05 重症です
●15日目●
あれから一週間が経った。
牧場跡地を支配していた雑草も勢力を半減させている。加えて、建築に使った廃材を貰って木柵を鋭意製作中だ。みすぼらしいが贅沢は言ってられない。囲いという見て分かる境界線は大地という無限に続くものを分けることにおいて、非常に有効だ。その囲いの中に畜魔に溢れる光景を想像すると胸が熱くなる。
その肝心の畜魔だが
「よ~し、もう一つ食べちゃいましょうね~。いっぱい食べまちょうね~。またまたありまちゅからね~。よ~しよしよし」
すっかり騎士様を虜にしていた。
「騎士様。スライムはお腹が減ったら食べますからエサを与えないでください。スライムだって食べ過ぎは体に悪いんです」
「そうケチケチしなくてもいいではないか。お前もそうおもいまちゅよね~」
話しかけられたスライムが騎士様の足の上でぷると震える。
分裂のために減ってしまった体も、騎士様がせっせとエサを与えてわずか一週間で元の大きさに戻してしまった。嫌がっていたスライム(大)も、今では首輪を付けられたように大人しくしている。
一方で分かれて逃げ出してきたスライム(小)は、ボクの後を付けるようになった。特に騎士様がくるとボクから離れようとしない。
これは良くない。
「騎士様の仕事は護衛ですよね。鎧はどうしたんですかっ」
「アレならこの子が嫌がると思って置いてきた。私にはコレがあれば十分だ」
足元に置いた剣を見た騎士様は、1週間前から鎧を装備していない。鎧を脱いだことによって伸び伸びとしている。これが騎士様の素顔ということなのかもしれない。
スライムを好きになってくれたことはうれしい。だが、言わねばならぬ。今こそ、1週間遅れの勇気を発揮する時だ。
「騎士様、それ以上スライムに構うのは止めてください」
「この子が私のところに来るからといって嫉妬はいけないな」
「違います。魔物を溺愛することは敵意をぶつけるのと同じくらいしてはならないことなんです」
それを説明しなければならないだろう。
「畜魔は人の言葉を話すことができません。そのため本人が良かれと思っていることでも、畜魔にとっては重大なストレスに繋がることもあるんです。動きを過度に制限したり、食事を与え続けるなんてもってのほかです」
その他には意味もなく特定の対象を可愛がることは、他の畜魔との差を生む。彼らにはそれを理解する知能があり、改ざんしなければやはりストレスに繋がる。スライムは見た目以上に繊細な生き物なのだ。
「変に親心が付けば別れる時に辛いだけですよ。今のうちに距離を取っておいたほうがいいですって、ボクも経験があるからわかりますが、可愛がっている畜魔と離れないといけないのはかなり苦しいですよ」
「しかしなあ」
騎士様は困った顔をしてもスライムを撫でる手を止めようとはしない。スライムはぷるぷるとした震えがなくなってしまっている。予想以上に弱っているかもしれないな。
「ここに来て2週間です。あと2週間で騎士様はこの土地を離れて別の小隊が警護に当たることになっているはずです」
「詳しいね」
お前がそんな調子だからな。いつまで居座るつもりなのか確かめる必要があったんだよ。とは決して言わない。
相手は騎士様。ここは我慢だ。スライム中毒にしてしまった自分にも責任はある。
「そのときどうするんですか。持って帰るつもりじゃないでしょうね。絶対に許可しませんよ」
「そこをなんとか」
「ダメです。いくらエサを上げているといっても膨らむのが早すぎます。ボクの見ていないところでこっそりエサをあげてますね」
「何のことかな」
「そう思うならボクの目を見ていってください」
「何のことかな」
言い切られました! 両目から純粋な魂を曝け出すようにまっすぐ見つめてきました。
もう許してやってもいいのでは?ってんなワケねえだろ!
あからさまにおかしいだろうが。何をした!
「妙なことしないでください。騙されませんからね」
「チィッ」
「反応が露骨になってきましたね。そっちがそのつもりならボクにも考えがあります。牧場主として、小隊長様に護衛の変更を打診してきます」
「な、なんだとっ!」
「護衛の役目を忘れて毎日スライムと戯れているだけじゃないですか。その様子を話せば小隊長様もきっとボクの言葉を受け入れて下さることでしょう」
おや静かになった。さすがに堪えたかな。だが今は心を鬼にしなければならない。ボクがこれから創り出す究極の牧場を実現させるためにも、ここは強気で攻めるべきだ。
「さあ、わかったらスライムを自由にしてやって下さい」
別にボクは騎士様が嫌いなわけではない。ただ、人がスライム触るのを我慢している隣でべったりと触れ合っている様に怒りを覚えてだけだ。せっかく2匹になって、ダブルぷよぷよぼよぼよできると思ってたのに、よくも邪魔してくれたな。今こそ逆襲の時だ。
騎士様は無言で睨みつけてくるが、負けるつもりはない。
今のボクの心は溢れんばかりのスライム愛で満ちているのだから。
「キミがそのつもりなら私にも考えがあるぞ」
何かを覚悟したように足早に牧場跡地を去っていった。
負け惜しみだな。
「もう大丈夫でちゅからね~、おっと口調が移ってしまった」
グリーンスライム(大)は疲れ果てたように身動き一つない。緑色の肌が荒んでい様にすら感じる。
それから護衛を失ったボクは、朝日が昇るまで草刈の作業を続けた。作業は順調に進み、着実に増えていく敷地を見て悦に浸ってみる。
休憩を挟んで、朝食を貰いに行こうとスライムの入った樽を担いだときのことだ。
「ポロン殿、付いてきて下さい」
有無を言わせぬ言葉はスライム愛騎士様ではなく、他の方だった。あの騎士様とは違って、天性のものと日々の鍛錬が作り上げた巌の体格を有していた。当然、剣も鎧も付けた完全装備だ。
「丁度、朝飯に行こうかと思っていたところです」
「申し訳ありません。小隊長から至急ポロン殿を連れてくるようにと命令を受けています」
「はあ、何の用事でしょうか」
なんだから空が曇ってきたな。雨ならスライムが喜んでくれて助かるんだけど。
「チャリオット・ルクスメイデン様に関することで、説明を頂きたいとのことでした」
「チャリオット?」
「ポロン殿を護衛していた方のことですよ」
嫌な予感がする……
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ポロンのモンスターファーム
状態:整地済み(50%)、雑草畑(50%)
修繕された家屋、急ごしらえの柵(5%)
ペット:影狼のクロ
畜魔:グリーンスライム ×2
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