08 共に乗る舟
むにゃむにゃ
この場にいる全ての視線が集まる中、チャリオット様は佇んだまま動くことはなかった。
今度はボクも終わりを告げようとは思わず、事の可否を全て託すことにした。
だからひたすら待つ。
時間は有限だというのに、この場にいる誰もがここから離れようとしなかった。
きっと目の前の彼の人徳だろう。何かが起きるとみんなが思っている。だからこそ、こんな辺境の開拓村の牧場なんかに埋もれていい人材じゃない。
空を見ると太陽が顔を出していた。
時間は朝。ボクらは朝飯を食べてすらいないのだ。彼の熱意に当てられて、時間が長く引き伸ばされてしまったのだろう。
視線を戻すと、チャリオット様は決意を秘めた顔つきをしていた。腰を下ろし、足元にいたスライムを撫でて言った。
「ごめんね」
スライムを上から抑えて、木製のナイフを半透明の体へと突き入れた。
切った。切っちまったよ、おい。どうしよ。
「これでいいだろうか」
騎士様は切り落としたスライムのお肉を手のひらに乗せて僕へと差し出していた。
「ダメですよ。少なくとももう一方と同じ大きさになるまで少しずつ切ってあげて下さい」
そうだよ。治療のためなんだから最後までしないとね。きっとあれはまぐれさ。精神力を振り絞って一度だけ入れることができたんだ。スライムを愛する君が何度もできるハズがない。
早くギブアップと言うんだ。でないとボクが言っちゃうぞ。
ギブアップ!
誰か助けてくれ!
白い目でこっちを見ないで!
こんな空気に耐えられません。ボクは一介のしがない牧場主ですよ。
そんなボクの内心とは裏腹に、チャリオット様はスライムを押さえてお肉を切り取り続ける。逃げようとして逃げられず、ぷるぷると震えるだけのスライムが哀愁を誘っていた。
スライムが元の大きさへと戻っていくに連れて、チャリオット様の目に溜まっているものが大きくなり頬に二筋の線を描く。それは雫になると、下にいるスライムへと落ち吸い込まれていった。
「チャリオット様、もう手を止めて下さって構いませんよ」
彼が顔を上げると、そこにはいい年をして号泣している男がいた。足元には逃げようと身悶えしていたはずのスライムが沈静化していた。
一人と一匹の寄り添う光景を見てボクは決めた。
「小隊長殿。どうかこの人をボクのところに下さい」
こんなものを見せられたらボクも腹を括るしかない。できない奴はタダの肉屋だ。モンスターファーマーは畜魔の肉を切り売りするだけじゃない。
「私に言われても困るのだがな」そう言って苦笑いを浮かべた後で「が、私も血の通った人間だ。いいだろう。私の権限により、チャリオット・ルクスメイデンに除隊処分を言い渡す。正式な通達は二ヶ月ほど後になるだろう」
鍛えられた喉声がキンと朝の冷たい空気に染み渡った。
遅れてパチパチと乾いた音が続く。音は万雷となって中心にいる人物を祝福した。
チャリオット様は弱々しく笑みを浮かべて、足元のスライムへと話しかける。
「お前も喜んでくれるかい」
スライムは照れを隠すかのように小さくなると、顔を近づけていたチャリオット様の顔に何かをぶつけて吹き飛ばした。予想もしなかった衝撃に反応できなかったチャリオット様は、地面に倒れ込んだ。
とたん、空気が凍った。
痛い。
空気が痛すぎるよ。
みんながボクを見て視線で言っている。
お前がなんとかしろ。そう言っている。
ボクにどうしろと。
必死に頭を動かすボクの視界に、スライムが吐き出したナニカが目に止まった。
「これはスライムジュエルだ!」
拾い上げて観察してみるが間違いない。スライムの体と同じ色をした軟らかい宝石。
「これは心を交わした相手のためにスライムが送る宝物です。ファーマーをしていても中々みれるものじゃない。すごい。本当にすごい。この宝石はあなたのものです。大切にしてあげてください」
倒れているチャリオット様を引き起こして、その手に彼とスライムの友情の証を添える。
「良いのですか」
「もちろんだよ。前に世話になっていたファーマーの話なんだけど、彼はこれを贈り物にして奥さんに求婚したらしい。そんな縁起物だから、ぜひあなたに受け取って欲しいんだ」
ボクをマジマジと見つめるチャリオット様だったがすぐに頷いて「はい、喜んで」と、抱きしめるように宝石を握り締めた。
再び万来の拍手。
耳がおかしくなりそうだよ。
散々だったけど、終わりよければ全て良しかな。
一転して気持ちが穏やかさに満ちていった。
心安らかなボクにとって聞き捨てならない会話が耳に留まる。
「いや~、スライムってエサのやりすぎはよくないんだってな」
「やべ~よ。オレ、隠れてやってたよ」
「オレもオレも」
「なんつ~か癒されるんだよ。あの軟らかさに」
「わかるわかる、すっげけよくわかる」
「実は私もだ。なかなか良いものだな」
「隊長もですか」
やたら大きくなってたと思ったら犯人は騎士団全員かよ!
そして最初の試験のときも厳しい顔をしていたのはそのせいなのか。
スライムが可愛らしいのは事実だ。男所帯でスライムに癒しを求めてしまうのは当然のことだろう。
「みんな、話を聞いてくれ」
声は村長のものだった。騒ぎを続ける皆に負けまいと声を張り上げる。
「オレたちは違う場所に生まれた。それぞれの思惑で開拓者になった。でも新しい村を盛り立てていくにはみんなの協力が必要だ。それはこの二週間で嫌になるほどわかってくれたと思う」
大きく大きく、負けずと皆も騒ぎ立てる。
「今日のことを記念して村の名前をディアにしようと思う。賛成ならオレのあとに続いてくれ」
一瞬だけ静寂が過る。
「我らの友人たちに祝福を」
「「「「「「「「「「我らの友人たちに祝福を」」」」」」」」」」
「新たな土地と生活と若いファーマー夫婦の誕生を祝って!」
「「「「「「「「「「「「「「「「「「「「我らの友人に全ての祝福を」」」」」」」」」」」」」」」」」」」」
……えっ?
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ポロンのモンスターファーム
状態:整地済み(50%)、雑草畑(50%)
修繕された家屋、急ごしらえの柵(5%)
労働力:2名
ペット:影狼のクロ
畜魔:グリーンスライム ×2
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収穫物
スライムのお肉 ×10
スライムジュエル ×1
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読んで下さってありがどうございます。最後の方は長くなってしまいました。