17 開拓の日々 チャリオットsight
●45日目● チャリオットsight
人を魔物から守る領域は村長の家を中心に円を描いている。
東から流れる川の上流に私の生まれ故郷である街ヒルカナンがある。川は円の北東を掠めるようにしてカーブを描き、北へと流れている。その川が私たちの使っている水源だ。
今私が住んでいる牧場は西に広がる森に接するようにして円の南西に存在している。
畑の開拓はバブルカウを牧場で預かっていることを理由に、村の西部を中心に行われることになった。
「あと少しだ。一気にやっちゃおう」
畑の開拓はまず土地に生えている雑草を皆で一斉に刈り取る。次にバブルカウにプラウと呼ばれる十の爪を持つ農具を牽かせて、地面の表面と中身を引っくり返す。バブルカウが通ったあとには埋まっていた黒い土が見えていた。
私たちはバブルカウを歩かせる役目とブラウを押さえて耕す役目を交代しつつ、土地を耕起していた。土を鋤いて柔らかくした後、畑は持ち主になる村人へと譲り、持ち主が畑としての体裁を整える。その代金として浄水池の作成に手を貸して貰っていた。
「次に行こうか」
「いえ、そろそろ休憩でしょう」
この村は再開拓であり、昔作られた畑の境となる土手を乗り越えて農道に戻る。村を遠望したところで昼食を知らせる鍋を叩く音が聞こえた。
「お疲れ様でした」
バブルカウを従えて牧場で迎えたのは魔女だ。歩けば誰もが振り向くほどの美人ではないが、10人いれば5、6人は美人だと答えるような密やかな顔立ちを持ち、そこに笑顔を浮かべていた。
「ポーラさんもご苦労様。後はお願いするよ、チエロ。お休み」
「おやすみなさい、あなた」
バブルカウを繋ぐロープを受け取って、ポロンが家に入るのを見送った。
「うふふ、最近めっきり夜の仕事がお盛んでなによりです」
「私たちはまだ清い仲だ。邪推は止めてもらおう」
「邪推? なんのことでしょう。私は仕事が大変だといっただけですよ」
「ック!」
自分の顔が赤面しているのがわかった。
笑顔を絶やさない魔女はこうして言葉遊びを投げかけてくる。特にポロンのいない時に限ってだ。
「私はあなたが嫌いだ」
「それは耳にタコができるほど聞きましたけど、私はあなたのことが大好きですよ。だから毎日お二人のお手伝いをしているわけですし」
牽制もどこ吹く風と、魔女は私に近づいてくる。
「ヤルなら今がチャンスですよ。私たちは気づかないふりをしますから」
「真昼間から何を言っているんだ。お前の頭は沸いているのか」
「男が逃げたときは果敢に追い詰めてから、涙を見せるふりをして自分を貶める言葉を言えばいいんですよ。そうすれば一撃です」
「黙っていてくれ」
何を考えてか魔女は私がポロンを落とす方法を教えてくる。
「他にも○○○○○○とか、××××××なんてものも有効ですね。いざやってしまえば男は言い訳できませんから後は言いたい放題で言うことを聞いてくれますよ」
「そういう手は好かない」
だが内容が内容だけに耳が腐りそうな気分になる。
「親に反対されればそれまでなのでしょう。それまでに既成事実を作っておけばバッチリですよ。何なら有効なお薬も作って差し上げます」
「口を閉じろ魔女」
「今日はここまでにしておいて差し上げましょう」
この女の本性を知ったのは、うっかり結婚の内実を漏らしてしまってからだ。
私とポロンは正式に結ばれた仲ではない。
広場でポロンが私に熱烈なポロポーズをしたことは語り草になっているが、騎士の家の者として親に許可を貰わなければならない。親にも知らせず勝手に結婚したとなれば後々厄介なことになる。母は私が騎士になることを喜んでいたから、反対されるのではないかと考え、兄に手紙を渡して説得をお願いしている。今では説得が成功していることを祈るばかりだ。
そのことを言うと、魔女は嬉々として自分がやってきた工作を語り勧めてくる。その手口は褒められたものではないが効果的なのは確かだ。知ってしまった以上は行動への誘惑に駆られ、我慢して悶々としなければならない日々が続いていた。
村の有志によって作られた小さな牛舎にバブルカウを入れると、スライムたちの元へと向かう。
休憩はぷにるに限るな。
バブルカウが帰ってきていることに気づいたバレル殿が、背中に乗ろうとする。大きな水泡で吹き飛ばされるのが毎日の光景だが、今日は違った。バブルカウは何の抵抗も見せずバレルを背中に迎え入れた。
「どういうことだ」
柔らかなスライムの感触を堪能しつつ考える。
バブルカウは自分が認めた相手でなければ上に乗ることを許さない。とポロンから聞いた。ならばバレル殿は吹き飛ばされているはず。怪しい者は一人だけだ。
バブルカウの上で高笑いを浮かべているベレル殿を見て、微笑みを浮かべている魔女へと向かう。
「何をしている」
「毎日頑張ってる私の旦那様にちょっとだけご褒美」
「やはり何かしているな」
「あら、気づいてなかったのかしら。だとしたら失言ね」
顔に手を当てて首を傾げる様子は年齢に関係なく、人々を魅了するに違いない。コイツはそれを知ってやっているのだ。
「害はないから大丈夫よ」
「まったく動きがないということは麻痺ではない……金縛りか。どうしてお前のような奴がこんなところにいるんだ」
「全ては愛のためよ」
嘘か本当かもわからない言葉に追求を諦める。彼女は呪いを得意とする真正の魔女であり、性格においても戦いにおいても私と非常に相性が悪い。加えて、相手の弱みを見つけて楽しむという魔女の忌むべき悪癖も持ち合わせている。
「何をやってるんだ! バブルカウも働いて疲れてるんだからそんなことしちゃダメだよ」
「少しくらいいいだろ。ケチケチするなよ」
眠りに行っていたはずのポロンがいた。
「ポーラさんも甘やかしちゃバレルのためにならないよ。チエロも止めるように」
「すまない」
「申し訳ありません」
「バレルには罰を与えるから見張っているようにね」
ポロンはバレルを縛り上げると、ロープで首輪を作り牛舎の中に放り込んだ。
「仲良くなるには一緒にいるのが一番だよ。今度こそお休み」
ポロンが戻ったのを確認して私たちは溜め息を吐く。
「よく私が原因だと気づきましたね」
「何か不可解なことがあればポーラ嬢のせいだと言いつけたあるからな」
「まあ、それでは私が悪人のようではありませんか」
心外だと首を振る。
動作の一つ一つが可愛らしくて守ってあげたい気分になるが、私は騙されないぞ。
「なら呪いを解け」
「それじゃあ私とお話しましょうか」
「どうしてそうなる。あそこで貴様の男が無様な姿を晒しているんだ。自分の行いのせいでああなったというのに何も思わないのか」
「ロープで縛られているダーリン。とっても可愛らしいですよ」
この魔女には口では叶わない。かと言って手を上げるのも負けだ。
「とにかく呪いを解け」
「はいはい」
魔女はスカートの裾を両手でもち、その場で5回の足踏みをする。
牛舎の方で水が弾ける音が聞こえた。
「あらら、濡れたダリーンもとっても可愛らしいわね」
からからと子供のように声を上げて笑う魔女。
無邪気なる様を見ていると毒気が抜ける。私は口で言うほど魔女が嫌いになれそうにはない。
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ポロンのモンスターファーム
状態:整地済み(ペレニアルライグラスを育成中)
修繕された家屋、木柵
スライム浄水池(50%)、小さな牛舎
労働力:4名
ペット:影狼のクロ
畜魔:グリーンスライム ×2
バブルカウ ×1
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