20 そして残ったのは
ボクはチエロとエリザ、そしてストロング様の三人の説明を要求されていた。
「と、とりあえず紹介させてもらいます。こちらはチャリオット・ルクスメイデン。元は騎士をしていた人だけど、今ではボクのファームで働いて貰っている」
「ポロンの妻のチャリオットだ。よろしく」
とてつもない重圧を備えたよろしくだった。
太陽の光を浴びて輝く金色の髪。星の輝きの如く強い意志を秘めた瞳は青玉だ。どこかの国の貴公子だと言われれば納得してしまうほどに整った顔立ちが、険しく眉を立てている。
「一応言っておくが、騎士団の辞退は認められていない。チャーリンは今も騎士団の一員だ。私はストロング・ルクスメイデン。そこの愚妹の兄だ。まさか君の思い人がポロン殿だったとは」
「隊長様には送っていただいて感謝しております。おかげで一日でも早く彼に会うことができましたから」
エリザとストロング様は互いに見知った様子だ。
どういうことだろうか。
「そもそも、どうしてエリザがいるのさ」
「どうしってって、ポロンと結婚するためにやって来たに決まってるでしょう。一刻も早く会いたいという私の願いを叶えるために隊長様が馬に乗せてくれたのよ」
「私は今回の開拓団の指揮を執っている。本体は明日到着予定だが、先駆して妄想に浸っているだろう妹を正気に戻しに来たのだ」
「私は正気ですよ、お兄様」
二人の強大な気配はわずかも減ることがなく、対立する二人だけではなくボクにも向けられていた。いっそのこと気を失ってしまえたら楽なのに、強者の威圧はそれすら許してくれない。
「で、こちらがエリザベス・フリーダラ。ボクの働いていた牧場の旦那様の娘さんです」
「はじめまして、私がポロンの嫁のエリザベスです。よろしく」
睨みつけるチエロに負けずと足を踏み出すエリザ。
腰まである波形をした赤いクセ毛が風に吹かれて揺れる。常に活力を保ち続けるエリザの瞳は中に虹の輝きを見ることのできる日長石。自信に満ちたエリザによく似合っていた。
「どうしてあなたが嫁なのですか」
「これを見なさい」
取り出したのは宝石を嵌め込んだペンダントだった。
「それはスライムジュエルではないか。なぜあなたが持っているのだ」
「もちろん、ポロンから貰ったからよ。これを持っていることが私がポロンの嫁だという動かない証拠よ」
「私も持っているぞ」
そう言って、ズボンのポケットからスライムジュエルを取り出すチエロ。
「そんなところに持ってたの」
「ポロンと私を繋ぐ大事なものだからな。肌身離さず持っていた」
「ちょっと、どういうことなのよ。なんでこの男女が持っているのよ。私と結婚するって言う約束でしょ」
「それは子供の時のことだよ」
なんてことを言うんだ。命がおしくないのか。このままじゃボクが殺されてしまうぞ。
ボクに向いたチエロの視線は射殺さんばかりのものだった。ここにゴブリンが居たなら、一睨みするだけで絶命してしまうだろう。
あれ、ボクの心臓って本当に動いてるんだろうか。自信がなくなってきたぞ。
「大体、エリザのそれはボクのやつでしょ。お金を貸して貰うための質に出したやつじゃないか。なんでペンダントになってるの」
「どうせあんたに金を返すことなんてでいないわよ。だったらこれは私の物でしょ。憧れてたのよね、母さんみたいにスライムジュエルを渡してプロポーズされるのって」
「ふっ、笑わせてくれるな。私はしっかりとポロンから手渡されたものだ。白昼堂々、村の皆、騎士の者たちに囲また中でプロポーズしてくれたぞ。そうか、あの話に出てきた夫婦とは貴様の両親か」
「なんですって!」
な、なんだって!
スライムジュエルを渡しただけなのに、あれが求婚の印になっていたのか。知らなかった。全く知らなかった。考えてみえれば、恋愛物語の後に、物語と同じことをしたら誤解されて当たり前だ。ただチエロを元気づけるつもりだったのに。
「そ、そうだ。チエロ、エリザと握手してくれないかな」
起死回生の手段を閃いた。
これしかない。
これはボクが生き残るために必要な事なんだ。
「コレと」
「私は嫌よ」
「ボクからお願いだよ。そうすればチエロもどうしてボクがエリザと結婚するなんて言ったのか分かって貰えるはずだよ。ボクを信じてくれ」
「まあ、私とポロンの仲を認めさせるためならね」
得意げに胸を張るエリザ。
エリザには張るだけの胸がしっかりと備わっている。
忌々しそうに顔を歪めるチエロだったが、二人が握手をした瞬間にチエロは目を大きく見開いた。重傷を負ったかのように体を震わせると、エリザの二の腕や頬へと手を伸ばす。
「こ、これは……信じられない。なんていうことだ」
「チエロが信じられないのも無理はないよ。ボクも初めは信じられなかった。エリザ、ちょっとゴメンよ」
「……なによ」
エリザを握手をすると、昔と変わらない感触がそこにはあった。
「彼女はスライムなのですか」
「そんなわけないでしょ!」
「そうだよ。彼女はヒューマンだ。でも彼女の肌はスライムと同じ。百年に一人しか生まれないと言われているスライム肌の持ち主。それが彼女なんだ」
何度触っても、柔らかな肌からはぽよぽよぽよよんとスライムと同じ感触が返ってくる。
「彼女こそスライムと同じ肌を持ち、スライムに愛されし女。スライムを愛する万民のために生まれてきたかのような女性なんだ」
「これでは認めるしかありませんね」
「そんな理由で私に告白したの!」
「そうだよ」
空間に亀裂が入るのではないか、と不安になるほどの緊迫感は消え去っていた。
チエロは死んだ目をしたエリザの肩に手を置く。
「エリザベス嬢よ。どうか私の妻になって欲しい」
その言葉にボクだけは驚かなかった。スライム好きなら誰だって言ってしまう。ボクだって初めてそれを知ったときは、結婚だ結婚だと騒いだものだ。あれは5歳頃の話だったかな?
「何言ってるの、あんたは女でしょ」
「だからポロンの妻には私が収まり、貴殿がが私の妻になればいい」
「あんた正気なの。いえ、あんたバカでしょう、バカね、バカに違いないわ。このバカ!」
エリザは落ち込んだ様子から一転して平常に戻った。
「その程度の罵倒ならば甘んじて受けようではないか」
「すまん。愚妹はこういう奴なのだ」
ストロング様もチエロの奇行に脱力し、溢れ出す闘気は小さく萎んでしまっていた。
思い立ったが吉日、考えるより先に行動、ですよね。
なんとか明日の朝日を拝むことができそうだ。
「そうそう。エリザの誤解が解けたみたいだしついでに言っておくけど、チエロのポロポーズも誤解だから。元気づけようとしただけだから」
「…………」
「…………」
「…………」
あれ?
流れてなんとなく大丈夫かなと思ったんだけど、沈黙がとっても痛いよ。
「つ、つつつまり。あれは私と皆の勘違いだったと」
「今までボクも事態が把握できなかったから。気づかなくてすみません」
「それではわ……」
チエロの言葉は途中で途切れてしまった。チエロが口を閉ざしたのではなく邪魔が入ったからだ。
「隙有り。先程まで敵だった相手に油断するとは軽率だな。弛んでいるぞチャーリン」
彼は気絶させたチエロの正面に周って彼女の体を肩に担ぎ上げた。
「ポロン殿。それでは失礼する」
「ちょっと待って下さい。話はまだ終わっていません」
「いろんな事が立て続けに起きたからな、少し頭を冷やす時間が必要だ。ではな」
ストロング様は驚く間もなく自身の乗ってきた馬に跨って、牧場を去っていった。
「さあ、二人っきりになったところで私たちに今後を話し合いましょう」
「誤解だって言ったよねエリザ」
「そんなことどうだっていいのよ。大事なのは私とポロンが結婚するということよ。あの男女が戻ってくる前に既成事実を作ってしまえばこっちのものよ」
「目がヤバイ! 誰か助けてくれ」
従魔師が魔物を呼びつけるための力を発動する。
駆け寄ってきてくれたのは最も近くに潜んでいたグリーンスライムたちだ。
姿を現した三匹を見てエリザは身を震わせた。
スライム肌の彼女をスライムたちは仲間だと見なし、自分からぷよぷよの体を擦り合わせるのだ。嫉妬していまいそうな体質も彼女にとってはトラウマの原因。小さい頃にスライムに押しつぶされそうになった彼女は、スライム恐怖症を患っている。
「なんでスライムがいるのよ!」
「おじさんに貰ったらから」
「っく、今度会ったときは覚悟しなさいよ。私は絶対にイヤー! ぽよってする。ぽよってする」
擦り寄ってくるグリーンスライムに我慢のできなくなった彼女は、ぽよぽよを連呼しながら走り去って行った。
牧場から最後の危険は去った。
それでも残った問題は山積みだ。一つ崩して行かなければ、山はいつまでたっても山のまま。
「どうしよ」
何をするにしてもやる気が大事。元気を取り戻すためにも癒しの時間は必要だ。
「ボクのスライムたち~、こっちにおいでよ~」
疲れた時にはぽよるに限るね。
読んでくれてありがとうございます。
二章も残り2話となりました。もう少し、お付き合い下さい。
チャリオットの呼び方を教えていただいてありがとうございます。
チャーリーも女性の愛称だそうです。
愛称については様々な提案を戴いたのですが、いろいろある中から少し手を加えてルクスメイデン家族の使う愛称はチャーリンに決定しました。
外国人の愛称は奥が深いですね。