04 触れ合いは大切
「ではいざ」
騎士様が向かっていく。その背中には確固とした覚悟が見受けられた。
言っておくが相手はグリーンスライムだ。
その美貌が凛々しく引き締まり、重い心の内を語っているようだ。
言っておくが相手はグリーンスライムだ。
重い息を吐き、身を守る鎧を脱ぎ去り、魔物と闘うための武器を地面へと置く。その姿はまるで、強盗に捕まったものを助けんとして武装解除を示す平和の守り手のようだ。
だが相手はグリーンスライムである。
「準備はいいですか」
「とうに覚悟はできている。さあ、来るがいい」
しつこいようだが相手はグリーンスライムだ。この人は何を緊張しているのだろうか。まるでコロシアムで今から戦おうとしているかのようだ。
「もっと落ち着いてくださいって。この子も怖がってます」
騎士様が一歩近づくたびにぷるりと震えて逃げてるよ。まさに一進一退。この調子ではいつまで経っても進まないな。何か策が必要かな。
ぼくの失言に怒った騎士様だったが、冷静さを取り戻した騎士様は自分の護衛としてあるまじき行いに恐縮してしまい、騎士様から頭を下げられるようなことはボクにとって恐縮で、最終的に騎士様がスライムに触ってみることで妥協した。
「自分から近寄るのではなく、向こうから寄ってくるのを待てばいいですよ。それでこのエサを食べている間に触ってみてください」
と、古来より伝わるエサ釣りを試してみることにした。
草を前へと突き出す様子は騎士が剣を構えているかのようだ。草が武器に見えかねないとか、本気で構えているよね、あの騎士様。
騎士様から伝わる緊迫感に耐え切れなかったのか、スライムはぷるぷると逃げ出し、住処となっている家屋へと入っていた。それを追って駆け出す騎士様。状況は牧場跡から屋内へと移ることになる。
どうしてこうなった……
「いける、いけるぞ」
何がいけるのでしょうか。聞いてみたいけどやめておこう。
家屋の中へと入ってボクが見たものは、スライムが逃げる方向を誘導して着実に追い詰めていく騎士様の後ろ姿だった。
無駄に戦略的ですね。狙ってやったならすごいです。
部屋の角へと追い詰められると体を押し付けて形を変えていくスライム。そしてスライムへと草を突きつける騎士様。スライムが少女だったなら騎士様は同僚に気をつけなくてはなりませね。手首を合わせることになりそうです。はぁはぁという息遣いが妙に怖い。
無駄に緊迫感に満ちた空気の中で勇気を出したのはグリーンスライムだった。角から離れて丸い体を取り戻すと、目の前に差し出された草を取り込んでいく。
食事時はあらゆる生き物が隙を見せる瞬間だ。目の前のスライムも例外ではなく、体の中で溶けていく草の味へと意識を傾けていることだろう。
それを直感か、経験か、騎士様がぐわしっと両手でスライムを捕獲する。
「ついに捕まえたぞ」
背中からで見えないがきっとすごい表情を浮かべているに違いない。
温かな触れ合い。通じ合う心。安らぎの時間。疲れた心を癒す一時。そんなものを思い浮かべていたのに、どうしてこうなった。まるで犯罪に加担しているかのようだ。
ボクの心を置き去りにして騎士様とグリーンスライムの触れ合いは続く。
騎士様は無言でスライムを揉みしだいていた。
どうやら感触は気に入っていただけたようだ。縦横無尽に伸び縮みを繰り返すグリーンスライムをガッチリ捕まえて離さないほどだ。よほどお気に召したのだろう。
少しだけスライムの話をしよう。
スライムは分裂して数を増やす。そのことを疑う人はいないだろう。ではその理由について知っているだろうか。野生の世界に置いて体格はすなわち力の強弱を示している。にも関わらず体を削ってまで分裂する理由は何なのか。
理由を尋ねたところ、兄からこんな答えが返ってきた。
それは生存本能と呼ばれるもののためだ。スライムが分裂する瞬間は多くの人が見ている前、特に戦闘の最中によく見られる。スライムにとって分裂とは、敵対者から生き延びるための行為であって、数の増加は副次的なものでしかないのだ。
それを聞いた僕は叫んだ。
お兄ちゃんがおかしくなった。いつも変なことを言っているお兄ちゃんがマトモなことを言うなんて変なものを食べたに違いない、と。
兄はすぐにいつもの変人へと戻ったが、未だにおかしくなった原因は判明していない。
「あっ!」
昔のことを思い出している間に事態は窮を告げていた。
ガッシリと捕まえられていたグリーンスライムは柔らかな体を限界まで伸ばし、そして分裂した。
ぶよよよ~ん。ぷよよよ~ん。となった。
「あ~、数を増やすのはもっと後にしようと思ってたのに」
自分の分身を置き去りにして、小さくなったスライムを胸で受け止める。
もう大丈夫さ。君のことはボクが守ってみせる。それに君の柔肌を彼に独り占めさせるなんて、とてもじゃないけど我慢できないよ。君は誰かのものじゃない。皆のものだからね。
そのためにも騎士様を説得しなければならない。
さあ、勇気のみせどころだ。スライムのために勇気を奮い立たせるんだ。
騎士様がスライムを置き立ち上がる。
振り向いたその顔は目を大きく開き、満面に笑みを湛えていた。
「夢、希望、無限の可能性が込められた神の生み出した奇跡。その言葉は正しく真実だった」
乾いた足音を起てて騎士様は颯爽と家屋から立ち去って行った。
「……勇気とか」
とりあえずスライムの寝床を増やさないとな。空になった樽があったはずだ。
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ポロンのモンスターファーム
状態:整地済み(20%)、雑草畑(80%)
修繕された家屋
ペット:影狼のクロ
蓄魔:グリーンスライム ×2
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