06 モンスターファーマーに大切なこと
案内された場所は、開拓団が建築した一件のうちの一つ。騎士団へと貸し出されている小屋だった。普段は小隊長が待機している場所だ。その前にずらりと騎士が並んでいる。案内役の人を含めれば騎士団の全員が集まっていることになる。当然、小隊長とあの騎士様もいた。
「よく来てくれた、ポロンどの。今回はチャリオットのことで不利益を被る結果になってしまったこと、申し訳なく思う」
一体ボクに何をするつもりですか。不利益ってなんですか。
混乱するぼくを十人の目が睨みつけてくる。さすがに騎士様は魔物と違って迫力がある。できれば一生知りたくなかった。
もしボクがスライムなら、今頃は分裂して逃げ出していることだろう。しかし残念かな。ボクはヒューマンでしかない。
魔物たちの楽園という妄想に逃げ込もうとしたとき、事の発端となった騎士様がボクの前へと進み出る。
頭を下げて彼は言った。
「私をモンスターファームの一員として働かせてください」
予想の斜め上を行く言葉に頭が真っ白になりました。
正気に戻ってみたのこちらを見つめる九人の騎士と、遠巻きに事の成り行きを見る開拓団の皆だった。
増えてるよ!
「ポロンどの。いや、ポロン様。どうか私を牧場で働かせてください」
「うちには騎士を受け入れるほどの余裕はありません」
「今日を持って騎士職を返上するつもりです。一介の村人となり村の開拓にも奮迅します」
「お金がありません」
「ならば無償で結構です。幾分かの蓄財もあります」
それでいいんですか騎士様。
確認するように小隊長を見ると、目が「断ってくれ」と語っていた。
「モンスターファーマーなんて騎士みたいに尊敬される職ではありません。むしろ倦厭する方々も多くいらっしゃいます」
「それでも構いません」
「言ってしまっては元も子もないのですが、ファーマーなんて魔物の下僕ですよ。下働きですよ。そんな仕事に耐えられますか」
「耐えてみせます」
「こんな辺境ではなく、もっと大きな牧場で働いてはどうでしょうか。騎士様なら力も体力もあるでしょうし、選り取りですよ」
「ここで働きたいのです」
最期の札もあっけなく打ち破られてしまった。
騎士団のみんなも説得に失敗して、最後の頼みとしてボクを連れてきたわけだ。でもこの調子じゃいっくら断っても受け入れてくれそうにない。むしろ苛烈な申し込みが待っている予感がする。
説得がだめなら?
騎士様に自分から諦めてもらうしかない。
「誰か、ボクが寝ている場所から木製のナイフを取ってきて貰えませんか」
それを聞いた小隊長が、何も聞かずに部下を走って行かせた。
すぐに戻ってくるだろうから、その間に説明を済ませておこうか。
「騎士様、顔を上げてください」
一部の隙もなく正された姿勢は長年の努力の数を思わせる。愚直なほどにまっすぐと見つめ返してくる瞳からは意志の強さが滲み出ている。揺るがぬ佇まいには気品すら感じていた。
この人はこれからきっと、もっと大きなことをやり遂げる人になるんじゃないかと思う。だからこんなところで、騎士をやめてなんて欲しくない。
「これからボクはあなたに一つの試験を行います。チャンスは一度だけです。成功したなら喜んで受け入れましょう。けれど失敗したなら潔く諦めてください。わかりましたか」
「はい、その試験を受けさせて頂きます」
滑舌のいい言葉遣いは、どんな試験であろうと成し遂げてみせる気概に満ちていた。
胸を張る騎士様はまるで昔の自分を見ているかのようだった。だからこそ、騎士様が試験に合格することができないとわかってしまう。
「どうぞ」
「ありがとうございます。では、騎士様、いえチャリオット・ルクスメイデン様。これを受け取ってください」
とってきてもらった木製のナイフをさらに騎士様へと手渡す。
背負っていた樽を下ろし、中に入っていたグリーンスライムが出てくるのを待つ。
「騎士様。スライムに触れ、魔物を愛する心を手に入れてくれたことは本当にうれしいのです。それはモンスターファーマーにとって大切なことです。けれど、それだけではダメなのです。それだけでは足りないのです。私たちモンスターファーマーは畜魔たちの血と肉をもって生きているのです」
「はい。あの日、私は自分の世界がガラリと色を変えるのを感じました。その上無茶なお願いを上にこんな機会を与えてくださってありがとうございます」
騎士様はまだ試験の内容を理解していないようだ。
周りを固める騎士の中には、試験の悪辣さに気づいて眉を狭めるものもいる。
「では試験の内容を告げます」
騎士様は悪くありません。
ボクだってこんなこと言いたくない。
悪いのはスライムをあまりにも完璧に作り上げてしまった偉大なる神様だ。
「その剣でこの子を殺してください」
読んで下さってありがとうございます。
主人公が以前に働いていた牧場で済ませた通過儀礼です。