夜を歩いて
お題:日本負傷 必須要素:街灯 制限時間:30分
夜というものはこんなに暗かったのか。
僕たちの暮らす町、さして大きな都市ではないが、さりとて田舎でもなく、駅前にはそれなり名のあるデパートがある。
そのデパートの灯りが、今は消えている。
いや、点いてはいるが、必要最小限に抑えられている。
駅舎の照明も暗い。
タクシーも少ない。
節電。
夜の八時はまだ宵の口だと思っていたが、それは思い違いであり、思い上がりだったのだ。
春とはいえ、まだ四月になったばかり。
夜明けは遠く、闇は深い。
体の底が震えたのは、寒さのせいばかりではなかったように思う。
「暗いね」
隣を歩く彼女がするりと僕の手を取った。
冷えた手だったけれど、温かかった。
「うん、暗い」
「ラーメン屋さん、やってなかったらどうしよう」
幸い、店は開いていた。
チェーン店だが各店で味が違うというラーメン屋。
駅のすぐそばにあるそこには、結婚前からよく通っていた。
恋しくなって、久しぶりに夜道を歩いて食べにきた。
外食は不謹慎だという意見と、どんどん外食をして経済を回すべきだという意見、今日の僕らは後者を取ったわけだ。
変わらない味。
変わらない熱。
ただ、ここでも灯りは暗かった。
食べ終えて、来た時と違う道を選んで帰る。
温もりを逃がさないよう、ずっと手を繋いでいた。
来た時よりもうら寂しい道は、さらに暗かった。
「暗いね」
また彼女が言う。
「うん」
「なのに星が見えないや」
子供の頃に比べて厚くなった眼鏡のレンズ。
「オリオン座しかわかんない」
星は航海の標。
僕たちは今、それを失っているのかもしれない。
何処へ行くのか。
行けるのか。
日本は、僕たちの国は、大きな怪我をした。
「あ」
彼女の上げる小さな声。
僕も同時に気づいていた。
ひとつだけ、街灯が点いている。
古びて、普段なら暗いと感じる灯りが、今はやわらかく思える。
「ラーメン、美味しかったね」
彼女がそっとつぶやいた。
僕は握る手にほんの少し力を込めた。
制限時間15分はさすがに短かったので、30分で。
お題と必須要素に対してあまりにもストレート過ぎた気も。
東日本大震災のときの体験がもとになってます。
もう少しそれにふれた方がよかったのか、それともこれくらいで、わかる人だけ伝わればよしとするか。
ただ、「僕たちの住む街」については、もう少し情報があった方がよかったのかも。
地域によって情況も違うし。