18 来訪
●56日目●
スライムの住処となる予定の人工の池の開発は順調に進んでいる。バブルカウを使った畑の開拓がうまくいったため、村の人たちが手伝ってくれたから予定していた以上の大きさになった。深さはボクの上にチエロが乗ってもまだ一人分くらいの高さが残る。
掘り出された穴は水がない状態でも昇り降りができるように階段状に整えられ、土が崩れないように木枠が作られている。さらに木と土を水田跡地の底深くから掘り出した粘土で覆い、最後に川から調達した丸い石と少量の土を入れる。跡は水を入れるだけだ。
「とりゃ」
その一方でボクは大きくなったスライムを分裂させようとしていた。一匹はすでに二つに分裂し樽の中に逃げ込んだ。問題はもう一匹の方だ。
牧場育ちのスライムを強制的に分裂させるのは簡単だ。一人が押さえて、もう一人がスライムの間近でハンマーを振る。そのとき金属鍋などを使って大きな音を起てるとなお良い。
「度胸がついてる?」
「毎日の鍛錬の成果だ」
「そこは喜ぶところじゃないから。牧場なのに畜魔を増やせないのは困るよ」
「分裂しろ!」
自慢げな表情を戦士の顔に変えて命令する。それでもスライムはまったく1ぷにも揺るぐことがなかった。泰然自若とした佇まいは厳しい戦場を潜り抜けた勇士が乗り移っているかのようだ。
「分裂できないなら仕方がないか。チエロ、前の時と同じようにして10個くらいの肉を切り取っておいて。分かれたスライムも3個分くらい取れると思うからそっちもお願い」
「わ、私がするのか!」
「早く慣れておいたほうがいいよ」
チエロは肩を落としながらもしっかりと頷いた。
好きなものを傷つけるのは辛いだろうけど、慣れるためには回数を熟すことが一番だからね。
「終わりました? 」
分裂作業を横で見守っていたポーラさんが声をかけてきた。
トンカチで叩く鍋の音の大きさに耳を塞いでいたけど、分裂作業自体はすごく楽しそうでしたね。
「あれを分裂させるのは諦めたよ。松明草はどうだった?」
ポーラさんには松明草を育てて貰っていた。正式にはチーリィの花と呼ばれるもので、火を燃やしたように縦へと赤い花びらを咲かせる植物なのだ。
植物の生気を吸い取って成長するウィルオウィスプの大好物だ。解毒作用もあることから、物語に出てくる薬草はチーリィの花だと言わている。
「川に群生地がありました。いくつかの球根も手に入りましたよ」
「球根は浄水池のそばに植えておいて」
「わかりました。ところでスライムのお肉を少しばかり分けて貰えません? 最近ダーリンのお肉の具合が、いえ体調が優れないのでおいしいものを食べさせて上げたいの」
「1つくらいならいいけど、あとは売り物だからね」
許可を出すと、チエロを手伝おうと跡を追いかけていった。
視界の隅で青白い光が見えた。
ウィルオウィスプが牧場に浮遊していた。昼の光の下では見付け難いが確かにいる。ここ一ヶ月余りの間、松明の火を使って呼び続けていたので場所を覚えてくれたのだ。
地面に用意されている大皿の中、水を張った上に添えられたチーリィの花に気づく、空飛ぶ炎は舞い降りた。
身にまとう青白い炎は、木を燃やしただけでは出すことのできない美しさがある。幻想、幻、そんな言葉が良く似合う。
ウィルオウィスプが生気を吸い取ると、鮮やかな花は茶色く萎れてしまい、水分を失って干からびていった。
空へと舞い上がる瞬間、ぱらりと火の粉が落ちる。
大皿の中を見ると、水の底に白いものが見えた。皿は木製だ。
「何を見ているんだ」
「バレルか。いつの間に帰ってきてたの」
「お前がアホみたいに上を見てた時だよブヒ。おまえに言われた通り運んできたんだ、後は任せるぜブヒ」
ここ一ヶ月で体力は増えたようだけど、力はそこまで付いていない。
「休んだらもう一度行ってきてくれるかな。一旦バブルカウは自由にしてあげて」
「またかよブヒ。いい加減に勘弁して欲しいブヒよ」
グチをいいつつも荷台に繋がれたバブルカウの紐を解く。バブルカウは自由を得て牧場の中を歩き出した。
バレルに頼んでいたのは川の水だ。粘土が乾いてひび割れる前に水を入れておく必要がある。
「それで何を見ていたんだよブヒ」
「これだよ」
「それが何かって聞いているんだブヒ」
大きな皿の底に沈殿した白い物質。粉のように見えるけどよく見れば結晶だとわかる。
ウィルオウィスプは炎の魔法生物だと思われているが、実態は白い球体の形をした物質的な体を持つ魔物なのだ。ウィルオウィスプから溢れる火の粉が燃え尽きる前に水に落ちると、火が消えて粉粒のような燐結晶が生じる。
「これがウィルオウィスプから採れる生産物だよ。手に取るのはいいけど、乾くと自然に燃え出すから注意してね」
「火の球はてっきり冬の暖房用だと思ったぜブヒ」
「仲良くなればその可能性もあるけどね。仲良くないのに近くにいると吸精されるよ」
「おっかえねえなブヒ」
空を見上げるとウィルオウィスプは姿を消していた。
開拓を初めて2ヶ月目。牧場の施設を作り、従業員が増え、畜魔も多彩になってきた。後は数をどんどん増やして生産物を売ってお金を稼ぎ、そのお金でもっと良い施設を得る。良い施設は、魔物を質を上げ生産物を増やす。そんな好循環が訪れようとしていた。
「ポロン殿もしくはチャリオット殿はおられるか」
耳に良く響く声は牧場の入口から。
そこには白馬に股がった子供の姿があった。金の短髪に青い瞳、そして騎士団の白鎧。どこかで見たような組み合わせだ。
「ボクがポロンですが、何か御用でしょうか」
白馬に股がった子供はまじまじとボクを見つめると叫び声を上げた。
「チャリオットの妄想じゃなかったのか!」
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ポロンのモンスターファーム
状態:牧草地
修繕された家屋、木柵
スライム浄水池(99%)、小さな牛舎
労働力:4名
ペット:影狼のクロ
畜魔:グリーンスライム ×3
バブルカウ ×1
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今回の生産物
スライムのお肉 ×16
ウィルオウィスプの燐結晶 ×1
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読んで戴き、まことにありがとうございます。
登場人物が増えてきて、今回は状況説明で終わってしまった感じです。
チャリオットの愛称がチエロなのは少しおかしいくない?
そんな感想を戴いたので答えておくと、チエロは彼女が考えた女性らし名前あるいは愛称です。チャリオットの愛称はチャーリーですが、女性用の愛称を知っている方がいればぜひ教えて下さい