15 それぞれの付き合い方
予約に失敗していました。遅れて申し訳ありません。
この回では人によっては不快感を覚える内容が明記されているため、イチャラブアレルギーの人は注意してください。
グリーンスライムとバブルカウの交流は無難に終わった。バブルカウが頭を下げて鼻先で触れるとスライムは逃げ、スライムが足に擦り寄ると邪魔そうに足を動かす。近寄ったり離れたりを繰り返して、互いが害になる存在ではないと理解し、それぞれ自由にしている。
険悪にならなくて良かったと胸を撫で下ろし、村で昼食を戴いた後のことだ。
「お前がポロンだな。これから厄介になるがよろしく頼むぞ。一応名乗っておくがバレル・ダルトンだ。オレが来たからには任せておけ」
「よろしくお願いします。ポーラ・ダルトンです」
挨拶に来たのはダルトン夫妻だった。一日の大部分を腕を組んで過ごす二人は、目の前でもいつものようにしていた。
「よろしく。ボクはモンスターファーマーのポロン」
「妻のチャリオットだ」
二人が来るかもしれないと考えていたけど、思っていた以上に早かった。彼らは互いの口に食べ物を近づけて食べさせ合うのだ。こんなに早いのは毎日ずっとあーんをしているのだろう。ボクには到底届きそうにもない遥かな高みだ。
そんなことを考えていると、チエロが横からボクの腕にしがみついて来た。さすが気合と根性が信念のチエロ、周囲の視線をものともしない精神力だね。初心者のボクには厳しすぎるよ。
隣りからの甘い香りを意識しないようにするボクへ、女性から嫉妬の視線を受けるという不条理なおまけが追い討ちをかける。精神力が足りない。
「お二人とも仲がよろしいですね」
「あなたたちほどではありません」
ありきたりな自己紹介と社交辞令を終えて本題に入る。
一刻でも早く済ませたい。
「しばらくウチで働いて貰うことになったけど、二人とも経験はあるかな?」
「私はありません」
「オレは馬の世話ならしたことあるぜ。牛も馬も似たようなもんだろ」
「期間はどれくらい? 世話の内容は? 排泄物の処理はしたことある?」
「2ヶ月くらいだな。ブラッシングにエサの用意、もちろん処理もした。掃除は基本だろ」
おっと意外にもバレルの方が使えるかもしれない。
彼の経験を知って推薦したのなら村長にお礼しなければいけないな。
こんな会話をしている間にも、バレルとポーラさんの二人は手を組み合ったり、指先や肘で突き合ったり体を擦り合わせている。
チエロがを突いてくるけどボクは反応しない。もし目の前で二人と同じことをしようものなら羞恥心という宝を失ってしまう。後に待っているのはバカの付く二つ名だけだ。
負けるなボクの羞恥心。
「ボクが世話をするのは朝のアレだろ。おもしろそうじゃないか」
「アレじゃなくてバブルカウだよ。興味があるなら今からウチに来るか」
会わせてみてバレルとバブルカウの仲が矯正しようもないほど悪いなら、村長にもう一度お願いしよう。
「是非そうしよう。チエロ、ボクは彼を案内するから片付けを頼むよ」
「私はポーラ嬢とは話したいことがある。戻るのは遅くなるかもしれないが心配しないでくれ」
「望むところだ、さっさとボクを案内しろ」
「はあ、私に何の用でしょうか」
熱愛夫妻は、乗り気に進みだすバレルと名残惜しそうに見つめるポーラに分かれた。二人から無差別全方位に巻き散らかされていたラブラブの波動が目に見えて弱まっていく。
これで大丈夫だ。
ボクが油断したそのとき、ポーラさんは去りゆくバレルを捕まえて頬に口付けをした。するとバレルも足を止め二人は微笑を浮かべて見つめ合う。見つめ合っていた二人は衆人環視の中で見せつけるように口づけを交わした。
人前でそういうことをするのはやめましょう!
心にダメージが!
右手があいつらを殴れと震えている!
混乱したボクの頭は期待で目を輝かせているチエロを見て、瞬きをするほどの間で冷静になった。
「あれは上級者。ボクら初心者がするにはあまりにも犠牲が大きすぎる。こういうことは手順を踏んでゆっくりとやっていくことなんだ」
逃げたわけじゃないよ。
「ポーラ」「バレル」と言って二人だけの空間を作ってしまった彼らを引き剥がさないと、感染者が出るからね。目の前の二人だけでも「あー!」と叫びたいところを我慢しているのに、第二第三のダルトン夫妻が現れたら死んでしまう。
「ほら行くよ。一日の時間は限られてるんだから」
「いってらっしゃいダーリン」
投げキッスとか必要ありませんよ!
分かれた二人はまったくの無害かと言うとそうでもない。
ポーラさんはバレルとの惚気話を延々と話し始め、周囲のものたちの心を汚染するのだ。今日の被害者はきっとチエロだ。帰ってきてダーリンとか呼ばれたらなんて反応したらいいんだ。
一方でバレルは態度が大きくなり口汚い言葉を使うようになる。
「オレを誰だと思っているんだ」
「疲れた。休ませろ」
「手を引け」
「いつまで歩けばいいんだよ」
「様をつけろ愚民」
「オレを置いていくなクソが」
牧場へと向かう途中で彼のなけなしの体力は消し飛び、荒い息を収めるために休憩が必要になった。
「遠すぎるだろうが、もっと近くに作れよ。何でこんなに、離れてるんだ、気のきかないやつだな」
不機嫌に口走る彼だが途中で引き返す素振りはない。
体力がないのは減点だけど魔物に対して物怖じしないのはいい。
大きな石に腰掛け息を整える彼を見てボクの背中に電撃が走った。
横に広いぶっちょの体型、大きな顔に似合わない小さな目、笑うと太陽に照りかえる白い歯。疲れて口を開いている姿はお腹を空かせて途方に暮れているお肉豚そのものだ。
一度そう見えると何もかも許せる気持ちになった。
「なんだその目はブヒ。見下してるんじゃねえぞブヒ。オレはやるときはやる男だブヒ。オレ様が手伝ってくれることを光栄に思うんだな豆チビ、ブヒ」
耳障りだった言葉も少し難しいだけの会話に思える。
「元気が出てきたいだね。牧場は見えてるからもうひと踏ん張りだよ。あと少しだけ頑張ろうね」
「ブヒン」
手を引いて歩くのを手伝ってやる。
ボクは彼と仲良くやれそうだ。後はバブルカウと仲良くしてさえくれれば文句ない。
休憩を挟みながらも何とか牧場に到着した彼は、バブルカウを見た途端に元気を吹き出した。
「デカイブヒ。カッコイイブヒ。やっぱりデカサは男のロマンだなブヒ!」
繋がれたバブルカウに駆け寄った彼は今までの疲れた様子は何だったのかと思うほどに、大声を上げて青い紋様の牛肌を撫でていた。
ちょっと危ないかもしれない。
野生において大声はすなわち示威行為なのだ。
「よし、これならオレが乗っても潰れないだろブヒ。さっそく乗ってみるぞブヒ」
止める間もなく、巨体に似合わないジャンプをしてバブルカウの背中に飛び乗った。バブルカウは跳ねて上の邪魔者を振り落とすと、特大の水泡を作り出していた。
「危ないよ~」
「プギイイイィィィィィィ!」
直撃を受けたバレルは叫び声を上げて吹き飛んだ。泥を跳ね上げて転がっていく。
止まっても一向に立ち上がらないところを見ると気を失ってしまったようだ。
二匹の初接触は思ったより悪くない。片方が好感を持っているのなら、あとはその手伝いをして仲を取り持てばいい。ポーラさんが近くにいれば彼女に害を及ぼすことには躊躇するだろう。
新しく仲間になった二人のことを思って期待に胸を膨らませる。
2ヶ月で馬の世話を止めたのは、馬に乗って潰してしまったからだろうな。バブルカウなら彼の重さにも耐えられるだろうけど、仲が悪いうちは何度やっても今と同じ結果になるだろう。その点だけは注意しておこう。
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ポロンのモンスターファーム
状態:整地済み(ペレニアルライグラスを育成中)
修繕された家屋、木柵
スライム浄水池(5%)、牛舎(0%)
労働力:4名
ペット:影狼のクロ
畜魔:グリーンスライム ×2
バブルカウ ×1
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