見える事なく、ただ暗闇があるだけ。
そうしている内に段々と眠気が襲ってきて、私はそのまま眠りに付いた。
次に目を覚ました時、周りを見れば、テーブルにつっぷしたり畳に体を投げ出していたりしながら皆眠りこけていた。
どうやら全員酔いつぶれたようである。
そんな彼らをそのままに、私はトイレと向かう為、障子を開け部屋を出た。
廊下はしんと静まり返り、照明があるにも関わらず薄暗く、この家が古い事も合わさって少々不気味だ。
夏であるのに何処か肌寒く感じ、腕をさすりながら用を足したのだった。
そうして部屋へ戻る中、私はある事に気づいた。
障子の枠の一番下。
位置が低すぎないだろうか。
高さにして床から約二十センチ。
三歳だとしても、覗くには寝転ばなければならないだろうし、四つん這いにしても床に顎を乗せなければならない。
あまりにも体勢がきつすぎないだろうか。
そんな事を考えながら部屋の少し前の廊下で、私は足を止めた。
誰かが四つん這いで部屋の中を覗いている。
「……みーちゃん?」
思わずという感じで、口からするりと出てきた言葉に、けれどもすぐさま頭の中で否定する。
だってそれはあり得ない。
何故なら今は深夜である。
それに何より、
何故あれはあんなにも小さいのか……。
障子の一番下の枠の穴から、四つん這いで中を覗いているのだ。それも無理のない体勢で。
それによく見たら、服も何も着ていない。その肌は、この薄暗い廊下の中であっても、異様に映った。
赤黒い血のような色。
頭の中で、「小鬼」や「餓鬼」といった名前が浮かんだ。
以前何かで見た絵に、シルエットが酷似していた。
そしてソレは、私がそのように考えている内に、先ほどの言葉に反応したのか此方を見た。
その目元は落ち窪み、底の無い闇のようだった。
ソレは此方の存在に気付くと、四つん這いのまま這って近づいてきた。
とっさに声を上げようとしたが、口は動くのにさっきすんなり出た声は一向に出てきてはくれなかった。
ジリジリと確実に近づいてくるその不気味な赤子。
そう、ソレは赤子だ。
よく見れば腹に臍の緒がついている。
それを引きずりながら近づいてくる赤子に、少しでも離れたくて後退ろうとしたが、体はピクリとも動かない。
金縛りだ。
そう認識した時には既に、赤子は私の足元までやってきていた。
『あぁーん』
此方に追い縋ろうと、手を伸ばして声を上げてないた。
金縛りにあっている為、顔を動かす事は出来なかったが、辛うじて視界の端にその様子が映る。
ギュッとズボンの裾を掴まれる感触がする。その感触は徐々に上へと移動していった。
『あ゛ぁーん、あ゛ぁーん』
赤子の声もすぐ耳元まで近づいてきた。
しかし、服を掴む感触が胸元まで来たら、何故かその動きが無くなった。泣き声も聞こえない。
何だ? と思って顔を下に向けようとする。当然金縛りで動けないと思っていたのに、嘘のようにあっさりと頭が動いた。
カクン。
動けなかった反動のように、まるで落ちるように顔が下を向く。
『あ゛ぁーん!』
まるで待っていたように赤子は声を上げた。
大きく口を開け、その赤黒い肌よりも鮮やかな赤。
その目は瞼すら無く、暗い空洞の闇。
私はその闇に吸い込まれるように意識を手放した。 その間も、赤子の声は聞こえ続けていた。
朝になり、私は友人達に起こされた。
皆笑って「酔っぱらってこんな所で寝てたのか」と言った。
私は、部屋の前の廊下で寝ていたらしい。
友人等の笑顔に、私はどこかホッとする。
しかし、次に聞いた友人の言葉に、私はドキリと心臓が鳴った。
「あ、また新しく穴が開いてる」
それは、夕べ私が見た赤子が覗いていた場所。
その近くには、私が畳に寝そべっていた時に出来た穴もあった。
私は恐ろしくなって、夕べ体験した事を彼らに言った。
しかし、皆酔っぱらって見た幻覚だの寝ぼけてただのと、真剣には取り合ってはくれなかった。
そのままこの話は流れて、飲み会はお開きとなった。
ただ帰り際、この家の住人である友人が私を呼び止めた。
「あのさ、さっきお前が言っていた話だけど……」
「ああ」
「あんまり気にすんなよ。後、引きずったりもすんなよ?」
「は? お前、やっぱなんか知ってんのか?」
あれについて何か知っているかもしれない友人に、私は勢い込んで訊ねていた。
しかし彼は、気不味そうに後頭部を掻く。
「いや、そういう訳じゃないけどさ。ほら、この家結構古いじゃん? だからそういうこともあるかもな、て思ってさ」
「そう、か……」
「それと、俺小さい頃ばあちゃんに言われた事があってさ」
「……?」
「何か変なもの聞いたり見たりしても、気にしたり引きずったりするな。拠り所にされるぞってさ」
拠り所と聞いて、私は何だかゾッとしてしまった。
彼のお祖母さんは何か見た事があったのだろうか。
彼に「分かった。ありがとう」と告げ、その古い日本家屋を後にした。
家路につき、少しでも気分を払拭させようと、明るい音楽の流れるコンビニへと立ち寄った。
本のコーナーで立ち読みをしていて、ふと外を見た。
ガラスの板にポスターが貼ってある。
それ自体は別段気にするものでもないが、引っ掻いたか何かしたのか破けて穴が開いていた。
穴の向こうには車道と、道を歩く人の姿が見える。
そして私は気づいてしまった。
あの、畳で横になっている時に見た障子の穴。
何も見えなかったと思っていた。
でも、あの赤子の目。
どこまでも暗い落ち窪んだ闇……。
私はずっとあれと目を合わせていた……?
一気に全身の毛が逆立った。
ゾワゾワと虫に這い回られるような怖気を感じながら、私は耳の裏であの赤子の声を聞いた。
縋るような、何かを求める悲しく恐ろしい声を……。
【障子の穴・終】
古い家には、何か色々な想いが詰まっている気がします。
それが楽しいものであれ悲しいものであれ、全部ひっくるめてその家のあり方なんだろうな。
例えそれが恐怖であったとしても……。